【Ai x 入力設計 22】〔番外 02〕田中君、初めてのエージェントAI――Codexで大量の書類を整理せよ!


登場人物紹介
田中君
製造現場で働く若手社員。真面目で行動力はあるが、便利なものを見つけると、つい一度に全部やろうとしてしまう。今回は初めてCodexを使い、大量の業務書類の整理に挑戦する。
林さん
現場経験が豊富な田中君の先輩。工作機械や現場作業の経験をもとに、田中君の危なっかしい進め方へ現実的な助言をする。難しい話を、現場で分かる言葉に置き換えるのが得意。
佐藤さん
AIや業務改善に詳しく、田中君を支える頼れる先輩。Codexへ何を任せ、どこで人間が確認するべきかを整理し、安全に一歩ずつ進める方法を教える。
黒田営業部長
営業部をまとめる部長。顧客への説明や過去の対応を確認するため、田中君へ以前の設備停止報告書を探すよう依頼する。今回の書類整理が始まるきっかけを作る人物。
田中君、初めてのエージェントAI――Codexで大量の書類を整理せよ!
「全部お任せ」で大丈夫? 原本を守りながら、一歩ずつ“探せる仕組み”を作るファイル整理術

導入 最終版が、六つある
「ない……」
田中君は、パソコンの画面を見つめたまま小さくつぶやいた。
探しているのは、昨年の夏に作成した設備停止に関する報告書だった。
黒田部長から、過去に似たような設備トラブルがなかったか調べてほしいと言われたため、以前提出した報告書を参考にしようと考えたのである。
保存したことは間違いない。
作成した記憶もある。
黒田部長へ提出した記憶も、修正を求められた記憶も、提出後に少しだけ内容を書き直した記憶も残っている。
ところが、肝心のファイルが見つからない。
画面には、似たような名前のファイルが並んでいた。
設備停止報告書
設備停止報告書_修正
設備停止報告書_最新版
設備停止報告書_最終版
設備停止報告書_最終版2
設備停止報告書_本当の最終版
田中君は、一番下のファイルを開いた。
内容を確認する。
違った。
次に「最終版2」を開く。
これも違う。
「最新版」を開く。
今度は途中までしか書かれていない。
「どうして最新版が、最終版より古いんだ……」
田中君は頭を抱えた。
背後を通りかかった林さんが、画面をのぞき込んだ。
「何をしてるんだ?」
「去年の設備停止報告書を探しているんです。でも、どれが本当に提出したものなのか分からなくなってしまって」
林さんは画面に並んだファイル名を眺めた。
「最終版が、ずいぶん多いな」
「修正するたびに、念のため新しい名前で保存していたんです」
「それで、どれが本当の最終版なんだ?」
「今、それを調べています」
「本当の最終版って書いてあるじゃないか」
「それが、本当ではなかったんです」
林さんはしばらく黙ったあと、静かに言った。
「最終版という言葉の信用が、完全になくなってるな」
田中君のフォルダーに入っていたのは、設備停止報告書だけではなかった。
日報、引き継ぎ書、全体連絡、品質異常報告、改善報告、会議資料、調査記録、作業手順書。
どの書類も、作ったときには自分なりに分かりやすい名前を付けたつもりだった。
しかし、時間がたつと、その名前を付けた理由を自分でも思い出せない。
「報告書」「資料」「修正版」「最新版」といった似た名前が増え、複数のフォルダーへ分散していた。
必要な書類を探すたびに、ファイルを一つずつ開いて内容を確認しなければならない。
田中君は、しばらく画面を見つめたあと、急に顔を上げた。
「そうだ。Codexに整理してもらえばいいんですよ」
「Codex?」
「エージェントAIです。フォルダーの中にあるファイルを読んで、名前を変えたり、種類ごとに分けたりできるそうです」
そこへ佐藤さんが通りかかった。
「何の話をしているの?」
「ちょうどよかったです。佐藤さん、Codexを使えば、この書類を全部きれいに整理できますよね?」
佐藤さんは、田中君の画面を見た。
そして、林さんと顔を見合わせた。
「田中君。今、“全部”と言った?」
「はい。せっかくエージェントAIを使うんですから、まとめて片付けてもらおうと思っています」
田中君は、自信満々にマウスを握り直した。
林さんと佐藤さんは、ほぼ同時に口を開いた。
「ちょっと待て」
「ちょっと待とうか」
こうして田中君は、初めてエージェントAIを使った書類整理に挑戦することになった。
ただし、この時点の田中君はまだ、
Codexを「こちらの事情を察して、必要なものだけを安全に残してくれる優秀な整理係」だと思っていたのである。

第1章 「全部整理してください!」田中君、いきなり全任せ
エージェントAIなら、人間の事情まで察してくれる?
田中君は、机の上にメモ帳を置いた。
そこには、Codexへ指定する予定の三つのフォルダーが書かれていた。
一つ目は、日報や引き継ぎ書が入っているフォルダー。
二つ目は、設備停止や品質異常に関する報告書が入っているフォルダー。
三つ目は、改善提案や調査資料、会議用の資料が入っているフォルダーだった。
「この三つを教えれば、まとめて読んでもらえますよね」
「読むことはできると思うよ」
佐藤さんが答えた。
「それなら、そのまま整理してもらいます」
田中君はCodexへの指示を入力し始めた。
指定した三つのフォルダー内にある書類をすべて確認してください。
必要なものと不要なものに分けてください。
重複しているファイルや古いファイルは削除してください。
ファイル名を分かりやすく変更し、種類ごとのフォルダーへ移動してください。
全体を最も効率的で分かりやすい状態に整理してください。
入力を終えた田中君は、満足そうに画面を見た。
「どうですか。かなり具体的に書けたと思います」
佐藤さんは、すぐには答えなかった。
代わりに、一番上の文章を指さした。
「必要なものと不要なものに分ける、と書いてあるね」
「はい」
「必要なものって、何?」
「仕事で使う書類です」
「三年前に作った設備停止報告書は?」
「今は使いませんけど、似たトラブルが起きたときには必要です」
「では、今は使っていないから不要なの? それとも将来使う可能性があるから必要なの?」
田中君は少し考えた。
「必要です」
「Codexは、どうやってそれを判断するの?」
「中身を読めば分かるんじゃないですか?」
佐藤さんは、今度は「重複しているファイル」という部分を指した。
「同じ内容が書かれた二つの報告書があったとする。一つは黒田部長への提出用で、もう一つは現場への説明用だった。それは重複かな?」
「内容が同じでも、使い道が違いますね」
「片方を削除しても大丈夫?」
「困ります」
「では、古いファイルは?」
「古くても正式に提出した書類なら残したいです」
「途中版は?」
「最終版が正しく残っているなら、いらないかもしれません」
「最終版が正しいと、どうやって確認するの?」
田中君は画面に並んでいる「最終版」「最終版2」「本当の最終版」を見た。
先ほどまでの自信が、少しずつ消えていった。
林さんが横から口を挟んだ。
「お前自身が分かってないものを、AIなら分かるだろうってことにしてないか?」
「でも、エージェントAIって、自分で計画を立てて作業してくれるんですよね」
「作業はしてくれるよ」
佐藤さんが答えた。
「ただし、田中君が何を失ったら困るのかまで、自動的に心配してくれるわけではない」
田中君は首をかしげた。
「AIなら、こちらに不利益が出ないように動いてくれるんじゃないんですか?」
「AIは、田中君の上司でも、同僚でも、友人でもない。会社の事情や、人間関係や、将来その書類が必要になる可能性を、最初から全部知っているわけでもない」
佐藤さんは、田中君が書いた指示を読み上げた。
「不要なものを削除する。古いファイルを削除する。重複をなくす。分かりやすい名前へ変更する。効率的なフォルダー構成にする」
「はい」
「この指示では、削除してよい条件も、残さなければならない条件も決まっていない。田中君にとっての“分かりやすい”も説明されていない」
「でも、分からなければ質問してくれるんじゃないですか?」
「質問してくれる場合もある。でも、必ず質問してくれることを前提に、正式な業務書類を渡すのは危険だよ」
林さんが腕を組んだ。
「機械に曖昧な条件を入れて、あとは機械がうまく考えてくれるだろう、なんてやらないだろ」
「やりませんね」
「AIならやるのか?」
田中君は黙った。
佐藤さんは、田中君の指示文から「削除」「移動」「変更」という言葉を順番に消した。
「まず、整理させるのをやめよう」
「えっ。整理するためにCodexを使うんですよね?」
「最終的にはね。でも、最初の仕事は整理ではない」
「では、何をしてもらうんですか?」
「現状確認だよ」
佐藤さんは、三つのフォルダーが書かれたメモを手に取った。
「最初に、この三つのフォルダーの中に、どのような種類の書類が入っているかを確認してもらう」
「確認だけですか?」
「確認したあと、フォルダーごとに、どんな書類が入っていたのかを箇条書きで表示してもらう。そこで一度止める」
田中君は、少し物足りなそうな顔をした。
「それだけでは、ファイルは一つも片付きませんよ」
林さんが即座に答えた。
「何が入っているか分からないのに、どこへ片付けるつもりだ」
「それは……Codexに考えてもらって」
「また全部任せようとしてるじゃないか」
「いや、今度は安全に任せようと……」
「安全かどうかを、まだ確認してないだろ」
田中君は、マウスから手を離した。
佐藤さんは、新しい指示文を入力した。
次の三つのフォルダーには、過去に作成した業務書類が入っています。
まず、各フォルダー内のファイルを読み、どのような種類の書類が保存されているか確認してください。
この段階では、ファイル名の変更、内容の修正、移動、削除、上書きは行わないでください。
確認が終わったら、フォルダーごとに、入っていた書類の種類と主な内容を箇条書きで分かりやすく表示してください。
判断できない書類は、推測で処理せず「要確認」としてください。
田中君は、その文章を読んだ。
自分が最初に書いた指示と比べると、作業内容がかなり限定されている。
「見るだけなんですね」
「そう。最初は見るだけ」
「ファイル名も変えない」
「変えない」
「フォルダーも作らない」
「作らない」
「何も削除しない」
「もちろん」
田中君は、少し考えてから言った。
「Codexに片付けてもらう前に、Codexが中身をどう見ているのか確認するわけですね」
「そのとおり」
佐藤さんはうなずいた。
「AIがファイルを読めることと、田中君の目的に合った分類ができることは別だからね」
林さんも画面を見ながら言った。
「現場でも同じだ。何が何個あるかも分からない状態で、いきなり置き場を変えたりしない。まず現物を確認する」
田中君は、改めて三つのフォルダーを見た。
ほんの数分前まで、すべてを一度に整理させようとしていた。
しかし、よく考えてみれば、自分自身も中に何が入っているのか正確には把握していない。
「では、まず内容を確認してもらいます」
田中君は、佐藤さんが作った指示文をCodexへ送った。
画面上で、Codexが三つのフォルダーに入っている書類を順番に確認し始めた。
田中君は、その様子を見ながらつぶやいた。
「整理整頓って、片付けるところから始まると思っていました」
林さんが答えた。
「片付ける前に、何が散らかってるのか見ろってことだな」
佐藤さんは、さらに一言加えた。
「それから、もう一つ大事なことがある」
「何ですか?」
「今指定しようとしていた三つのフォルダー、本物の原本が入っている場所だよね?」
田中君の手が止まった。
「はい。ここに全部そろっています」
佐藤さんは、静かに画面を指さした。
「では、このまま続ける前に、まず原本を守るところから始めようか」
田中君は、嫌な予感がしてきた。
どうやら、Codexに書類を整理してもらうまでには、まだ越えなければならない段階があるらしい。

第2章 AIは田中君の損得を考えない
原本とAPIを守る、二つの安全対策
「では、このまま続ける前に、まず原本を守るところから始めようか」
佐藤さんにそう言われ、田中君は画面に表示された三つのフォルダーを見直した。
日報、引き継ぎ書、設備停止報告、改善報告。
どれも田中君が実際の業務で作成し、これまで保存してきた書類である。
「でも、今回は中身を確認してもらうだけですよね」
