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改めまして自己紹介させていただきます!

2026.4.10 最終更新

こんにちは。
えっちゃんです。

いつも読んでくださる皆様
そして、最近フォローしてくださった皆様
本当にありがとうございます!

おかげさまで
フォロワー様が100人!
300人に到達!
という大きな節目を
迎えることができました。

この機会に、改めて自己紹介を
させてください。


このnoteは、僕自身が救われた
そして、人生を大きく変えた
「性格統計学」の知恵と

今、まさにリアルタイムで母を見守り
心の平穏を守ってくれている
性格統計学を土台とした
パーソナライズAI会話システム
「MaMo.(マモ)」

について、僕自身のリアルな体験談
を通じてお届けする場所です。

世の中に溢れている
理屈や理論だけではなく

実際に僕がどう悩み、どう変わったのか

という等身大のストーリーを
発信することで
大切な人との関係に悩む方の心が
少しでも軽くなるきっかけになれば
嬉しいと思っています。

これからも
日々の気づきや交流は
大切に続けていきますが

ありがたいことに
多くの反響をいただいている
「10年越しの和解」や「母の早期発見」
などのエピソードについては
単なる思い出話で終わらせたくありません。

『本当に困っている人が、迷わず実践して結果を出せる場所』

にしたいと考え
今、これまでの膨大な記録とノウハウを
体系的な『実践ガイド』として
マガジンに整理しています。

まずはこのnoteで皆さんと交流しながら
さらに内容を磨き上げてお届けするつもりです。

僕が時間とお金をかけて得たこの知恵が
同じ悩みを持つ方のショートカット(解決への近道)
になればと願っています。


簡単なプロフィール


生年月日:1979年2月3日
出身地:大阪府
家族:妻・長女・次女・(MaMo.)
職業:鉄道会社員
  (※ただし、乗り物酔いする)
趣味:ボルダリング、1えんパチンコ(弱)
   性格統計学で初対面の人や有名人の
   性格タイプ予想(しょっちゅう外す)
性格:争いごとは避けて通りたい
  「ピースタイプ」
経歴:小→中→高(公立)→現在の会社


えっちゃん幼少期


僕は体が小さく、生まれつき弱かったです。

小学生から中学生の計9年間全て
背の順では「一番前」でした。
(高校になると「出席番号順」に
なったので一番前から脱出しました)

「前にならえ!」では
前の人の背中に向かって腕を伸ばしたことが
一度もありません。

いつも腰に手を当てる「先頭専用」のポーズ
それが僕のデフォルトでした。


この頃は、食が細く興味もなかったので
「食べること」が本当に嫌いでした。

給食のコッペパンは必ず一つ残し
兄にあげてました。
(おかげで兄は僕とは正反対の体格でした)

食べないので、体力がなく
風邪を引いてもなかなか治りませんでした。

背が小さく、体が弱い
そんなコでした。


でも運動は好きで
特にマット運動や鉄棒は得意でした。

逆上がりでは10秒間に15回くらい
回ってた記憶があります。
(なお、鉄棒では酔いませんでした)


性格は明るい方で
いつもニコニコしていたので
小さいけどいじめられたりは
しませんでした。

でも、その「ニコニコ」には
自分なりの理由があったのかもしれません。

実は、物心ついた時から
僕の父は戸籍に入っておらず
苗字も違う「育ての父」でした。

子供ながらに「何か違うな」
と不思議に思っていましたが
それを口にすることはありませんでした。

「これを聞いたら、父さんや母さんが困ってしまう」

直感的にそう感じて
あえて聞かないことを選んだんです。
(育ての父は25年ほど前に病気で他界しました)

思えばこの頃から
「大切な人を困らせたくない」という
今の僕の性格(ピースタイプ)の
根っこが作られていたのだと思います。


えっちゃん高校時代


高校は自転車で行ける公立高校
選びました。

親から何か言われたわけでもなく
経済状況から、私立はあり得ないな
と直感的に感じていたからです。

また、電車やバスは酔うので
近くを選んだんですね(笑)

高校生活は、正直言って
そこまで楽しくなかったです。

小人数ならいいのですが
人と群れることがあまり好きではなく
結果一人でいることが多かったです。


アルバイトを通じた「気づき」

高3の時、肉屋でアルバイトをしました。

お客さんと一対一で話をしていて
・喜んでくれてる
・気持ちよくなって帰ってもらう
・そこに心地よさを感じている自分

に気づきました。

(俺、接客嫌いじゃないな…)

