【読書】政策の哲学 おまけ
出版情報
タイトル:政策の哲学
著者:中野 剛志
出版社 : 集英社
発売日 : 2025/1/24
単行本 : 352ページ
本記事は一連の『政策の哲学』紹介記事のうち、おまけである。
【読書】政策の哲学 その1:主流派経済学は科学ではない
【読書】政策の哲学 その2:ロイ・バスカーの科学哲学
【読書】政策の哲学 その3:国家とは何か、政策とは何か
【読書】政策の哲学 その4:ポランニーの科学哲学を加味して
【読書】政策の哲学 その5:複雑系の世界
【読書】政策の哲学 その6:政治とは何か
【読書】政策の哲学 おまけ:「バスカーの科学哲学」と「主流派経済学は科学ではない」再び
まだ残る不全感を解消するために
経済学者で現役官僚の中野剛志 著『政策の哲学』を一連の記事で紹介してきた。
だけど、まだ不全感が残るんだ。「理解しきれてない〜!!」と私のどこかが叫んでる。…ま、それだけ、難解で内容が濃いわけだが…。でも、少しでも理解に近づきたいじゃないっすか。
特にバスカーの科学哲学と主流派経済学は科学ではないについて。
中野は、最初にまるまる1章を割いて「主流派経済学は科学ではない」ことを詳述している。だけど、章が進むにつれて、何度も、その段階での理解に応じて、手を替え品を替え「主流派経済学は科学ではない」について述べている。だから、本当はまるまる1章では足りなくて、深く「主流派経済学は科学ではない」と理解するためには、本書まるまるが必要なのかもしれない。
さらにもう一つ。バスカーの科学哲学。本書は全面的に理論的基礎をバスカーの科学哲学においている。これにもまるまる1章を割いている。中野剛志は学者でもあるから、緻密に論を組み立てているし、誤解のないように十全に説明する必要がある。だけど、この科学哲学のキモの部分は、もっと簡単に??単純化して、わかりやすく説明できるのではないか、という感触が消えないのだ。
というわけで、本記事は、バスカーの科学哲学を図式化して、それに基づいて、もしできるなら、主流派経済学は科学ではないと説明する、という素人ならではの野心的で無謀な試み💦である。ま、意図通りにいかないかもしれないのだけど。いかなきゃいかないで、途中経過を記すことにして…うまくいったと思って記事を書いてから間違いに気づいたり、指摘されたり、ということになるかもしれないけど…夏休みの冒険気分で、ちょっとトライしてみることにする。
(この記事は下記の3つの記事の焼き直し??やり直し??バージョンでもあることを述べておく。下記3つの記事を書いたときには、きちんと理解できていなかったものを復習する、といった感じである)。
(これでもまた、理解や復習が足りない場合はおまけ2などのように続きを記事にするつもりだ)。
バスカーの科学哲学の簡単な説明
バスカーの自然科学に関する実在論は、超越的実在論と呼ばれている。バスカーは自然科学について次のように論じたp58。
科学とは、「物についての知識」である。知識とは、人間が生み出した物であり、科学者たちによる探究というある種の社会的な活動を通じて生産された物である。その意味において、科学は、人間の活動に依存する物であると言える。…
科学には社会的な活動によって生み出された「知識」という次元と、科学的知識から独立した物体や運動といった「実在(reality)」という次元の両方がなければならない。いずれか一方を欠いても、科学は成り立ち得ない。これがバスカーの科学哲学、「超越論的実在論」である。
バスカーは自然科学と同じように、社会を探求することは可能なのか、という問いを立てるp88。そして、可能であるという答えを得る。ではそういう社会とはどんな社会なのか?
