#472[短編]琥珀色の間(ま)[1](仮題)
彼のことは、友達でも恋人でもない、ふしぎなその間柄を、なんと呼んでいいのか、わからなかった。
部下、後輩、臨時スタッフ、違う。
友達、仲間、これも違う。
仕事とプライベートの狭間で、ふとした瞬間に出会った、人生をときめきに変える魔法。そんなものが、あるとしたら彼がそうだと爽子は思った。
帰宅後に、お風呂で一日の疲れをほどき、軽く夕飯を食べに出たあとのこと。
帰るにはまだ早い気がして、ふらりといつものBarの扉を押す。中から温かい空気がこぼれてくる。
少しだけ賑やかな雰囲気に人の気配を感じる空間と、琥珀色のライトが、カウンターの木目を静かに照らす店内は、明るすぎず、暗すぎず。
夜の気配をやわらかく包んでいた。
「いらっしゃい!」マスターの澪の笑顔がはじける。
広くはない。けれど、肩が触れ合うほどの窮屈さもない。
声を張らなくても届く距離感が、ちょうどいい。
それに、何よりも彼女の笑顔が見たくて来ることが多かった。
「どうぞ」彼女に促されてカウンターにつくと、隣の席は飲みかけのグラスが、少し照れたように、ちょこんと置かれていた。
誰かの笑い声が、遠くで丸くほどける。
しばらくして「彼」が席に戻ると、小声で話しかけてきた。
「こんばんは」
後ろのグループの笑い声に紛れないよう、少しだけ声を張った。
彼は、驚いたように目を上げ、軽く会釈を返す。
そのあと、彼の目が一瞬だけカウンターの木目に落ちた。
照れ隠しのようにも見えた。
「近くの居酒屋の人に紹介されて来たのが初めてで……」
見た目の印象よりも、声は落ち着いていた。
まだ若いはずなのに、言葉の端々に急がない呼吸がある。その間の取り方に、爽子はふっと心を撫でられそうになった。
急がない。けれど、言葉の芯はぶれていない。
若さよりも、丁寧さが先に立つ呼吸だった。
「へぇ、紹介で」
「いいお店ですよね、ここ」そう返すと、彼の口元が少しだけ緩む。
彼の声が、店の光と同じ温度に聞こえた。
急がない。けれど、間延びもしない。
今日は仕事帰りだと、彼は話した。
気の乗らない飲み会が終わって、家路につく前のひととき。
「仕事帰りですか?」「何軒目です?」他愛もない会話をした。
「へぇ、IT業界なんですね」
「危なかった、私も同業なんですよ」
静かに飲みたい気もちもあって、照れ隠しを装った。
それに、爽子の仕事には厳密な守秘義務がある。
「僕、今度、試験があるんです。今日は息抜きも兼ねて。二度目なんですけどね……」
いくつだろう。
数字だけ聞けば、子どもみたいなものかもしれない。
彼の兄弟ですら、きっと子どもみたいな年齢だろう。
でも、目の前のこの青年は、年齢の軽さよりも、
未来に向かって背筋を伸ばす「大人」の顔をしていた。
「頑張ってるんですね」そう言うと、彼は少しだけ照れたように視線を落とした。
その仕草がまた、丁寧で、まっすぐで、胸の奥がじんわり温かくなる。
おっと、いけない、いけない。爽子はつとめて冷静に振る舞った。
爽子は自分の話も少しだけした。普段ならあまり話さないことまで、この夜の空気がそっと背中を押してくれたと思う。
会話の合間に訪れる沈黙が、まったく怖くない。むしろ心地いい。
その呼吸が、カウンターの静けさにすっと馴染んでいく。
ただの “頑張り屋” じゃなくて、
自分の未来に責任を持ってる人の姿勢。
年齢じゃなくて、背筋の伸びた生き方。
彼の「間」は、若さゆえの軽さではなく、大人の余白を持っていた。
「あ、あの、僕なんてお呼びしたらいいですか?」
先に切り出したのは、彼のほうからだった。
勇気のある子だな、ふとそう思った瞬間──
「あ、ぼ、僕は大翔と言います」
「すみません、先に名乗るべきですよね。ごめんなさい」
マジメな顔で取り繕うのが、ちょっと面白くて、爽子は笑いを堪えるのが大変だった。
「爽子です。よろしくね」
「さわこ、さん」
「ありがとうございます!」
「シワシワネームですけどね」
◇
──それから3時間は経った頃だった。
「それじゃ、お先です。おやすみなさい」
先に席を立ったのは、爽子だった。
「は、はい。おやすみなさい。よいお年を」
──あんなに笑ったのは、久しぶりかもしれない。
<了 1,700 字>
この歌を書いた後で、ふとひらめいたお話です。
あとがき
本編は午前0時57分頃に追記しました。
先にスキを押してくださった皆さま、本当にありがとうございました。
優しすぎます🥺
(画面が真っ白になり、最初の数百字しか載せられなかったのです)
今回のお話は「小説のスケッチではなく、物語で行ってみようかな、と思っています。
お時間が許しましたら、お付き合いいただけたらうれしいです🙌
明日はいよいよ、大晦日ですね。
よい年越しをお迎えくださいね😃


▶ほかの記事をお探しですか?(記事検索)
すべての記事:人気、急上昇、新着、定番など
いいなと思ったら応援しよう!
スキ、コメントが1番うれしいです。私の記事を元にあなたの記事を書いてもらうのも大歓迎!心が動く言葉はありましたか?ご感想お待ちしています😊