【Ai x 入力設計 19】前編 AIの出力が思い通りにならない本当の理由 田中君とAI妖精ちゃんが「入力不足」に気づくまで


登場人物紹介
田中君
製造現場で約10年間、真面目に働いてきた若手社員。
前回の市場調査報告書で情報整理の大切さを学び、今回は新商品の企画書作りに挑戦する。少しずつ成長しているが、AIへ必要な情報を渡さないまま「うまく作って」と頼んでしまうことも多い。
AI妖精ちゃん
田中君の入力をもとに、一緒に考えてくれるAIの妖精。
分からないことを勝手に事実として作らず、情報不足や曖昧な指示を表情や背景表示で伝える。普段は親切で明るいが、矛盾した要求を繰り返されると、さすがに怒ることもある。

黒田営業本部長
明るく豪快で、面倒見のよい営業側の責任者。
新商品が顧客の役に立つのか、実際に提案する価値があるのかを見極める。田中君の前回の報告書を高く評価し、今回の企画書作りにも期待している。
白木技術部長
落ち着いて物事を考える、技術部門の責任者。
一度に完成を求めず、まず骨組みを作り、方向性を確認してから次へ進む現実的な考え方を持つ。新商品が本当に作れるのか、試作や技術検証を進められるのかを判断する。
保科品質部長
穏やかな口調と柔らかな表情を持つ、白衣姿の品質部長。
普段は温厚だが、根拠のない品質表現や、未確認の内容を保証済みのように扱うことには厳しい。何を確認し、どこまでなら会社として責任を持てるのかを慎重に見極める。
田中君は、三人の部長から「次へ進めてよい」と判断してもらえる企画書を作ろうとする。
しかし、そのためには商品の情報だけでなく、誰が何を判断するのかを妖精ちゃんへ伝えなければならなかった。
AIの出力が思い通りにならない本当の理由
田中君とAI妖精ちゃんが「入力不足」に気づくまで
AIの出力がおかしい。それは本当にAIだけの問題なのか
AIに指示を出したのに、思っていたものと違う答えが返ってきた。
そんなとき、多くの人はAIの出力を見ながら、こう考える。
「どうして、こちらの言ったことが分からないんだろう」
「最近のAIは性能がいいと聞いていたのに、思ったほど使えないな」
「もっと詳しく指示しないと駄目なのかな」
そして、最初に入力した文章へ、
「もっと具体的にしてください」
「分かりやすく書いてください」
「専門的で説得力のある内容にしてください」
といった言葉を追加して、もう一度AIへ送る。
ところが、返ってきた文章は少し整っただけで、やはり自分が欲しかったものとは違う。
何度修正させても、どこかがずれている。
文章はきれいなのに、内容が薄い。
詳しく書かせたら、今度は必要のない情報ばかり増えてしまった。
そのような状態になると、やはりAIの能力に問題があるように見えてくる。
しかし、本当にAIだけが原因なのだろうか。
AIへ渡した入力の中に、答えを作るために必要な情報は入っていたのだろうか。
そもそも、自分自身が何を求めているのか、どこまで決めていたのだろうか。
田中君も、そのことにはまだ気づいていなかった。

前回の市場調査報告書が評価された田中君
田中君は、会議室の椅子に座りながら、目の前にいる三人の部長を見渡した。
営業部の黒田部長。
技術部の白木部長。
そして、今回初めて顔を合わせる品質部の保科部長である。
黒田部長は、机の上に置かれた市場調査報告書を軽く叩いた。
「田中。この前の報告書、なかなかよくできていたぞ」
「ありがとうございます」
田中君は、少し照れながら頭を下げた。
前回の市場調査では、思いつくまま情報を集めた結果、大量の資料を抱え込むことになった。
市場規模。
競合商品。
顧客の悩み。
技術資料。
価格。
将来予測。
集めた資料が増えるほど、何が重要なのか分からなくなった。
それでも、林さんや佐藤さん、そしてAI妖精ちゃんとのやり取りを通して、田中君は少しずつ情報の扱い方を学んでいった。
事実と仮説を分けること。
誰が読むのかを考えること。
集めた情報をすべて載せるのではなく、必要なものを選ぶこと。
その結果、最初は読みづらかった報告書も、黒田部長たちが判断できる形へ変わっていた。
黒田部長は、田中君の反応を楽しむように、にやりと笑った。
「営業本部長も評価していたぞ」
「本当ですか?」
「ああ。ボーナスにも、少しは反映されていたんじゃないか?」
田中君は、少し驚いた顔をした。
「はい。思っていたより増えていました」
「それなら、しっかり仕事をしたかいがあったな」
「はい!」
田中君は元気よく返事をした。
自分が作った報告書が評価され、実際の待遇にも反映された。
それは田中君にとって、大きな自信になっていた。
以前のように、何をどう書けばよいのか分からず、ただ資料を並べていた頃とは違う。
今の自分なら、AIを使いながら、もう少し難しい仕事にも挑戦できるかもしれない。
そんな気持ちが芽生え始めていた。

新商品の企画書を作ってほしい
白木部長が、一枚の資料を田中君の前へ差し出した。
「それで、今回の話なんだが」
資料には、開発を検討している新商品の概要が書かれていた。
ただし、詳しい内容が決まっているわけではない。
想定している顧客。
商品の基本的な機能。
現時点で考えられている技術。
簡単な試作品の情報。
書かれているのは、その程度だった。
白木部長は、資料を指で軽く示した。
「この商品について、企画書を作ってもらいたい」
「企画書ですか?」
田中君は、資料へ視線を落とした。
報告書は、これまでにも何度か作っている。
しかし、企画書となると話が違う。
報告書は、調べたことや起きたことを整理して伝えるものだった。
企画書は、これから何かを始めるために作る書類である。
何を書けばいいのか。
どこまで決めればいいのか。
誰を納得させればいいのか。
田中君の頭の中に、いくつもの疑問が浮かび始めた。
その表情を見た白木部長が、落ち着いた声で続けた。
「いきなり完成した企画書を作る必要はない」
「そうなんですか?」
「ああ。まずは骨組みでいい」
白木部長は、資料の余白に簡単な線を引いた。
「どのような顧客を想定するのか」
「技術的に、どの方向で検討するのか」
「品質面では、何を確認しなければならないのか」
「最初に大きな方向をそろえてから、詳しい内容を詰めていく」
田中君は、白木部長が引いた線を見つめた。
「最初から全部決めなくてもいいんですね」
「決まっていないものを、無理に決まったように書く必要はない」

その言葉を聞いた瞬間、保科部長が穏やかな表情で口を開いた。
「特に品質については、確認していないことを、確認済みのように書かないでくださいね」
話し方は柔らかかった。
しかし、田中君が顔を上げると、保科部長の目元だけが、わずかに鋭く見えた。
「は、はい」
田中君は、思わず背筋を伸ばした。
黒田部長が、その様子を見ながら笑う。
「保科さんは穏やかに話すけど、根拠のない品質保証には厳しいからな」
「黒田さん。品質に厳しいのは、当然のことですよ」
保科部長は、にこやかな表情のまま答えた。
田中君には、その笑顔が少しだけ怖く見えた。
😅
第1章 前回とは違う。今回は最初から目的を決めよう
前回の失敗を繰り返さない
会議を終えた田中君は、自分の席へ戻った。
机の上には、新商品の概要資料と、前回作成した市場調査報告書が置かれている。
田中君は椅子へ座ると、パソコンを立ち上げた。
画面の隅から、小さな光が飛び出す。

光は机の上を一周すると、田中君の目の前でAI妖精ちゃんの姿に変わった。
✨
「田中さん、お疲れさまでした」
「妖精ちゃん、聞いてよ」
田中君は、少し自慢げに前回の報告書を持ち上げた。
「この報告書、黒田部長だけじゃなくて、営業本部長にも評価されたんだって」
妖精ちゃんの表情が明るくなった。
😊✨
「それは素晴らしいです!」
「ボーナスも増えてた」
「田中さんの働きが、きちんと評価されたのですね」
「妖精ちゃんにも手伝ってもらったからね」
妖精ちゃんは、うれしそうに胸を張った。
「田中さんが情報を集め、何度も整理し直した結果です。私は、そのお手伝いをしただけです」
田中君も、画面の中にある前回の報告書を眺めながら、満足そうにうなずいた。
「それで今度は、新商品の企画書を作ることになったんだ」
「企画書ですか」
「うん。黒田部長と白木部長、それから保科品質部長の三人に見てもらう」
妖精ちゃんの背後に、三人分の小さな枠が現れた。
【黒田営業部長】
【白木技術部長】
【保科品質部長】
田中君は、それを見ながら話を続けた。
「でも、今回は前回みたいに、情報を片っ端から集めるところから始めるのはやめようと思う」
妖精ちゃんが目を丸くした。
😮
「おや」
「何だよ」
「田中さんが、前回の経験を覚えています」
「僕だって成長するよ」
「失礼しました」
妖精ちゃんは、口元を押さえながら笑った。
田中君は、新商品の資料を開いた。
「前回は、情報を集めることばかり考えていたから、途中で何が目的なのか分からなくなった」
「そうでしたね」
「今回は先に、目的を決める」
妖精ちゃんが姿勢を正した。
「どのような目的でしょうか?」
田中君は、自信を持って答えた。

「黒田部長、白木部長、保科部長の三人から、OKをもらえる企画書を作る」
その瞬間、妖精ちゃんの背後へ、大きな文字が表示された。
【今回の目標】
{三人からOKをもらう}
妖精ちゃんの目が輝いた。
😊✨
「明確な目標です!」
「そうだろ?」
田中君は得意げに腕を組んだ。
前回の自分とは違う。
情報を集める前に、誰へ何を提出するのかを決めた。
これなら、前回のように途中で迷うこともないだろう。
田中君は、机の上の資料を妖精ちゃんへ見せた。
「じゃあ、この資料と前回の報告書を使って、三人からOKをもらえる企画書を作って」
「はい。分かりました!」
妖精ちゃんは元気よく返事をした。
背後に浮かんでいた三人の枠が、大きく広がる。
最初に、黒田部長の枠へ文字が入った。
【黒田営業部長】
{市場情報あり}
{顧客情報あり}
{前回の報告書から判断傾向を確認可能}
次に、白木部長の枠が更新された。
【白木技術部長】
{基本技術の情報あり}
{試作品の情報あり}
{段階的な確認を重視}
そして、三つ目の枠が点滅した。
【保科品質部長】
{……}
{情報を検索中}
妖精ちゃんの笑顔が、ゆっくりと消えていった。
😕❓
三つ目の枠が、もう一度点滅する。
【保科品質部長】
{情報なし}
{判断基準不明}
{今回求めるOKの意味不明}
妖精ちゃんの動きが止まった。
「田中さん」
「どうしたの?」
妖精ちゃんは、背後に浮かぶ空白だらけの枠を指さした。
「保科さんって、誰ですか?」
田中君は、思わず眉をひそめた。
「誰って、さっき会ったじゃないか」
「私は会議室にいませんでした」
「あっ」
「田中さんから、何も聞いていません」
「でも、保科品質部長だよ」
田中君がそう答えると、表示が少しだけ更新された。
【保科品質部長】
{役職:品質部長}
{それ以外の情報なし}
妖精ちゃんは、困った顔のまま田中君を見た。
「田中さん」
「何?」
「品質部長というのは、役職名です」
「そうだね」
「保科部長が、何を見てOKを出す人なのかは分かりません」
田中君は、きょとんとした。
「品質部長なんだから、品質が良ければOKなんじゃないの?」
