見出し画像

牧のうどん(福岡)で麺が減らない件について

博多バスターミナルの地下というのは、なかなかに混沌とした場所である。

ドラッグストアとお土産屋と外国人観光客と修学旅行生がごった煮になった通路を歩いていくと、突然、黄色い看板が現れる。「釜揚げ 牧のうどん」。その前にはスーツケースを引きずった若者やら、地元のサラリーマンやらが券売機の前で財布を出している。

ゴールデンウィークには廊下の角を曲がってさらに向こうまで行列ができるという、あの牧のうどんである。




券売機で「きつねうどん」のボタンを押した。それから「コロッケ」のボタンも押した。糖尿病の血糖値管理をしている68歳の男が、うどんにコロッケを追加するというのは、医学的にはいろいろと問題のある行為かもしれないが、牧のうどんに来てコロッケを頼まないというのも、人生としてはいろいろと問題のある行為ではないか。

カウンターに座って待つ。目の前の釜からは、もうもうと湯気が上がっている。その湯気越しに、おばちゃんたちが猛烈な速度でうどんを茹でている。牧のうどんは「早さに自信あり」を謳っているが、本当に早い。注文してから3分もしないうちに、灰色の平皿に盛られたうどんが、黒いお盆に載ってやってきた。

そしてその横に、やかんが置かれている。

このやかんこそが牧のうどんの真髄なのであった。

麺を見る。白い。太い。もっちりしている。その上に、甘辛く煮込まれた大判のお揚げが2枚、どかんと乗っている。刻みネギが山盛り。七味の赤い粉が、お揚げの表面にぱらぱらと散っている。

箸をつけた。

麺を持ち上げると、自分の重さに耐えかねたように、たわんだ。讃岐うどんのコシとは真逆の、ふわふわの、やわやわの、あの博多うどん特有の柔らかさである。口に入れると、歯を使う必要がほとんどない。舌と上顎の間で、にゅるん、と潰れる。その瞬間に出汁の旨味が口の中に広がった。

出汁は甘い。昆布と鰹節と、おそらく椎茸も入っているであろう、あの九州特有の甘めの出汁である。お揚げを噛むと、じゅわっと出汁が染み出してきた。

ここでコロッケの出番だ。

きつね色に揚がったコロッケを、躊躇なく出汁の中に沈めた。衣が出汁を吸い込んで、サクサクからジュワジュワに変態していく。この変態の瞬間がたまらない。コロッケの中身のジャガイモのホクホクと、出汁の旨味が合流して、第三の味が生まれる。もやしナムルの小鉢は、その合間の箸休めとして、実に正しい仕事をしていた。

食べる。食べる。

しかし、麺が減らないのであった。

これが「魔法のうどん」と呼ばれる所以である。釜揚げの麺が出汁をどんどん吸い込んで膨張していくため、食べても食べても麺の量が減らない。その一方で、出汁はみるみるうちに減っていく。ここでやかんの出番だ。やかんから出汁をつぎ足す。するとまた麺が出汁を吸う。永久機関のようなうどんである。

1973年の創業から50年以上。糸島の製麺所から始まったこの店は、本店から1時間半以内に出汁を届けられる範囲にしか出店しない。毎朝、各店長が集まって出汁の味を確認してから、各店舗に運ぶ。そういう店なのだ。全国展開をしない。フランチャイズにもしない。味のブレを「生き物だから当然」と受け入れて、そのブレを共有してから店を開ける。

こういう頑固さは、嫌いではない。

食べ終わった。腹がぱんぱんである。68歳の胃袋には、やや過剰な量であった。血糖値計のことが頭をよぎったが、もう遅い。食べてしまったものは仕方がない。

いやはや、いやはや。

博多バスターミナルの地下で、やかんから出汁を注ぎ足しながらうどんをすする。その行為自体が、もはや福岡の食文化なのであった。

糖質のことは明日から考えることにした。

実は牧のうどんには裏メニューがある。
牛丼と雑炊である。
これがまたうまいのだ。
牧のうどん初心者の方には試していただきたい。

#おいしいお店


受講生様のnote


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集