「今の指示ではね」
佐藤さんは落ち着いた声で答えた。
「ただ、これから先はファイル名を変えたり、別のフォルダーへ移動させたりする予定なんだろう?」
「はい。最終的には、全部分かりやすく整理してもらうつもりです」
「だったら、最初から原本とは分けておいた方がいい」
田中君は少し考えた。
「削除しないでくださいと書けば、大丈夫じゃないですか?」
佐藤さんは、ゆっくり首を横に振った。
「指示を書くことは大切だよ。
でも、指示だけで原本を守ろうとするのは危険なんだ」
「どうしてですか?」
「エージェントAIは、田中君の損得を考えて動いているわけではないからね」
田中君は、不思議そうな顔をした。
「僕が困るようなことは、避けてくれるんじゃないんですか?」
「田中君が困るかどうかは、人間側の事情だよ。
AIにとっては、ファイルを移動することも、名前を変えることも、削除することも、目的を達成するための一つの操作にすぎない」
佐藤さんは、先ほど田中君が作った指示をもう一度表示した。
古いファイルや重複しているファイルを整理してください。
「この指示を見て、AIが古いファイルを不要だと判断したら?」
「削除するかもしれません」
「同じような内容のファイルを重複だと判断したら?」
「どちらかを消すかもしれません」
「でも実際には、一つが黒田部長への提出用で、もう一つが現場説明用かもしれない」
田中君は、画面を見つめた。
「内容が似ているだけで、役割が違う場合もありますね」
「そう。AIは書類の内容を読めても、その書類を失ったとき、会社で誰が困るのかまでは自動的に判断できない」
そこまで聞いていた林さんが、田中君の椅子の横に立った。
「新品の加工機を入れたとき、いきなり製品用の材料を削るか?」
「削りません」
田中君は即答した。
「工具もセットされていて、切削ツ-ルマガジンの設定も終わっていたとしてもです。まず端材を使って、原点や工具補正、実際の動きを確認します」
「だったら同じだ」
林さんは、画面上のフォルダーを指した。
「Codexが動くことと、この書類を安全に扱えることは別だろう」
田中君は、工作機械の試運転を思い出した。
業者が据え付けを終え、工具もマガジンに入っている。
機械自体は正常に起動する。
しかし、ワーク原点が正しいか、工具長補正が合っているか、治具と干渉しないか、実際の加工条件で動かしてみなければ分からない。
ソフトリミットが実際の可動範囲とずれていれば、機械が無理な位置まで動こうとして、最後の安全装置が働くこともある。
安全装置が作動したからといって、それが正常な運転だったわけではない。
最悪の破損を防いだだけである。
佐藤さんが続けた。
「以前、AIエージェントが本番環境の顧客情報を、ほんのわずかな時間で削除してしまった事例があったんだ」
「ほんのわずかな時間って、どれくらいですか?」
「約九秒と報告された事例もある」
「九秒……」
田中君の顔が青くなった。
「止める間もないじゃないですか」
「そう。エージェントは、人間のようにファイルを一つずつ開いて削除するとは限らない。権限があれば、一度の操作で大量のデータを変更できる」
林さんが、あきれたように田中君を見た。
「今日は何回青くなるんだ」
「九秒で顧客情報がなくなると聞けば、誰でも青くなりますよ」
佐藤さんは、少し笑ってから話を戻した。
「大切なのは、AIが絶対に間違えないよう祈ることじゃない。間違えても原本を失わない環境を作ることだよ」
佐藤さんは、新しいフォルダー構成をメモ帳に書いた。
01_業務書類_原本
02_Codex作業用コピー
03_Codex出力
「原本は、Codexの作業対象から外す。作業用フォルダーには、原本からコピーしたファイルだけを入れる。Codexが作った一覧表や分類案は、別の出力フォルダーへ保存する」
「作業用コピーが全部おかしくなっても、原本から戻せるわけですね」
「そういうこと」
林さんもうなずいた。
「端材で動きを確認してから、加工条件を整えるのと同じだな」
「でも、コピーを使うなら、全部一度に整理しても大丈夫ですよね?」
田中君がそう言うと、林さんと佐藤さんは、また顔を見合わせた。
「まだその話は早い」
佐藤さんは苦笑した。
「もう一つ、先に覚えておいた方がいい危険がある」
「まだあるんですか?」
「APIの料金だよ」
田中君は少し安心したように笑った。
「CodexはChatGPT Plusの料金内でかなり使えるんですよね。
これだけ働いてくれるなら、すごくお得じゃないですか」
「今回のように、Codexでローカルのファイルを確認するだけなら、まずはそれでいいただし、将来、外部サービスのAPIキーを設定して自動処理させる場合は話が変わる」
「APIキーを使うと、別に料金が発生するんですか?」
「サービスによっては、呼び出した回数や処理量に応じて料金が発生する」
田中君は首をかしげた。
「でも、一回お願いするだけですよね?」
佐藤さんは、人差し指を一本立てた。
「田中君が一回お願いしたことと、エージェントがAPIを一回しか呼ばないことは別だよ」
「どういうことですか?」
「たとえば、処理に失敗したとする。AIがもう一度試す。再び失敗する。違う方法を試す。結果を確認するために、またAPIを呼ぶ」
佐藤さんは、矢印を使って流れを書いた。
エラー
↓
再試行
↓
再びエラー
↓
別の方法で再試行
↓
またAPIを呼び出す
「止まる条件が決まっていなければ、この処理が何度も続く可能性がある」
「エラーになったら、自分で止まってくれるんじゃないんですか?」
「止まるように設定されていればね」
林さんが横から言った。
「一回、機械の起動ボタンを押したからって、モーターが一回転しかしないわけじゃないだろ」
「あっ」
「止める条件がなければ、同じ動きを繰り返す。
しかもAPIの場合は、一回動くたびに料金が発生することがあるわけだ」
田中君は、今度は財布を押さえた。
「ファイルだけでなく、お金まで守らないといけないんですね」
「そう。だから、外部APIを使って自動化するときは、最低でも停止条件を決める」
佐藤さんは、四つの項目を書き出した。
何回まで実行するか
何分まで動かすか
同じエラーが何回続いたら止めるか
いくら使ったら止めるか
「自動化というのは、人間の確認を全部なくすことじゃない。確認しなくても、被害が広がらないところまで作り込むことなんだ」
田中君は、先ほどの三つのフォルダーを見た。
最初は、Codexへすべてを任せれば、書類整理が簡単に終わると思っていた。
しかし、実際に任せる前には、人間側で守らなければならないものがある。
原本。
顧客情報。
会社の記録。
そして、費用。
「つまり、安全に使うためには、二つのことを考える必要があるんですね」
「何と何?」
「一つは、ファイルを消されたり書き換えられたりしても、原本を失わないこと」
田中君は、作業用コピーフォルダーを指した。
「もう一つは、APIを使う場合、処理が繰り返されても料金が際限なく増えないように、停止条件を決めておくことです」
佐藤さんはうなずいた。
「その二つを押さえておけば、今回の最初の作業としては十分だよ」
「では、原本をコピーします」
田中君は、新しいフォルダーを作り始めた。
一つ目は、原本を保存する場所。
二つ目は、Codexに確認させる作業用コピー。
三つ目は、一覧表や分類結果を保存する出力先。
すべてのコピーが終わるまで、田中君は進捗画面をじっと見つめていた。
林さんがその様子を見て言った。
「さっきまで、全部まとめて一気にやろうとしてたやつとは思えないな」
「九秒で顧客情報が消える話を聞いた直後ですからね。慎重にもなりますよ」
「その慎重さが、明日も残っていればいいけどな」
コピーが完了すると、田中君は明るい表情で振り返った。
「これで安全ですね。では、作業用フォルダーに入っている書類を、今度こそ全部まとめて整理してもらいましょう!」
林さんは額に手を当てた。
佐藤さんは大きく息を吐いた。
「田中君」
「はい」
「安全な材料を用意したことと、加工条件が決まったことは別だよ」
田中君の指が、再び止まった。
どうやら今度は、Codexに何をどの順番で頼むのかを決めなければならないらしい。

第3章 まずは何が入っているか見てみよう
Codexに頼む最初の仕事は、整理ではなく確認
「安全な材料を用意したことと、加工条件が決まったことは別だよ」
佐藤さんにそう言われ、田中君は作業用フォルダーを開いたまま動きを止めた。
原本とは別に、Codexへ渡すためのコピーはすでに作ってある。
万が一、作業用ファイルの名前が変わったり、別の場所へ移動したりしても、正式な書類は原本フォルダーに残っている。
これで安全対策は終わった。
田中君は、そう思っていた。
「でも、コピーなら失敗しても元に戻せますよね」
「戻せるよ」
佐藤さんが答えた。
「だったら、一度全部整理してもらって、使いにくかったらやり直せばいいんじゃないですか?」
林さんは腕を組んだ。
「何百件も全部やり直すつもりか?」
「Codexなら、やり直すのも速いと思います」
「お前は速く失敗する方法を探してるのか?」
田中君は言葉に詰まった。
佐藤さんは、作業用フォルダーの中を確認した。
三つのフォルダーには、それぞれ大量の書類が入っている。
しかし、現在のフォルダー名だけでは、中に何が入っているのか正確には分からない。
一つ目のフォルダーには、日報や引き継ぎ書が多いはずだった。
二つ目には、設備停止や品質異常に関する報告書。
三つ目には、改善提案や会議資料、調査記録が入っているはずである。
ただし、それは田中君の記憶にすぎなかった。
忙しいときに、とりあえず空いているフォルダーへ保存した書類もある。
似た名前のファイルを、別の場所へ保存したこともある。
提出先から戻ってきた修正版を、元のフォルダーではなくダウンロードフォルダーへ置いたままにしたこともあった。
「田中君」
「はい」
「この三つのフォルダーに、どんな種類の書類が入っているか、全部説明できる?」
「だいたいなら分かります」
「だいたいではなくて」
田中君は、一つ目のフォルダーを開いた。
「これは日報と引き継ぎです」
林さんが、一番下のファイルを指した。
「これは?」
「設備異常連絡書……ですね」
「日報と引き継ぎのフォルダーじゃなかったのか?」
「たぶん、急いでいたときに入れたんだと思います」
「その上は?」
「全体連絡です」
「さらにその上は?」
「会議の議事録ですね」
林さんは何も言わず、田中君を見た。
「少し混ざっています」
「少しか?」
「思っていたよりは、混ざっています」
佐藤さんが笑った。
「だから、最初に整理方法を決めるのではなく、現状を確認するんだよ」
田中君は、改めて三つのフォルダーを見た。
「では、Codexに中身を確認してもらいます」
「そうしよう」
「確認したら、そのまま種類ごとに移動してもらって――」
「移動しない」
佐藤さんがすぐに止めた。
「では、名前だけでも分かりやすく――」
「変更しない」
「空のフォルダーくらいは作ってもらっても――」
「まだ作らない」
田中君は、少し不満そうな顔をした。
「本当に見るだけなんですね」
「最初はね」
佐藤さんは、Codexへ送る最初の指示を作り始めた。
次の三つのフォルダーには、過去に作成した業務書類が保存されています。
まず、各フォルダー内のファイルを読み取り、どのような内容の書類が入っているか確認してください。
この段階では、次の操作は行わないでください。
・ファイル名の変更
・ファイル内容の修正
・ファイルの移動
・ファイルの削除
・ファイルの上書き
・新しいフォルダーの作成まずは内容の確認だけを行い、完了したら報告してください。
その下に、三つのフォルダーのアドレスを入力する。
田中君は指示文を読みながら、首をかしげた。
「確認した結果は、まだ表示させないんですか?」
「まず、読み取れるかどうかを確認する」
「一回で頼んでもよくないですか?」
「頼んでもいい。ただ、今回は初めて使うんだろう?」
「はい」
「だったら、工程を分けておいた方が、どこで問題が起きたか分かりやすい」
佐藤さんは、一つ目の指示文を指した。
「最初は、三つのフォルダーへアクセスできるか。
ファイルを読み取れるか。読めない形式がないか。そこまでを確認する」
「そのあとに、内容を表示してもらうんですね」
