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部屋の中の象⑥20年後、ようやく象の正体が分かった

夫婦相談で指摘された夫は、何も変わらなかった

~変わるには、自分自身と向き合うしかない~

※この記事には、流産や身内の自死についての記述が含まれます。ご自身の体調や心の状態に合わせて、無理のない範囲でお読みください。

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前回の話はこちら👇



息子が親の離婚を一人で抱えていた



別居してしばらく経った頃、

夫は息子に「これから離婚することになる」と伝えていたと知った。

私はそんなことを勝手に言っていて驚いた。

何も決まっていないのに、伝えていた。


夫婦相談で指摘された夫の認知の特徴

認知とは、
同じ出来事でも、
人によって受け止め方や解釈が異なる、
その
「ものの見方・考え方」を指します。


夫は公認心理師から「認知を変える必要があるところ」を指摘され、

「妻の認知に合わせる努力が必要です」

と問題の解決策を伝えられた。

それでも、夫は自分自身の問題として受け止めているようには見えなかった。

私は、これだけ問題が積み重なっているのに、本人が本気で向き合おうとしていないのだと感じた。

だから私は、隣にいる夫にも聞こえるように、公認心理師へ向かってこう伝えた。

「夫が8年前から離婚したいと言っていたことを、私は受け入れようと思います。」

ーー公認心理師は、夫がそんな脅迫めいたことを言っていたのも知らずに、夫にすっかり騙されてしまい、慌ててメモをとり始めました。


公認心理師から
夫は
責任感がない
受容がない
「他人事」で生きている
仕事の自負を“免罪符”にしている
と分析されました。

夫婦相談より

また、痛みや病気、入院の時の「大したことない」の発言について。

日頃からその人を大切に思っていないと、
必要な時に「励ましや労りの言葉」は出てこない。

大切に思っていると、自然と
「手術上手く行くと良いね。」
「早く治ると良いね。」と出てくるものです。

夫婦相談より




その後、夫はそのストレスを息子へ向け、

「これから離婚することになる」「住む家がなくなる」と、

無職だった息子に伝えた。



その時、私はようやく気づいた。

私の存在が原因ではなかった。

私がいなくなったことで、夫の言葉は息子へ向かったのだ。



夫から離婚の理由を聞いた息子は、私にこう言った。

「お母さん、お父さんは不器用だから。」

「コロナの時も、お母さんが指定した菓子パンを買えなくても文句を言っちゃダメだよ。」

「お母さんがレベルを下げてあげればいいじゃない。」

「仲直りできないの?」

私は何も言えなかった。

息子は、その時点では夫から聞いた話しか知らなかった。



これ以上、「お母さんが我慢すれば済む話」だと思わせるわけにはいかなかった。

だから私は、今まで隠してきたことを少しずつ話し始めた。



もう隠せないと思って、真実を告げた




第二子を流産していたこと。

妊娠初期に風邪をこじらせ、点滴を受けていたこと。

体調が悪く、温泉旅行をキャンセルしてほしいとお願いしたこと。

しかし、夫と義母が話し合った結果、旅行は予定どおり決行されたこと。

その後、私は流産したこと。

あの子は、もともと育つことのできない命だったのかもしれない。

でも、あの旅行が全く関係なかったとも言い切れない。

今となっては誰にも分からない。


そして、流産後、姑と夫に別のことで責められたこと。

姑も夫も私に無理をさせたかもしれないと謝罪することはなかった。

それどころか、二人とも私を責め、私に怒りをぶつけてきたのだ。


夫は、微熱のまま体調が戻らず、寝込むことがある私に向かって、

「精神が弱い。それでは、お父さんのように自死する。」

夫は励ましだと言っていた。


でも、私は責任を引き受けられない二人が、

弱っている私を攻撃しているように思えた。


当時の私は、この出来事と本気で向き合えば、離婚になると分かっていた。

だから、「私が気にしすぎなのだ」と自分に言い聞かせ、この出来事に蓋をした。


だからこそ、この出来事を息子に話すことができなかった。

もし話せば、

父親と祖母は、妊娠初期の母親の体調より、自分たちの旅行を優先した。

そんな事実を知ることになる。

さらに流産後も、私は人格を否定され、亡くなった父のことまで持ち出して責められた。

父の自死は、限られた身内しか知らない話。

たまたま、結婚していたから、夫も知っていたが、攻撃のネタにされた。

そのことまで息子に背負わせたくなかった。

だから私は、ずっと一人で抱え込んできた。



ようやく「部屋の中の象」の正体が見えた


そして私は、もう一つの事実も打ち明けた。

夫婦として本当の意味で和解できないまま暮らしてきたこと。

私の反対を押し切って購入した家が、後になって災害リスクの高い土地だと知ったこと。

その家で、息子が小学生の頃、私たちは大きな自然災害を経験したこと。

私は、それまで抱え込んできた出来事を、初めて息子に話した。

別居後、私は「部屋の中の象」について学ぶ講座を受けた。

部屋の中の象

講座の中で、ひとつの言葉を知った。

“The elephant in the room”

