#559[短編]琥珀色の間[16]──湯気のむこうの横顔
大翔と再会した爽子。"俺" でいきましょう。大翔が似ているという意外なモノ。町中華での夜が、2人の距離を縮める。連載第18回。
1話、2話、番外編・大翔、3話 -I、3話 -II、3話 -III、4話、5話-I、5話-II、5話-III、5話-IV、5話-V、6話、7話、番外編・爽子、8話、9話、本稿、前半まとめ
※ 連載ですが、どのお話からも読めます。
──心なしか、大翔の歩幅は少し速かった。
冬の雨上がり。冷えた交差点を離れ、二人は歩き出す。
その背中を追うように、爽子は駅前の町中華へ吸い込まれた。
「こんばんは」
先に店に入った大翔が、振り返って爽子を席へと促す。
爽子はコートを畳みながら入口を見た。
扉を後ろ手で閉めず、両手を添える大翔の所作に育ちの良さを感じた。
落ち着こうとしたが、うまく息が整わない。
ふっと鼻をかすめた油の匂いに昭和の残り香を感じる。
カウンターには使い込まれた調味料の瓶が、ずらりと並ぶ。
大翔は手に持ったコートを置いて、爽子の隣に腰かけた。
料理人がネギを刻みながら、
中国語で話す声が聞こえてくる。
厨房からふわりと、チャーハンのたまごの
甘い香りが漂いはじめた。
見上げると、白いメニュー看板が蛍光灯で照らされていて、黒い文字がぎっしりと詰まっていた。
壁には、昨夏のビールのポスターが季節外れに微笑んでいる。
軽快な包丁のリズムとは裏腹に、
2人には少し落ち着かない空気が流れていた。
◇
「サワコさん、決めました?」
大翔の声は、少し張っていた。
爽子はドキリとして、平静を装った。
「はい。大翔さんは?」
「おれ…ぼ、僕はえーーっと…すいませーん!」
大翔が右手を挙げて勢いよく店員を呼ぶ。
はい、お伺いしまーす。奥から店員が返事をした。
すぐに二人の目の前に来て、メモを取り始める。
大翔の声は少しだけ張って、爽子に向き直った。
「サワコさん、なににします?」
「あ。それじゃワンタンと、ピータンお願いします」
爽子が告げると、大翔が口を挟んだ。
「え、そんなんで足りるんですか? ビール飲みます?」
大翔の勢いにつられて、「はい」と爽子は答えた。
「生ビール2つと……」店員が注文を復唱する。
「ラーメンと、レバニラ炒めと、ライス大盛りと、それから……」
「ちょ、ちょっと」
爽子は思わず、大翔の腕を制するようにして止めた。
「そんなに頼んで大丈夫?」
爽子は横から大翔の顔を見て、目を白黒させた。
「ははは。昼メシ食いそこなっちゃって」
大翔は少し大げさに笑った。
「餃子2皿、追加で!」
「あ、以上で。お願いしまーす」
初めて会ったときより、どこか張り切っているようにも見えた。
◇
大翔は左右の手で、おしぼりをキャッチボールをするように手を拭いて、傍らに置くと、カウンターの上で組んだ両手に目線を落とした。
先に話しかけたのは爽子だった。
「仕事、いつも遅いんですか?」
大翔と一瞬、目が合う。少し間を置いて大翔は言った。
「そうですね。今日は大学の友達と飲んでて」
「え、じゃあご飯食べたんじゃ…すみません……」
「いや、男ばかりでお酒しか。お腹すいちゃって…」
大翔は照れ笑いをして、右手で頭を搔いた。
──お待たせしました、生ビール2つでーす。
店員は爽子に、そして大翔にジョッキを渡した。
「お疲れ様でーす」二人はジョッキを小さく掲げた。
ビールは二人の間をつなぐ救世主だった。
◇
「サワコさんは?いつも遅いんですか」
大翔は大きなジョッキを余裕たっぷりに片手で包む。
「私は、まちまちかな」
大翔は横目に爽子を見て、ふうんと頷いている。
「そうだ、サワコさん。これ見てくださいよ…」
大翔はビールを大きく二口飲んで、静かにジョッキを置くと、カバンをゴソゴソと漁って何かを探し始めた。
その手つきが、どこか落ち着かずに、
真新しい黒のスマートウォッチが、初々しく光る。
取り出したのは、黄色い小さなキーホルダーだった。
見つけた瞬間、少しだけ声が裏返って、言った。
「これ……俺に似てます?」
大翔は力弱く、呆れた顔で言う。
弄ぶように、はい、と爽子に手渡して見せた。
まだ開けていないそれは「似てるよ」と言ってきた。
プラスチックのひよこのキャラクター。
確かいま人気の…爽子はすぐに名前を思い出せなかったが、女の子たちがつけているのをよく見かける。
「え、似てる?かな? 似てないと思います。え??」
爽子は交互に見比べて、笑いを堪えて大翔に尋ねた。
「昼休みに先輩とコンビニに行ったんです」
大翔は話し始める。
「レジが混んでて、待ってる間に先輩が」
「お…僕に似てるって」
俺、と言いかけた大翔に、
爽子は思わず笑ってしまった。
「大翔さん、”俺“ でいきましょう」
「……すいません」大翔も苦笑いした。
「それで、その先輩はどうして?」
爽子はビールを一口飲んだ。
──乾杯の音が、もういちど胸の奥で小さく跳ねた。
その音が、二人の夜をそっと繋ぎ直した。
執筆: 2026/3/13 かきおろし <了, 1,900 字>
みなさん、こんばんは。
昨日と今日と、「温かいスキ」を置いてくださり、
本当にどうもありがとうございます。
直接言葉を交わさなくても、ダッシュボードの数字を計算すると、その動きからみなさんの応援をひしひしと感じてしまいます🥲
ありがとうございます。
どうぞよい週末をお過ごしくださいね🍀

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