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私の半生とヘミシンク

※初めての方へ。このブログの入口として読んでいただけると嬉しいです。

私はなぜ、精神世界をこれほどまでに探求するようになったのか。
それは、幼少期から社会人までの体験が、一本の線でつながっているからだと、今になって分かる。

これが、これまでの私の「幸福度の推移」である。

まずは、自分のことを少し。


<小学生時代>

私は小学校の低中学年においては、いじられ役で、そして、更に弱い女子をいじめるという情けない役割だった。
しかしその時、小さいながら、将来幸せな結婚をして家庭をもつことが夢だった私は、「これではいけない」と思ったようだ。
高学年で女子へのいじめをやめ、そのうちいじられなくなった。そして、いつの間にか多くの女子と仲良くなった。私史上、最大のモテ期であった。

この頃すでに、「自分を変えられる」という感覚を、無意識に掴んでいたのかもしれない。


<仏教との出会い>

なぜか般若心経に興味を持ち、「無」「空」について考えるようになった。
そのころ、ちょうど弘法大師入滅1200年であり、真言宗の地域支部の要職にあった祖母に連れられ、弘法大師展覧会や映画『空海』を見に行ったことが転機だったようだ。

仏像、寺社仏閣が好きになり、仏教や神道の知識が自然と増えていった。

映画の中で空海が中国に渡るシーンは、のちの自分の中国駐在勤務に繋がっているようにも感じる。

「空」という概念との出会いは、後の瞑想体験の土台になり、現在の精神世界の探求につながっていった。自分ながら小学生のころに既に種があったことは驚きである。

<中高大学生時代>

中学になると、「生きている意味は無いのではないか」と考えるようになった。
中学後半から高校時代は、回顧もしたくないほど精神的に不安定で荒れた時期だった。昭和という時代背景もあり、その荒れ方は今とはレベルが違った。

高校受験失敗、大学受験一浪など紆余曲折はあったが、田舎の大学工学部に入学し、卒業した。


<社会人:中国駐在と失敗、帰国>

大学卒業時、やりたい仕事がなかった。中国に合弁企業を持つ小企業の面接で、「中国に駐在させてくれるなら入社してもよい」と、今思えばずいぶん傲慢なことを言った。しかしそれを熱意と受け取られ、中国に1年半駐在することになった。1996年、中国の経済開放が加速した時代である。

その後、待遇への不満から転職。しかしそこはブラック企業で、賄賂など若い自分には処理しきれないことばかりだった。叱責が続き、メンタルをやられた。

母に「失敗したので帰国したいけど、いいかな?」と電話したことは忘れられない。

3か月中国を放浪し、帰国。失意の中、ベスト電気でアルバイトを3か月行った。そこで、月収20万円で家族5人を養っている人に出会い、「これなら私もできるかもしれない」と思えた。

この挫折体験が、「意識の世界」に目を向ける直接的なきっかけになったように思う。


<社会人:転職成功>

その後、工学部卒業と中国駐在経験を生かして派遣会社に入社。現在の会社に派遣される。派遣前に海外経験、それ以上に修羅場経験があった私は、少々のことでは動じず、それが評価されたようだ。

1年後に正式雇用のオファー、3年後に正規入社。そして入社3年で、大学卒業時に思い描いていた夢のほとんどを叶えた。海外を飛びまわる仕事、年収、車、家、結婚等。

しかし――

現実は満たされたが、内面だけが満たされていなかった。


何かが足りない。
その正体は、「自分の根源」に対する不安だった。

それを探すには、意識・無意識の世界を探求するしかないと思った。私は、いくらかの方法を実際に試してみた。

1)瞑想
座禅を組み、静かに呼吸を観る瞑想は時々行っていた。
しかし当時の私には、まだ「何も起きない時間」にしか感じられなかった。

2)ヨーガ
竜王文庫の文書を頼りに、伝説的なヨーガ行者の体験記録を読みながら実践した。呼吸法、集中法、身体感覚の観察など、書かれている通りに試した。書籍の内容は極めて興味深く、「ここには何か本質がある」と感じた。
しかし、書かれている体験と、自分の体験が結びつくことは、ついに無かった。

「頭では理解できるが、体験が伴わない」もどかしさが残った。

3)直伝霊気
当時駐在していたロンドンで、山口忠男氏の日本人向けセミナーに参加した。講義は非常に印象深く、先生の話には深みとユーモアがあった。
受講者同士で行った「遠隔霊気」は、今でも忘れられない体験である。相手が遠隔で霊気を送ると、確かに身体にエネルギーのようなものを感じた。
相手も、私からのエネルギーを感じたと言った。

「意志(想い)は、空間を越えて伝わる」それを初めて体感した瞬間だった。

セミナーの中で霊受を受け、私は一応 REIKI MASTER でもある。

ただし、この技術を治療として活かすことには関心が無かった。私の目的はあくまで、精神世界そのものの探求だった。

このように、「何かに触れている感覚」はあった。しかし、どれも決定打にはならなかった。


<モンロー研究所 ヘミシンクプログラムとの出会い>

そして私は、ついに「決定的な出会い」をする。

2007年頃、モンロー研究所のヘミシンクプログラムである。
モンローの著書や坂本政道氏の著書を読み、ここに、自分が求めていた精神世界探求の方法があると直感した。

すぐにCDを購入した。

そして、ヘミシンクCDによりいろいろな経験をすることになる。
そして、このヘミシンクで得た体験と感覚こそが、現在までの繋がる精神世界探求の基礎となっていく。

(続く)


このnoteは、
「意識」と「身体」、そして「その先」を探る記録です。
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