部屋の中に象がいるのに、誰もそのことを話さない。

誰もがその存在に気づいているのに、あえて触れたがらない、または無視し、非常に明白で重大な問題やタブーな話題を指す英語の比喩的表現。

このことは、家庭内では子供に大きな心理的作用を及ぼし、さまざまなトラウマになってしまう。

その言葉を聞いたとき、私は理解した。

私の家にも、象はいたのだと。

成人した子どもへの影響⑥より



息子が打ち明けてくれたこと


すると息子は、静かに話し始めた。

「お父さんは、お母さんのいないところで言ってた。」

「お母さんは自己中なんだ。」

「愛情がないんだ。」

小学生の頃から、様々な言葉を聞かされ続けていたという。

そして、当時のことも少しずつ話してくれた。

両親がまったく違うことを言っていたため、何が本当なのか分からなかったという。



別居してから、息子が少しずつ話をしていたことを、思い出した。

私は、何のことを言っているのだろう?と思っていた。

私は考えの違い程度だと思っていたが、違った。



そして息子は、こんなことも話してくれた。

「何かおかしいとは思ってた。」

「でも、誰も本当のことを言わない。」

「自分の知らない大きな問題があると思ってた。」

家庭の空気は感じ取っていた。

でも、小学生だった息子は、成人してもその正体が分からなかった。

だから、お父さんにも、お母さんにも、本当のことを聞くことができなかったという。

もし、お父さんに

「お母さんはこう言っていた。」

と言えば、お父さんが怒るかもしれない。

逆に、お母さんへ

「お父さんはこう言っていた。」

と言えば、お母さんを傷つけるかもしれない。

小学生だった息子は、どちらにも本当のことを言えなかった。


だから、どちらも信じきれず、自分の気持ちを話さなくなったという。


「家の中で、ずっと一人ぼっちだった。」


そして、少し間を置いて、こう続けた。


「お父さんは、俺のことなんて、愛していなかったと思う。」

「お父さんに、愛されていないことは、子どもの頃から分かってた。」


私は、その言葉に何も返すことができなかった。


父親の言葉によって、息子が親を信じられなくなっていたなんて、私は思いもよらなかった。


そして私は、もう一つ気づいた。

私が結婚してから苦しんできた

「人を悪者にして自分を正当化する伝え方」が、

今度は息子にも向けられていたことを。

そのことが、何より胸に応えた。


私は、小学生になって急に息子が話をしなくなったのは、男の子の成長なのだと思っていた。

思春期が始まったのだと。

まさか、その背景に夫の言葉があったとは、夢にも思わなかった。

私は、子どもの前で父親の悪口だけは言わないようにしていた。

それは親として当然のことだと思っていたからだ。

でも、片方だけが相手を悪く言い続け、もう片方が何も話さなければ、子どもは真実にたどり着けない。

私は20年後になって、そのことに初めて気づいた。

夫は、息子に話をするとき、出来事も捻じ曲げていたようだった。

その時、私はある出来事を思い出した。

義母もまた、私の話を別の形で親族へ伝え、私と息子は知らないところで悪者になっていたことがあった。

夫も同じように、

自分に都合のよい形で出来事を伝えていたのかもしれない。


そのことに私は大きな衝撃を受けた。

まさか、夫まで同じことをしていたとは思いもよらなかった。


息子が私を信じられるように


流産の話をしたあとも、息子はすぐに私の話を信じたわけではなかった。


両親がまったく違うことを話している。

どちらが本当なのか、まだ分からなかったという。

だから私は、一つ提案した。


「20年越しだけれど、水子供養に三人で行こうと思う。」

そして夫にも、

「流産のことは、あなたの口からも息子へ話してほしい。」

と伝えた。


そうすれば、息子は父と母、両方の話を聞いた上で、

自分自身で考えることができると思ったからだ。