それは、対象となる社会構造が、社会構造を探求したり、社会構造に働きかける個々の人間から、自律的であることだp90。「バスカーは、社会における意味や信念にも自動的な次元が存在すると主張する。そのような主張を「批判的自然主義」と呼ぶ」p90。
以下では、自然科学に対する科学哲学である超越的実在論も、社会科学に対する科学哲学である批判的実在論も、バスカーの科学哲学と名称を統一する。
バスカーの科学哲学の図式化
上記のことを図式化すると下記のようになる。

知識とは別に、科学の対象としての現象と、現象の生成メカニズムが自律的に存在する。それを構造やモデルとして表現するのが科学という営みである。
バスカーの科学哲学の定義と手順
定義
バスカーの科学哲学によると科学とは下記のようなものであると中野は述べているp78。
科学とは、現実世界の階層を掘り下げていって、生成メカニズムを見つけ出す活動であると言える。
手順
バスカーは純粋科学と応用科学でその手順を分けているが、本質的なのは純粋科学の方であるので、ここでは、純粋科学の手順のみを扱う。
純粋科学における手順p76
(1) 法則的なふるまいの「描写」
(2) 既知の現象をアナロジーとして、ふるまいの説明で可能なものを探求する「遡及」
(3) 他の説明を吟味し、絞り込む「精査」
(4) 経験的に操作された因果メカニズムの「同定」
遡及
バスカーの科学哲学の特徴は、「遡及」という概念である。簡単にいうと、「鶏が先か卵が先か」ではなく、「鶏という存在が可能となる条件は何か」を問うことp78。
つまり「鶏と卵」という関係についての分析から「鶏と生息環境」の関係についての分析へと移動する。
遡及によって分析の対象は、特定の鶏あるいは卵に関する特定の先行条件ではなく、より広く鶏の生存を可能とする世界の構造となる。
これをもう少し一般的な言葉で言えば、下記のようになる。
認知された素材を利用し、アナロジーやメタファーを用いたモデルを構築して、現象を生み出したメカニズムを説明すること
演繹や帰納との比較
下記すべてp78より。
演繹:一般から個別への移行
「すべてのカラスは黒い」という一般論から「次に見かけるカラスも黒いであろう」と個別事象を推論する。
帰納:個別から一般への移行
多くのカラスを観察することから「すべてのカラスは黒い」という一般論を導出する。
遡及:表面的な現象から、より深層の構造への移行
多くのカラスを観察することからカラスを黒くするメカニズムに関する仮説を形成する。
ポランニーの知見による科学的な手順の修正
暗黙知
マイケル・ポランニーといえば暗黙知である。言葉だけで伝えることのできない、身体や経験に畳み込まれた技能や熟練の技などといったものの総称だ。
ポランニーとバスカーの科学哲学の類似点
ポランニーとバスカーの科学哲学の類似点は2つある。
ひとつは、知識による体系とは別に、世界が存在している(現象を生み出すメカニズムや構造は知識とは別に実在している)ということp181。
もうひとつは、科学には、あるいは科学の発展には、科学者による共同体、あるいは伝統が重要だとみなしていた点であるp181。
バスカーは、科学を「特定の世代の科学者や特定の意識の契機の前から継続している社会的活動」として理解している。…
要するに、科学的知識は「我々の世界に存在し、科学共同体に埋め込まれている」のである。…
…科学共同体において、科学者たちはお互いに評価しあい、批判しあっているのであって、この「相互制御の原則」を通じて、「科学における基準を設定し、就職の機会の配分を制御する」科学的な見解が形成されるのである。
ポランニーとバスカーの科学哲学の相違点
一番大きな相違点は、ポランニーは社会主義に反対しており、バスカーは社会主義者だ、というところだ。さらにもう一段掘り下げると「遡及」という概念と「暗黙知」に基づく層構造の違いへとたどり着く。
バスカーの科学の方法論において(1) 法則的なふるまいの「描写」を行うには、あらかじめそれがどのような「法則」に従うかわかっていなければ「描写」はできない(それを専門用語で「『理論負荷的』に受け止める」というp196)。でも、それは次の(2) 「遡及」の段階で行うことになっている。ここにバスカーの科学の方法論に矛盾がある。
一方、ポランニーの問題解決の手順は、下記のようなものであるp199。
ポランニーの問題解決の手順
(1) 「準備」
(2) 「潜伏」
(3) 「解明」
(4)「立証」
ポランニーの問題解決の手順では(1) 「準備」(2) 「潜伏」の段階では意識のレベルに何も浮上してこない。「準備段階と潜伏段階を通じて我々は未発見のものに対する暗黙知を獲得し…解明段階において偶然にそれを発見するのである。そして最終的にはそれを立証段階においてテストする」p199。
…これを言い換えるならば、ある現象を描写する前に、我々は実在と接触していなければならず、そして、現象を生む、あるいは現象の条件となる構造やメカニズムを暗黙のうちに知っていなければならないということである。実在との接触こそが、科学的探究に不可欠な出発点となるのである。
つまりポランニーは「準備」「潜伏」によって実在とふれあうことで暗黙知を醸成するプロセスがなければ「法則的なふるまいの「描写」」はできない、といっているのである。そしてバスカーの「遡及」や「精査」には、ポランニーの「解明」の段階と被る部分がある。暗黙知が今までの経験や知識を通して言葉となって現れる。ポランニーの科学の方法論は「実際の認知活動と科学実践の経験的な分析から導き出されたもの」だp201。
というわけで、私なりに、バスカーの科学哲学の手順をポランニーの問題解決の手順を用いながら修正すると、下記のようになる。
修正された純粋科学における手順
(1) 「準備」
(2) 「潜伏」
(3) 「遡及的な解明」
(4) 「同定」あるいは「立証」
主流派経済学は科学たりうるか
本書『政策の哲学』は、全体を通して「主流派経済学は科学たりうるか」を問うていると言っていい。
では、最も簡潔に「主流派経済学は科学たりうるか」について回答を得るためには?
そのための試みとして、ここでバスカーの科学哲学の定義に鑑みて、主流派経済学が科学たりうるかを確認することにする。
まず、経済が経世済民だとすれば、GoogleAIは、下記のようにいう。
経世済民(けいせいさいみん)とは、「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」という意味で、国を治め、国民の苦しみを救うことを指します。これは、単に経済活動を指すだけでなく、政治や社会全体を含めた広い意味での「世の中を良くする」という考え方です。
では、社会科学の一分野としての経済学はどうか?
