第7章|夕日―魅惑の赤、覚醒の赤―【#創作大賞2026 #ホラー小説部門 】応募作品。全13章・完。

めぐみが来るのが日常になった。
鍵は開けておく。
勝手に入ってくる。
自然にそうなったのが、
不自然に感じる。
テーブルに食事を並べる。
たまごサンドだけじゃない。
カレーやおでんも
持ってくるようになった。
洗面所にはピンクの
歯ブラシが増えて、
台所にはキャラクターものの
マグカップが増えた。
最初は目障りだった。
自分以外のものだ。
不必要なものに感じた。
でも、めぐみがピンクの歯ブラシで
歯を磨いているのを見た。
使う人がいる。
それだけで、邪魔ではなくなった。
めぐみが洗濯物をたたむ。
慣れた手つきに見えて、どこかずれている。
なんとなく、感じる。
部屋の中の音も変わった。
袋を開ける音。
鍋に水を入れる音。
まな板に包丁が当たる音。
心地いい音に聞こえて、
音がぎこちない。
今までこの部屋にあったのは、
換気扇の音と、
隣の壁を叩く音と、
缶コーヒーを開ける音
くらいだった。
部屋は確実に変わっていった。
めぐみはよく、勝手に窓を開けた。
「武井君。空気、悪いよ。」
そう言って、
カーテンのない
すりガラスの窓を開ける。
「武井君」と苗字で呼ばれる
この距離感が心地よかった。
朝の光が入ってくる。
目障りだったはずの
ピンクの歯ブラシも、
キャラクターもののマグカップも、
いつの間にかそこにあるのが
当たり前になっていた。
めぐみが勝手に冷蔵庫を開ける。
空の冷蔵庫を見ながら笑った。
「私がいなかったら飢え死にだね。」
「缶コーヒーばっかりは身体に悪いよ。
コーヒーメーカー買おうよ。」
コーヒーメーカー。
そういうものは、
ちゃんとした生活をしてる
ちゃんとした仕事をしてる
ちゃんとした人間の道具だと思っていた。
「いつもありがとうな。これで足りるか?」
言いながら、5万円を渡した。
「えっ?こんなに?
お昼のお仕事、工場だよね?
リッチのお給料もまだだよね?
怖いお仕事してないよね?」
「仕事に怖いとか怖くないとかねぇよ。」
「時々変な電話かかってくるから。」
「なんでもねぇ。心配いらねぇ。」
そのまま、肩に頭を乗せてきた。
重さがある。
そのまま、時間が過ぎる。
動かない。
それでも、気にならなかった。
音もない。
会話もない。
そのまま、動かずにいた。
鼓動だけがあった。
「何か欲しいものないのか?
指輪とかネックレスとか。」
自分で聞いて自分で驚いた。
「じゃあ、指輪。」
「でも、まだあとでいいよ。
リッチのお給料入ってからで。」
「だからリッチを辞めないで。
私を守ってよ。」
冗談の声じゃなかった。
真剣なまなざしだ。
何に怯えているのか。
聞こうとしたとき、電話が鳴った。
「いつも邪魔して悪いな。
今までとは違う、
大きな仕事が入りそうだ。」
めぐみが心配そうに見ている。
「今、分かっているのは場所だけだ。
JR鹿島神宮駅。茨城だ。」
「下見が必要だ。女とドライブのふりをしろ。」
女。彼女なのだろうか。
その言葉に、めぐみを見る。
震えているように見える。
静かな部屋。
電話の声も漏れ聞こえているだろう。
「鹿島神宮駅から高速までの道を覚えろ。
複数のルートを覚えろ。」
「いつ?」
「今日、今すぐ行ってくれ。
カーナビはつけたか?」
「ああ。つけたぜ。」
いつも電話は一方的に切られる。
「出かけるぞ。
たまごサンド作ってくれ。」
「材料とかなんもないよ。
買ってきていい?
ついでに鍋とかも。
コーヒーメーカーも買うよ。」
「好きにしろ。」
嬉しそうにめぐみは出ていった。
押入れを開ける。
ナンバープレート。
金。
それと、鉄パイプ。
冷たい。
そして乾いている。
子供の頃の記憶が蘇る。
あの時の血がついたままだ。
犬。
隣の家の犬を殴ったとき。
振り下ろすたびに、
数を数えた記憶。
鉄パイプ。
いつか必要になるかもしれない。
カローラワゴンに預けよう。
めぐみが大量の荷物を
抱えて帰ってきた。
「すぐに作るね。たまごサンド。
気に入ってくれてたんだね。嬉しい。
コーヒーいれるから飲みながら待ってて。」
新品のコーヒーメーカーから
香りがただよってきた。
めぐみが嬉しそうに
いれたてのコーヒーを持ってくる。
茨城ナンバーは持っていたか?
そんなことを考えながら
ひと口飲んだ。
うまい。コーヒーがうまいのか
めぐみといるからうまいのか。
女、彼女。
めぐみを連れて行っていいのか。
「ねぇ、どこに行くの?」
「鹿島だ。」
「ドライブ?
やったぁ。鹿島アントラーズだね。」



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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】


【第二章・新聞配達編】



