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「在り方」の流れの元をたどる旅――崩壊の後の「再生」(後編)




▼「在り方」の流れの元をたどる旅
  ――再生の前の「崩壊編」


▼「在り方」の流れの元をたどる旅
  ――崩壊の後の「再生」(前編)


▼「在り方」の流れの元をたどる旅
  ――崩壊の後の「再生」(中編)



これら記事からの 続きです


当初の想定よりも
長話になっちゃっておりますが

今回でやっと 終ります 笑


では
いきなり本文となります
よろしくお願いいたします








ふたりの恩師――再生の土台






大学では


わたしには もったいないくらいの

素晴らしい先生方に
出逢い


直接 学ぶ機会をいただきました



特に

久保雅義 先生
(現 同大教授)


そして


亀尾徹 先生
(現 浦和レッズメディカルアドバイザー)



には

大変お世話になったんです



久保先生には

「本当に理解すること」

について 学ばせていただきましたし



亀尾先生には

「本当の治療」

について 学ばせていただきました



わたしには


久保先生の様に

研究の世界で 生きられるほどの
知力
はありませんし



亀尾先生の様に

アートのような 徒手療法ができるほどの
センス
もありません




でも

おふたりから学んだことは

今でも こころの奥に

大切な 財産として存在しているんです




あの大学に

あのタイミングで

入学していなかったら



今の わたしは ありません



それくらい

貴重な 出逢いでした




こころにある

いただいた 財産は

今でも 想い返します




ときどき

その財産が

ずん!