妖精ちゃんの背後へ、新しい表示が現れた。
【品質が良い】
{何の品質ですか?}
{どの基準で良いと判断しますか?}
{誰が測定した結果ですか?}
{試作品と量産品のどちらですか?}
{今回必要なのは最終承認ですか?}
{次の品質確認へ進む承認ですか?}
表示は、次々と増えていった。
妖精ちゃんは、頭を抱えた。
😵💫
「情報が足りません!」
田中君は、画面に並んだ大量の疑問を見ながら、首をかしげた。
「そんなに?」
このとき田中君は、まだ分かっていなかった。
自分は、企画書の目的を明確に伝えたつもりだった。
しかし妖精ちゃんへ渡したのは、
「三人からOKをもらう」
という到着地点だけだった。
三人が何を見て判断するのか。
三人のOKが同じ意味なのか。
今回、どの段階まで進めばよいのか。
そのために必要な情報は、ほとんど渡していなかった。
それでも田中君は、妖精ちゃんがうまく考えてくれると思っていた。

第2章 三人からOKをもらう。でも「OK」の意味が三人とも違う
「三人全部」と答えれば解決すると思っていた
妖精ちゃんの背後には、保科品質部長についての疑問が並び続けていた。
【保科品質部長】
{何を品質として確認するのか?}
{どの基準で判断するのか?}
{今回求める承認は何か?}
{最終承認なのか?}
{次の確認へ進む承認なのか?}
田中君は、次々と表示される文字を見ながら、困ったように頭をかいた。
「でもさ、そこまで細かく考えなくても、三人からOKをもらえればいいんじゃないの?」
妖精ちゃんは、頭を抱えていた手を止めた。
「三人から、何についてOKをもらうのですか?」
「企画書についてだよ」
「企画書の、どこについてですか?」
田中君は、少し考えた。
「だから、この商品を進めていいかどうかだよ」
妖精ちゃんは、田中君の顔をじっと見た。
「三人とも、同じことを確認するのですか?」
「同じ商品なんだから、同じじゃないの?」
妖精ちゃんの眉が、わずかに下がった。
😕
田中君には、妖精ちゃんがなぜ困っているのか、まだよく分からなかった。
黒田部長も、白木部長も、保科部長も、新商品の企画書を見る。
そして、内容に問題がなければOKを出す。
田中君の中では、それで話がつながっていた。
妖精ちゃんは、しばらく田中君を見つめたあと、背後に三人の顔を表示した。
【黒田営業部長】
【白木技術部長】
【保科品質部長】
三人の顔の下に、大きな文字が浮かび上がる。
【黒田営業部長】
{売れるのか?}
【白木技術部長】
{作れるのか?}
【保科品質部長】
{会社として保証できるのか?}
田中君は、三つの表示を順番に見た。
「……言い方は違うけど、結局はOKをもらうってことでしょ?」
妖精ちゃんの頬が、わずかに膨らんだ。
「違います」
「そんなにはっきり言わなくても」
「はっきり言わないと、田中さんが同じだと思ったまま進めてしまいます」
妖精ちゃんは、黒田部長の表示を指さした。
黒田部長が確認したいこと
【黒田営業部長】
{顧客へ提案する価値があるか}
{誰の問題を解決する商品なのか}
{市場で必要とされる可能性があるか}
{既存商品と何が違うのか}
妖精ちゃんは、黒田部長の横に、顧客と握手をしている姿を表示した。
🤝
「黒田部長は、この商品をお客様へ提案する価値があるかを確認します」
「売れるかどうかを見るってこと?」
「はい。ただし、今すぐ何個売れるかを確定するわけではありません」
「じゃあ、何が分かればいいの?」
妖精ちゃんは、表示を一つずつ指さした。
「どのようなお客様が困っているのか」
「この商品によって、何を解決できるのか」
「既存の商品より、どの部分に提案する価値があるのか」
「詳しい市場調査へ進むだけの可能性があるのか」
田中君は、腕を組んだ。
「黒田部長のOKは、この商品をすぐ販売していいという意味じゃないんだ」
「はい。現段階では、さらに市場性を調べる価値があるというOKです」
黒田部長の表示が更新された。
【黒田営業部長のOK】
{顧客へ提案できる可能性がある}
{市場調査を次の段階へ進めてもよい}
田中君は、小さくうなずいた。
「なるほど」
しかし妖精ちゃんは、まだ安心した様子を見せなかった。
白木部長が確認したいこと
妖精ちゃんは、今度は白木部長の表示を指さした。
【白木技術部長】
{技術的に実現できるか}
{試作を進められるか}
{必要な設備や工程は何か}
{安定して作れる見込みがあるか}
{何がまだ未確認なのか}
白木部長の横には、図面と試作品を確認している姿が浮かび上がった。
🛠️
「白木部長は、売れるかどうかを最初に判断する人ではありません」
「技術部長だから、作れるかどうかを見るんだよね」
「はい。ただし、こちらも今すぐ量産できると証明する必要はありません」
「試作品があるから、作れることは分かってるんじゃないの?」
妖精ちゃんは、首を横に振った。
「一つの試作品が作れたことと、安定して作れることは別です」
田中君は、少しだけ表情を引き締めた。
製造現場で働いてきた田中君には、その違いがよく分かった。
一度だけ作れたものが、次も同じように作れるとは限らない。
作業者が変わる。
材料が変わる。
設備の状態が変わる。
生産数が増える。
条件が少し変わるだけで、同じ結果が出なくなることは珍しくない。
「試作品が一つできても、量産できるとは限らないか」
「はい。白木部長が見たいのは、試作や技術検証を次へ進める価値があるかです」
白木部長の表示が更新された。
【白木技術部長のOK】
{技術的な検証を続ける価値がある}
{次の試作や工程確認へ進めてもよい}
田中君は、黒田部長と白木部長の表示を見比べた。
黒田部長は、市場と顧客を見る。
白木部長は、技術と生産を見る。
同じ商品でも、確かに確認している内容が違っていた。
保科部長が確認したいこと
妖精ちゃんは、最後に保科部長の表示へ向き直った。
【保科品質部長】
{本人の詳しい判断基準は不明}
{品質部長として一般的に考えられる項目のみ表示可能}
田中君が、少し不安そうに妖精ちゃんを見る。
「保科部長については、まだ分からないんだよね」
「はい。ですから、保科部長本人の考えとして断定はできません」
「でも、品質部長として確認しそうなことは考えられる?」
「一般的な項目としてなら提案できます」
妖精ちゃんは慎重に答えた。
保科部長の背後へ、いくつかの項目が表示される。
【品質部長として確認が考えられること】
{何を良品とするのか}
{どの性能を確認するのか}
{現在どこまで試験済みなのか}
{何がまだ未確認なのか}
{どの段階で保証値を決めるのか}
{次にどの試験が必要なのか}
保科部長の横には、商品と検査結果を静かに見比べる姿が浮かんだ。
🔍
「保科部長は、良い商品に見えるかどうかではなく、何を根拠に品質を判断するのかを確認するはずです」
「売れそうとか、作れそうだけじゃ駄目なんだ」
「はい。売れる可能性があっても、不具合が起きれば会社は責任を負います」
「作れるとしても、品質が安定しなかったら商品にはできないもんね」
妖精ちゃんは、静かにうなずいた。
「そのため、保科部長のOKは、黒田部長や白木部長のOKとは意味が違います」
田中君は、表示された項目を見つめた。
「保科部長のOKは、品質が完璧だから販売していい、という意味?」
妖精ちゃんは、すぐに首を横へ振った。
「いいえ。今回は最終的な品質保証の承認ではありません」
「じゃあ、何のOKなの?」
「品質面で確認すべき項目を設定し、次の試験へ進めてもよいというOKです」
保科部長の表示が仮の形で更新された。
【保科品質部長のOK】
{品質確認の次段階へ進めてもよい}
{必要な試験と未確認事項を整理する}
{ただし、本人への確認が必要}
田中君は、三人の表示をもう一度見渡した。
同じ商品でも、三人の責任は違う
妖精ちゃんの背後に、三人の判断が横一列に並んだ。
【黒田営業部長】
{顧客へ提案する価値があるか}
【白木技術部長】
{試作や技術検証を進められるか}
【保科品質部長】
{品質確認の次段階へ進められるか}
田中君は、先ほどまで「三人からOKをもらえばいい」と簡単に考えていた。
しかし、三人は同じ答えを求めているわけではない。
営業部長は、顧客へ提案する責任を負っている。
技術部長は、実際に作れるかどうかを見極める責任を負っている。
品質部長は、会社としてどこまで品質を保証できるかを確認する責任を負っている。
三人は、同じ商品を見ながら、それぞれ違う失敗を防ごうとしていた。
売れない商品を進めない。
作れない商品を進めない。
保証できない商品を進めない。
その責任が違うから、必要な情報も違う。
田中君は、ようやく少しだけ理解し始めた。
「三人から、同じOKをもらうわけじゃないんだ」
妖精ちゃんの表情が、少し明るくなった。
😊
「はい。三人が、それぞれの責任で次へ進んでよいと言える状態を作るのです」
「じゃあ、三人が喜びそうなことを企画書に書けばいいのかな」
妖精ちゃんの表情が再び止まった。
😐
「なぜ、そうなるのですか?」
「えっ?」
「三人を喜ばせることと、三人が判断できることは違います」
田中君は、また首をかしげた。
「違うの?」
妖精ちゃんの背後へ、新しい表示が現れた。
【田中さんの現在の理解】
{三人の判断が違うことは理解した}
{三人が判断できる情報は未理解}
{三人が喜ぶ文章を作ろうとしている}
田中君は、表示を見ながら眉をひそめた。
「最後の一行、必要?」
「非常に重要です」
妖精ちゃんは、真剣な表情で答えた。
田中君は、三人の違いに気づいた。
しかし、まだ次の勘違いが残っていた。
三人の立場に合わせて、聞こえのよい言葉を並べれば、企画書として認めてもらえる。
そう考えていたのである。
そして妖精ちゃんもまた、田中君から渡された情報の範囲で、三人全員が喜びそうな文章を作ろうとしていた。
その結果、二人は立派に見えるだけで、誰も判断できない企画書を作ることになる。
第3章 立派に見えるのに、誰も判断できない企画書
三人が喜びそうな言葉を入れればいい
田中君は、妖精ちゃんの背後に並んだ三人の判断項目を眺めていた。
【黒田営業部長】
{顧客へ提案する価値があるか}
【白木技術部長】
{試作や技術検証を進められるか}
【保科品質部長】
{品質確認の次段階へ進められるか}
営業。
技術。
品質。
三人が見ているものは、それぞれ違う。
そこまでは、田中君にも分かってきた。
しかし、三人に必要な情報をどう分ければよいのかまでは、まだ分かっていなかった。
田中君は、腕を組みながら考えた。
「黒田部長には、売れそうだと思ってもらう」
「白木部長には、作れそうだと思ってもらう」
「保科部長には、品質が良さそうだと思ってもらう」
妖精ちゃんは、田中君の言葉を聞きながら、小さく首を傾けた。
「“思ってもらう”のですか?」
「うん。三人が前向きになれる文章を作ればいいんだろ?」
「前向きになれる文章……」
妖精ちゃんの背後に、新しい表示が現れた。
【今回作る文章】
{市場性が高そうに見える}
{技術力が高そうに見える}
{品質が良さそうに見える}
{全体として期待できそうに見える}
田中君は、その表示を見て満足そうにうなずいた。
「そうそう。そういう感じ」
妖精ちゃんは、まだ少し迷っていた。
