さよなら薬指。第1話「会合」【#創作大賞2025】
第1話 #会合
第2話 #秘密
第3話 #遭遇
第4話 #一夜
第5話 #逆転
第6話 #再び会合
プロローグ
あらすじ
百合と真由美は10年来の親友。同時期にそれぞれ離婚を考えていた。真由美は夫の不倫、百合は夫の秘密を知ってしまったから。2人は空いた薬指と未来を見つめる。
夫たちの秘密とは。夫たちはなぜ、元妻たちとの別れを決意したのか。
そして、女たちが傷心旅行で出かけた先でなぜか元夫婦たちは偶然に出会う。同じ旅館で一夜を過ごし、お互いの胸のうちを明かす。そして、妻たちもまた秘密を抱えていた。
それぞれが、それぞれの愛のかたちを知る夫婦の物語。
さよならした薬指の行き先は?
プロローグまで、ぜひお楽しみくださいませ。
【#1 会合】
「自分のために指輪買うのってさ、なんか終わったなって思うのよ」
真由美は、自分の空っぽになった左手の薬指を見つめて、ため息をついた。
わざとらしくない、でも少しあざとい。でも腹を割って話せる愛すべき友なのだ、この子は。
「もう、男なんかこりごり」というセリフを彼女の結婚生活中何回聞いただろうか。そのたびにお酒を浴びるように飲み、私は酔っぱらいの愚痴ほどたちの悪いものはないなあと身をもって学習した。
でもなぜだか憎めないのだ。真由美が本気でその男を愛しているのが伝わるから。10年見てきた男性遍歴では、真由美は付き合うたびに要するにダメンズを製造している。いい男ばかりがクズになる、そんな方程式を打ち立てた。おそらくその男に尽くしすぎてしまうからだろう。
真由美は大学時代からの付き合いで、今まで私のどんな醜態にもひかず、変わらずにいてくれる貴重な友人だ。
今は別の会社でそれぞれ働いているけど、あけすけない物言いが昔から好きで毎月の会合は欠かせないのだ。
3年の結婚生活に終止符を打ち、真由美は明日離婚届を提出にいく。
最後のデートよ、という。市役所で待ち合わせらしい。
原因は夫の孝明の不倫だ。なんと、結婚式の翌日から出かけた新婚旅行で知り合った女性とそれからずっと交際してきたらしい。
「まださ、子どもがいなくてよかったんじゃない?いたら離婚なんてますます長引くよ」
「そうよね。それはよかったと思う。あの男ともう関わりたくないもの」
孝明は浮気男にありがちではあるが、スマホをトイレでこそこそいじっていた。そのうえ、あろうことかスマホをトイレに置き忘れ、それをしっかり確保した真由美は先にぐうすか寝ていた孝明の顔認証でばっちりとパスワードを開けた。スマホはパンドラの箱だから開けてはならぬとあれほど言ったのに。
スマホには、わざとらしく男性の部下のように登録されたヤマダという名前で、「次の日曜日楽しみにしてる」ときていた。スクロールすればするほど続く愛の言葉に、青ざめた。
そこからは元ヤンの真由美らしく、素っ裸にして土下座までやらせたらしい。さすが、衰えていない。
そこからは泥沼というか、もはやあっぱれな策略家である。慰謝料もがっぽりだ。まあ、これからの人生設計には欠かせぬ費用だろう。
「晴れて独立記念日よ」
と少し寂しそうに笑った彼女は指輪をこつんとテーブルに置いた。アイスコーヒーの氷が静かに溶けるさまをわたしたちは見つめた。
「薬指がさみしいわねえ。百合はどうなの、和弘さんと」
そこで間ができた。
私は一度視線をはわせ、きっかり5秒間黙った。真由美なら打ち明けてもいいかもしれない。10年も一緒にいる女友達なんて、もはや恥部まで知っていると言っても過言でもない。
「あのさ」
そこで、私は一拍おいた。
「驚かないでほしいんだけど」
「もったいぶらないでよ、今更」
「あのさ、彼。男がすきだったのよ」
「は?」
「結婚前までは気が付かなかったの。普通に愛してる、結婚しようってプロポーズしてくれて、楽しくて。子どもはいつかね、なんて言っているうちに見ちゃったのよね」
「…もう嫌な予感しかしないわ」
「箪笥の中にさ、女性用のパンツとブラジャーよ。ウィッグも」
「ああ、聴きたくなかった」
私は大掃除中に見てしまった。普段なら絶対に開けない和弘の引き出しを。通帳を探していて、何故か惹きつけられるように、その引き出しを開けた。よくうちの祖母が引き出しに通帳をしまっていたのだ。
スマホ同様、それもパンドラの箱だった。
中には私さえ着ないようなサイズの大きい、レースの赤、紫、ブルーの下着。
私へのプレゼントではあるまい。わたしは何を隠そう、パンツはAmazonで仕入れてきた5枚組だ。お尻が収まればよい。
言われてみれば、彼は金曜日の20時以降どんなに忙しいときも、必ず私に行先を告げずに出かけていく。あれは、何かそのようなメンバーとの、その、集まりだったのか。おそるおそる今年一番の勇気を持って聞くと、和弘は箪笥を見たことを責めるでもなく、「すきな男がいてさ」と目をそらすこともなく告げた。
女装だけではない。全身の力が抜けた。
「いいのよ、彼の趣味を否定することはしないわ。でも私は、子どもも欲しいし、やはり私という女が夫には一番であってほしいの」
「そりゃそうよね」
私はそこで、ゆっくりとアイスティーの氷をくるんとかきまぜた。涼し気な音が私たちの間に静かに響く。
「だから、私も今日が独立記念日よ」
「え」
「仲間ね、真由美」
私は左手を広げ、急にすっとした薬指を眺めた。かつて彼が指がきれいだ、と褒めてくれた手。それを見て真由美も真似をした。
「ねえ私たち」
「決意したいい女よね、私たちは」
「そうね。じゃあお互いにお互いへ、指輪を贈らない?あ、もちろん薬指以外よ」
「何よそれ」
思わず顔を見合わせ、笑ってしまった。
自分のために指輪を買うんじゃなくて、お互いのために買うの。
ね、一緒に選びましょう。
私たち、独立したのよ。お祝いよ。
真由美も、私も、薬指は空っぽだ。
お互い、ちょっと強めに肩をたたきあってけらけら笑った。
まあ、仕切り直しだ。着飾っていこうじゃないか。女友達がいてよかった。
薬指はこれから出会う誰かによって埋められるかもしれないし、埋められなくてもその心の穴は友達が埋めてくれる。足取りも軽い。
男たちの秘密を知るまでは。
続く
百合 32歳食品会社事務。家庭的で料理が得意。
真由美 32歳、百合の大学時代からの友人。デザイナー。モテるが束縛しやすい。
孝明 真由美の夫、32歳。和弘とは大学のサークル仲間。幼馴染の百合を和弘に紹介する。
和弘 百合の夫、33歳。孝明の取引先相手。建築会社の営業課長。
掌編小説の予定でしたが、どうしても続きを書きたくなりました。創作大賞に初挑戦です。
全6話予定です。コメントもお待ちしています!
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2話に続きます。

りんこさん、ありがとうございます✨
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