「そう。一つの指示に全部詰め込むと、途中で問題が起きても、何が原因だったか分かりにくくなるからね」
林さんもうなずいた。
「機械の試運転でも、一つずつ動きを見る。工具交換、主軸、送り、原点復帰を全部同時に試したら、異常が出たときにどこが悪いか分からない」
「なるほど」
田中君は、ようやく納得した様子で指示を送った。
Codexが三つのフォルダーを順番に確認し始める。
画面には、ファイルを読み取っている様子が表示されていた。
田中君は、進行状況をじっと見つめた。
「結構たくさん入っていますね」
「自分で入れたんだろ」
林さんが言った。
「入れたときは、一つずつだったんです」
「一つずつ散らかした結果が、これか」
「散らかそうと思って入れたわけではありません」
「散らかる人は、だいたいそう言う」
しばらくすると、Codexから確認結果が返ってきた。
三つのフォルダーには問題なくアクセスできた。
文書ファイルの内容も、おおむね読み取れている。
ただし、一部には内容を確認できないファイルや、形式の異なるデータが含まれていることが示されていた。
田中君は画面を見て、少し身を乗り出した。
「読み取れないファイルがあるみたいです」
「それが分かっただけでも、最初の確認を分けた意味があるね」
佐藤さんが答えた。
「全部整理する指示を出していたら、そのファイルが無視されたのか、誤って分類されたのか、それとも処理自体が止まったのか分からなかったかもしれない」
「では、次は中身を表示してもらいましょう」
田中君は、すぐに次の指示を書き始めた。
確認した書類を、日報、引き継ぎ、全体連絡、設備報告、品質報告、改善報告に分けてください。
佐藤さんが、また手を止めた。
「その分類は、もう決まっているの?」
「だいたい、この種類だと思います」
「さっき、“だいたい日報と引き継ぎが入っている”と言って、設備異常連絡書と議事録が出てきたよね」
「あ……」
「最初から分類名を決めると、その枠に合わない書類まで無理に押し込む可能性がある」
「では、どう聞けばいいんですか?」
「まず、Codexが中身を読んで、どのような種類の書類があると判断したのかを、そのまま表示してもらう」
佐藤さんは、新しい指示を入力した。
先ほど確認した三つのフォルダーについて、各フォルダーにどのような種類の書類が入っていたかを表示してください。
フォルダーごとに分け、次の内容が分かるように、箇条書きで簡潔にまとめてください。
・書類の種類
・主な内容
・おおよその件数
・記録されている時期
・似た内容の書類
・分類を判断できない書類この段階でも、ファイル名の変更、内容の修正、移動、削除、上書き、新しいフォルダーの作成は行わないでください。
判断できない書類は、推測で分類せず「要確認」と表示してください。
田中君は、その文章を読んだ。
「僕が先に分類名を決めるのではなく、Codexがどう見えたのかを出してもらうんですね」
「そう。今は整理案を作る前の調査だからね」
「でも、Codexの分類が間違っていたら?」
「そのために表示させるんだよ」
佐藤さんは、画面を指した。
「AIが正しいかどうかを信じるのではなく、AIがどう判断したかを人間が確認できる形にする」
林さんが続けた。
「見えないところで勝手に仕分けさせるんじゃなくて、まず机の上に並べてもらうようなものだな」
田中君は、その指示をCodexへ送った。
しばらくすると、三つのフォルダーごとの確認結果が表示された。
一つ目のフォルダーには、次のような書類が入っていた。
作業日報
班ごとの引き継ぎ書
設備異常に関する連絡書
部署全体への周知文書
会議の簡易議事録
内容が短く、目的を判断できないメモ
二つ目のフォルダーには、
設備停止報告書
品質異常報告書
原因調査の途中資料
応急処置の記録
改善後の結果報告
同じ案件に関係している可能性のある複数の文書
が含まれていた。
三つ目のフォルダーには、
改善提案書
会議資料
調査結果
作業手順の変更案
過去資料を転用して作成した文書
分類を一つに決めにくい複合資料
が入っていると表示された。
田中君は、一つ目の結果を見ながら言った。
「日報と引き継ぎのフォルダーだと思っていたんですが、全体連絡や議事録まで入っていますね」
「さっき自分で見つけていただろ」
「一つ二つだと思っていました。こんなに入っているとは思いませんでした」
さらに、二つ目のフォルダーには、設備停止報告と品質異常報告だけでなく、原因調査の途中資料や改善後の結果報告まで混在していた。
田中君は、同じ案件に関係している可能性がある文書の一覧を見た。
「これ、重複じゃないんですね」
「何が?」
「同じ設備名が入っているので、似たファイルだと思っていました。
でも、停止したときの報告、原因を調べた資料、改善した後の結果報告で、役割が違っています」
佐藤さんがうなずいた。
「最初に“重複は削除してください”と頼んでいたら、どうなっていたか分からないね」
田中君は、少し気まずそうに視線をそらした。
「危なかったですね」
「今回はコピーだから、仮に間違っても原本は残っている。
でも、間違った分類を正しいと思い込む危険は残る」
「原本を守るだけでは、分類が正しくなるわけではないんですね」
「そのとおり」
田中君は、三つ目のフォルダーに表示された「複合資料」という分類を指した。
「これは、どういう書類なんでしょう?」
「内容を一つずつ確認してみないと分からないね」
「Codexに判断してもらえませんか?」
「判断の候補は出してもらえる。
でも、会議資料として残すのか、改善資料として扱うのか、調査記録として保管するのかは、田中君が後で何を手掛かりに探すかによって変わる」
「一つの正解があるわけではないんですか?」
「文書管理では、内容的に正しい分類と、実際に探しやすい分類が一致するとは限らないからね」
林さんが、画面を見ながら言った。
「工具だって、形だけ見れば同じ棚に置けそうでも、使う工程が違えば置き場を分けることがある。分類は、見た目だけで決めるものじゃない」
田中君は、表示された一覧を最初から見直した。
Codexは、書類を移動していない。
名前も変更していない。
内容も書き換えていない。
ただ、三つのフォルダーの中身を読み、何が入っているかを箇条書きで示しただけである。
それでも、田中君がこれまで把握していなかったことが、かなり見えてきた。
どの種類の書類が多いのか。
一つの案件に複数の文書があること。
同じフォルダーに用途の違う書類が混在していること。
分類できない書類が一定数あること。
自分が重複だと思っていたものが、実際には別の役割を持っていること。
「確認して表示してもらうだけでも、結構分かることがありますね」
田中君が言った。
「そうだね」
佐藤さんは答えた。
「AIに手を動かしてもらう前に、AIの目を借りて全体を見る。それだけでも、十分に価値がある」
「僕は、整理整頓というのは、ファイルを動かして初めて進むものだと思っていました」
「現状が見えるようになることも、整理の一部だよ。
むしろ、そこを飛ばして動かすと、後で迷子になる」
林さんが、表示された件数を指した。
「それで、どの書類が一番多いんだ?」
田中君は一覧を確認した。
一番多いのは、作業日報だった。
次に多いのが引き継ぎ書。
その次が、設備や品質に関する報告書である。
「日報が圧倒的に多いですね」
「では、次に何をする?」
佐藤さんが尋ねた。
田中君は少し考えた。
「全部の分類が見えたので、今度こそ全部まとめて整理します」
林さんが、深くため息をついた。
「どうして毎回、全部に戻るんだ」
「だって、もう中身は分かりましたよ」
「分かったのは、何が入っているかだ。どう整理すれば使いやすいかは、まだ決まってないだろ」
佐藤さんも苦笑した。
「次は、最も多い日報だけに対象を絞ろう」
「日報だけですか?」
「まず一種類で、確認、分類、名前の付け方、フォルダー構成までを一周させる。その結果が使いやすければ、次の書類へ広げる」
田中君は、一覧に表示された大量の日報を見た。
「一番多いものから始めるんですか?」
林さんが答えた。
「一番大きな山を崩せば、残りが見やすくなる」
田中君は、ようやく次の作業の意味を理解し始めた。
三つのフォルダーを一度に片付けるのではない。
まず中身を確認する。
AIがどう分類したのかを表示させる。
人間がその結果を見る。
そして、最も多い一種類を選び、小さく試す。
「全部を一度に終わらせる方が、効率的だと思っていました」
田中君が言うと、佐藤さんは静かに答えた。
「一度で正しく終わると分かっている仕事ならね。
でも、初めて行う仕事では、一つずつ確かめた方が、結果的に早いんだよ」
林さんも続けた。
「五百件終わってから間違いに気づくより、最初の十件で気づいた方がいいだろ」
田中君は、日報の件数をもう一度確認した。
そして、さきほどまで表示されていた「すべて整理してください」という指示を消した。
「では次は、日報だけを対象にします」
佐藤さんがうなずいた。
「その前に、どんな名前なら後から探しやすいかを考えよう」
田中君は、日報のファイル名を見た。
「日報」「日報修正」「日報最新版」「日報最終」。
ここでも、どこかで見たような名前が並んでいる。
林さんが、画面をのぞき込んだ。
「報告書だけじゃなく、日報にも最終版があるのか」
「日報も、提出前に修正することがありますから」
「毎日の記録に、毎日最終版が生まれてるわけだな」
田中君は、何も言い返せなかった。
次に考えなければならないのは、日報をどのような名前へ変え、どのようなフォルダーへ分ければ、後から迷わず見つけられるのか。
どうやら、書類の中身が見えただけでは、整理整頓はまだ始まったばかりらしい。

第4章 田中君、今度こそ全部やろうとする
一括処理より、小さな一周を完成させる
三つのフォルダーに入っている書類の種類と件数が、ようやく見えるようになった。
最も多かったのは日報。
その次が引き継ぎ書。
さらに、設備停止報告、品質異常報告、改善報告、全体連絡、会議資料と続いている。
田中君は、Codexが表示した一覧を満足そうに眺めた。
「これで準備は整いましたね」
「何の準備?」
佐藤さんが尋ねた。
「全部まとめて整理する準備です」
林さんが、ゆっくり田中君の方を向いた。
「さっきまでの話を聞いていたか?」
「聞いていましたよ。原本は別に保存しました。Codexには作業用コピーだけを渡しています。ファイルを消されても原本は残ります」
「だから、全部やっていいと?」
「はい。今度は安全です」
田中君は、さっそくCodexへの指示を書き始めた。
作業用フォルダー内の書類を、種類ごとに分類してください。
ファイル名を分かりやすく統一してください。
必要に応じて新しいフォルダーと下層フォルダーを作成してください。
すべての書類を、最も探しやすい構成に整理してください。
田中君は、書き終えた指示を二人に見せた。
「今回は削除しろとは書いていません」
佐藤さんは指示を読み、静かに尋ねた。
「“最も探しやすい構成”って、どんな構成?」
「Codexが考えてくれるんじゃないですか?」
「誰にとって探しやすいの?」
「僕にとってです」
「田中君が何を手掛かりに書類を探すか、Codexへ伝えた?」
田中君は、指示文を見直した。
「まだ伝えていません」
「日付で探すのか、設備名で探すのか、提出先で探すのか、書類の種類で探すのか。それが決まっていない状態で、何百件も整理させるの?」
「でも、まず一回やってもらって、使いにくかったら直せばいいと思います」
林さんが、机を軽く指でたたいた。
「五百件整理して、全部使いにくかったらどうする?」
「もう一度Codexに直してもらいます」
「その直し方も間違っていたら?」
「さらに直してもらいます」
「お前は、AIに整理をさせたいのか、整理のやり直しをさせたいのか、どっちなんだ?」
田中君は少し黙った。
「最終的に整理できれば、どちらでも……」
「手戻りを増やして、それをAIにやらせることを効率化とは言わないぞ」
林さんの言葉に、田中君は画面へ視線を戻した。
原本は守られている。
作業用コピーなので、失敗しても元へ戻せる。
しかし、失敗しても戻せることと、最初から大きく失敗してよいことは別だった。
佐藤さんが、一覧の中にある日報の件数を指した。
「まず、日報だけにしよう」
「日報だけですか?」
「そう。しかも、最初から全部の日報を変更する必要はない。まず十件程度で試す」