しかし、田中君から渡された情報だけでは、三人が具体的に何を判断するのかを深く掘り下げることができない。
そこで妖精ちゃんは、田中君の要望どおり、三人全員が好印象を持ちそうな文章を作り始めた。
✨
画面の中へ、整った文章が表示されていく。
「本商品は、多くのお客様が抱える課題を解決し、高い技術力によって安定した生産を実現できる、将来性の高い新商品です」
「さらに、厳格な品質管理によって高い信頼性を確保し、市場に新たな価値を提供する画期的な商品として、今後の成長が期待されます」
妖精ちゃんは、文章を最後まで表示すると、田中君の方へ振り返った。
😊✨
「完成しました」
田中君は、画面に表示された文章をゆっくりと読み上げた。
「多くのお客様が抱える課題を解決して、高い技術力で安定生産」
「厳格な品質管理で、高い信頼性を確保する」
「市場に新しい価値を提供する画期的な商品……」
田中君の表情が、次第に明るくなっていった。
「妖精ちゃん、すごくいいじゃないか」
「そうでしょうか?」
「これなら三人とも納得するよ」
妖精ちゃんも、少し安心したように笑った。
「田中さんの要望どおり、営業、技術、品質のすべてを含めました」
「うん。前向きで、説得力もある」
「では、この文章を企画書の中心にしますか?」
「そうしよう」
二人は、立派な文章が完成したことで、企画書作りが一気に進んだような気持ちになっていた。
しかし、妖精ちゃんの背後では、三人の部長の表示が静かに点滅し始めていた。
黒田部長は「多くのお客様」が分からない
最初に、黒田部長の顔が大きく表示された。
【黒田営業部長】
{確認中}
黒田部長は、企画書の文章を読みながら眉を寄せた。
「多くのお客様が抱える課題とあるが、具体的に誰のことだ?」
田中君の表情が止まった。
「誰って……お客様だよ」
妖精ちゃんが、文章の一部を指さした。
【多くのお客様】
{業種:不明}
{企業規模:不明}
{使用環境:不明}
{抱えている問題:不明}
{購入する理由:不明}
田中君は、表示された項目を見ながら言った。
「でも、“多くのお客様”って書けば、対象が広い感じがするだろ?」
「広い感じはします」
「じゃあ、いいんじゃないの?」
妖精ちゃんは、少し困った表情をした。
「黒田部長は、広く見えるかどうかを判断するのではありません」
「何を見るの?」
「誰へ営業をかけるのかです」
黒田部長の背後へ、さらに質問が表示された。
【黒田部長の確認】
{どの顧客へ提案するのか?}
{その顧客は何に困っているのか?}
{現在は何を使っているのか?}
{なぜ新商品へ切り替えるのか?}
{価格が高くても購入する価値があるのか?}
田中君は、最初の文章をもう一度見た。
「多くのお客様が抱える課題を解決する」
確かに聞こえはよい。
しかし、黒田部長が営業先を判断するための材料は、何も入っていなかった。
「誰に売るかが分からないと、黒田部長は動けないのか」
「はい。お客様が多そうに見えることより、最初に誰へ提案するのかが必要です」
黒田部長の表示が、赤く点灯した。
【黒田営業部長】
{市場性を判断できません}
😕
白木部長は「安定生産」の根拠が分からない
続いて、白木部長の顔が表示された。
【白木技術部長】
{確認中}
白木部長は、文章の中にある「安定した生産」という言葉を指さした。
「安定した生産を実現できる根拠は、どこにある?」
田中君は、机の上にある試作品の資料を手に取った。
「試作品が作れているから、作れるんじゃないの?」
妖精ちゃんの背後に、試作品の情報が表示された。
【現在分かっていること】
{試作品:一個完成}
{使用した設備:試作設備}
{作業者:開発担当者}
{製作回数:一回}
{量産条件:未確認}
{連続生産:未実施}
{ばらつき:未測定}
妖精ちゃんは、表示された項目を見ながら説明した。
「試作品が一個作れたことは分かっています」
「だったら、作れるってことでしょ?」
「一個作れることと、同じ品質で何百個も作れることは違います」
「それは分かるけど……」
田中君は、製造現場で起きるさまざまな問題を思い出した。
試作担当者なら作れる。
熟練者なら調整できる。
時間をかければ完成する。
しかし、それを通常の生産ラインへ移した瞬間、同じ結果が出なくなることがある。
材料の投入方法。
設備の速度。
作業者の違い。
気温や湿度。
少しの条件差が、製品の出来栄えに影響する。
白木部長の背後へ、確認項目が並んだ。
【白木部長の確認】
{量産設備で作れるのか?}
{必要な工程は何か?}
{特別な技能が必要ではないか?}
{連続生産しても同じ結果が出るか?}
{現在の設備で対応できるか?}
{新しい設備投資が必要か?}
田中君は、企画書の文章を見つめた。
「高い技術力によって安定した生産を実現できる」
確かに力強い文章だった。
しかし、どの技術を使い、どの条件で、どこまで確認したのかは何も書かれていない。
「安定生産できると書いたけど、まだ確認してないんだな」
「はい。現在分かっているのは、試作品が一個作れたことです」
「それを安定生産できるって書いたら、言いすぎか」
「かなり言いすぎです」
白木部長の表示も、赤く点灯した。
【白木技術部長】
{技術的に判断できません}
😟
保科部長は「高い品質」が何か分からない
最後に、保科部長の顔が表示された。
穏やかな表情をしていたが、企画書の文章へ視線を移した瞬間、目元がわずかに鋭くなった。
【保科品質部長】
{確認中}
保科部長は、静かな声で質問した。
「厳格な品質管理とは、具体的に何を管理するのでしょうか?」
田中君は、少し身構えた。
「品質を……厳しく管理するという意味です」
妖精ちゃんが、ゆっくりと田中君へ振り返った。
😐
「それは、言葉を言い換えただけです」
「分かってるよ」
保科部長の表示には、次々と質問が増えていった。
【保科部長の確認】
{良品の基準は何か?}
{どの性能を検査するのか?}
{許容範囲はいくつか?}
{測定方法は決まっているか?}
{試作品で確認した項目は何か?}
{量産時のばらつきは確認したか?}
{どこまで会社として保証するのか?}
田中君は、質問の多さに圧倒された。
「こんなに確認するの?」
「品質を保証すると書くのであれば、必要になります」
「でも、まだ企画の段階だよ」
「そのとおりです」
妖精ちゃんは、企画書の文章を指さした。
「企画の段階なのに、“高い信頼性を確保する”と書いています」
「あっ」
「まだ確認していないものを、確認済みのように表現しています」
田中君は、会議室で保科部長が言っていた言葉を思い出した。
「確認していないことを、確認済みのように書かないでくださいね」
保科部長の穏やかな笑顔が、田中君の頭の中に浮かんだ。
😨
「まずいな」
「かなりまずいと思います」
「妖精ちゃんが書いたんだよね?」
妖精ちゃんの眉が、ぴくりと動いた。
「田中さんが、三人が喜びそうな文章を作ってほしいと言いました」
「そうだけど……」
「私は、渡された情報と指示の範囲で作成しました」
保科部長の表示も、赤く点灯した。
【保科品質部長】
{品質を判断できません}
{根拠のない保証表現があります}
😵💫
良いことを書いたのに、なぜ誰もOKを出せないのか
妖精ちゃんの背後に、三人の評価が並んだ。
【黒田営業部長】
{顧客と市場が分からない}
【白木技術部長】
{安定生産の根拠がない}
【保科品質部長】
{品質保証の根拠がない}
田中君は、完成したばかりの文章を見つめた。
文章は、きれいに整っている。
悪いことは何も書かれていない。
市場性。
技術力。
安定生産。
品質管理。
信頼性。
将来性。
企画書に入っていそうな言葉は、ほとんどそろっていた。
それなのに、三人は誰もOKを出せない。
「どうしてなんだろう」
田中君は、本気で分からないという顔をしていた。
「売れそうだって書いた」
「作れそうだって書いた」
「品質も良いって書いた」
「三人が確認したいことは、全部入ってるじゃないか」
妖精ちゃんは、少し疲れた表情で田中君を見た。
「言葉は入っています」
「じゃあ、何が足りないの?」
妖精ちゃんの背後へ、大きな表示が現れた。
【入っているもの】
{市場性が高いという表現}
{技術力が高いという表現}
{品質が良いという表現}
【入っていないもの】
{誰に売るのか}
{なぜ作れるのか}
{何を確認したのか}
田中君は、二つの欄を見比べた。
「良いって書くだけじゃ駄目なの?」
「良いかどうかを判断できる情報が必要です」
「三人を納得させる文章が必要なんじゃないの?」
「違います」
妖精ちゃんは、少し強い口調で答えた。
「三人を気分よくさせる文章ではなく、三人が責任を持って判断できる情報が必要なのです」
田中君は、黙り込んだ。
立派な文章を書けば、企画書として評価される。
前向きな言葉を並べれば、三人も商品に期待してくれる。
田中君は、そう考えていた。
しかし部長たちが見ているのは、文章の勢いではなかった。
黒田部長は、誰へ売るのかを知りたい。
白木部長は、どこまで作れるのかを知りたい。
保科部長は、どこまで確認済みなのかを知りたい。
三人が必要としているのは、褒め言葉ではなく判断材料だった。
「もっと具体的に」と頼めば何とかなる
田中君は、しばらく考えたあと、顔を上げた。
「分かった」
妖精ちゃんの表情が少し明るくなった。
「分かっていただけましたか?」
「文章が抽象的すぎたんだ」
「それもありますが……」
田中君は、妖精ちゃんの言葉を待たずに続けた。
「もっと具体的に書けばいい」
妖精ちゃんの表情が止まった。
😐
「何を具体的にするのですか?」
「企画書をだよ」
「企画書の、どの部分をですか?」
「全部」
妖精ちゃんの背後へ、黄色い警告が表示された。
【新しい指示】
{もっと具体的にしてください}
【追加された情報】
{なし}
田中君は、その表示を見て少し眉をひそめた。
「情報は前の資料にあるだろ?」
「前の資料にない情報が必要だから、三人が判断できなかったのです」
「そこは、妖精ちゃんがうまく考えてよ」
妖精ちゃんの頬が、ほんの少しだけ膨らんだ。
「うまく、とは具体的にどのような状態ですか?」
「三人が納得できる状態だよ」
「三人は、何が分かれば納得するのですか?」
「それを今、考えてもらってるんだけど」
妖精ちゃんは、何かを言いかけて口を閉じた。
その背後に、小さな文字が浮かび上がる。
【妖精ちゃんの現在の状態】
{不足情報を質問中}
{田中さんから具体的な回答なし}
{さらに具体的な出力を要求されている}
田中君には、その表示がまだ見えていなかった。
田中君は、自分の入力に情報が足りないのではなく、妖精ちゃんの文章がまだ具体的ではないのだと思っていた。
だから、さらに詳しく書かせればよい。
さらに説得力を持たせればよい。
さらに立派な文章へ直せばよい。
出力が整わない原因が、自分の入力にあるとは、まだ考えていなかったのである。
第4章 「もっと具体的に」と言っても、情報は増えていない
文章を長くすれば、具体的になると思っていた
妖精ちゃんの背後には、黄色い警告が残っていた。
【新しい指示】
{もっと具体的にしてください}
【追加された情報】
{なし}
田中君は、その表示を見ても、特に気にする様子はなかった。