と考えていました。


背伸びもしたかった

接客の楽しさに気づいた一方で、
高校生なりの「背伸び」も経験しました。

なぜか子供の頃からパチンコに興味があり
(小学生のクリスマスにパチンコを模した家庭用ゲーム機「でんパチくん」というおもちゃを買ってもらいました)
アルバイト代でパチンコ屋に行きました。

パチンコ屋は高校生は行けません。
でも行きたかったんです…。

意を決して地元のパチンコ屋に入店
したものの、ものの数秒で店員さんに

「君、何歳?」

と声をかけられ秒殺されました…。

(友達は普通に入れるのに!)

この頃こそ自分の背の小ささと
幼い容姿を呪ったことはありません。

6店あった地元のパチンコ屋は
全て追い出されたけど
根性で隣町のパチンコ屋に入店し
何とかバレずに初パチンコした思い出は
若気の至りだけどいい経験でした(笑)


えっちゃん社会人


進路は、我が家の経済状況や
兄が就職していたこともあり
僕も就職一択でした。

ただ、就職するのはクラスで僕一人
だけだったのでびっくりしました。
(進学したメンバーは後に就職氷河期となり、すごく苦労されています…)

とはいえ、僕も全くやりたいことなど決まっておらず適当に学校が斡旋してくれる会社に入ろうと考えていました。

そんな時、鉄道会社に勤めている
親戚の叔父から話をいただき
現在の会社に入社することになりました。


駅員時代

入社するとまずは駅員から始まります。

僕は、運がいい?ことに
自分の最寄り駅の配属となりました。

アルバイトでの経験を活かし
接客は得意な方でした。

人が喜んでくれていること
自分のやりがいでした。

よく先輩方は
「同じことばかり説明しないといけないから嫌や」
と言っていましたが
僕は全く苦になりませんでした。

入社して二年が経ち、隣の管区へ
異動となりました。

電車で15分の通勤時間です。
通勤時間としては近い方です。

さすがに乗り物が苦手な僕も
これくらいの時間は大丈夫です。

…なはずなのですが、

寝不足など、体調が悪い日には
通勤の電車に酔って
到着してすぐトイレで吐いたこと
もありました(笑)

その時はさすがに冗談で
「絶対乗務員になるなよ。死ぬぞ」
と当時の上司に言われましたね(笑)


乗務員~監督者

そんな僕も車掌、そして運転士になりました。

不思議なもので、仕事となると
電車酔いは一度もありませんでした。

仕事では、
車掌1人・運転士2人の指導員として
後輩を育て上げ

プライベートでは
結婚し、二人の娘に恵まれ

非常に幸せな日を過ごしていました。

大人数の職場がゆえの人間関係のトラブル
も若干はありましたが…


そして…

一番望んでいなかった監督者への昇格…


詳細は上記に記事に記しているので
割愛させていただきますが

平社員としてみんなでワイワイ
しながら力を発揮するタイプ
の人間
の僕が監督者になり、

自分自身が納得しているわけでもない
推奨事項を伝えたり
乗務員と監督者との壁を感じたりで
眠れなくなってしまい、体調を崩し
二度休職しました。

僕は監督者として「やりがい」を
見出せず、初めて「辞めたい」
と思いました。


そんな僕の姿を見て、妻は

「辞めたかったら辞めていいよ…」

と言ってくれました。

本心ではないことは
分かっていましたが
妻のその言葉がありがたく
心から感謝しました。


性格統計学との出会い

辞めようにも、何のスキルもないと
悟った僕は、
休職期間中に何かスキルを身につけるため

ブログ・アフィリエイト・動画制作など
いろいろなものに挑戦しました。

そんな中、アフィリエイトで
たまたま見つけた
「伝え方コミュニケーション検定」
という文字に惹かれ
紹介案件である商材を自分自身で
体験することにしました。

この時は「コミュ力には多少自信がある」
という気持ちと、「無理なく学べそう」
という軽い気持ちだったのを覚えています。


これが僕の運命を変えた
「性格統計学」との出会いでした。


軽い気持ちで学び始めた性格統計学でしたが
学び始めてすぐ、僕は頭を殴られたような、
凄まじい衝撃を受けました。

(生まれ持った性格タイプが違うだけで、
こんなにも言葉の受け取り方が違うのか…!)