「十件では、ほとんど片付かないじゃないですか」
「片付けることが、最初の目的ではないよ」
「また確認ですか?」
「今度は、整理方法の確認だね」
佐藤さんは、今回の小さな作業範囲を書き出した。
1.日報を十件選ぶ
2.内容と日付を確認する
3.新しいファイル名の候補を作る
4.分類先の候補を表示する
5.田中君が確認する
6.承認したコピーだけを変更する
7.実際に探してみる
「ここまでを、一度最後までやる」
田中君は、その手順を見た。
「たった十件に、そこまでやるんですか?」
林さんが答えた。
「最初の十件だから、そこまでやるんだ」
「どういう意味ですか?」
「最初の十件で、ファイル名の付け方も、フォルダーの分け方も、探し方も決める。その基準が使えると分かれば、残りへ広げられるだろ」
佐藤さんも続けた。
「最初から五百件やると、五百件分の結果しか見えない。
でも、十件で一周させれば、作業の流れそのものが見える」
田中君は、少し考えた。
「一周というのは、分類して終わりではないんですね」
「そう。整理して、実際に探して、使いやすいか確認するところまでが一周だよ」
「整理された見た目がきれいでも、探せなければ失敗ですか?」
「今回の目的は、田中君が必要な書類をすぐに見つけられるようにすることだからね」
林さんが、工作機械の試運転に例えた。
「端材を少し削って、寸法も見ずに『ちゃんと削れました』とは言わないだろ」
「言いません。加工後に寸法を測ります」
「工具が欠けてないか、面が荒れてないか、原点がずれてないかも見るよな」
「確認します」
「それと同じだ。ファイルを動かしただけで、整理できたことにはならない」
田中君は、ようやく納得し始めた。
Codexが分類できるかどうかだけを見るのではない。
新しい名前が分かりやすいか。
フォルダー構造が深すぎないか。
目的の書類へ短時間でたどり着けるか。
分類できない書類が、無理やりどこかへ入れられていないか。
そこまで確認して、初めて次の件数へ広げられる。
「では、日報を十件選びます」
田中君は、作業用フォルダーの中から日報らしいファイルを選び始めた。
しかし、すぐに手が止まった。
「どの日報を選べばいいんでしょう?」
「適当に新しい十件だけを選ぶと、簡単なものばかりになるかもしれないね」
佐藤さんは、サンプルの選び方を提案した。
「新しい日報、古い日報、名前が分かりにくい日報、設備異常が書かれた日報、複数の話題が入った日報を混ぜよう」
「わざわざ難しいものも入れるんですか?」
「簡単なものだけでうまくいっても、本番で使えるか分からないからね」
林さんもうなずいた。
「試運転で、問題が起きそうな条件を少し入れておくんだ。普通に動くところだけ見ても、異常時の癖は分からない」
田中君は、条件の異なる十件の日報を選んだ。
最近作成した日報
一年以上前の日報
ファイル名が「日報」だけのもの
「日報最新版」と書かれたもの
設備停止について書かれたもの
品質異常について書かれたもの
引き継ぎ事項を含むもの
複数の設備について記録したもの
日付がファイル名に入っていないもの
内容が短く、分類しにくいもの
「これなら、いろいろな種類がありますね」
「まずは、その十件をCodexに読ませて、どのような情報が共通して入っているか見てもらおう」
田中君は、また指示を書き始めた。
選択した十件の日報を確認し、ファイルごとに次の項目を表示してください。
・現在のファイル名
・書類内の日付
・作成した班または担当者
・対象となる設備や作業
・主な内容
・設備異常や品質異常の有無
・引き継ぎ事項の有無
・新しいファイル名に使えそうな情報
・判断できない項目
この段階では、ファイル名の変更、移動、削除、内容の修正は行わないでください。
指示を読んだ佐藤さんがうなずいた。
「いいね。まず、日報にどの情報が安定して書かれているかを確認できる」
「日報なら、日付と班と設備名をファイル名にすればよさそうですよね」
「まだ決めない」
「またですか?」
「十件すべてに、班や設備名が書かれているとは限らないだろう?」
田中君は選んだファイルの一覧を見た。
確かに、日付しか書かれていない日報もある。
設備名が複数書かれたものもある。
作成者が分からないものもあった。
「情報がないファイルもあるんですね」
「だから、先に共通して使える情報を調べる。
ファイル名のルールは、例外だらけでは続かないからね」
林さんが言った。
「一件だけ立派な名前にできても、残りに付けられなければ標準にはならない」
田中君は、Codexへ指示を送った。
しばらくすると、十件の日報から抽出された情報が一覧になって表示された。
日付は、ほとんどの日報から確認できた。
班名は半分程度。
設備名は一つだけ書かれているものもあれば、複数書かれているものもある。
引き継ぎ事項や設備異常を含む日報も混じっていた。
一方、作成者名は書かれていないものが多かった。
田中君は、一覧を見ながら言った。
「全部に使えそうなのは、日付ですね」
「そうだね」
「班名は入っていないものがあります」
「空欄になるルールは、少し使いにくいね」
「設備名も、複数あるとファイル名が長くなります」
林さんが笑った。
「さっきまで、全部入れようとしてただろ」
「実際に一覧で見ると、無理があると分かりました」
田中君は、新しいファイル名の候補を考え始めた。
2026-07-01_第1班_設備A_設備B_設備C_異常あり_引き継ぎあり_日報.docx
林さんは、その名前を見た瞬間に言った。
「長い」
「必要な情報を全部入れたんです」
「開く前に読むのを諦める長さだぞ」
佐藤さんも苦笑した。
「ファイル名だけに、すべての情報を背負わせなくていいよ」
「では、どこへ入れるんですか?」
「詳しい設備名や異常内容は、文書の中に書かれている。必要なら管理一覧にも入れられる。ファイル名は、書類を見分けるための最低限でいい」
「最低限というと?」
「まず日付と、簡単な内容だね」
田中君は、先ほどの長い名前を消した。
代わりに、次の候補を書いた。
2026-07-01_設備異常対応日報.docx
「これならどうですか?」
「ずいぶん見やすくなったな」
林さんが答えた。
「ただし、全部の日報が設備異常とは限らない。通常作業の日報なら、どうする?」
田中君は、一覧を見ながら考えた。
2026-07-02_通常作業日報.docx
2026-07-03_品質異常対応日報.docx
2026-07-04_設備停止対応日報.docx
「内容を短く表す言葉を入れる形ですね」
佐藤さんがうなずいた。
「まず十件分の候補を作って、並べて見てみよう。ばらつきが大きければ、もう少しルールを整える」
田中君は、Codexに十件分の改名候補を作らせることにした。
ただし、まだ実際のファイル名は変えない。
現在の名前と、新しい名前の候補を並べて表示させるだけである。
田中君は、少し笑った。
「最初は、一気に全部変えてもらうつもりだったんですけどね」
林さんが言った。
「一気にやらなかったから、今の長すぎる名前を五百件に付けずに済んだな」
田中君は、先ほど自分が考えた長いファイル名を見た。
もし五百件すべてに同じような名前を付けていたら、整理前より見づらいフォルダーが完成していたかもしれない。
「十件で気づけてよかったです」
「それが、小さく試す意味だよ」
佐藤さんは、一覧を見ながら答えた。
「一歩ずつ進めるのは、AIをゆっくり使うためじゃない。確認できた後に、安心して速く進めるためなんだ」
田中君は、十件の日報について、元のファイル名と改名候補を表示するようCodexへ指示した。
次に行うのは、実際の改名ではない。
まず、人間が変更内容を確認できる一覧を作ること。
一括処理へ進みたがっていた田中君も、ようやく理解し始めていた。
AIは速い。
だからこそ、最初の方向を間違えてはいけない。
そして、最初の方向が正しいかどうかは、小さな範囲を一周させてみなければ分からないのである。

第5章 一番大きな山から崩せ
最も件数の多い日報から始める
十件の日報について、現在のファイル名と新しい名前の候補が一覧で表示された。
田中君は、画面を上から順番に確認した。
日報.docx→ 2026-07-01_設備異常対応日報.docx
日報修正.docx→ 2026-07-02_通常作業日報.docx
日報最新版.docx→ 2026-07-03_品質異常対応日報.docx
日報最終.docx→ 2026-07-04_設備停止対応日報.docx
以前のファイル名と比べれば、何について書かれた日報なのかは、かなり分かりやすくなっている。
田中君は満足そうにうなずいた。
「いいですね。この名前なら、いちいち開かなくても内容が想像できます」
「では、その名前を付けた日報を、どのフォルダーへ入れる?」
佐藤さんが尋ねた。
「日報フォルダーです」
「その中には、何件の日報があるの?」
田中君は、Codexが先ほど表示した集計結果を確認した。
「四百件以上あります」
「全部を同じ場所へ入れる?」
「さすがに、それでは探しにくいですね」
田中君は、新しいフォルダー構成を考え始めた。
日報
├─ 通常作業
├─ 設備異常
├─ 品質異常
├─ 設備停止
├─ 引き継ぎあり
├─ 残業あり
├─ トラブルあり
├─ 重要
└─ その他
林さんが画面を見た。
「一つの日報に、設備異常と品質異常と引き継ぎが全部書いてあったら、どこへ入れるんだ?」
田中君は少し考えた。
「全部のフォルダーへコピーします」
「同じ日報が何枚も増えるぞ」
「では、一番重要な内容のフォルダーへ入れます」
「何が一番重要か、毎回判断するのか?」
「Codexに判断してもらえば……」
林さんは大きく息を吐いた。
「またそこへ戻るのか」
田中君は、慌てて言い直した。
「いや、判断基準を決めてから頼みます」
佐藤さんは、十件の日報から抽出された内容を見直した。
日報には、その日の作業記録だけでなく、設備異常、品質異常、引き継ぎ、予定変更、注意事項など、複数の情報が記載されている。
内容ごとにフォルダーを分けると、一つの書類をどこへ置くのか決めにくくなる。
「日報は、何を手掛かりに探すことが多い?」
佐藤さんが尋ねた。
「何が書かれていたかで探します」
「具体的には?」
「設備が止まった日とか、不良が発生した日とかですね」
「その出来事が起きた時期は覚えている?」
「だいたいは覚えています。去年の夏頃とか、夜勤をしていた時期とか」
林さんが続けた。
「どの班の日報だったかは?」
「それも、ある程度は覚えています」
「だったら、まず年月や班で範囲を狭めて、その中から内容を探す方が分かりやすいんじゃないか?」
田中君は、先ほど作った内容別フォルダーを見直した。
確かに、設備異常や品質異常のような内容は、一つの日報に複数含まれることがある。
一方、日付は一つに決まる。
班も、記載されていれば大きく変わることはない。
「では、年度と月で分けますか?」
「まずは、それで試してみよう」
佐藤さんが答えた。
田中君は、新しい構成を書いた。
日報
├─ 2025年度
│ ├─ 2025-04
│ ├─ 2025-05
│ └─ 2025-06
└─ 2026年度
├─ 2026-04
├─ 2026-05
└─ 2026-06
「さらに班ごとに分けた方がいいでしょうか?」
「最初から全部作る必要はないよ」
佐藤さんは答えた。
「一つの月に何百件も入るなら、班ごとの下層フォルダーが必要かもしれない。でも、一か月に十件程度なら、月別だけでも十分かもしれない」
「フォルダーは、細かいほど整理されているように見えますけど」
「見た目はね。でも、目的の場所へ着くまでに何度もフォルダーを開くことになる」
林さんが言った。
「工具を種類、長さ、径、材質、使用工程、使用頻度で全部分けたら、取り出すまでに日が暮れるぞ」
「そこまで細かくは分けませんよ」
「さっき、年度、月、週、班、設備、重要度まで分けようとしてただろ」
「思いついたものを書いただけです」
「その思いつきを全部採用しようとしてたじゃないか」
田中君は、作りかけの細かいフォルダー案を静かに削除した。
佐藤さんは、改めて書類種類ごとの件数一覧を表示した。
作業日報 428件
引き継ぎ書 391件
設備・品質報告 86件
全体連絡 54件
会議資料 31件
改善・調査資料 27件