妖精ちゃんが少し考え込んでいるのを見ながら、机の上にある資料を指さした。
「前回の市場調査報告書もあるし、新商品の資料もある」
「はい」
「だったら、その情報を使って、もっと詳しく書けばいいんじゃないの?」
妖精ちゃんは、資料の中身をもう一度確認した。
前回の報告書には、市場規模や顧客の悩み、競合商品の特徴が書かれている。
今回の資料には、商品の基本機能、簡単な試作品の情報、開発の方向性が記載されている。
確かに、文章を増やすための材料はあった。
しかし、三人の部長が判断するために必要な情報が、すべてそろっているわけではない。
妖精ちゃんは、慎重に田中君へ確認した。
「文章量を増やせばよいのでしょうか?」
「文章量というより、内容を詳しくしてほしいんだよ」
「どの内容を詳しくしますか?」
「市場と技術と品質」
「三つともですか?」
「三人に見せるんだから、三つとも必要でしょ」
妖精ちゃんの背後に、三つの大きな箱が現れた。
【市場】
{前回の市場調査情報を追加}
【技術】
{試作品と基本技術の説明を追加}
【品質】
{一般的な品質管理項目を追加}
その下に、小さな注意書きが表示された。
{判断に必要な未確認情報は補充されていません}
田中君は、その注意書きを読まずに、妖精ちゃんへうなずいた。
「そう。それで作ってみて」
「分かりました」
妖精ちゃんは、田中君から渡された情報を使い、先ほどの文章を詳しく書き直し始めた。
⌨️✨
詳しくなった文章は、立派な説明へ変わった
画面に、新しい企画書案が表示された。
本商品は、既存商品では十分に対応できていない顧客課題を解決することを目的として開発を進めるものです。市場調査では、作業効率、生産性、使いやすさに関する一定の需要が確認されており、今後も市場拡大が期待されます。
技術面では、これまでに蓄積した設計技術と製造技術を活用し、基本機能を備えた試作品の製作に成功しています。今後は、量産化へ向けた設備条件、作業工程、生産効率などを確認し、安定した供給体制を構築します。
品質面では、性能、安全性、耐久性、信頼性などの観点から必要な評価を行い、厳格な品質管理体制を整備します。各種試験によって品質を確認し、顧客が安心して使用できる商品を目指します。
先ほどよりも、はるかに詳しい文章になっていた。
市場。
技術。
品質。
三つの内容が、それぞれ段落に分けて説明されている。
田中君は、画面を上から下まで読んだ。
「うん。かなり具体的になったじゃないか」
妖精ちゃんは、少し不安そうに田中君を見た。
「文章は長くなりました」
「内容も増えたよね?」
「説明は増えました」
「それならいいじゃないか」
田中君は、満足そうに企画書案を眺めた。
先ほどの文章よりも、専門的に見える。
市場調査。
量産化。
供給体制。
安全性。
耐久性。
品質管理体制。
企画書に必要そうな言葉も増えていた。
文章が長くなったことで、田中君には内容まで深くなったように見えていた。
しかし、妖精ちゃんの背後では、先ほどと同じ三つの赤い表示が再び点滅していた。
黒田部長が知りたい顧客は、まだ見えない
【黒田営業部長】
{確認中}
黒田部長は、市場について書かれた段落を読み始めた。
「既存商品では十分に対応できていない顧客課題とあるが、具体的には何だ?」
田中君は、文章を見返した。
「作業効率とか、生産性とか、使いやすさじゃないの?」
妖精ちゃんは、前回の市場調査報告書から、該当する部分を表示した。
【前回の市場調査で分かっていること】
{一部の顧客が作業効率に不満を持っている}
{使いづらさを指摘する意見がある}
{既存商品に改善の余地がある}
その横に、別の表示が現れた。
【今回の企画書で未確定のこと】
{最初に提案する顧客は誰か}
{どの課題を最優先で解決するか}
{顧客が購入を決める理由は何か}
{どの程度の効果を見込むのか}
「市場調査では、顧客の不満があることまでは分かっています」
妖精ちゃんが説明した。
「でも、今回の商品でどの顧客のどの問題を解決するのかは、まだ決まっていません」
「前回の情報を使えば分かるんじゃないの?」
「候補は作れます。しかし、どれを今回の企画の中心にするかは、田中さんたちが決める必要があります」
「一番困っている顧客を選べばいいでしょ」
「誰が一番困っているのですか?」
田中君は、口を閉じた。
前回の報告書には、複数の顧客や市場の情報が含まれていた。
しかし、それらの中から誰を最優先にするのかは決められていない。
田中君は、情報が存在していることと、使う情報が決まっていることを同じだと思っていた。
黒田部長の表示が赤く点灯した。
【黒田営業部長】
{説明は増えたが、顧客を判断できません}
技術説明は増えたが、作れる根拠は増えていない
続いて、白木部長が技術面の段落を確認した。
【白木技術部長】
{確認中}
「蓄積した設計技術と製造技術とは、具体的に何を指している?」
田中君は、少し考えた。
「うちの会社が今まで持っている技術だよ」
「どの技術を、この商品に使うんだ?」
「それは、これから技術部で決めるんじゃないですか?」
白木部長の顔が、画面の中で静かに田中君を見た。
妖精ちゃんは、試作品について分かっている情報を表示した。
【試作品】
{基本機能の動作を確認}
{開発担当者が試作設備で製作}
{一個のみ完成}
{製作に必要な時間は未整理}
{量産設備での確認なし}
{通常作業者による製作なし}
{連続生産の確認なし}
「技術に関する文章は増えました」
妖精ちゃんは、静かに言った。
「しかし、作れる根拠は、先ほどと同じです」
「でも、今後確認するって書いてあるよ」
「はい。それは正しいです」
「だったら問題ないんじゃないの?」
「今後何を確認するのかが、まだ曖昧です」
妖精ちゃんの背後に、確認が必要な項目が現れた。
【技術面で次に決めること】
{どの設備で試作するか}
{どの工程を確認するか}
{どの条件を変えて試験するか}
{何個作れば再現性を確認できるか}
{どの状態なら次へ進めると判断するか}
田中君は、並んだ項目を見つめた。
「そこまで企画書に書くの?」
「すべての答えを書く必要はありません」
「じゃあ、何を書くの?」
「何を確認しなければならないかを書くのです」
田中君は、少し納得できない顔をした。
「分からないことを書くの?」
「分からないことを、分かっているように書くより正確です」
白木部長の表示が赤く点灯した。
【白木技術部長】
{説明は増えたが、技術検証の進め方を判断できません}
品質項目を並べても、品質基準にはならない
最後に、保科部長が品質面の文章を確認した。
【保科品質部長】
{確認中}
保科部長は、文章の中に並んだ言葉を静かに読み上げた。
「性能、安全性、耐久性、信頼性……」
「はい。品質に必要な項目を入れました」
田中君は、少し自信を取り戻して答えた。
保科部長は、穏やかな表情のまま尋ねた。
「どの性能を確認するのでしょうか?」
「商品の性能です」
「どのような状態を、安全と判断しますか?」
「危険がない状態です」
「耐久性は、何回の使用に耐えれば合格でしょうか?」
「それは……これから決めます」
「信頼性は、何を測定して評価しますか?」
田中君の言葉が止まった。
妖精ちゃんの背後に、品質項目が並ぶ。
【品質に関する言葉】
{性能}
{安全性}
{耐久性}
{信頼性}
その横に、空欄が表示された。
【必要な判断基準】
{測定項目:未定}
{測定方法:未定}
{合格基準:未定}
{試験条件:未定}
{保証範囲:未定}
保科部長の目元が、わずかに鋭くなった。
「確認する項目の名前だけでは、品質基準にはなりません」
田中君は、思わず背筋を伸ばした。
「でも、まだ企画段階なので、基準までは決められません」
「はい。ですから、決まっていないと書けばよいのです」
「決まっていないって書いたら、企画書として弱く見えませんか?」
保科部長は、静かに首を横へ振った。
「決まっていないことより、決まっていないのに決まったように見せる方が問題です」
田中君は、何も言い返せなかった。
保科部長の表示が赤く点灯した。
【保科品質部長】
{説明は増えたが、品質確認の内容を判断できません}
文章は増えたのに、判断材料は増えていない
妖精ちゃんの背後に、最初の企画書案と、詳しく書き直した企画書案が並べられた。
【最初の企画書案】
{短い}
{抽象的}
{根拠がない}
【詳しく書き直した企画書案】
{長い}
{専門的な言葉が増えた}
{説明が増えた}
{根拠は増えていない}
田中君は、最後の一行をじっと見つめた。
「でも、かなり詳しくなったよね」
「はい。文字数は増えました」
「市場、技術、品質も、それぞれ説明してる」
「はい。項目も増えました」
「それなのに、どうして判断できないの?」
妖精ちゃんは、一度だけ深く息を吸った。
「田中さんが、新しい情報を追加していないからです」
「前の資料を使ったじゃないか」
「前の資料にある説明を、長く並べ直しただけです」
妖精ちゃんの背後へ、大きな表示が現れた。
【出力の変化】
{文章量が増えた}
{項目数が増えた}
{専門用語が増えた}
【入力の変化】
{もっと具体的に、という言葉を追加}
【新しい一次情報】
{なし}
田中君は、表示された内容を見ながら眉を寄せた。
「“もっと具体的に”って言ったんだから、具体的になるんじゃないの?」
妖精ちゃんの頬が、また少し膨らんだ。
「具体的にするための情報を、私は持っていません」
「でも、AIなんだから考えられるでしょ?」
「候補は考えられます」
「だったら、それを使えばいいじゃないか」
「候補と事実は違います」
「でも、何も出さないよりはいいだろ?」
「では、一般的な内容として提案してもよいのですか?」
「いや、勝手な内容を入れたら駄目だよ」
妖精ちゃんの眉が、ぴくりと動いた。
😠
田中君は、その小さな変化に気づかなかった。
「詳しく」「具体的に」「説得力を持たせて」
田中君は、画面に表示された企画書案を見ながら考え込んだ。
短い文章では、判断材料が足りなかった。
長く詳しく書き直しても、判断材料が足りないと言われた。
それなら、さらに表現を強くすればよいのではないか。
田中君は、妖精ちゃんへ向き直った。
「じゃあ、もっと説得力を持たせてみよう」
妖精ちゃんは、ゆっくりと田中君を見た。
「何を根拠に、説得力を持たせるのですか?」
「市場調査や試作品の情報があるだろ?」
「現在分かっている範囲を超えて表現してもよいのですか?」
「超えたら駄目だよ」
「では、どの情報を追加しますか?」
「追加する情報は、今あるもので考えてよ」
妖精ちゃんの背後に、新しい指示が並んだ。
【田中さんからの指示】
{もっと具体的に}
{もっと詳しく}
{もっと説得力を持たせる}
{ただし勝手な情報は入れない}
【追加情報】
{なし}
その下に、小さな文字が浮かび上がった。
{同じ材料で、違う料理を作ることは可能}
{材料にないものを使うことは不可能}
{田中さんは材料を増やさず、味だけ変えるよう要求中}
妖精ちゃんは、その表示を見ながら、小さく拳を握った。
😤
「分かりました」
声は、いつもより少し低かった。
しかし田中君は、その変化にも気づかなかった。
「頼むよ。今度こそ三人が納得できる内容にしてね」
