『W県警の悲劇』と、仏壇に供えるチーズケーキ
『W県警の悲劇』葉真中顕/Audible
歩いている人間の足を、何度も後ろからすくってくる本。
ピラティスの帰りは、たいてい体がほどけている。肩が下りて、歩幅が広い。坂を下るのも軽い。その状態で耳に入れたのが、これだった。
監察官の女がいる。県警で初めて女性警視に昇る人で、組織を上から変えるつもりでいる。その人が極秘任務を与えていた警部が、遺体で見つかる。隠せないか。事故にできないか。——導入はそこまで。あらすじはここで切る。
問題は、この本が「章ごとに足をすくってくる」ことだった。
順調に話を聞いている。人物が見えてくる。立場がわかる。誰が何を抱えているか、こちらの頭の中に地図ができる。その地図を信じて歩き出した瞬間、章の終わりで地面がずれる。さっきまで立っていた場所が、思っていた場所じゃなかった、とわかる。
一度ならまだいい。二度三度と続く。歩きながら聴いていたので、道の途中で足が止まった。さっきのあれは、そういうことだったのか。声には出さずに「えっ」と言っている。たぶん変な顔をしていた。
仕掛けの中身は書かない。書いた瞬間にこの本の価値がゼロになる種類の本だから。ただ、これだけは言える。「騙された」と思ったとき、腹は立たなかった。むしろ、ちゃんと組まれたものに乗せられた気持ちよさがあった。手品を間近で見て、タネが見えなかったときのあの感じに近い。
そのまま聴き続けて、本当はセブンに寄るつもりだった。なのに「51%増量」が目に入って、足がローソンに向かった。本に足をすくわれた帰りに、増量にも足をすくわれている。

大きなチョコシュー。ふわ濃チーズケーキ。ピラティスで疲れた体が、こういうものを欲しがる。しかも51%増量である。断る理由がない。

明日は父の日だ。仏壇に供えれば親孝行になる。我ながら名案である。
ただしクリームは生ものだ。一時間も供えれば義理は果たせるだろう。下げるとき、私は神妙な顔でこう言うのだ。
「お下げします。……このシュークリームとチーズケーキは、お父さんの代わりに、私が責任を持っていただきます」

責任を持って、二つとも食べる。51%増量を、余すところなく。父も向こうで「お前が食うんかい」と思っているだろうが、聞こえないふりをする。
本の続きは、まだ耳の中で動いている。供える前に、もうひと坂ぶんだけ聴いていこう。チーズケーキとシュークリームは、それからだ。

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