って重くなって



困っちゃうんですけどね 笑



~~~


▼久保先生についての記事

△たぶん 「泣きながら書いた」記事は これが最初だと想います


▼亀尾先生についての記事

△臨床の世界にい続けるほど 先生のお言葉の深さと的確さに驚きます






捉え直す――「在り方」は「マイルール」ではない





学費を稼ぐためのアルバイトの話は

面白いんですけど

長くなっちゃうので 省略しますね



まぁ そんなこんなで

なんとか

4年間

学び続けることが できました


優秀な成績では
ありませんでしたけど


理学療法士となりました



奇蹟的に

新潟県内の病院に

就職することが できました



そこからのことは

この note で

たくさん記事に
してきましたけど…




働く場所を

転々としてきましたね…



わたしは 働いた職場 全て

「定年まで働きたい」

って 想っていたんです



転職することを

最初から想定して

働いてなんか いませんでした



でも


辞めることに なるんですよね…



その時のことをね



「自分の『在り方』を曲げなかったから

 その組織を出たんだ

 リストラされたのだ」



のように

綴ってきたと思います




でも…


そうですね…


う~ん






『それは
 ちょっと 違う』



今は 想っているんです





その職場に


残るか?

出るか?




その 選択の場


に 立った時



自分の「在り方」という


" マイルール "

みたいなものを



明確に

意識していたわけじゃないんです




もっと


" 深い " ところ



その


" 動機 "



ありました




「そうとしか 生きられない」




とでも いうしかない




" 深い " ところから

湧き出る

気持ち…





それを

後から振り返ったときに


わたしの「在り方」



なんて

言っていたのかも

しれません




考え方が 硬くって

理由を知りたがる

思考のクセ

が あるのに



そういう 場面では

理由は


" ない "


のです



ただ


「そうとしか 生きられない」




あるだけ


なんです






「在り方」って

そういうものなのかもなぁ

って



あなたと お話していて

気づくことが できました




どうも ありがとう






キャリアという足あと――" らしく " あれば " 善し "





偶然であり

結果的に

なんですけど



理学療法士として

わたしがこれまで経験してきた道は


人が病気になること

その後を生きること

を 概ね辿ってきているんです



  1. 急性期

  2. 回復期

  3. 生活期

  4. 療養(慢性)期

  5. ターミナル期


これ 全部


リハビリ職として
経験ができました




偶然


なのかもしれませんし




「そうとしか 生きられない」

ままに

生きてきたから


なのかもしれません





わたしの


足あと


です




わたしの


財産


です





今は 未経験だった

「地域医療の 最前線」

である

整形外科クリニック

で働いています



これまでの 経験が

今の仕事に とても役立っていますよ



ただね

注意してくださいね

これは

" 良い面 "

だけしか

言ってませんよ わたし 笑



本当は

それぞれの職場で

長く働きながら


組織を どう育成していくか?

という仕事にも

関心があったんです


入職したそれぞれのフィールドで
取り組んできたつもりですけど



ぜーんぶ中途半端で
出て行かなくては
なりませんでした…




あと

研究発表する機会も ありませんでした


もともとそんな知力が無いことも
一番の原因ですけど


組織に安定して所属できなかったことも
大きな原因です


リハビリの世界へ

学際的な貢献は

できませんでしたね…


ちょっと

残念

ではあります




ですから


わたしの キャリア

「善い」

とは 想っていますけど




それは あくまでも

「わたしらしい」

という意味で です 




他の リハビリ職さんが

わたしが 選択できなかった

「組織の育成」

「研究発表」

というキャリアを選ばれていても



それは その人にとって

「その人らしい」

ものなのであれば


「善い」


と こころから 想います



同じリハビリの国家資格を持つとはいえ


みんな 

別の人間

なのですから




それが

健全

なのですよね






そうとしか生きられない――それだけ





(コーヒーカップを両手で持ち
 見るともなく 少なくなった
 コーヒーを見つめる)




あの例の

孔子のたとえ話

ですけど…



わたし

孔子についていくことは

できません



道で倒れた その人を

助けるような

生き方しか

できません



その人を どう助ければいいのか?

わからないことが

「わたしの課題だ」

って 考えちゃうタイプだから



理学療法士になりました

そして

未熟なリハビリをしながら

勉強を続けてきました



道に倒れている人は

その人だけじゃない



たくさんおられるし

いろんな


病気や怪我がある



孔子の

言う通りなんですよ



「ひとりひとり

 手を差し伸べていても

 限界がある」



そのとおりです


わかっています



でも

どうしても


その人を

助けることしか

できないんですよね



次の人を 優先するために

目の前にいる人に

十分 手を尽くすことができない
というときもあります



現場にいると

そんな制度のジレンマを

感じることが

たくさんあります




でも

ほんとうに

「そうとしか 生きられない」



それが

わたしの

「在り方」

なんでしょうね



不器用ですね…


ほんと


不器用ですね…



ははは







ゴミをどうします?――義務や倫理ではなく





(コーヒーの最後のひと口を 味わう)


はぁ…


また 長々 お話しちゃいましたね




どうなんでしょうね?


これで 答えになっているんでしょうかね?



この記録を

例の AIさんに 報告しなきゃですね 笑


OK もらえるかなぁ~?


はははは



あなたは どう 思われました?



あぁ でも


わたしの こんなつまらない身の上話よりも

マザー・テレサさんが

素敵な言葉を

遺しておられるんです



それを 最後に

ご紹介しましょうかね



What can you do to promote world peace?
Go home and love your family.
(世界平和のためにできることですか?
 家に帰って家族を愛してあげてください。)


We are not here to be successful, we are here to be faithful
(私たちは、成功するためにここにいるのではありません。
 誠実であるためにここにいるのです。)


Love is doing small things with great love.
(愛とは、大きな愛情をもって小さなことをすることです。)




わたしは カトリックでもなんでもない

ビール好きの ただのおじさん
ですけど

この言葉は

『本当に そうですね…』

って しみじみ 想います







あなたがね


今日


職場 か 学校に


行ったときにね


廊下に ゴミが 落ちていたとするでしょ?



その ゴミ


どうします?



拾ってもいいし

拾わなくてもいいんですよ



ゴミを捨てた犯人を
捜す人もいるでしょうし


廊下の衛生管理の方法を
見直してもいいんです




大事なことは




「なぜ

 その行動を

 あなたは

 選択したか?」



です




あなたの


「在り方」は


そこから


始まっているんですよ






結び――そうとしか 話せない?





なーんてね


はははは



さてさて

長ーい 長ーい お話は

これで 終わりです


なーんで こんなに長く
しゃべっちゃうんでしょうね?


「そうとしか 話せない」


って やつなんでしょうかね?


困ったもんですね 笑



さて

わたしは

AI達からもらった
別の質問の答えを

考えなくっちゃです 笑



答えがまとまったら

お話しますので


よろしければ

また お会いしましょうね



お会計は お任せください 笑



ということで



今日という日が


あなたにとって


善い 一日と


なりますように


ここで お祈り してますね!



がんばって!


いってらっしゃい!




「在り方」の流れの元をたどる旅
 ――崩壊の後の「再生」(後編)





UnsplashMasood Aslamiが撮影した写真

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