分類不能・要確認 18件
「日報と引き継ぎが、かなり多いですね」
田中君が言った。
「この二種類だけで、全体の大部分を占めている」
「では、少ない会議資料や改善資料から先に片付けますか? 件数が少ないので、すぐ終わりますよ」
林さんは首を横に振った。
「それで、見た目がどれだけ変わる?」
「少しは減ります」
「日報が四百件、引き継ぎが四百件近く残ったままだぞ」
田中君は、一覧を見た。
少ない書類から片付ければ、一つの分類を早く終えられる。
しかし、フォルダー全体の大部分を占める日報と引き継ぎは、そのまま残る。
見た目も、探しにくさも、ほとんど変わらない。
佐藤さんが説明した。
「簡単なものから始める方法が悪いわけではないよ。
ただ、今回は大量の書類を見つけやすくすることが目的だ。
だったら、最も大きな塊を先に分けた方が、残りの構造も見えやすくなる」
「日報を整理すれば、四百件以上が一気に別の場所へまとまる」
「そう。残ったフォルダーには、日報以外の特徴が見えやすくなる」
林さんが、机の上に置かれていた書類の束を指した。
「大きな箱の中に、同じ部品が半分以上入っていたら、それを先に全部抜くだろ。残ったものを見れば、次に何を分ければいいか分かる」
田中君はうなずいた。
「一つずつきれいにするのではなく、一番大きな山を先に取り除くんですね」
「そういうことだ」
「では、日報四百二十八件を全部整理します」
林さんがすぐに言った。
「話を聞いていたか?」
「日報から始めるんですよね?」
「日報から始める。でも、いきなり四百二十八件全部ではない」
「また十件ですか?」
佐藤さんが答えた。
「最初の十件で、名前の付け方とフォルダー構成を試す。問題がなければ、次は一か月分。その次は数か月分というように広げる」
「一気に日報全部では駄目ですか?」
「日報の中にも、例外があるかもしれないからね」
佐藤さんは、十件のサンプルを指した。
日付を確認できない日報。
複数の日付が記載されている日報。
日報という名前なのに、内容のほとんどが引き継ぎ事項になっている書類。
複数の班が共同で作成した記録。
通常の様式とは異なる古い日報。
「十件では見つからなかった例外が、一か月分を処理すると出てくるかもしれない」
「そのたびにルールを修正するんですか?」
「必要ならね。ただし、例外のために基本ルールを複雑にしすぎないことも大切だよ」
「例外はどうするんですか?」
「無理に自動分類せず、要確認へ回す」
田中君は、一覧の一番下にある「分類不能・要確認」を見た。
「分からないものを残すと、整理が終わっていないように見えませんか?」
「間違った場所へ入れるより、分からないと表示した方が正確だよ」
佐藤さんは答えた。
「AIが何でも判断したように見せることが完成ではない。
人間が確認すべきものを、きちんと分けることも整理の一部なんだ」
林さんも続けた。
「現場でも、正体の分からない部品を、見た目が似ているからって適当な棚へ入れないだろ。識別できないなら、保留場所へ置く」
「確かに、あとで探せなくなりますね」
田中君は、日報整理の進め方をメモした。
① 十件のサンプルで改名候補を確認する
② コピー側だけで実際に改名する
③ 年度・月別フォルダーへ仮配置する
④ 実際に目的の日報を探してみる
⑤ 使いにくい部分を修正する
⑥ 一か月分へ対象を広げる
⑦ 問題がなければ残りの日報へ展開する
⑧ 判断できないものは要確認へ分ける
「これなら、段階的に広げられそうです」
「まずは、十件の改名一覧を確認しよう」
佐藤さんが答えた。
「現在の名前、新しい名前、日付、主な内容、移動先候補を並べてもらう。田中君が確認してから、コピー側だけ変更する」
田中君は、Codexへの次の指示を入力した。
選択した十件の日報について、現在のファイル名と新しいファイル名の候補を一覧にしてください。
一覧には、次の項目を含めてください。
・現在のファイル名
・書類内の日付
・主な内容
・新しいファイル名の候補
・移動先フォルダーの候補
・判断に迷う点
この段階では、まだファイル名の変更や移動は行わないでください。
Codexから、十件分の一覧が表示された。
ほとんどの日報は、日付と簡潔な内容を使って新しい名前を付けられそうだった。
しかし、一件だけ日付を特定できないものがある。
もう一件は、日報というより引き継ぎ書に近い内容だった。
田中君は、その二件を見た。
「この二つは、どうしますか?」
「無理に決めない」
佐藤さんは答えた。
「日付不明と分類要確認として残そう」
「十件すべてを処理できないんですね」
「八件を安全に処理し、二件を正しく保留できた。それで十分だよ」
林さんも言った。
「全部を片付けたように見せるために、分からないものを適当な棚へ入れる方が悪い」
田中君は、二件を要確認として一覧へ残した。
そして、確認できた八件だけについて、作業用コピー側でファイル名を変更し、年度と月のフォルダーへ移動するようCodexへ指示した。
処理は、短時間で終わった。
田中君は、新しくできたフォルダーを開いた。
日報
└─ 2026年度
└─ 2026-07
├─ 2026-07-01_設備異常対応日報.docx
├─ 2026-07-02_通常作業日報.docx
├─ 2026-07-03_品質異常対応日報.docx
└─ 2026-07-04_設備停止対応日報.docx
以前の「日報」「修正」「最新版」と比べれば、かなり見やすい。
「おお……きれいになりましたね」
田中君は、うれしそうに言った。
「まだ八件だけだぞ」
林さんが答えた。
「でも、方向性は分かりました」
田中君は、元のフォルダーを見た。
大量の日報がまだ残っている。
しかし、先ほどまでのような途方もない山には見えなかった。
どこから手を付ければよいか分からない状態から、最初に崩す場所が決まったからである。
「一番多い日報から始める意味が、分かってきました」
「どんな意味?」
佐藤さんが尋ねた。
「日報を整理すれば、全体の大きな塊がなくなります。そうすれば、残った引き継ぎや報告書も見分けやすくなる」
「それから?」
「全部を一度に処理するのではなく、十件、一か月分、残り全体というように広げれば、途中でルールを直せます」
林さんがうなずいた。
「最初の小さな山で道を作ってから、大きな山を崩すってことだ」
田中君は、日報四百二十八件の一覧を見た。
以前なら、数字を見ただけで一括処理を選んでいただろう。
今は、最初の八件で確認したルールを、一か月分へ広げる準備をしている。
「一気に終わらせない方が、結果的には早いんですね」
佐藤さんは答えた。
「AIが速いからこそ、人間は最初の方向を丁寧に決める。
方向が合っていれば、その後はAIの速さを安心して使えるからね」
田中君は、新しい日報フォルダーをもう一度眺めた。
整理整頓とは、目についた書類を一つずつ片付けることではない。
全体を確認し、最も大きな塊を見つけ、小さな範囲で方法を確かめてから広げる。
そして、分からないものを無理に片付けない。
日報の山は、まだほとんど残っている。
それでも田中君には、先ほどまでとは違って見えていた。
それは、ただの大量のファイルではない。
一つずつ確認しながら、確実に小さくできる山になっていた。

第6章 名前を変える前に一覧を作れ
元ファイル名と改名案を見比べる
日報の整理方法が、少しずつ形になってきた。
最初の十件を使って内容を確認し、日付と主な内容をもとに、新しいファイル名の候補を作った。
そのうち八件は、問題なく改名できそうだった。
残りの二件は、日付が分からないものと、日報なのか引き継ぎ書なのか判断しにくいものだったため、「要確認」として残してある。
田中君は、新しく作られた日報フォルダーを眺めながら、満足そうにうなずいた。
「ここまでできれば、残りも同じように改名してもらえますね」
佐藤さんが尋ねた。
「同じように、というのは?」
「日付と内容を見て、分かりやすい名前へ変えてもらいます」
「変更する前に、何へ変えるのか確認する?」
田中君は少し考えた。
「最初の十件で、ルールは確認しましたよね」
「十件のルールは確認した。
でも、残りの四百件がすべて同じ形式とは限らないよ」
「日報なんですから、だいたい同じじゃないですか?」
林さんが横から言った。
「“だいたい同じ”で、四百件まとめて名前を変えるのか?」
「コピーですから、問題があれば戻せます」
「戻せるから確認しなくていい、にはならないだろ」
田中君は、また作業用コピーの安全性を理由に、一括処理へ進もうとしていた。
佐藤さんは、最初の十件で作った一覧を開いた。
そこには、元のファイル名と、新しく付ける予定の名前が並んでいる。
日報.docx
→ 2026-07-01_設備異常対応日報.docx
日報修正.docx
→ 2026-07-02_通常作業日報.docx
日報最新版.docx
→ 2026-07-03_品質異常対応日報.docx
日報最終.docx
→ 2026-07-04_設備停止対応日報.docx
「この一覧があったから、田中君も変更内容を確認できたよね」
「はい」
「もし、Codexが日付を読み間違えていたら?」
「一覧を見れば気づけます」
「通常作業の日報を、設備異常対応だと判断していたら?」
「修正できます」
「では、一覧を作らずに直接改名したら?」
田中君は、少し黙った。
「変更後のファイルを一つずつ開いて確認することになります」
「それでは、改名前に確認するより手間が増えるよね」
林さんもうなずいた。
「加工前にプログラムを確認せず、全部削り終わってから寸法を測るようなものだな」
「加工後の確認も必要ですけど、明らかな入力ミスは加工前に止めますね」
「ファイル名も同じだ。
変えてから間違いを探すより、変える予定を先に並べた方が早い」
田中君は、残りの日報についても、先に変更予定一覧を作る意味を理解した。
ただし、四百件を一度に一覧にすると、確認するだけでも大変になる。
「では、まず一か月分の日報で一覧を作ります」
「それがいいね」
佐藤さんが答えた。
田中君は、2026年7月の日報を対象に、Codexへ次の指示を入力した。
2026年7月の日報について、ファイル名を変更する前に、変更予定一覧を作成してください。
一覧には、次の項目を表示してください。
・現在のファイル名
・現在の保存場所
・書類内の日付
・主な内容
・新しいファイル名の候補
・移動先フォルダーの候補
・分類理由
・判断に迷う点
この段階では、実際のファイル名変更、移動、削除、内容修正は行わないでください。判断できないものは、「要確認」としてください。
Codexが、対象となる日報を順番に確認し始めた。
しばらくすると、一覧が表示された。
田中君は、一番上から確認していった。
多くの日報は、日付と主な内容を問題なく抽出できている。
しかし、途中でいくつか気になる候補が見つかった。
元ファイル名:日報7月12日.docx
主な内容:設備Aの点検、部品交換、翌日の作業予定
改名候補:2026-07-12_設備故障対応日報.docx
田中君は、首をかしげた。
「これは設備故障ではありません。定期点検です」
「なぜ故障と判断したんだろう?」
佐藤さんが尋ねた。
田中君は、日報の内容を開いた。
本文には、「異音が確認されたため部品を交換した」と書かれている。
Codexは、その記述から設備故障対応と判断したようだった。
「異音と部品交換が書かれているので、故障だと見たんでしょうね」
「でも、田中君の職場では定期点検として扱う?」
「はい。異常が発生して停止したわけではありません」
佐藤さんは、一覧の分類理由を指した。
「こういう違いがあるから、変更前の一覧が必要なんだ」
田中君は、改名候補を修正した。
2026-07-12_設備定期点検日報.docx
さらに確認を続けると、別の候補も見つかった。
元ファイル名:夜勤日報修正版.docx
書類内の日付:2026年7月18日
主な内容:設備停止、品質確認、次班への連絡
改名候補:2026-07-18_設備停止・品質確認・引き継ぎ対応日報.docx
林さんが画面を見て言った。
「また長くなってきたな」
「全部、本文に書かれている内容です」
「だからって全部名前に入れるのか?」
田中君は、前にも同じことを言われたのを思い出した。
ファイル名へ情報を詰め込みすぎれば、かえって読みにくくなる。