経済学とは、資源の配分や経済活動の仕組みを研究する社会科学の一分野です。具体的には、モノやサービスの生産、分配、消費といった経済活動を分析し、より良い社会を築くための方法を考察します。
主流派経済学は、いくつかの前提の上に成り立っている。その前提を持ったまま、主流派経済学は、バスカーの定義による「科学」に該当するかどうか、確認していこう。
主流派経済学が使う非現実的な仮定
よく知られているように主流派経済学は、下記のような非現実的な仮定の上に成り立っているp26。
合理的経済人
自己の経済的利益を最大化するために合理的に行動する個人
社会の影響を受けない、自律している
一般均衡理論を基礎としている
すべての財貨に関して需要と供給が一致している
貨幣を想定していない(物々交換の世界)
自由貿易は主流派経済学が是としているお題目のひとつだが、これも下記のような非現実的な仮定をしているというp27。
世界には、二国、二財、一つの生産要素(労働)のみが存在する
生産量は規模に比例する
労働は完全雇用
生産要素は変化しない
労働や資本は国内は自由に移動可。国際的な移動はできない
運送費用はゼロ
このように、主流派経済学は、極めて非現実的な仮定をいくつも置いた上でしか成立しない…極めて脆弱ぜいじゃくな理論体系である。それにもかかわらず、主流派経済学はその非現実性を根本的に改めようとはせず、むしろ悪化させながら現実の経済政策に対して大きな影響力を行使し続けてきた。
これは極めて恐ろしいことではないだろうか。
もう少しいうと…主流派経済学は、一般論(上記の仮定を満たすモデル)から個別(例えばある国の近未来の経済状況)を推測する演繹に基礎を置いているのかもしれない。上記仮定を満たすモデルがどこまで汎用性を持つのか、こそ、検証する必要があると思うのだが…。
バスカーの定義による科学
科学とは、現実世界の階層を掘り下げていって、生成メカニズムを見つけ出す活動であると言える。
主流派経済学がバスカーの定義による科学たりうるか確認
経済が、経世済民の定義からも経済学の定義からも、世の中を良くしたり、より良い社会を築くためのものだとすれば、経済や社会の現状を説明したり、現状やより良い状態を生み出す生成メカニズムを見出す努力をするべきだろう。
だが、上の前提条件を持ったままでは、新しい生成メカニズムを見出すことは絶望的だろう。せいぜい、新しい均衡のための数式を見出す程度だと思われる。
主流派経済学は演繹(一般論から個別を推測する)に基礎を置いているようなので、やはりバスカーの科学哲学の遡及(表面的な現象から、より深層の構造やメカニズムを推測する)に当てはまりようもない。
つまり、バスカーの定義する科学には当てはまらない。
むしろシュンペーターのようにイノベーションとは、という定義から始める方が良いのではないか?
おわりに
とりあえず、夏休みの自由研究的な考察をしてみた。
主流派経済学のアリエナイ仮定からすれば、主流は経済学が科学でないのは当たり前のように見えるけど、バスカーの科学哲学や科学の定義の説明にスペースを取りすぎた、かな?
いや、バスカーの科学の定義は単純だけど、その背景にある哲学が大事なので、文字数を費やした…。
主流派経済学の仮定が硬直化しすぎて、何か新しい生成メカニズムを見出せるような気がしない…。それとも見出しうるのかな?どうだろう?
評価は…あれです、アレ💦とりあえず提出すればよしってことで。
こんなの書くまでもなかった!?
ごめんちゃい💦
あ、自分で見直して間違いなど発見したら、適宜修正しまっす。
もちろんご指摘などあれば、コメントでお願いします。
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください
おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために
ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。
中野剛志の著作
『入門シュンペーター』に関しても一連の記事を書きました。
MMT関係
その他:中野剛志の著作
著述家として、そして現役官僚として「よくこれだけ書く暇があるな」と思わせるほど、中野剛志は多産だ。その中で、心に引っかかったものをピックアップ。
買ったけど読めていない。分厚さに躊躇している。
これは読んでみたい。
現役官僚が自国政府の政策を堂々と批判できる。そういう言論の自由を今後も担保したいものだ。
インタビュー記事
著者が語る:動画
ロイ・バスカーの著作
別の著者によるバスカーの科学哲学の入門書
マイケル・ポランニー
完全雇用と自由貿易
下記書籍の書評によるとマイケル・ポランニーはAI時代にも非常にホットな哲学者であり続けている、とのこと。
番外:バスカーという名のアイリッシュウイスキー
Amazonで検索すると、バスカーで一番最初に出てくるのはアイリッシュウイスキーだ。なんか評判良いらしい。飲んでみようかな?
普通にイオンやドンキにあるそうだ。この間ローソンで見かけた!
赤が特に華やかで美味しいというウワサ…。
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