#560[短編]琥珀色の間[17]──名前についた羽
誰かを誘うなんて、いつぶりだろう。冷えた交差点から、夜の町中華へ。大翔と再会した爽子は、彼のキーホルダーを見て…。守りたいから、関わりたいへ変わる夜。連載第19回。
1話、2話、番外編・大翔、3話 -I、3話 -II、3話 -III、4話、5話-I、5話-II、5話-III、5話-IV、5話-V、6話、7話、番外編・爽子、8話、9話、10話、前半まとめ
※ 連載ですが、どのお話からも読めます。
──真新しいスマートウォッチが、蛍光灯の光を黒く跳ね返した。
「そうだ、サワコさん。これ見てくださいよ」
大翔がカバンから取り出したのは、小さなキーホルダーだった。
「俺がヒヨッコだから。これはお前だって。ひどくないですか?」
真剣に困り果てている大翔を見て、爽子もその先輩と同じように、大笑いしたくなるのを堪えた。
「わかりやすいように、つけとけって」
爽子は堪えきれずに吹き出した。
大翔は参った、という顔をしながらまんざらでもなさそうだった。
「なんで俺が……」
「その先輩、優しいですね」
「イヤな後輩に、そんなかわいいのあげないと思います」
爽子は微笑ましいやり取りに、表情をゆるめた。
──お待たせしました。ラーメンとレバニラ炒め、ワンタンと、餃子、ライスの大盛りです。ピータンはこれからお持ちしますね。
「わぁ……」
爽子は驚いた、呆れた、圧倒された、そんな声を漏らした。
「餃子1個もらっちゃおうっと」
2人前の餃子皿から、1粒をパクリと口へ放りこんだ。
思ったよりも熱くて、少しだけ水を含む。
大翔は、餃子を取られたのが少し悔しいフリをして、爽子に少し取り分けた。そして、あっという間にレバニラ炒めを平らげた。
餃子とご飯を交互に食べるのに、ラーメンに手が伸びないのを見ていると、猫舌だと言って、二人は笑った。
ものの数分で完食した大翔は、先に会計を済ませると言って席を立った。
そして突然、素っ頓狂な声をあげた。
◇
「やばっ、現金、現金……」
胸ポケットやズボンのポケットを弄るが、コートをひっくり返しても財布は出てこなかった。この店は現金払いのみだった。
食事を終えた爽子は、泣き出しそうな大翔と目が合った。
「サワコさん……ちょっと貸してもらえませんか」
大翔は恥ずかしそうに平謝りする。
「ふふふ、大丈夫です。私もやったことあります」
爽子は店員にお金を渡してお釣りを受け取ると、大翔に手渡した。
爽子は落ち着いた表情で笑った。
大翔はさらに大きく、拝んだポーズをした。
◇
店を出ると、中華屋のあるアーケードは昼間のように明るかった。商店街の歌は流れていなかったが、10代のグループが街灯の下でたむろしていた。
「すみません、迷惑かけちゃって…」
大翔はガックリと肩を落とす。爽子は、自分も同じ失敗をしたと言って、気にしないでと告げた。
「だから俺、ヒヨコなんですね。あーあ…」
大翔は恨めしそうに、商店街の電飾の正月飾りに目を遣った。
「大翔さん」
爽子は、大翔の目を見て、改まって切り出した。
「じゃあ今度、ちょっとつき合ってもらえませんか?」
「え……?」
大翔は咄嗟に言葉が出なかった。爽子は続ける。
「今度、国立公園の美術館で楽しみにしている展示があるんです」
「よかったらそれ、ご一緒しませんか?」
「大翔さんのお仕事と、ちょっとは関係があるかも?」
爽子は少し背筋を伸ばして大翔に向き直った。
「お、俺でいいんですか……?」大翔は息を漏らすように言った。
「はい、よかったらぜひ」爽子は小さく頷き、でもはっきりと告げた。
「こちらこそ。私でよければ、なんですけど……」
「あ。深い意味はないです」
爽子は急に恥ずかしくなって、俯いた。
「もちろんです」大翔の声はまっすぐに響いた。
「じゃあ、五千円はそれまで借りておきます」
大翔はバツが悪そうに、埋め合わせを考えていた。
「あ…」
「あの…これよかったらあげます」
大翔はあのキーホルダーを爽子に差し出す。
「え?」「いいんですか?これ、先輩がくださったんじゃ…」
爽子は手に取ろうとして、大翔を見た。
「大丈夫です。また買って、会社に置いときます」
大翔は言って、ひよこに目を向けた。
「わかりました。それならよかった」
「え、どうしてですか?」
「だって……」
「つけとかないと、わかんなくなっちゃいますよね」
爽子は思い切った笑顔で、さらっと言って見せた。
「なっ、サワコさんまで…俺、いじけちゃおうかな」
「あ、冗談です。ごめんなさい」爽子が言うと、大翔はおどけて笑った。
「ところで……」
「近くなったら連絡していいですか……連絡先、交換しておきませんか?」地図とか、場所とか。
あれ、私……こんなふうに誰かを誘ったの、いつぶりだろう。
自分でも驚くほど自然に口をついた言葉に、爽子の目線が揺らぐ。
大翔はまっすぐ爽子を見ていたが、
目が泳ぎそうになるのを堪えるのに必死だった。
爽子がスマホを取り出すのに合わせて、大翔も取り出した。
2人はメッセージアプリの画面を見せ合う。
◇
[鈴木爽子です]大翔のスマホが震えて、すぐに既読がついた。
[新羽大翔です]大翔の返信は速かった。
「へぇ、大翔さん、この字なんですね」爽子が寂しげに言った。
「なんか、ありました?」
「私、シワシワネームだから……」爽子は姉の方が今風の名前なのを気にしていた。
「ふむ…」大翔は少し考えて、言った。
「俺…実は、ヒロトじゃないんですよ」
大翔が神妙に言う。爽子は慌てて謝った。
「あぁ、えっと。俺は…」大翔はスマホから送る。
[ピロとです よろピヨ🐣]
「爽子さんがシワシワなら、俺はピヨピヨってことで」
爽子は一瞬、固まって、すぐに大笑いした。
「大丈夫ですよ」
「ひよこじゃないです」
「え、どうしてですか?」
「みて」爽子は自分のスマホを向きを変えて見せた。
「ほら、名前にふたつも羽があります。だから、大人の鳥です」
「あ……」
「お、俺、全然気がつかなかったです。自分の名前なのに」
ふたりは、どちらからともなく大笑いした。
「自分の名前を好きになれそうです」
大翔は胸のつかえが取れてスッキリした表情で、爽子の目を見て言った。
──光る黒曜石をつけた彼がくれたのは、赤く光るひよこだった。
黒い画面が、光をひと粒だけ返した。
執筆: 2026/3/13 かきおろし <了, 約 2,400 字>
📖お知らせ
サブタイトルを現在のものに変更しました。
執筆中のイメージを貼っていたのを、勢いでそのまま載せてしまいました(笑)
17時には投稿しようと思って、悩んで、えい!と公開してしまいました。
すみません🙈

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