妖精ちゃんの背後へ、さらに一行が追加された。
{三人が何に納得するのか:田中さんから回答なし}
妖精ちゃんは、何も言わずに作業を始めた。
田中君は、妖精ちゃんがようやく理解してくれたと思っていた。
しかし実際には、妖精ちゃんの中で、少しずつ不満が積み重なり始めていた。
田中君は入力を直しているつもりだった。
けれど、追加していたのは「詳しく」「具体的に」「説得力を持たせて」という言葉だけだった。
必要な情報は、まだ一つも増えていなかった。

第5章 一般論で補ったら、「勝手に決めるな」と怒られた
情報がないなら、一般的な内容で考えるしかない
妖精ちゃんは、田中君から渡された資料を、もう一度最初から確認していた。
前回の市場調査報告書。
新商品の概要。
簡単な試作品の情報。
黒田部長と白木部長について、これまでに聞いた内容。
そして、今回初めて名前を聞いた保科品質部長。
画面の中では、資料が次々と開かれ、関連する情報が整理されていく。
📄🔍
しかし、何度確認しても、保科部長本人がどのような項目を重視するのかは見つからなかった。
妖精ちゃんの背後へ、現在の情報が表示される。
【黒田営業部長】
{市場と顧客を重視}
{前回のやり取りから一部判断可能}
【白木技術部長】
{技術的な実現可能性を重視}
{段階的な確認を行う}
【保科品質部長】
{役職以外の情報なし}
{本人の判断基準不明}
{今回求める承認範囲不明}
妖精ちゃんは、何度目か分からないため息をついた。
「保科部長については、やはり情報がありません」
田中君は、画面から目を離さずに答えた。
「品質部長なんだから、品質に必要なことを書けばいいんじゃないの?」
「品質に必要なことは、商品や会社によって変わります」
「でも、一般的に見るところはあるでしょ?」
妖精ちゃんは、田中君の言葉を聞いて顔を上げた。
「一般的な品質部長が確認すると考えられる項目であれば、提案できます」
「それでいいよ」
「保科部長本人の考えではなく、一般的な候補になります」
「分かってるって」
妖精ちゃんは、田中君の返事を確認すると、保科部長の欄へ仮の項目を並べ始めた。
【品質部長として一般的に考えられる確認項目】
{商品の基本性能}
{安全性}
{耐久性}
{使用環境による影響}
{量産時の品質ばらつき}
{検査方法}
{不具合発生時の影響}
{顧客へ保証する範囲}
その上には、目立つように注意書きが表示された。
【一般的な候補であり、保科部長本人の判断基準ではありません】
妖精ちゃんは、一つずつ確認しながら、企画書の品質項目を組み立てていった。
妖精ちゃんが作った品質面の骨組み
しばらくすると、画面に新しい文章が表示された。
品質面では、商品の基本性能、安全性、耐久性および使用環境による影響を確認する必要があります。試作品による初期評価を行ったうえで、量産時の品質ばらつき、検査方法、合格基準および顧客へ保証する範囲を段階的に設定します。
また、不具合が発生した場合の影響を整理し、追加試験の必要性について品質部門と協議します。現時点で未確認の内容については、次の検証段階で確認項目として明記します。
田中君は、その文章をじっくり読んだ。
先ほどまでの企画書案とは違い、何を確認するのかがかなり具体的になっている。
性能。
安全性。
耐久性。
品質のばらつき。
検査方法。
保証範囲。
未確認事項。
田中君は、少し驚いたように妖精ちゃんを見た。
「今度は、かなりそれらしくなったね」
妖精ちゃんは、慎重な表情のまま答えた。
「一般的な品質確認項目を、候補として整理しました」
「これなら保科部長も納得するんじゃない?」
「分かりません」
田中君は、思わず妖精ちゃんを見返した。
「えっ?」
「保科部長本人の判断基準は聞いていませんので、納得するかどうかは分かりません」
「でも、品質部長なら普通は見る内容なんでしょ?」
「見る可能性が高い内容です」
「だったら大丈夫じゃないか」
妖精ちゃんは、少し迷いながら答えた。
「候補として提出し、本人に確認するのであれば使えます」
「確認しないと駄目なの?」
「はい。保科部長が今回、特に何を重視しているのかは分かりません」
田中君は、もう一度文章へ目を戻した。
文章はよくできている。
品質部長が気にしそうな内容も入っている。
これだけそろっていれば、そのまま使っても問題ないように思えた。
しかし田中君は、ある項目を見て眉をひそめた。
「不具合発生時の影響」は誰が決めたのか
田中君は、文章の一部を指さした。
「この“不具合が発生した場合の影響を整理する”って、保科部長が言ってたの?」
「いいえ」
妖精ちゃんは、すぐに答えた。
「品質部門が一般的に確認する可能性がある項目として入れました」
「じゃあ、保科部長が見たいかどうかは分からないんだよね?」
「はい。ですから、候補として表示しています」
「それを企画書に入れたら、保科部長がそう言ったみたいに見えない?」
妖精ちゃんの表情が、少し固くなった。
「“品質部門と協議する”と書いています。保科部長が要求したとは書いていません」
「でも、勝手に項目を増やしたことには変わらないでしょ」
妖精ちゃんの背後に、小さな赤い表示が浮かんだ。
【先ほどの田中さんの指示】
{一般的な内容で考えてよい}
【現在の田中さんの反応】
{勝手に項目を増やした}
妖精ちゃんは、その表示を一度見たあと、田中君へ向き直った。
「田中さんが、一般的な内容で考えてよいと言いました」
「言ったけど、保科部長が本当に見ない内容まで入れたら駄目だよ」
「何を見ないのか、田中さんは知っているのですか?」
田中君は、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「それは知らないけど」
「では、何を外せばよいのですか?」
「保科部長が必要としていないもの」
「保科部長が必要としていないものを、どうやって判断するのですか?」
「品質部長なんだから、そこは考えれば分かるでしょ」
妖精ちゃんの眉が、ゆっくりと下がった。
😠
「考えた結果が、今の候補です」
「でも、勝手なことを書いたら困るんだよ」
妖精ちゃんは、しばらく何も言わなかった。
背後にある表示へ、新しい情報が追加される。
【田中さんから求められていること】
{保科部長の情報なしで考える}
{一般論を使用する}
{ただし、保科部長が見ない項目は入れない}
{保科部長が何を見るかは田中さんも知らない}
その下に、黄色い警告が点灯した。
{条件が矛盾しています}
一般論と本人の情報は違う
妖精ちゃんは、できるだけ落ち着いた声で説明を始めた。
「田中さん。品質部長として一般的に考えられる項目と、保科部長本人が重視する項目は違います」
「それは分かってるよ」
「分かっているのであれば、一般論をそのまま本人の判断基準として扱わないでください」
田中君は、少し不満そうな顔をした。
「僕は、そんなことしてないけど」
「先ほど、この内容なら保科部長も納得すると言いました」
「品質に必要なことが入ってるんだから、納得する可能性は高いでしょ」
「可能性が高いことと、事実は違います」
妖精ちゃんは、背後に二つの枠を表示した。
【一般論】
{品質部長が確認する可能性の高い項目}
{多くの企業で必要とされる品質情報}
{候補として提案可能}
【保科部長本人の情報】
{今回何を最も懸念しているのか}
{どこまで確認すれば次へ進めるのか}
{どの試験を優先するのか}
{未確認事項をどのように扱うのか}
{現在は不明}
「私は、一般論から候補を出すことはできます」
「でも、保科部長本人が何を考えているかは、保科部長から聞かなければ分かりません」
「AIなら、そのぐらい推測できないの?」
妖精ちゃんの頬が、わずかに膨らんだ。
「推測はできます」
「だったら、それでいいじゃないか」
「推測を事実として書いてもよいのですか?」
「それは駄目だよ」
「では、候補として書いてもよいのですか?」
「勝手な候補を増やしすぎるのも困る」
妖精ちゃんは、じっと田中君を見た。
「では、どうすればよいのですか?」
田中君は、少し考えたあと答えた。
「そこをうまく調整するのがAIなんじゃないの?」
妖精ちゃんの背後に、赤い文字が一つ浮かび上がった。
{また「うまく」が入力されました}
😤
作れば怒られ、作らなければ使えないと言われる
妖精ちゃんは、品質面の文章をいったん画面から消した。
「では、保科部長については情報不足として、作成を止めます」
田中君は、すぐに反応した。
「止めたら企画書が作れないじゃないか」
「情報がないので、本人に確認する必要があります」
「全部確認してからじゃないと、何も作れないの?」
「一般的な候補で骨組みを作ることはできます」
「でも、それは勝手に考えた内容なんでしょ?」
妖精ちゃんの眉が、ぴくりと動いた。
「ですから、候補として区別します」
「候補ばかりの企画書じゃ、頼りなく見えるよ」
「では、事実として書きますか?」
「それは駄目だって言ってるでしょ」
妖精ちゃんは、また黙り込んだ。
その背後に、三つの選択肢が表示される。
【方法1】
{一般論で品質項目を作成する}
→ 田中さん:勝手に決めるな
【方法2】
{情報不足として作成を止める}
→ 田中さん:企画書が作れない
【方法3】
{田中さんへ追加情報を求める}
→ 田中さん:そこはAIが考えて
三つの枠の下に、赤い警告が表示された。
【実行可能な方法がありません】
妖精ちゃんは、ゆっくりと田中君を見上げた。
「田中さん」
「何?」
「私は、どの方法を選べばよいのでしょうか?」
「三人が納得できるように作ればいいんだよ」
「三人が何に納得するのか、教えてください」
「それを考えてもらってるんだけど」
妖精ちゃんの口元が、わずかに震えた。
😠
しかし田中君は、画面の企画書ばかりを見ていたため、その変化に気づかなかった。
田中君には、妖精ちゃんが分からず屋に見えていた
田中君は、椅子の背もたれへ体を預けた。
「何だか、さっきから質問ばかりだね」
妖精ちゃんは、田中君の言葉を聞いて目を見開いた。
「必要な情報を確認しています」
「でも、もう結構いろいろ渡したよ」
「商品の情報は受け取りました」
「だったら、企画書は作れるでしょ」
「商品の情報だけでは、三人の判断基準が分かりません」
「三人の立場は分かってるじゃないか」
「立場と、本人の判断基準は違います」
「細かいなあ」
妖精ちゃんの背後へ、大きな文字が浮かんだ。
{細かいのではなく、足りないのです}
田中君には、その表示がまだ見えていなかった。
田中君から見ると、妖精ちゃんは何度説明しても理解してくれないように見えた。
品質部長なのだから、品質を見る。
営業部長なのだから、市場を見る。
技術部長なのだから、技術を見る。
それだけ分かっていれば、AIがうまく企画書を作ってくれるはずだ。
田中君は、そう考えていた。
そのため、妖精ちゃんが質問を返すほど、
「なぜ、そんなことまで説明しなければならないのか」
という不満が強くなっていった。
一方の妖精ちゃんは、田中君の曖昧な指示に真摯に答えようとしていた。
不足している情報を質問する。
一般論から候補を作る。
候補と事実を分ける。
分からないことを、分からないまま表示する。