夫が自分のしたこと、流産のことをどう扱っているのか分かるからだ。


私は昔から、嘘をつくことが苦手だった。

感情は入ってしまうことがあっても、事実そのものを変えて話すことはできない。


でも、息子は長年、父親から聞いた印象と言葉の中で私を見ていた。


だから、本来の私が見えなくなっていたのかもしれない。


私は、そのことがとても悲しかった。



一方で、夫は私とはまったく違う伝え方をしていたのだと、改めて感じた。

同じ出来事でも、受け止め方や伝え方によって、

子どもの心に残る印象は大きく変わる。

そのことを、私は痛いほど思い知らされた。


息子は、私の話を聞いたあと、夫からも流産の説明を受けた。

私が息子に話したことは、夫には伏せたままにしていた。

息子は、私が話したことと夫の話が同じかどうか、確かめようとした。

最近、リビングで水子にお供えをしていたことを話すと、

夫はそのことをまったく覚えていなかったという。

息子は、その反応を見て、

父親が自分の子どもの死をどれほど軽く扱っていたかを悟ったようだった。


息子が心を閉ざした理由


私は、ずっと分からなかった。

なぜ息子が本音を話してくれなかったのか。

なぜ一人で抱え込み続けたのか。

その理由は、私が思っていたものとは違っていた。

受験だけではない。

災害だけでもない。

家庭の中で、親を信じていいのか分からない。

その孤独を、小学生の頃から一人で抱えていたのだ。

今振り返ると、小さな息子は、家族が壊れないように、その小さな手で必死につなぎ止めようとしていたのかもしれない。



ようやく親子で同じ象を見ることができた



別居してから、私たち親子は少しずつ話せるようになった。

20年近く経って、ようやく私たちは同じ象を見ることができた。


息子の受験も、今夫が息子を責め続けることも、理解できた。

愛情や責任から来るものではないのだ。

私の存在が原因ではなかったと分かった今、一緒に暮らしている息子のことが心配になった。

息子もまた、少しずつ疲弊しているように見えた。

私と同じように、自信を失ってしまわないか。それが何より気がかりだった。

これから、息子は家を出るために、再就職先の就活をするという。

長年、私のことを信じ切れずに過ごしてきた時間もあるので、私と一緒に住むのも辛いようだ。

就職したばかりで収入が安定しないうちは部屋を借りにくいこともあるので、そのための準備も進めている。




「部屋の中の象」とは、誰もが存在に気づいているのに、


誰も口にできない問題のことを言う。


私たち家族にも、ずっと象がいた。

見えているのに、見ないふりをしてきた。

話そうとしても、話せなかった。

でも、象に名前をつけ、言葉にしたことで、

ようやく親子は同じ方向を向いて歩き始めることができた。




このシリーズを書いたのは、過去を責め続けるためではない。


同じように、家族の中で言葉にできない「象」を抱えている誰かに、

「一人で抱え込まなくてもいい。」

そう伝えたかったからである。


私は、子どもを守るために真実を話さなかった。

でも20年後、息子の話を聞いて初めて気づいた。



子どもを守ろうとして真実を隠すことが、

結果として子どもを孤独にしてしまう場合もあるのだと。

長年繰り返される言葉には、人の心を育てる力もあれば、傷つける力もあります。

子どもは、大人が思っている以上に、その言葉を心の中へ積み重ねていきます。

だからこそ、大人が子どもにかける言葉は、

とても大切なのだと、私は20年後に息子から教えられました。


あの時、小学生だった息子は、一人で家族を守ろうとしていた。



そのSOSに、ようやく気づいた。


もし今、誰にも話せない「部屋の中の象」を抱えている方がいるのなら、この記録が、その象に名前をつけるきっかけになれば幸いです。






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