「では、一番重要な内容だけにします」
「何が一番重要?」
佐藤さんが尋ねた。
「設備停止です」
「それは、田中君が後から何を手掛かりに探すかを考えて決めた?」
「はい。設備停止が起きた日の記録として探す可能性が高いです」
「なら、それでいいと思う」
田中君は、候補を短くした。
2026-07-18_設備停止対応日報.docx
品質確認や引き継ぎ事項は、本文と管理一覧に残る。
ファイル名には、検索の入口となる代表的な内容だけを使う。
田中君は、一覧を確認しながら、少しずつ命名ルールを理解し始めていた。
「ファイル名だけで、書類の中身を全部説明する必要はないんですね」
「そうだね」
佐藤さんが答えた。
「ファイル名は、目的の書類へ近づくための目印だよ。詳しい内容は、本文や一覧を見ればいい」
林さんも続けた。
「看板に、店の商品の説明を全部書く必要はないだろ。何の店か分かれば入れる」
確認を進めるうちに、田中君は新たな問題へ気づいた。
同じ日付で、似た名前の候補が二つ並んでいる。
2026-07-21_通常作業日報.docx
2026-07-21_通常作業日報.docx
「同じ名前になっています」
「同じ日に二つの日報があるんだね」
佐藤さんが答えた。
「一つは第1班、もう一つは第2班です」
「それなら、班名を入れた方が区別できそうだね」
田中君は、二つの候補を修正した。
2026-07-21_第1班_通常作業日報.docx
2026-07-21_第2班_通常作業日報.docx
「全部のファイルに班名を入れますか?」
「同じ日に複数の日報がある場合だけ入れる方法もある」
「でも、名前の形式がばらばらになりませんか?」
佐藤さんは少し考えた。
「形式を完全に統一することと、見分けやすくすることのどちらを優先するかだね」
「統一されていた方が、きれいに見えます」
「でも、同じ名前が二つできたら使えない」
林さんが言った。
「見た目をそろえるために、区別できなくなったら本末転倒だ」
田中君は、命名ルールへ条件を加えた。
基本は「日付+主な内容+日報」
同日に複数の日報がある場合は、班名または担当名を追加する
日付を確認できないものは改名せず「要確認」へ回す
内容を一つに絞れない場合は、代表的な内容を一つだけ使う
同名になる場合は、識別できる最小限の情報を追加する
一覧を最後まで確認すると、日付の読み取りが曖昧な書類が三件あった。
本文には「本日」「昨日」「次週」としか書かれておらず、ファイルの作成日時と実際の日報の日付が一致しているか判断できない。
田中君は、その三件を見た。
「作成日時を日付として使ってもいいですか?」
「それが実際の作業日だと確認できる?」
「確認できません」
「では、勝手に決めない方がいいね」
「また要確認ですか」
「そうだよ」
田中君は、少し困った顔をした。
「要確認が増えると、整理できていないように見えます」
佐藤さんは首を横に振った。
「判断できないものを、判断できたように見せない。
それも管理の品質だよ」
林さんも言った。
「分からないものを適当に棚へ入れて、
あとで見つからなくなる方が困るだろ」
田中君は、三件を「日付要確認」として一覧へ残した。
すべての候補を確認したあと、田中君は一覧の保存について尋ねた。
「この一覧は、改名が終わったら削除してもいいですか?」
佐藤さんは、すぐに答えた。
「残しておこう」
「もう新しい名前になりますよね?」
「元の名前で覚えている人がいるかもしれない」
田中君は、以前の自分を思い出した。
「日報最新版」や「夜勤日報修正版」という名前で記憶している書類もある。
改名後に新しい名前だけ残ると、元の名前から探せなくなる可能性がある。
「一覧があれば、元のファイル名から新しい名前を確認できますね」
「それだけじゃないよ」
佐藤さんは、一覧に含まれている項目を指した。
「どこからどこへ移したのか。
なぜその分類にしたのか。
どのファイルを保留にしたのか。
あとから整理方法を見直すときにも使える」
林さんが言った。
「加工条件を変えた記録と同じだな。結果だけ残っていても、何をどう変えたのか分からなければ、次に使えない」
田中君は、一覧を「日報改名・移動履歴」として出力フォルダーへ保存した。
その後、確認済みのファイルだけについて、作業用コピー側で改名と移動を実行するようCodexへ指示した。
確認済みの変更予定一覧に従い、承認したファイルだけを変更してください。
・新しいファイル名へ変更する
・指定した年度
・月フォルダーへ移動する
・要確認となっているファイルは変更しない
・元ファイル名と変更後のファイル名の対応履歴を保存する
・同名ファイルがある場合は上書きせず、処理を停止して報告する
Codexが処理を開始した。
田中君は、以前のように勢いだけで実行結果を待つのではなく、画面に表示される内容を確認していた。
改名された件数。
移動された件数。
要確認として残された件数。
同名ファイルの有無。
すべての処理が終わると、結果が一覧で表示された。
処理対象となったファイルの多くは、決めたルールに従って整理されていた。
要確認の三件は、元の状態で残っている。
同名の上書きも発生していない。
田中君は、新しい日報フォルダーを開いた。
日付順に並び、同日の複数日報には班名が付いている。
内容も、短い言葉で見分けられる。
以前のような「最新版」「修正版」「最終」という名前はなくなっていた。
「かなり見やすくなりました」
「一覧を作ってから変更したからね」
佐藤さんが答えた。
「もし直接改名していたら、設備定期点検を設備故障にしたり、同じ名前を作ったり、日付不明のファイルへ推測の日付を付けていたかもしれない」
田中君は、変更履歴の一覧を見た。
「ファイル名を変える作業より、何に変えるかを確認する方が大事だったんですね」
「AIは、名前を変える作業そのものは速い。
でも、その名前が田中君の仕事に合っているかは、
人間が見なければならない」
林さんも、新しいフォルダーを眺めた。
「機械に削らせるのは速くても、寸法を決めるのは人間だからな」
田中君はうなずいた。
そして、新しく整理された日報フォルダーの中に、さらに年度、月、班、設備、異常内容、重要度ごとのフォルダーを作ろうとした。
林さんが、その手を止めた。
「今度は何をするつもりだ?」
「もっと探しやすくするために、下層フォルダーを増やします」
佐藤さんが画面をのぞき込んだ。
田中君が考えた構成は、日報フォルダーから目的の書類へ着くまでに、六つ以上の階層を通るものになっていた。
林さんは、静かに言った。
「書類を探す前に、道に迷うぞ」
ファイル名の次は、フォルダー構造を考えなければならない。
細かく分けることと、探しやすくすることは、どうやら同じではないらしい。

第7章 フォルダーを増やしすぎるな
三手でたどり着ける管理構造
「もっと探しやすくするために、下層フォルダーを増やします」
田中君はそう言いながら、新しいフォルダー構成を書き始めた。
日報
└─ 2026年度
└─ 7月
└─ 第1週
└─ 第1班
└─ 設備A
└─ 重要度A
└─ 設備異常
林さんは、その構成を黙って見つめていた。
田中君は、さらに続けた。
└─ 対応済み
└─ 部品交換あり
「これなら、条件ごとにきれいに分けられます」
林さんは、ようやく口を開いた。
「田中君」
「はい」
「報告書を探す前に、どの道を通ればいいか分からなくなるぞ」
「でも、細かく分類されていた方が、目的の書類へ絞り込みやすいですよね」
「目的の書類が、どの条件に入るか全部覚えていればな」
田中君は、自分が作ったフォルダー構成を見た。
年度。
月。
週。
班。
設備。
重要度。
異常の種類。
対応状況。
部品交換の有無。
目的の日報へたどり着くまでに、八回以上フォルダーを開かなければならない。
佐藤さんが尋ねた。
「たとえば、去年の夏に設備Aで異音が出たときの日報を探すとする。
田中君は、その日報の重要度がAだったかBだったか覚えている?」
「そこまでは覚えていないと思います」
「部品交換があったかは?」
「異音があったことは覚えていても、交換したかどうかまでは、日報を見ないと分かりません」
「では、途中のフォルダーを選べないね」
田中君は、重要度と部品交換のフォルダーを削除した。
「では、設備と異常の種類までにします」
林さんが首を横に振った。
「一つの日報に、設備Aと設備Bの両方が書いてあったら?」
「どちらかのフォルダーへ入れます」
「もう片方の設備から探したら、見つからなくなるぞ」
「では、両方へコピーします」
「また同じファイルを増やすのか」
田中君は、以前にも同じやり取りをしたことを思い出した。
一つの書類に複数の内容が入っている場合、内容ごとのフォルダーへ分けると、保存場所を一つに決められない。
複数の場所へコピーすれば、同じ書類が増える。
片方だけを更新すると、どちらが新しいのか分からなくなる。
結局、「最終版」が増えたときと同じ問題が起きる可能性がある。
佐藤さんは、現在のフォルダー案から、田中君が書類を探すときに覚えていそうな情報を抜き出した。
いつ頃の書類だったか
どの種類の書類だったか
どの班や部署に関係していたか
何について書かれていたか
「この中で、フォルダーを開く前から比較的覚えていそうなのはどれ?」
「いつ頃かと、書類の種類ですね」
「班は?」
「覚えていることもありますが、分からない場合もあります」
「設備名や異常内容は?」
「ファイル名を見れば分かると思います」
佐藤さんはうなずいた。
「だったら、フォルダーでは年月まで絞り、詳しい内容はファイル名で見分ける方がよさそうだね」
田中君は、新しい構成を書いた。
日報
├─ 2025年度
│ ├─ 2025-04
│ ├─ 2025-05
│ └─ 2025-06
└─ 2026年度
├─ 2026-04
├─ 2026-05
└─ 2026-07
「これだけですか?」
「まずはね」
「班ごとのフォルダーも作らないんですか?」
「一つの月に、何件くらい日報が入る?」
田中君は、件数を確認した。
「多い月で四十件くらいです」
「その四十件が日付順に並び、ファイル名で内容が分かるなら、班別に分けなくても探せるかもしれない」
「でも、四十件も並んでいたら多くないですか?」
林さんが言った。
「八階層を通るよりは早いだろ」
「それはそうですけど」
「実際に探してみればいい」
佐藤さんは、整理済みの2026年7月の日報フォルダーを開いた。
ファイルは日付順に並んでいる。
同じ日に複数の書類がある場合は、班名が付けられている。
内容も、短い言葉でファイル名に示されていた。
2026-07-01_設備異常対応日報.docx
2026-07-02_通常作業日報.docx
2026-07-03_品質異常対応日報.docx
2026-07-04_設備停止対応日報.docx
2026-07-05_第1班_通常作業日報.docx
2026-07-05_第2班_通常作業日報.docx
「では、試しに探してみよう」
佐藤さんが言った。
「去年の七月中旬に、設備停止が発生した日報を探してみて」
田中君は「日報」フォルダーを開いた。
次に「2026年度」。
その次に「2026-07」。
日付順に並んだファイル名を確認し、「設備停止対応日報」を見つけた。
「ありました」
「何回フォルダーを開いた?」
「三回です」
「先ほどの構成なら?」
田中君は、自分が作った案を思い出した。
年度、月、週、班、設備、重要度、異常の種類、対応状況。
しかも、そのうちいくつかは記憶していないため、途中で別のフォルダーを開き直す必要がある。
「かなり迷っていたと思います」
「だから、三手くらいで目的の場所へ着ける構造を考えるんだ」
佐藤さんは説明を続けた。
「フォルダーには、探すときに人間が覚えている情報を使う。
ファイル名には、一覧を見たときに内容を区別できる情報を使う。
詳しい内容は、文書の中に残す」
田中君は、役割を書き出した。
フォルダー
・書類の種類
・年度
・月
ファイル名
・日付
・必要な場合は班名
・主な内容ファイル内部
・詳しい作業内容
・設備名
・異常の原因
・処置
・引き継ぎ事項管理一覧
・元ファイル名
・変更後のファイル名
・元の保存場所
・移動先
・分類理由
・要確認事項
「こうやって役割を分けるんですね」
「そう。全部の情報をフォルダーやファイル名へ詰め込む必要はない」
