丸亀製麺で親子丼を頼んだら、人生がカツ丼に変わった話
丸亀製麺に行くたび、オレはひそかに野望を抱く。
うどんではなく、うどん以外のものを食ってやろう、という野望である。ネットでときどき話題になる、限られた店でしか出していないという、あの幻の親子丼。あれをひとつ、涼しい顔して注文してみたい。常連ヅラして「いつものね」とか言ってみたい。

ところがである。
いざ暖簾をくぐると、店じゅうにみなぎるあの出汁の匂い、釜から立ちのぼる湯気、トレーを滑らせる客たちの行列、揚げたて天ぷらのジュワーッという音——それらの総攻撃にオレの意志はあっけなく溶ける。気がつくと口は勝手に「おろしぶっかけ……並で」とか言っている。野望はどこへ消えた。毎回これだ。情けない。

だが今日は違う。
今日のオレは固い。岩のように固い。糸島の海岸の岩くらい固い。心に決めてきたのだ。レジ前に立ち、トレーを握りしめ、ほほえみも忘れず、やや大きめの声で言ったのである。
「親子丼、ください」
言った。ついに言った。
ところがである。
「この店では、扱ってませんねえ」
無情。完全なる無情のことばである。
あれー。あれー。以前あったような気がするんやけど。あの幻の親子丼、たしかどこかの記事で見たような……いや、あれはオレの記憶の捏造か。脳が見せた都市伝説か。横山光輝のマンガで言うところの、バビル二世の幻覚回か。
だが、ここで引き下がってはいけない。
「すまんすまん、やっぱうどんでええわ、付き合ってくれる?」
などと、渋谷道玄坂あたりのチャラ男みたいなことは口が裂けても言いたくないのである。あの、彼女に「やっぱカフェよりラーメンがいい」と言われて秒で意見を翻すタイプの男。あれにだけはなりたくない。68年生きてきた男のプライドというものがある。
オレはマッハのスピードで答えた。光速だ。神の速度だ。
「カツ丼、ください」
大正解であった。
このカツ丼が、うまいのである。

衣にしみた甘辛いつゆ、とろりとからむ卵、玉ねぎの甘み、その下にひそむ熱々の白い飯。ひと口めでもう確信した。これは当たりだ。となりのテーブルでなにやら険悪な空気を漂わせている夫婦——たぶん旅行の行き先かなにかで揉めている——その剣呑なやりとりすら、もはやBGMである。聞こえない。世界にはオレとカツ丼しかいない。
いっそ店の名前を「丸亀カツ丼」に変えたほうがいいのではないか。本気でそう思った。製麺の看板を下ろして、デカデカと「カツ丼直売所」と書くべきである。
——と、ここまで書いておいて、正直なことも書いておこう。

帰ってからネットを覗いてみたら、このカツ丼、評価がきれいに真っ二つに割れているのだ。出汁が薄い、油っぽい、卵に火が通りすぎている、衣がサクサクしてない、味がどこそこのスーパーの惣菜っぽい——という辛口の声がある一方で、うどん屋の出汁がしっかり効いていてうまい、つゆがしみて染みる、と褒めちぎるファンもいる。
なるほど。世の中の意見というのは、いつでもこうやって割れている。きのこの山か、たけのこの里か、で人類がいまだに揉めているのと同じである。
だがオレは思う。割れていていいのだ。それでいい。
なぜなら、あの日あの席で、幻の親子丼に振られた直後のオレが夫婦喧嘩真っ最中のとなりで食った、あのカツ丼はまぎれもなく「うまかった」のだから。味の評価なんてものは、その日の空模様と、腹の減り具合と、ふられた野望の数で、いくらでも変わる。それでいいのである。
次はきっとまた、おろしぶっかけを頼んでしまうのだろうけど。
いやはや、いやはや。
#おいしいお店
受講生様のnote