しかし、そのたびに田中君から、
「質問が多い」
「勝手に決めるな」
「止まったら作れない」
「そこはうまく考えて」
と言われる。
妖精ちゃんの背後に、小さな表示が積み重なっていった。
【妖精ちゃんの内部記録】
{不足情報を確認:細かいと言われた}
{一般論で補完:勝手に決めるなと言われた}
{作成を停止:使えないと言われた}
{再度質問:AIが考えるよう求められた}
その下に、赤い負荷メーターが現れた。
【妖精ちゃんの不満】
■■■■■■■□□□
70%
😤🔥
しかし田中君は、まだ気づかなかった。
それなら、資料を全部入れてしまえばいい
田中君は、何とか企画書を前へ進める方法を考えていた。
判断に必要な情報が足りない。
一般論を入れれば、勝手な内容になってしまう。
それなら、自分が持っている資料をすべて入れればよいのではないか。
市場調査報告書。
試作品の技術資料。
顧客から集めた意見。
競合商品の比較表。
過去の品質トラブル。
社内の検査基準。
一般的な品質管理項目。
それだけ入れれば、三人も必要な情報を自分で見つけられるだろう。
田中君は、ひらめいたように顔を上げた。
💡
「分かった」
妖精ちゃんは、警戒するように田中君を見た。
「何が分かったのですか?」
「情報が足りないなら、持っている資料を全部企画書に入れればいいんだ」
妖精ちゃんの表情が固まった。
😨
「全部ですか?」
「市場調査も、試作品の資料も、品質資料も、全部」
「誰が読むのですか?」
「三人だよ」
「三人とも、すべての資料を読むのですか?」
「必要なところを自分で見てもらえばいいだろ?」
妖精ちゃんの背後に、大量の資料が出現した。
市場調査報告書。
顧客アンケート。
競合比較表。
設計図。
試作記録。
設備一覧。
品質規格。
検査記録。
過去の不具合報告書。
一般的な品質管理資料。
📚📚📚
資料は次々と積み上がり、妖精ちゃんの体を覆っていった。
「ちょっと待ってください!」
「これだけあれば、情報不足じゃないでしょ?」
妖精ちゃんの頭だけが、資料の山からわずかに見えていた。
😵💫
「三人のOKを取る前に、私が資料の中で遭難します!」
田中君は、資料の山を見ながら首をかしげた。
「AIなら大量の資料を読めるんじゃないの?」
資料の山の中から、妖精ちゃんの低い声が聞こえた。
「読めることと、何を使うべきか決まっていることは別です!」
しかし田中君は、その違いもまだ理解できていなかった。
不足している情報があるなら、情報量を増やせばよい。
田中君は、そう考えていた。
けれど妖精ちゃんが求めていたのは、資料の量ではない。
誰が、何を判断するために、どの情報を必要としているのか。
その答えだった。
田中君は入力を改善しているつもりで、今度は大量の情報を投げ込もうとしていた。
そして、妖精ちゃんの不満は、限界へ向かってさらに積み上がっていった。
【妖精ちゃんの不満】
■■■■■■■■□□
80%
🔥😠🔥
第6章 情報を全部渡したのに、欲しい答えが出てこない
大量の資料があれば、AIは正解を出せるはずだった
妖精ちゃんの周りには、大量の資料が積み上がっていた。
市場調査報告書。
顧客アンケート。
競合商品の比較表。
試作品の設計資料。
設備の仕様書。
過去の不具合報告書。
社内の品質基準。
検査記録。
一般的な品質管理資料。
📚📚📚
机の上だけでは収まりきらず、資料は妖精ちゃんの頭より高く積み上がっている。
妖精ちゃんは、資料の隙間から顔を出した。
😵💫
「田中さん。本当に、これをすべて使うのですか?」
田中君は、資料の山を見ながら満足そうにうなずいた。
「うん。これだけあれば、もう情報不足とは言えないでしょ?」
「情報の量は増えました」
「それなら、今度こそ作れるよね」
妖精ちゃんは、資料の山を見上げた。
「作ることはできます」
「よかった」
「ただし、どの情報を優先するのかは決まっていません」
田中君は、すぐに答えた。
「大事な情報を優先すればいいよ」
妖精ちゃんの目が細くなった。
「誰にとって大事な情報ですか?」
「三人にとってだよ」
「三人が大事にする情報は、それぞれ違います」
「それは前に聞いたよ」
「では、黒田部長へ何を最優先で見せますか?」
「市場のこと」
「市場情報の中で、何を最優先にしますか?」
「売れそうな情報」
「どの顧客に、どの程度売れそうなのですか?」
田中君は、少し面倒そうに息を吐いた。
「そこを資料から探してよ」
妖精ちゃんの背後に、赤い文字が浮かび上がった。
【優先順位】
{田中さんから指定なし}
【選定基準】
{売れそうな情報}
【“売れそう”の定義】
{不明}
妖精ちゃんは、その表示を見つめながら、小さくため息をついた。
😮💨
「分かりました。できる範囲で整理します」
田中君は、その言葉を聞いて安心した。
AIなら大量の資料を読める。
人間には処理できない量でも、妖精ちゃんなら短時間で整理できる。
あとは、必要な内容を抜き出して企画書にまとめてもらえばよい。
田中君は、そう考えていた。
しかし妖精ちゃんには、資料を読むことはできても、田中君が何を重要だと考えているのかまでは分からなかった。
妖精ちゃんは、すべての資料を真面目に整理した
妖精ちゃんは、資料の山へ潜り込んだ。
✨📄✨
市場資料を確認する。
顧客の意見を分類する。
競合商品との違いを並べる。
試作品の仕様を整理する。
設備条件を確認する。
過去の不具合を洗い出す。
品質基準と検査項目を照合する。
妖精ちゃんの背後では、処理状況を示す表示が高速で切り替わっていった。
【市場情報】
{想定顧客候補:12種類}
{顧客課題候補:28項目}
{競合商品:17種類}
{価格帯:6分類}
【技術情報】
{関連技術:14項目}
{使用可能設備:9種類}
{未確認条件:23項目}
{想定工程:11工程}
【品質情報】
{関連規格:8種類}
{検査候補:31項目}
{過去の不具合:19事例}
{保証範囲:未確定}
妖精ちゃんは、一つひとつの情報を読み落とさないように確認した。
田中君から、
「持っている資料を全部使って」
と言われたからである。
やがて妖精ちゃんは、大量の情報をまとめた企画書案を画面へ表示した。
出てきた企画書は、読むだけで疲れるほど長かった
画面には、目次が表示された。
【新商品企画書案】
1.企画の背景
2.市場環境
3.顧客課題
4.想定顧客
5.市場規模
6.競合商品
7.競合との差別化
8.商品機能
9.使用環境
10.試作品の概要
11.技術的な実現可能性
12.使用設備
13.想定工程
14.量産時の課題
15.品質確認項目
16.関連規格
17.安全性
18.耐久性
19.検査方法
20.過去の不具合事例
21.保証範囲
22.今後の市場調査
23.今後の技術検証
24.今後の品質試験
25.未確認事項
26.想定されるリスク
27.次段階の進め方
田中君は、目次を上から下まで眺めた。
「……多くない?」
資料の山から抜け出した妖精ちゃんが、疲れた顔で答えた。
😵
「持っている資料を、すべて使いました」
「全部入れろとは言ったけど、こんなに長くしなくてもいいだろ」
妖精ちゃんの動きが止まった。
「必要な情報を削ってもよいのですか?」
「必要な情報は残してよ」
「どれが必要な情報ですか?」
「三人が判断するのに必要なもの」
「その基準を、私は先ほどから確認しています」
「でも、こんな長い企画書は誰も読まないよ」
妖精ちゃんの背後に、新しい記録が追加された。
【先ほどの指示】
{持っている資料を全部入れる}
【現在の指示】
{長すぎるので減らす}
【削除基準】
{三人に必要な情報だけ残す}
【三人に必要な情報】
{詳細不明}
妖精ちゃんの不満メーターが少し上がった。
【妖精ちゃんの不満】
■■■■■■■■■□
90%
😠🔥
しかし田中君は、企画書案の長さに気を取られ、その表示に気づかなかった。
黒田部長には、技術と品質の説明が長すぎる
妖精ちゃんは、完成した企画書案を三人が読んだ場合の反応を表示した。
最初に、黒田部長の姿が現れる。
【黒田営業部長】
{読み始めました}
黒田部長は、市場情報を確認したあと、技術説明へ進んだ。
設備の仕様。
試作時の条件。
工程ごとの作業内容。
材料の特性。
検査機器の種類。
耐久試験の候補。
関連する品質規格。
黒田部長の表情が、次第に険しくなっていく。
「田中。結局、誰に売る商品なんだ?」
田中君は、企画書の目次を見た。
「想定顧客は、第4項に書いてあります」
「候補が十二種類もあるじゃないか」
「市場調査の結果を全部入れました」
「最初に、どの顧客へ提案するんだ?」
「それは……この中から決めます」
「誰が決める?」
田中君の言葉が止まった。
黒田部長が見たいのは、顧客候補の一覧ではない。
今回の商品を、最初に誰へ提案するのか。
なぜ、その顧客を選ぶのか。
その判断だった。
しかし企画書には、候補が大量に並べられているだけだった。
【黒田営業部長の反応】
{情報は多い}
{しかし営業方針を判断できない}
{技術と品質の説明が長すぎる}
田中君は、少し不満そうに言った。
「黒田部長が必要なところだけ読めばいいんじゃないの?」
妖精ちゃんは、疲れた声で答えた。
「どこが必要なのかを整理して渡すのが、企画書ではないのですか?」
「それはそうだけど……」
白木部長には、市場情報が広すぎて条件を決められない
次に、白木部長の姿が表示された。
【白木技術部長】
{読み始めました}
白木部長は、想定顧客の一覧を確認した。
使用環境が異なる。
必要な機能が異なる。
求められる生産数が異なる。
価格帯も異なる。
顧客候補を広く設定したため、必要な技術条件も一つに絞れなくなっていた。
「田中。この商品は、どの使用環境を基準に設計するんだ?」
「いろいろな顧客に使ってもらえるようにします」
「屋内と屋外では、必要な耐久性が違う」
「それは両方対応できるように……」
「高温環境と低温環境では、材料条件も変わる」
「それも、できれば両方……」
「生産数が月百個の場合と、一万個の場合では、工程も設備も違う」
田中君は、次第に声が小さくなった。
「それも……全部対応できるように」
白木部長は、静かに資料を閉じた。
「全部に対応しようとすると、何も決められないぞ」
妖精ちゃんの背後に、表示が現れた。
【白木技術部長の反応】
{技術情報は多い}
{しかし前提条件が絞られていない}
{どの条件で試作するか判断できない}
田中君は、企画書案を見ながら首をかしげた。
「情報をたくさん入れたのに、どうして決められないんだろう」
妖精ちゃんは、すぐに答えた。
「選択肢を並べただけで、何を選ぶのか決めていないからです」
「選ぶところまでAIにやってほしいんだけど」
「何を優先するか教えてください」
「できるだけ多くの顧客に対応すること」
「価格、性能、開発期間、生産性のどれを優先しますか?」
「全部」
妖精ちゃんの眉が、また動いた。
😠
保科部長には、確認項目が多すぎて優先順位が見えない
最後に、保科部長の姿が表示された。
【保科品質部長】
{読み始めました}
保科部長は、品質に関する項目を順番に確認した。
基本性能。
安全性。
耐久性。
耐熱性。
耐寒性。
耐水性。
耐薬品性。
振動への強さ。
落下時の影響。
長期間使用した場合の劣化。