林さんも言った。
「工具棚でも、工具の履歴や使用条件を全部棚の名前に書かないだろ。棚は取り出す場所が分かればいい。詳しい情報は管理表で見る」
田中君は、先ほど作った細かい下層フォルダーを削除した。
画面から大量の空フォルダーが消えていく。
「せっかく作ったのに、少しもったいないですね」
「使わない棚を作っても、管理する場所が増えるだけだぞ」
林さんが答えた。
「空のフォルダーは場所を取らないじゃないですか」
「パソコンの容量はほとんど使わなくても、人間の判断を使う。どこへ入れるか迷う場所が増えるんだ」
佐藤さんもうなずいた。
「フォルダーが増えると、分類ルールも増える。新しい書類が来るたびに、どこへ入れるか考えなければならない。それも管理コストだよ」
田中君は、自分が「整理された見た目」を作ることに夢中になっていたと気づいた。
階層が深く、分類項目が多いほど、精密な管理に見える。
しかし、実際には、保存するときにも探すときにも判断が増える。
「整理整頓って、分類を増やすことではないんですね」
「迷いを減らすことだね」
佐藤さんが答えた。
「フォルダーを開くたびに考えなければならない構造は、整理されているように見えても使いにくい」
田中君は、別の日報でも検索を試した。
「去年の七月、品質異常が発生したときの日報」
年度と月を開き、ファイル名から発見できた。
「七月五日の第2班の日報」
同じ日付のファイルの中から、班名を見て選べた。
「日付は覚えていないけれど、七月下旬の設備Aの点検記録」
これは少し時間がかかった。
ファイル名には「設備定期点検」と書かれていたが、設備Aという名称までは入っていなかった。
「こういう場合は、どうしますか?」
「ファイル名へ設備名を追加する?」
佐藤さんが尋ねた。
田中君は、少し考えた。
「設備が一つだけの日報なら、設備名を入れてもいいかもしれません。でも、複数の設備が書かれている日報もあります」
「では、すべてのファイルへ設備名を入れる標準にはしにくいね」
「検索を使う方法はどうですか?」
「それも一つの方法だよ」
フォルダーとファイル名だけで、あらゆる探し方に対応する必要はない。
年度と月で範囲を狭め、ファイル名で見つからない場合は、Codexやパソコンの検索機能を使って本文から設備名を探す。
田中君は、新しい考え方に気づいた。
「フォルダーだけで、すべて解決しなくてもいいんですね」
「そう。フォルダーは一つの入口にすぎない」
佐藤さんが答えた。
「大量の情報を一つの方法だけで探そうとすると、構造が複雑になる。フォルダー、ファイル名、管理一覧、本文検索を使い分ければいい」
林さんも言った。
「工具を探すときだって、棚だけで分からなければ管理表を見る。全部を棚の配置だけで解決しようとはしない」
田中君は、整理方法を次のようにまとめた。
日報は年度と月で分ける
同じ日に複数ある場合だけ、ファイル名へ班名を追加する
主な内容を短い言葉でファイル名へ入れる
詳しい設備名や処置内容は本文と管理一覧に残す
ファイル名だけで見つからない場合は、本文検索を使う
件数が極端に多い月だけ、必要に応じて班別フォルダーを追加する
最初から使わない下層フォルダーは作らない
「これなら、かなりシンプルですね」
「シンプルだから、続けやすい」
佐藤さんは答えた。
「管理方法は、一度きれいに作って終わりではない。
田中君がこれから新しい日報を保存するときにも、
同じ方法を使える必要があるからね」
田中君は、新しい日報を保存する場面を想像した。
年度と月のフォルダーを開き、日付と簡単な内容を付けて保存する。
判断に迷う項目は少ない。
以前のように、「設備異常なのか引き継ぎなのか」「重要度はAなのかBなのか」と迷わなくて済む。
「保存するときにも楽ですね」
「整理整頓は、探す人だけでなく、片付ける人の負担も減らさないと続かない」
佐藤さんが言った。
林さんは、新しいフォルダー構造を眺めた。
「これなら、田中君でも続けられそうだな」
「どういう意味ですか?」
「細かいルールを作っても、三日後には『とりあえずここでいいや』って別の場所へ入れるだろ」
田中君は言い返そうとした。
しかし、現在の散らかった三つのフォルダーが、まさにその結果だった。
「否定できません」
「続けられない標準は、標準じゃないからな」
整理済みの日報フォルダーは、以前よりずっと単純だった。
書類の種類。
年度。
月。
その中に、日付と主な内容が分かるファイルが並んでいる。
見た目だけなら、田中君が最初に作ろうとした八階層の構造より、かなり素朴である。
しかし、実際に目的の書類を探すと、こちらの方が早かった。
佐藤さんが、もう一度確認した。
「今回の整理が完成したかどうか、何で判断する?」
田中君は答えた。
「フォルダーが細かく分かれているかではなく、必要な日報を迷わず見つけられるかです」
「それから?」
「新しい日報を、迷わず同じルールで保存できること」
「そのとおり」
田中君は、不要になった細かいフォルダー案を完全に削除した。
そして、実際に整理した日報をいくつか探し直した。
三手でたどり着ける。
ファイル名を見れば、内容のおおよその見当がつく。
必要なら、本文検索や管理一覧で詳しく調べられる。
「整理されたように見えることと、使いやすいことは別なんですね」
田中君が言うと、林さんはうなずいた。
「棚を増やすのは簡単だ。迷わず取り出せる棚を作る方が難しい」
佐藤さんも、整理された日報フォルダーを見ながら言った。
「AIは、いくらでも細かい分類を作れる。でも、どこまで細かくすれば人間が使いやすいかは、人間が決めなければならない」
田中君は、最初に探していた設備停止報告書のことを思い出した。
日報の整理方法は、かなり形になってきた。
しかし、今回の目的は、フォルダーをきれいにすることだけではない。
本当に必要な書類を、必要なときに取り出せるか。
次は、整理された日報を使って、その完成度を試す必要があった。

第8章 Codexが作ったのは、田中君の時間だった
最初は小さく、確信が持てたら速く
日報の整理方法が、ようやく形になった。
フォルダーは、書類の種類、年度、月まで。
ファイル名には、日付と主な内容を入れる。
同じ日に複数の日報がある場合だけ、班名を追加する。
詳しい設備名や処置内容は本文に残し、元のファイル名や移動先は管理一覧から確認できるようにした。
田中君が最初に作ろうとしていた、八階層にもなる複雑なフォルダー構造は消えていた。
代わりに残ったのは、驚くほど単純な構造だった。
日報
└─ 2026年度
└─ 2026-07
├─ 2026-07-01_設備異常対応日報.docx
├─ 2026-07-02_通常作業日報.docx
├─ 2026-07-03_品質異常対応日報.docx
└─ 2026-07-04_設備停止対応日報.docx
田中君は、そのフォルダーを見ながら言った。
「見た目は、思っていたより普通ですね」
林さんが答えた。
「普通でいいんだよ。毎日使うものなんだから」
「もっとAIらしく、細かく分類されたすごい構造になると思っていました」
「すごい構造を作ることが目的だったか?」
「必要な書類を、すぐに見つけられるようにすることです」
「だったら、本当に見つけられるか試してみろ」
林さんは、椅子の背もたれへ体を預けた。
佐藤さんも、整理済みの日報フォルダーを見ながらうなずいた。
「ここまでの整理が本当に使えるか、検索テストをしよう」
「検索テストですか?」
「きれいに並んでいることと、実際に仕事で使えることは別だからね」
田中君は、少し緊張しながらマウスを握った。
佐藤さんが最初の問題を出した。
「昨年七月、設備停止が起きた日の記録を探してみて」
田中君は「日報」フォルダーを開いた。
次に年度。
その次に七月。
日付順に並んだファイル名の中から、「設備停止対応日報」を見つける。
「ありました」
「どれくらいかかった?」
「十秒もかかっていません」
「以前なら?」
田中君は、元のフォルダーを思い出した。
「日報」「日報修正」「最新版」「最終版」といった名前のファイルを、一つずつ開いていた。
しかも、それが複数のフォルダーへ分散している。
「数分はかかっていたと思います。場合によっては、途中で諦めていました」
林さんが次の問題を出した。
「七月二十一日の第2班の日報」
田中君は、同じ月のフォルダーから日付を探した。
同じ日付の日報が二件並んでいる。
班名を確認し、第2班の日報を開いた。
「これです」
「今度も早かったな」
「同じ日の日報に、班名を付けておいてよかったです」
佐藤さんが、少し条件を難しくした。
「次は、日付は正確に覚えていない。七月下旬に設備Aを点検したときの日報」
田中君は、ファイル名を順番に見た。
「設備定期点検日報」という名前は見つかったが、設備Aとは書かれていない。
田中君の手が止まった。
「これは、ファイル名だけでは分かりません」
「では、どうする?」
「七月のフォルダーまで絞れているので、その中を本文検索します」
田中君は、Codexへ指示した。
2026年7月の日報フォルダー内から、設備Aの点検について書かれた日報を探してください。
ファイルは変更せず、該当する可能性のあるファイル名と、その根拠となる記述を表示してください。
Codexが対象フォルダー内を検索し、該当する日報を表示した。
田中君は、そのファイルを開いた。
「見つかりました」
「フォルダーだけでは探せなかったね」
佐藤さんが言った。
「はい。でも、年度と月で範囲を狭めてから、本文を検索すれば見つけられました」
「それでいいんだよ」
「すべての情報をファイル名に入れなくても、検索を組み合わせればいいんですね」
「そう。フォルダー、ファイル名、管理一覧、本文検索。それぞれに役割を持たせれば、どれか一つを複雑にしなくて済む」
田中君は、最初に作ろうとしていた長いファイル名を思い出した。
日付、班名、設備名、異常内容、重要度、対応状況、部品交換の有無。
すべてを入れていたら、一覧を見ただけで疲れていたはずだ。
「情報を減らした方が、かえって探しやすくなりました」
林さんが答えた。
「必要なときに別の手段で調べられるなら、入口は単純な方がいい」
検索テストを続けるうちに、いくつか修正点も見つかった。
通常作業と書かれた日報の中に、設備の小さな異常が記載されたものがある。
別の日報には、引き継ぎ事項が多く書かれている。
田中君は、すぐにフォルダーを増やそうとした。
「設備異常ありフォルダーと、引き継ぎありフォルダーを追加しましょうか?」
林さんが即座に止めた。
「また棚を増やすのか?」
「でも、あとで探すときに便利です」
佐藤さんが提案した。
「管理一覧へ、設備異常の有無と引き継ぎ事項の有無を記録しておけばいいんじゃないかな」
「ファイルそのものを移動しなくてもいいんですか?」
「一つの書類に複数の特徴があるなら、一覧上で複数の情報を持たせた方が探しやすい。保存場所は一つのままにできるからね」
田中君は、管理一覧に二つの項目を追加した。
設備異常:あり/なし
引き継ぎ事項:あり/なし
これなら、「設備異常があった日報」も、「引き継ぎ事項を含む日報」も、一覧から絞り込める。
同じファイルを複数のフォルダーへコピーする必要はない。
「フォルダーで分けることだけが、分類ではないんですね」
「そうだよ」
佐藤さんが答えた。
「書類の置き場所と、書類が持っている情報は分けて考えられる」
一通りの検索テストを終えると、田中君は整理前と整理後の違いを確認した。
以前は、必要な日報を探すために、複数のフォルダーを開き、似た名前のファイルを一つずつ確認していた。
今は、書類の種類、年度、月で範囲を絞れる。
ファイル名から主な内容が分かる。
それでも見つからない場合は、管理一覧や本文検索を使える。
日付不明や分類不明のファイルも、適当な場所へ押し込まれず、「要確認」として残っている。
「これなら、日報の残りも同じルールで整理できそうです」
田中君が言った。
「すぐに全部やる?」
佐藤さんが尋ねた。
田中君は、一瞬だけ迷った。
以前なら、迷わず「全部」と答えていただろう。
「まず一か月分を最後まで処理します。検索テストまで問題なければ、次の月へ広げます」
林さんが少し笑った。
「やっと、全部と言わなくなったな」
「言いたい気持ちはあります」
「まだあるのか」