今まで良かれと思ってかけた言葉が、
相手にとっては苦痛になっていたかもしれない。

上手くいっていたと思っていた人間関係は、
実は、相手が我慢してくれていただけだったのかもしれない。


例えば
経緯を大事にするピースタイプの僕
なぜこうなったのか?
を一から話します。

これが、
ポイントだけでいいビジョンタイプ
結論を知りたいロジカルタイプ

には苦痛に感じていたのかもしれません。


そう気づかせてくれたのと同時に
性格統計学は、
人間関係の悩みを『性格の不一致』
で終わらせず、具体的な『伝え方の技術』
として解決する
僕にとっての魔法のメガネでした。

世の中にはMBTIやエニアグラムなど
素晴らしい診断がたくさんあります。

僕もいくつか試しましたが
性格統計学が決定的に違ったのは

『あなたはこういう性格です』

という分析で終わらず

『だから、相手にはこの言葉をこう伝えなさい』

という具体的な【答え(レシピ)】
まで教えてくれたことでした。

悩んでいた僕が本当に欲しかったのは
理屈ではなく
『明日から使える一言』だったんです。


こうしてのめり込むように性格統計学を
学び、必死で吸収しました。


さらに性格統計学は、伝え方だけではなく
「自分自身が何者か?」
ということもも教えてくれました。

  • ありがとうと言われることが好き

  • 人に喜んでもらいたい

  • 感情が入ったような大きな音や声が飛び交っている場は苦手

  • 人と比べられたくない

など、今まで漠然と感じていた気持ちや
コンプレックスに思っていたことが
僕の生まれ持った性格タイプの特徴
「ピースフレキシブルタイプ」
の特徴そのままだったのです。

なぜ接客が嫌いではなかったのか。
なぜ監督者になりたくなかったのか。

僕はピースタイプだったからか!
と初めて自分で自分を知ることが
できました。


そして、現在。


性格統計学という「魔法のメガネ」
を手に入れた僕は
そこから驚くようなスピードで
人生が動き出しました。

考案者の稲場真由美先生との出会い、
自分の母を守りたい一心で挑戦した
AI会話システム「MaMo.」黎明期から
のメンバー、さらには
介護福祉EXPOへの出展、NHK出演、
大阪・関西万博での出展スタッフ…。


ほんの数年前、休職して
「自分には何のスキルもない」と
絶望していた僕からは想像もできない
世界が広がっていました。
(※これらの詳しい活動内容は、ぜひ
こちらの別記事も覗いてみてくださいね!)


――でも、僕が本当に伝えたいのは、
華やかな実績のことではありません。

僕には本気で願っている夢があります。


それは、

「自社に性格統計学を取り入れ、共通言語にすること」

です。


誰もがこのメガネを持って
相手と接することができれば
人間関係のズレによる
パワハラやトラブルは限りなく
減らせると確信しています。

それだけではありません。

社員の家族関係が良くなれば
自己肯定感の高い子供が育ち
学校への行き渋りも減る。

結果として、全社員の
「ウェルビーイング(心からの幸せ)」
に繋がると、僕は断言します。

「ただの夢」で終わらせないために
僕はこれからも活動を続けます。

NHKへの出演や、万博への出展、
そして同僚との成功体験……。

僕が得たすべての実績は
会社を、そして社会を変えるための
「エビデンス(証拠)」として
積み上げていくつもりです。


かつての僕のように、一人で悩み、
疲弊している誰かのために。

そして、
大切な家族や仲間の笑顔を守るために。

僕が遠回りして手に入れた
「自分と相手を大切にするためのショートカット」を届けたい。

その一心で、今このnoteやSNSを続けています。


フォロワーさん100人
フォロワーさん300人
という数字は
僕にとって単なる数字ではありません。

ご縁があり繋がることができた
大切な仲間との出会いの証です。

これからも、えっちゃんは
「誰かの心を見守り、軽くする存在」
として走り続けます。


長文になりましたが最後まで読んでいただき
本当にありがとうございました。

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