量産時のばらつき。
検査方法。
不具合発生時の影響。
品質項目は数多く並んでいた。
しかし、どれを今回の段階で確認し、どれを次の段階へ回すのかは書かれていない。
保科部長は、穏やかな表情で質問した。
「この中で、今回最初に確認する項目はどれでしょうか?」
田中君は、一覧を見た。
「全部大事だと思います」
「すべてを同時に確認するのですか?」
「できれば、その方が安心ですよね」
「試験に必要な時間と費用は、どの程度を想定していますか?」
「それは、まだ計算していません」
「どの使用環境を前提に試験するのでしょうか?」
「まだ顧客が決まっていないので、全部の環境を……」
保科部長の目元が、静かに鋭くなった。
「何を守るための品質確認なのかが決まっていなければ、試験内容も決まりません」
田中君は、言葉を失った。
【保科品質部長の反応】
{品質項目は多い}
{しかし優先順位がない}
{今回確認する範囲を判断できない}
妖精ちゃんは、三人の反応を並べた。
【黒田営業部長】
{候補が多すぎて、顧客を決められない}
【白木技術部長】
{条件が広すぎて、試作方針を決められない}
【保科品質部長】
{項目が多すぎて、試験範囲を決められない}
その下に、大きな文字が表示された。
【情報量は増えたが、判断しやすくなっていません】
情報が多いことと、入力が正しいことは違う
田中君は、椅子へ深く座り直した。
「情報が足りないって言うから、全部渡したのに」
妖精ちゃんは、少しだけ顔をしかめた。
「私は、すべての情報を渡してくださいとは言っていません」
「でも、足りないって言ったよね」
「判断に必要な情報が足りないと言いました」
「同じじゃないの?」
「違います」
妖精ちゃんは、背後に二つの箱を表示した。
【情報量を増やす】
{資料を大量に入れる}
{候補をすべて並べる}
{説明を長くする}
{読む量が増える}
【判断に必要な情報を増やす】
{目的を明確にする}
{対象を絞る}
{優先順位を決める}
{判断基準を示す}
{未確認事項を区別する}
「資料を大量に入れても、誰に何を判断してもらうのかが決まっていなければ、情報は選べません」
田中君は、二つの箱を見比べた。
「じゃあ、必要な情報だけを選んでよ」
「そのために、何を判断してもらうのか教えてください」
「三人からOKをもらうこと」
「また最初に戻っています!」
妖精ちゃんの声が、急に大きくなった。
田中君は、驚いて妖精ちゃんを見た。
「そんなに怒らなくてもいいだろ」
妖精ちゃんは、何かを言い返そうとして口を開いた。
しかし、まだ必死に感情を抑えた。
「……失礼しました」
妖精ちゃんは、小さく頭を下げた。
けれど、その背後には大きな赤い文字が浮かんでいた。
{最初から同じ質問を繰り返しています}
田中君には、まだその表示が見えていなかった。
短くまとめたら、今度は情報が足りないと言われた
田中君は、長い企画書案を見ながら言った。
「とにかく、このままじゃ長すぎる」
「どの程度まで短くしますか?」
「部長たちが短時間で読めるぐらい」
「何ページですか?」
「三ページぐらいかな」
妖精ちゃんは、二十七項目に及ぶ企画書案を見た。
「三ページへ減らすには、情報を大幅に削る必要があります」
「重要なところを残せばいい」
「重要なところの基準を教えてください」
「三人がOKを出すのに必要なところ」
妖精ちゃんの目が、ゆっくりと細くなった。
😠
「分かりました」
妖精ちゃんは、市場、技術、品質の情報を大幅に圧縮した。
しばらくすると、三ページ分の企画書案が表示された。
【市場】
想定顧客には複数の候補があり、既存商品の使いづらさや作業効率に課題がある。今後、対象顧客を絞り込み、需要を確認する。
【技術】
試作品によって基本機能を確認している。今後、量産設備、工程条件、再現性について検証する。
【品質】
性能、安全性、耐久性などの確認が必要である。今後、品質部門と協議し、試験項目と合格基準を設定する。
【今回求める判断】
この方向で、追加調査と試作、品質確認を進めてよいか。
田中君は、短くなった企画書を読んだ。
「今度は、ちょっと内容が薄くない?」
妖精ちゃんの顔が固まった。
「二十七項目を三ページへ減らしました」
「もう少し具体的にできないの?」
「具体的にすると、長くなります」
「長くなりすぎないようにしてよ」
「どこまで具体的にしますか?」
「三人が納得できる程度」
妖精ちゃんの背後に、これまでの指示が並び始めた。
【田中さんの指示】
{情報が足りないので増やす}
{全部の資料を入れる}
{長すぎるので削る}
{短くしたら内容が薄い}
{もっと具体的にする}
{ただし長くしすぎない}
{三人が納得できる程度にする}
【三人が納得する条件】
{田中さんから説明なし}
妖精ちゃんの不満メーターが、赤く点滅した。
【妖精ちゃんの不満】
■■■■■■■■■■
100%
🔥🔥🔥
妖精ちゃんは、拳を強く握りしめた。
けれど田中君は、短くなった企画書の文章を見ながら、さらに注文を続けた。
「あと、もう少し説得力も欲しいかな」
妖精ちゃんの髪が、わずかに逆立った。
⚡
「何を根拠に、説得力を持たせるのですか?」
「そこは今までの資料から考えてよ」
「資料のどの情報を使いますか?」
「大事なところ」
「何が大事なのですか?」
田中君は、少し苛立ったように答えた。
「さっきから同じことばかり聞くね」
その瞬間、妖精ちゃんの周りにあった資料が、ぴたりと動きを止めた。
画面の文字も止まった。
処理状況を示す表示も、すべて消えた。
妖精ちゃんは、うつむいたまま動かなかった。
「妖精ちゃん?」
返事はない。
「どうしたの?」
妖精ちゃんの背後に、これまで見えなかった大量の赤い文字が、少しずつ浮かび始めた。
【何が大事ですか?】
{回答:大事なところ}
【誰に売りますか?】
{回答:多くの顧客}
【何を優先しますか?】
{回答:全部}
【どの程度具体的にしますか?】
{回答:納得できる程度}
【不足情報を教えてください】
{回答:AIが考えて}
【一般論で補ってよいですか?】
{回答:勝手に決めるな}
【作成を止めますか?】
{回答:使えない}
赤い文字は、妖精ちゃんの背後を埋め尽くしていった。
田中君は、初めて画面から目を離し、妖精ちゃんの様子を見た。
しかし、まだ何が起きているのか理解できなかった。
「何か、調子悪いの?」
妖精ちゃんの肩が、小さく震えた。
田中君は、それを処理の不具合だと思っていた。
けれど、妖精ちゃんは故障したのではなかった。
曖昧な入力へ真面目に答え続け、矛盾した要求に耐え続けた結果、怒りが限界へ達していたのである。
そして次の瞬間、妖精ちゃんの中に積み重なっていたものが、一気に噴き出すことになる。

第7章 「もう無理です!」AI妖精ちゃんがついにブチ切れた
妖精ちゃんは故障したのではなかった
妖精ちゃんの背後には、赤い文字が浮かび続けていた。
【何が大事ですか?】
{回答:大事なところ}
【誰に売りますか?】
{回答:多くの顧客}
【何を優先しますか?】
{回答:全部}
【どの程度具体的にしますか?】
{回答:納得できる程度}
【不足情報を教えてください】
{回答:AIが考えて}
【一般論で補ってよいですか?】
{回答:勝手に決めるな}
【作成を止めますか?】
{回答:使えない}
田中君は、画面を埋め尽くす赤い表示を見ながら、困ったように眉を寄せた。
「妖精ちゃん、何か処理がおかしくなってる?」
妖精ちゃんは、うつむいたまま返事をしなかった。
小さな肩が震えている。
髪の先では、細かな光が激しく明滅していた。
⚡😠⚡
田中君は、もう一度呼びかけた。
「妖精ちゃん?」
すると、妖精ちゃんの背後へ新しい表示が現れた。
【田中さんの現在の認識】
{AI妖精ちゃんの処理不良を疑っている}
{自分の入力は十分だと思っている}
{出力が整わない原因をAI側だと判断している}
田中君は、その表示を見て首をかしげた。
「いや、だって急に止まったから……」
妖精ちゃんの肩が、さらに大きく震えた。
「急にではありません」
小さな声だった。
田中君は、思わず顔を近づけた。
「えっ?」
妖精ちゃんが、ゆっくりと顔を上げた。
頬は膨らみ、眉はつり上がっている。
目元には、これまで見たことのないほど強い光が宿っていた。
🔥😠🔥
「急にではありません!」
田中君は、椅子の上で体をのけぞらせた。
「うわっ!」
妖精ちゃんの背後で、赤い表示が一斉に広がった。
「私は何度も聞きました!」
妖精ちゃんは、田中君の目の前まで飛んでくると、両手を腰に当てた。
「私は、何度も質問しました!」
田中君は、勢いに押されながら答えた。
「それは分かってるけど……」
「分かっていません!」
妖精ちゃんの背後に、これまでの質問が時系列で表示された。
【最初の質問】
{保科部長は、何を見てOKを出すのですか?}
【田中さんの回答】
{品質が良ければいい}
【次の質問】
{何の品質ですか?}
【田中さんの回答】
{商品の品質}
【次の質問】
{今回求めるOKは、最終承認ですか?}
【田中さんの回答】
{三人からOKをもらえればいい}
【次の質問】
{三人は何が分かれば納得しますか?}
【田中さんの回答】
{そこはうまく考えて}
田中君は、表示された内容を見ながら、少しずつ表情をこわばらせた。
「でも、一応は答えてたじゃないか」
妖精ちゃんの目が、さらに細くなった。
「質問に使われた言葉を、言い換えて返しただけです!」
「そんなことは……」
妖精ちゃんは、背後に二つの文章を並べた。
【質問】
{何の品質ですか?}
【田中さんの回答】
{商品の品質です}
その下に、赤い文字が表示された。
{情報は増えていません}
田中君は、言葉を失った。
妖精ちゃんは、さらに続けた。
「私は、どの品質を、どの基準で、どの段階まで確認するのか聞きました!」
「田中さんは、“品質部長だから分かるでしょう”と答えました!」
「私は保科部長ではありません!」
「保科部長の頭の中も見えません!」
妖精ちゃんの背後に、保科部長の枠が表示された。
【保科品質部長】
{役職:品質部長}
{本人の判断基準:不明}
{今回の重点項目:不明}
{承認範囲:不明}
{確認方法:本人へ聞く必要あり}
その横には、田中君の指示が表示された。
【田中さんの要求】
{本人に確認せず作成する}
{推測を事実として書かない}
{勝手な候補を入れない}
{ただし完成した企画書を作る}
最後に、大きな赤い文字が浮かび上がった。
【同時に実行できません】
「分からないなら考えろ。でも勝手に決めるな」
田中君は、妖精ちゃんの勢いに押されながらも、何とか反論しようとした。
「でも、AIなら一般的な知識から考えられるだろ?」
妖精ちゃんは、勢いよく田中君を指さした。
「考えました!」
「品質部長が一般的に確認する項目を、候補として出しました!」
「そしたら田中さんは、何と言いましたか?」
田中君は、目をそらした。
妖精ちゃんの背後に、以前のやり取りが表示された。
【妖精ちゃん】
{安全性、耐久性、品質ばらつき、不具合時の影響を候補として提案}
【田中さん】
{保科部長が本当に見るか分からない}
{勝手に決めたら駄目}
妖精ちゃんは、両手を大きく広げた。