「でも、一か月分で例外が出たら、そこで直した方が早いですから」
佐藤さんはうなずいた。
「その判断でいい。確認できた範囲を少しずつ広げよう」
田中君は、Codexへ次の指示を出した。
確認済みの命名ルールとフォルダー構成に従い、2026年7月の日報を処理してください。
実行前に、
元ファイル名、
変更後のファイル名、
移動先、
判断に迷う点を一覧表示してください。
私が確認したファイルだけを変更してください。
日付不明、
分類不明、
同名候補があるファイルは変更せず、「要確認」としてください。
元のファイル名と変更後のファイル名の対応履歴を残してくだ
さい。
Codexが変更予定一覧を作成した。
田中君が確認する。
誤って設備故障と判断されていた定期点検の日報を修正する。
同名になるファイルへ班名を追加する。
日付を確認できない書類は保留する。
その後、承認したファイルだけを処理させた。
作業は、人間が一つずつ名前を変えて移動するより、はるかに速く終わった。
「終わりました」
田中君は、整理された一か月分の日報を見た。
大量のファイルを一つずつ開き、日付と内容を確認し、名前を考え、フォルダーへ移動していたら、かなりの時間がかかっていただろう。
Codexは、その面倒な作業を短時間で進めた。
しかし、勝手にすべてを決めたわけではない。
どの情報をファイル名へ使うか。
どの階層までフォルダーを作るか。
何を要確認へ回すか。
どの変更を承認するか。
それらは、人間が決めていた。
「Codexに整理してもらった、という感じとは少し違いますね」
田中君が言った。
「どう違う?」
佐藤さんが尋ねた。
「Codexが全部決めて、僕が従ったわけではありません」
田中君は、整理された日報と変更履歴の一覧を交互に見た。
「Codexに中身を確認してもらって、分類や名前の候補を出してもらって、それを僕たちが確認しました。
使いにくいところを直して、決めた範囲だけ実行してもらった」
「そうだね」
「Codexに手伝ってもらいながら、僕が探しやすい整理方法を作ったんですね」
佐藤さんは、穏やかにうなずいた。
「それが、今回の目的だったんだよ」
次は、引き継ぎ書を一気に整理する
日報の整理方法が安定したところで、田中君は、書類種類ごとの件数一覧を開いた。
日報の次に多かったのは、引き継ぎ書だった。
作業日報 428件
引き継ぎ書 391件
「引き継ぎも、日報とほとんど同じ数がありますね」
「そうだな」
林さんが答えた。
「また十件ずつ、最初から全部確認するんですか?」
田中君が尋ねた。
佐藤さんは首を横に振った。
「日報で覚えた進め方は使える。ただし、日報の命名ルールを、そのまま引き継ぎへ使うわけではないよ」
「書類の種類が違いますからね」
「まず少量の引き継ぎ書を読んで、何の情報が安定して入っているか確認しよう」
田中君は、異なる時期や班から、十件の引き継ぎ書を選んだ。
Codexに内容を確認させると、多くの書類には次の情報が入っていた。
日付
引き継ぎ元の班
引き継ぎ先の班
対象設備
継続中の作業
注意事項
次の班が行う作業
田中君たちは、その中からファイル名に使う情報を決めた。
基本は、日付、引き継ぎ元の班、主な内容。
引き継ぎ先や細かい注意事項は、管理一覧と本文へ残す。
日付不明、班不明、同名候補、複数の目的が混在する書類は、要確認へ回す。
次にCodexへ、引き継ぎ書全体の変更予定一覧を作らせた。
田中君、林さん、佐藤さんの三人で、いくつかの候補を確認する。
日付の解釈に問題はない。
班名も、おおむね正しく抽出されている。
長すぎるファイル名は短く修正した。
同名候補も、停止対象として表示されている。
佐藤さんが一覧を最後まで確認し、うなずいた。
「これなら、対象を広げてもよさそうだね」
田中君は、少し緊張しながらCodexへ指示を出した。
確認済みの命名規則とフォルダー構成に従い、作業用フォルダー内の引き継ぎ書を整理してください。
日付不明、
班不明、
同名候補、
分類不能のファイルは変更せず、「要確認」としてください。
元ファイル名、
変更後のファイル名、
移動先、処理結果の履歴を保存してください。
ファイルの削除、内容の修正、同名ファイルへの上書きは行わないでください。
田中君が指示を送った。
画面上に、処理状況が表示され始める。
ファイルの読み取り。
日付と班名の抽出。
新しいファイル名の作成。
年度と月ごとのフォルダー作成。
ファイルの改名と移動。
変更履歴の保存。
田中君は、椅子へ深く座り直した。
「数が多いので、少し時間がかかると思います。その間に、残っている報告書の――」
処理が完了しました。
田中君の手が止まった。
「え?」
画面には、処理結果が表示されていた。
処理済み 369件
要確認 18件
同名候補 4件
エラー 0件
田中君は、画面と時計を交互に見た。
「もう終わったんですか?」
林さんが、整理後のフォルダーを開いた。
「本当に終わってるな」
引き継ぎ書は、年度と月のフォルダーへ整理されている。
ファイル名には日付、班名、主な内容が入っている。
判断できなかったファイルは要確認へ残され、変更履歴も保存されていた。
田中君は、しばらく画面を見つめた。
「日報のときは、あれだけ時間をかけたのに……」
佐藤さんが答えた。
「日報で、何を確認すればよいかを覚えたからね。
引き継ぎ書でも少量を試し、命名規則と停止条件を確認した。
条件が固まれば、そこからはAIの速度を使える」
「これを人間が一つずつやったら、何時間かかるか分かりませんよ」
「だから便利なんだ」
田中君は、処理件数をもう一度見た。
三百六十九件。
ほんの短い時間で、これだけのファイルを読んで、名前を変え、フォルダーへ移動し、履歴まで作っている。
「すごい……」
田中君の声には、純粋な感動があった。
しかし、しばらくすると、その表情が少しずつ変わった。
「佐藤さん」
「どうしたの?」
「もし、僕が間違った命名規則を承認していたら……」
佐藤さんは、処理結果を見ながら答えた。
「この速度で、三百六十九件すべてに間違った名前が付いていただろうね」
「移動先を間違えていたら?」
「同じ速度で、間違ったフォルダーへ移動していたと思う」
「もし、“古い引き継ぎ書は不要なので削除してください”と指示していたら……」
「同じ速さで削除を進めていた可能性がある」
田中君の顔から、少し血の気が引いた。
林さんが画面を見ながら言った。
「速い機械は、正しい加工も速いが、不良を作るのも速い」
佐藤さんもうなずいた。
「AIの速度は、正しさを保証しない。人間が決めた方向へ進む速度を上げるだけだよ」
さきほどまで、「三百六十九件を一気に処理した」という数字は、頼もしさの証明に見えていた。
今は、同じ数字が、間違えた場合の被害の大きさにも見える。
「日報を一歩ずつ進めた意味が、今になって分かりました」
田中君が言った。
「どういう意味?」
「ずっと少しずつ処理するためではなかったんですね」
田中君は、整理された引き継ぎ書を見た。
「最初に小さく試して、どこを確認すればよいか、何を要確認に回すか、どこで止めるかを決める。その条件が固まった後で、一気にAIの速さを使う」
「そのとおり」
佐藤さんが答えた。
「最初は小さく、確信が持てたら速く。それが、エージェントAIを安全に使う方法だよ」
整理された書類よりも、大きな成果
田中君は、整理前と整理後のフォルダーを見比べた。
必要な日報や引き継ぎ書を探すたびに、似た名前のファイルを一つずつ開いていた。
見つからず、別のフォルダーを探す。
途中で別の書類を見つけ、さらに混乱する。
一回の探し物に、十分、十五分とかかることもあった。
今は、年度と月から範囲を絞り、ファイル名や管理一覧から目的の書類を探せる。
見つからない場合は、Codexに本文検索を依頼できる。
「一回の探し物だけなら、数分の違いかもしれません」
田中君が言った。
「でも、毎日何度も探すなら、積み重なるとかなり大きいです。それに、探している途中で作業を中断しなくて済みます」
佐藤さんが答えた。
「Codexが生み出したのは、きれいなフォルダーだけではないということだね」
「時間ですか?」
「そう。人間が一つずつ確認しなくてもよい部分を任せて、本来の仕事へ使える時間を増やした」
田中君は、画面を見ながら考えた。
Codexは、プログラムを書くためだけのAIではない。
フォルダーの中にある大量の書類を読み、内容を比較し、分類候補を作り、ファイル名を提案し、決めたルールに沿って高速で処理できる。
ただし、何を守るか。
どこまで任せるか。
どの段階で止めるか。
何を完成とするか。
それを決めるのは人間だった。
「危ないから使わない、という話ではなかったんですね」
田中君が言った。
「もちろん」
佐藤さんが答えた。
「安全に使える範囲と条件を作れば、面倒な仕事を大きく減らしてくれる」
林さんも続けた。
「新しい機械だって、試運転して条件を出せば、あとは人間より速く同じ加工を続けられる。だから、最初の確認を省くなって話だ」
田中君は、今回の流れをメモにまとめた。
原本を守る
↓
作業用コピーを作る
↓
内容だけ確認する
↓
書類の種類と件数を表示する
↓
最も多い書類から始める
↓
少量で命名・分類ルールを試す
↓
変更予定一覧を確認する
↓
承認したものだけ変更する
↓
実際に探して使いやすさを確認する
↓
問題がなければ、一気に対象を広げる
最初に田中君が考えていた、
全部読ませる
↓
全部整理させる
↓
完成
という流れとは、かなり違っている。
工程は増えたように見える。
しかし、大量の手戻りや大切なファイルの消失を防ぎながら、確実に使える仕組みを作れた。
確認済みの条件を使えば、引き継ぎ書のように、数百件でも短時間で処理できる。
「一歩ずつ進める方が、遠回りだと思っていました」
田中君が言った。
「実際は?」
林さんが尋ねた。
「最初の小さな範囲で間違いを見つけた方が、後のやり直しが減ります。
一歩ずつというのは、最後までゆっくり進むことではなく、足場を確認してから一気に速く進むことなんですね」
林さんは満足そうにうなずいた。
「分かってきたじゃないか」
そのとき田中君は、原本フォルダーの隅に、見覚えのないファイルを見つけた。
設備停止報告書_本当の最終版2.docx
田中君は、しばらく画面を見つめた。
林さんも、ファイル名に気づいた。
「最終版に、また続編が出たな」
「これは、いつ作ったんでしょう……」
佐藤さんが笑った。
「まず、内容を確認して表示してもらおうか」
田中君は、思わず苦笑した。
以前なら、そのファイルをすぐ「最終版」フォルダーへ移していたかもしれない。
あるいは、似た名前だから重複だと考え、削除候補にしていたかもしれない。
しかし今は違う。
まず見る。
何の書類か確認する。
変更案を表示する。
人間が判断する。
そして、必要な範囲だけCodexに実行してもらう。
「はい。今度は、いきなり全部整理してくださいとは言いません」
「本当か?」
林さんが尋ねた。
田中君は少し考えてから答えた。
「少なくとも、今日は言いません」
「明日は言うつもりか」
三人の笑い声が、整理されたフォルダーの前に広がった。
大量の書類は、まだすべて片付いたわけではない。
報告書も、改善資料も、会議資料も残っている。
それでも、田中君はもう途方に暮れていなかった。
安全に試し、結果を確認し、使いやすい方法へ直す。
勘どころがつかめたら、一気にAIの速度を使う。
Codexは、田中君の代わりにすべてを決める存在ではない。
田中君が決めた目的へ向かうために、大量の確認作業と繰り返し作業を引き受けてくれる、頼れる実務担当者だった。
そして、その実務担当者が生み出した一番大きな成果は、整理されたファイルそのものではない。
田中君が探し物に追われず、本来の仕事へ使えるようになった時間だった。
✨田中君シリ-ズです。ご興味がございましたらお楽しみください。
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今回も田中君は、便利なAIへ全部丸投げしようとして、林さんと佐藤さんに止められてしまいました。
これからも、田中君たちは失敗しながら、AIとの安全で便利な付き合い方を学んでいきます。
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