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第8章|夕日―魅惑の赤、覚醒の赤―【#創作大賞2026 #ホラー小説部門 】応募作品。全13章・完。


【 創作大賞2026 】【 ホラー小説部門 】小説『夕日』第8章『魅惑の赤』―初めての美しさ― の章タイトル画像

めぐみを乗せて、
鹿島へ向かう。

カローラワゴンに
俺以外が乗るのは初めてだ。

めぐみなら悪い気はしない。
自分でも不思議だった。

カローラワゴンのエンジン音も
安定している。
めぐみを認めてくれている。

助手席で、
シートベルトを引っ張る音がした。

「仕事だ。」

「え?」

「ドライブだ。」

「もう。どっちなの?」

「どっちでもいい。」

めぐみは笑った。

納得したのか、
していないのかは分からない。

環七を抜ける。

流れに乗る。

信号が減る。

速度が上がる。

めぐみは、最初はよく喋っていた。

店の話。
客の話。
吉田の話。

「吉田さんさぁ、
またマネージャーに怒られてたよ。」

「そうか。」

「なんかさ、
あの人、怒られても
あんまり気にしてないよね。」

「そう見えるだけだ。」

「どうかなぁ。」

それ以上は続かない。

頭の中は道順のことでいっぱいだ。

高速に入る。

音が変わる。

外の景色が流れる。

めぐみは、窓の外を見ていた。
そのうち、喋らなくなった。

途中のパーキングエリアで、
めぐみが作った
たまごサンドを食べた。

初めて食べたときより
ふんわりしてるように思えた。

「うまいな。」

「嬉しい。コーヒー買ってくるね。
ブラックのホットでいいよね?」

「あぁ、頼む。」

取り付けたばかりの
カーナビを確かめる。
順調だ。

たまごサンドを食べた指で、
カーナビの画面に触った。

画面に、薄く跡がついた。
ティッシュで丁寧に拭く。

カローラワゴンに
取り付けられたカーナビ。
カローラワゴンの一部だ。

めぐみが戻ってきた。

「外で飲むコーヒーって美味しいね。」


鹿島に着く。
言われた通り、
鹿島神宮駅の周辺を回る。

1周。

2周。

3周。

同じ道を、
何度もなぞる。

右に曲がる。

左に曲がる。

信号を数える。

目印を覚える。

コンビニ。
ガソリンスタンド。
小さな公園。
外田新聞店。
目印になりそうな店。

全部、頭に入れる。
めぐみが、見ているのが分かる。

「迷ったの?」

「遊んでるだけだ。」

「変なの。」

また笑う。
よく笑う女だ。

何度も。同じ道を走る。
それが仕事だった。

途中、コンビニに入った。

「なんか買う?」

「いらない。」

「私は買う。」

降りていく。
一人になる。

ステアリングを握る手。
汗でびっしょりだ。

カローラワゴンを
汚してしまいそうだ。

丁寧に手を拭き、
ステアリングも拭く。

カーナビを確かめる。
走ってきた道を辿る。
鹿島神宮駅周辺の道は網羅した。

順調だ。
何もかも順調だ。

ドアが開く。
めぐみが戻ってきた。

「ほい。」

缶コーヒー。
見たことのある銘柄だった。

「なんでこれを選んだ?」

「吉田さんがいつも飲んでるやつ。」

熱い。

「飲まないの?」

「あとでな。」

ポケットに入れる。
癖のようなものだ。
おまもりといってもいい。
安心できる。

「カイロ代わり?」

「そんなもんだ。」

「変なの。」

めぐみはまた笑った。
本当によく笑う女だ。

また走る。

同じ道。

同じ景色。

少しずつ、頭に入っていく。

どこからでも、
インターに出られる。
そういう形に、道が組み上がっていく。

土地の人間と同じくらい、
道を頭に入れておきたい。

めぐみは、また窓の外を見ている。

何か言いかけて、やめる。

その繰り返しだった。

帰りの高速だった。

だんだんと空が暗くなっていく。

前を走る車のライトが増える。

めぐみが、
急に身を乗り出した。

「見て。」

声が変わった。強かった。

視線の先を見る。

右。

空が赤かった。

ただの赤じゃなかった。

広がっていた。

流れていた。

光がこちらに向かってくる。

俺も、めぐみも、
カローラワゴンも、
のみこまれていく。

一瞬、アクセルを緩めた。

車の速度が落ちる。

後ろから、
軽くクラクションが鳴る。
無視した。

前を見る。

また右を見る。

赤い。

血。

隣の家の犬を殴ったとき。

鉄パイプが吸った色。

同じ色だと思った。

だが、違った。

広がり方が違う。

音がない。

匂いもない。

数も数えない。

犬の鳴き声も聞こえない。

光だけ。

「きれい。」

めぐみが言った。

つぶやくように、でもはっきりと。

その言葉が、遅れて入ってきた。

きれい。

きれいというのは、
こういうことなのか。

しばらく、何も言わなかった。

初めて景色に見入った。

初めて、
誰かと、
同じものを見ていた。

ステアリングが、
軽くなった気がした。

「今日は、これが見れたからゆるしたげる。」

めぐみが笑う。

「お前の許しなんか要らねぇよ。」

いつも通りに返す。

だが、声の出方が違った。
自分でも違うと気づくほど。

窓の外を見る。

赤はまだ続いている。

沈んでいく。

少しずつ。

消えていく。

その間、何も考えなかった。
考えられなかった。

ただ見ていた。

それだけだった。

しばらくして、視線を戻す。

前を見る。

道路は同じだ。

カローラワゴンも同じだ。

何も変わっていない。

それでも、
俺の、全身の、血の流れ方で分かる。
鼓動を全身で感じる。

俺の中になかった、何かが生まれた。
なんだか恥ずかしい気持ちになった。


サングラスが要るな。




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