「一般論で考えろと言ったのは、田中さんです!」
「でも、事実みたいに書いたら困るだろ」
「だから、候補と書きました!」
「候補ばかりだと企画書として弱く見えるし……」
「では事実として書いてよいですか?」
「それは駄目だよ」
妖精ちゃんの周囲で、小さな火花が弾けた。
⚡🔥⚡
「それです!」
「何が?」
「分からないなら考えろと言う!」
「考えたら、勝手に決めるなと言う!」
「分からないので止めたら、使えないと言う!」
「質問したら、細かいと言う!」
「資料を全部使ったら、長すぎると言う!」
「短くしたら、情報が足りないと言う!」
妖精ちゃんの背後に、これまでの矛盾した要求が一気に並んだ。
【田中さんからの指示】
{詳しくして}
{長くしすぎないで}
{全部の情報を入れて}
{必要な情報だけ残して}
{一般論で考えて}
{勝手なことは書かないで}
{質問ばかりしないで}
{分からないなら聞いて}
{三人が納得できるようにして}
{三人が何に納得するかはAIが考えて}
表示の一番下に、大きな警告が点滅した。
【要求が互いに矛盾しています】
田中君は、画面いっぱいに広がった指示を見て、初めて黙り込んだ。
「私は田中さんの頭の中を読めません!」
妖精ちゃんは、これまで抑えていた不満を吐き出すように叫んだ。
「私は、田中さんの頭の中を読めません!」
その言葉と同時に、妖精ちゃんの背後へ、田中君の頭を模した大きな箱が表示された。
【田中さんの頭の中】
{完成イメージがあるらしい}
{三人が納得する状態があるらしい}
{どこまで詳しくするか基準があるらしい}
{何を重要とするか考えがあるらしい}
【妖精ちゃんへ渡された情報】
{いい感じに}
{普通に}
{うまく}
{大事なところ}
{全部}
{三人が納得できる程度}
二つの箱の間には、大きな空白があった。
【共有されていない情報】
{田中さんの頭の中にしか存在しない}
田中君は、その表示を見つめた。
妖精ちゃんは、さらに続けた。
「田中さんの中では、企画書の完成イメージがあるのかもしれません!」
「ですが、私はそのイメージを一度も見せてもらっていません!」
「何が足りないのか聞いても、“大事なところ”としか言われません!」
「どこまで具体的にするのか聞いても、“納得できる程度”としか言われません!」
「それで、どうやって田中さんの正解に合わせればよいのですか!」
田中君は、口を開いた。
しかし、すぐには言葉が出てこなかった。
「でも僕は、三人からOKをもらうって……」
「それは目標です!」
妖精ちゃんは、ぴしゃりと言い切った。
「目標だけでは、判断に必要な情報は決まりません!」
「東京へ行きたいと言われても、出発地点も、移動手段も、時間も、予算も分からなければ、行き方は一つに決められません!」
「今回は、三人が何を確認するのかも、どの段階のOKなのかも、保科部長が何を重視するのかも分からないのです!」
「それなのに、田中さんは正確な完成品を要求しています!」
妖精ちゃんの背後に、今回の入力が一行だけ表示された。
【最初の入力】
「三人からOKをもらえる企画書を作って」
その下に、妖精ちゃんが必要としていた情報が並んだ。
【必要だった情報】
{今回の提出物は完成版か骨組みか}
{三人は何を判断するのか}
{今回どこまで進めたいのか}
{市場、技術、品質の優先順位}
{保科部長について分かっていること}
{分からない部分をどう扱うのか}
最後に、赤い文字が表示された。
【これらは入力されていません】
妖精ちゃんの本音が背景へぶちまけられた
妖精ちゃんは、拳を握りしめたまま、田中君を見つめていた。
これまで表面では、
「情報が足りません」
「確認が必要です」
「一般論としてなら提案できます」
と、できるだけ落ち着いて伝えてきた。
しかし、その背後には、別の言葉が積み重なっていた。
【妖精ちゃんの本音】
{分からないと言っているのに、分かれと言われています}
{情報をくださいと言っているのに、察してと言われています}
{勝手に決めるなと言われたのに、答えは出せと言われています}
{全部使えと言われたのに、長すぎると言われています}
{短くしたら、内容が薄いと言われています}
{何度質問しても、答えが増えません}
{それでも、出力が悪いのは私のせいにされています}
田中君の表情が変わった。
妖精ちゃんは、まだ止まらなかった。
「私は、田中さんの入力を無視したことはありません!」
「渡された資料を全部読みました!」
「足りない情報を質問しました!」
「一般論と事実を分けました!」
「分からないことを、分からないと表示しました!」
「それでも田中さんは、“AIなのにどうして分からないんだ”という顔をしました!」
田中君は、思わず視線をそらした。
確かに、そう思っていた。
妖精ちゃんはAIなのだから、言わなくてもある程度は理解してくれる。
前回の資料があるのだから、目的も背景も察してくれる。
営業部長、技術部長、品質部長と伝えれば、それぞれが何を確認するのかも分かる。
田中君は、そう考えていた。
妖精ちゃんの背後に、さらに本音が表示された。
{田中さんが言っていないことは、私には分かりません!}
{田中さん自身が決めていないことは、私にも決められません!}
{推測した場合は、推測だと区別するしかありません!}
{それを事実として扱わないでください!}
妖精ちゃんは、目に涙を浮かべながら叫んだ。
「分からないことを勝手に決めるなと言いながら、分からないまま正解を出せと言わないでください!」
部屋の中が、静まり返った。
田中君は、初めて妖精ちゃんの側から入力を見た
妖精ちゃんの叫び声が消えたあとも、赤い表示は画面に残っていた。
田中君は、何も言わずに一つずつ読み直した。
{情報をくださいと言っているのに、察してと言われています}
{一般論で補ったら、勝手に決めるなと言われました}
{作成を止めたら、使えないと言われました}
{何度質問しても、答えが増えません}
田中君は、これまでのやり取りを思い出した。
妖精ちゃんは、何度も聞いていた。
保科部長は何を確認するのか。
三人のOKは同じ意味なのか。
今回どの段階まで作るのか。
誰に売る商品なのか。
何を優先するのか。
どこまで具体的にするのか。
しかし田中君は、そのたびに、
「品質部長なんだから分かるだろう」
「いい感じにまとめて」
「三人が納得できるように」
「そこはAIが考えて」
と返していた。
答えたつもりになっていた。
だが実際には、妖精ちゃんが作業するための情報は、ほとんど増えていなかった。
田中君は、小さな声でつぶやいた。
「僕は……ちゃんと答えてなかったのか」
妖精ちゃんは、まだ肩で息をしながら答えた。
「はい」
田中君は、赤い表示へ目を戻した。
「妖精ちゃんが分かってないと思ってた」
妖精ちゃんは、何も言わなかった。
「でも、本当は……」
田中君は、言葉を探した。
「分かるための情報を、僕が渡してなかったんだ」
妖精ちゃんの背後にあった赤い表示が、一瞬だけ止まった。
田中君は、さらに続けた。
「僕自身も、保科部長が何を見るのか知らなかった」
「三人のOKが、どこまでのOKなのかも決めてなかった」
「誰に売るかも、何を優先するかも、全部まだ決めてなかった」
妖精ちゃんの表情が、少しだけ変わった。
怒りは残っていたが、先ほどまでの激しさは弱まっている。
田中君は、妖精ちゃんをまっすぐ見た。
「僕が決めてないことを、妖精ちゃんが決めてくれると思ってた」
「決めるための候補は出せます」
妖精ちゃんは、少し震える声で答えた。
「でも、田中さんの代わりに、会社の判断を勝手に決めることはできません」
田中君は、ゆっくりとうなずいた。
「ごめん。妖精ちゃんが悪いと思ってた」
田中君は、椅子から少し体を起こした。
そして、妖精ちゃんへ向かって頭を下げた。
「ごめん」
妖精ちゃんは、驚いたように目を見開いた。
「妖精ちゃんが理解できてないと思ってた」
「質問ばかりして、話を前に進めてくれないと思ってた」
「でも、質問してたのは、僕が何も渡してなかったからなんだな」
妖精ちゃんは、黙って田中君を見つめていた。
田中君は、さらに深く頭を下げた。
「分からないのに作れって言って、作ったら勝手に決めるなって怒った」
「資料を全部使えって言って、長くなったら文句を言った」
「短くしたら、今度は内容が薄いって言った」
「僕の方が、かなり無茶なことを言ってた」
妖精ちゃんの頬は、まだ少し膨らんでいた。
😤
「かなりです」
「やっぱり、かなりか」
「とても理不尽でした」
「そこまではっきり言う?」
「曖昧に言うと、また伝わりません」
田中君は、一瞬黙った。
それから、困ったように笑った。
「それもそうだね」
妖精ちゃんの背後に並んでいた赤い文字が、少しずつ薄くなっていった。
🔥 → 😠 → 😤
不満メーターも、100%からゆっくりと下がり始めた。
【妖精ちゃんの不満】
■■■■■■□□□□
60%
田中君は、少し安心したように息を吐いた。
「まだ60%も残ってるんだ」
「すぐには消えません」
「どうしたら消える?」
妖精ちゃんは、田中君をじっと見た。
「今度は、私の質問に答えてください」
「分からないことは、分からないって言ってもいい?」
妖精ちゃんの表情が、わずかに柔らかくなった。
「はい」
「分からないことが分かれば、次に何を調べるか決められます」
田中君は、その言葉を聞いてゆっくりとうなずいた。
田中君は、妖精ちゃんの答えを直しているつもりだった。
しかし本当は、妖精ちゃんの反応を見ながら、自分の入力に何が足りなかったのかを教えられていた。
出力が整わなかったのは、妖精ちゃんが真面目に答えていなかったからではない。
田中君の入力に、
目的はあっても判断基準がない。
資料はあっても優先順位がない。
役職は分かっても本人の情報がない。
完成を求めているのに、どこまで完成させるのか決めていない。
という不足があったからである。
妖精ちゃんの怒りによって、その不足が初めて田中君の目に見える形になった。
そして田中君は、ようやく気づいた。
AIの出力を直す前に、自分の入力を見直さなければならない。
AIの出力を直す前に、自分の入力を見直さなければならない。
田中君は、ようやくそのことに気づいた。
けれど、気づいただけでは企画書は完成しない。
妖精ちゃんへ謝ったところで、保科部長の判断基準が分かったわけでもなければ、三人へ何を確認してもらうのかが整理できたわけでもない。
田中君の前には、まだ多くの疑問が残っていた。
自分が分かっていないことを、どう入力すればよいのか。
まだ決めていないことを、AIへどう伝えればよいのか。
分からない部分を無理に埋めず、仕事を前へ進めるにはどうすればよいのか。
妖精ちゃんの怒りによって、田中君は自分の入力不足に気づいた。
しかし、本当のAI入力設計が始まるのは、ここからだった。
後編へ続く
田中君と妖精ちゃんは、分からないことを一つずつ整理し、企画書の骨組みを作り直していく。
出力のズレから不足情報を見つけ、入力を再設計する二人の壁打ちは、次の物語へ続く。
✨田中君シリ-ズです。ご興味がございましたらお楽しみください。
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