#520[短編]琥珀色の間[14]──笑顔の交差点
自分の人生を大切にしようと思えた。誰かの時間が急ぎ足で進む音に “いまここにいる” 実感が重なる夜。自分を整えるスイッチ、心のつながりの始め。その場かぎりの夢……?
1話、2話、番外編・大翔、3話 -I、3話 -II、3話 -III、4話、5話-I、5話-II、5話-III、5話-IV、5話-V、6話、7話、本稿、前半まとめ
※ 連載ですが、どのお話からも読めます。
──昨夜の言葉が、まだ胸の奥で温度を持っていた。
発車ベルの音で目が覚めた。携帯の着信だった。
「はい…」爽子は枕に伏せたまま乾いた声で電話に出た。
『爽子?あけおめ!』姉の悠里だった。
「お姉ちゃん…おはよ。どうしたの?こんな早くに」
『え?何よ、話があるって昨日。なーに?』
悠里に言われて、昨晩メッセージしたことを思い出す。
「あぁ…うん。えっとね……」爽子は思考がついてこない。
『なに、結婚?』悠里のいつものパターンだ。
「ううん、ちがーう」爽子はあくびをしながら返事した。
フラつく足元でキッチンへ向かい、お湯を沸かす。
カーテンを開けながら悠里に言った。
「好きな人、できたかも…」
『なぁんだ』悠里はつまらそうな声を出した。
「うん、残念ながら」
『じゃー、なに。子供たち起きちゃう』
「そうだよね。ちょっと待ってね」
爽子はパジャマを部屋着に着替えて、コーヒーを淹れる。
年末に大翔と出会ったことを話し、
ミシマとのことはなんとなく秘密にしておいた。
『うーん……』
『なんにも考えてないよ。甘えただけじゃない?』
『家では親の顔色伺って、学生時代は勉強で、今は仕事が忙しい』
『Barに行く余裕ができた。俺すげーって』
爽子はコーヒーカップを持つ手に力が入った。
『もう忘れてるよ。年末でしょ?』
爽子はコーヒーを少しだけ口をつけて、言葉を飲み込む。
『そんなもんよ。気にすることなし』
「はぁ……」
『デートの約束とかしたの?』
「ううん、まだ」
『えぇー?』悠里はため息混じりに呆れている。
──待ってる間に、彼の方に出会いがあるかもしれないよ。
悠里の言葉に、思わず息を飲む。
『話しに行ってみたら?』
「うん…」
『話さなくてもいいの。聞いてれば』
爽子の間を縫って、悠里は言った。
「え、やだよ。間が持たない」
『大丈夫、大丈夫』
『こないだはどうも、って』
『…もう、誰に似たのかしら……』
『本命と出会うまでの練習。それならいいでしょ?』
「そうねぇ」
『お正月どうしてました?』
『映画って観ます?』
『簡単でいーのよ』
『爽子、話は聞けるんだから』
『軽い質問なら、自然に話せるんじゃない?』
『ちょっと気をつけたいのは……』
悠里は少しだけもったいぶった。
──でもこっちには来ないでほしい。
『これが、本音』
「……」
『好きになられても困るってこと』
『ダダっ子。うちの子とおんなじ』
『上司がめんどくさくて〜、仕事忙しくて〜』
『勉強もしてるんですー』
『余裕が出てくると、ちょっと甘えたい』
『憧れるの。爽子みたいな』
『わたしみたいな?』
『そう。年上で、話聞いてくれる人』
悠里はやれやれ、という様子で淡々と続ける。
『あるある』
「……そっか」爽子は拍子抜けしてしまった。
『そうそう、いるいる。うちの会社にも』
『ちょっと甘えただけなのに』
『本気になるの?』
『え、キモイ。俺、知らなーい』
『そうなら、あんまりじゃない?』
「!!」
「たしかに!」
爽子は慌てて、でもゆっくりとカップを置いた。
『まずは彼のことをよく知らないとね』
胸の奥で、コトンと何かが動いた。
『放っておいたら?』
『疲れたからちょっと甘えたい』
『ちょっとカッコつけたかっただけ』
『それだけ。なんにも深くない』
『なーんにも、意味がない』
悠里はドライに言い切った。
◇
爽子は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「なんか、すごくスッキリした!」
「なんの気持ちかわからなくて、ずーっと引っかかっていたの」
『あ!うちもダダっ子が2人起きてきちゃった』
甥っ子と、義兄だ。
『ゴメン爽子、また連絡ちょうだい!』
「ふふふ。今度遊びに行くね。お義兄さんにもよろしくね」
『うん、またね!気晴らしに出かけたら?』
「うん。ありがと、お姉ちゃん」
ミシマの言っていた、若さの無邪気で残酷な所が、少しだけわかった気がした。
◇
仕事始めが数日過ぎた頃。
爽子はいつもの木のドアを開けた。
「こんばんは」爽子はひょいと顔を覗かせた。
「いらっしゃい、爽子ちゃん!」
澪は変わらず明るい笑顔で爽子を出迎えた。
「あけましておめでとうございます」
薄暗い店内はまだ少しひんやりとしていた。先週と変わらない琥珀色のダウンライトが、ツヤのある木のカウンターを照らしていた。
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ。さ、こちらへどうぞ」
澪の声は、店の照明みたいに柔らかかった。
「なんにします?」
「うーん。赤にします」
「OK!ちょっと待ってね」
「お正月はゆっくりできました?」澪がさりげなく話を振る。
「はい、家で過ごしたり、高校の先輩とご飯いったり」
「ええ、いいですね」
「澪さんはどうしてました?」
あ、これでいいんだ。この感じ。
「はい、どうぞ」
「それじゃ、澪さんもご一緒に」
「ありがとう」
今日は少し早めに来て、澪と2人だけだ。
◇
「そういえば…」爽子から大翔のことを尋ねる。
「うーん、誰だっけ。その日、隣にいたの」
「どんな感じの人?」
澪が覚えていないことは意外だった。
その軽さに、胸の奥がふっと緩んだ。
それだけフラットに「場」を見ていると思えて、爽子は少しだけホッとした。
「若い感じの人ですね。スーツで、ヘアスタイルも決まってる」
「あー、あのお肌ピカピカの子!」
「はい」爽子は澪のたとえに笑ってしまった。
「今月はまだ来てないかな」
爽子はほんの少しだけ沈んだ。悟られないように、グラスを持ち直す。
澪にはきっとお見通しだと思った。
「でも…」
「新年会があると思う。週末に来てみる?」
「何か言っておく?」澪が機転を利かせてくれた。
「あ、ありがとうございます。楽しかったです〜、くらいで」
「うん、りょーかい!」2人は満面の笑みでグラスを手にした。
──乾杯!
澪と軽くグラスを合わせた瞬間、
心の奥で、また小さな風が動いた気がした。
触れない距離のまま、
それでも心は動いてしまう。
まだ終わっていない、と静かに思った──
<了, 2,500 字>
📖改稿のお知らせ(2026/3/14)
・悠里のセリフを「」から『』に変えました(電話のため)

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