さよなら薬指。最終話「再び会合」【#創作大賞2025】
百合 32歳食品会社事務。料理が得意で、子ども好き。
真由美 32歳、百合の大学時代からの友人。デザイナー。モテるが束縛しやすい。
孝明 真由美の夫、32歳。和弘とは同じ大学のサークル仲間。幼馴染の百合を和弘に紹介する。
和弘 百合の夫、33歳。孝明の取引先相手。建築会社の営業課長。
ミドリさん 和弘が通うバーのママ。2話で登場。
(これまでのあらすじ)
百合と真由美は同時期にそれぞれ離婚を考えていた。真由美は夫の孝明の不倫、百合は夫の和弘の秘密を知ってしまったから。2人は空いた薬指をながめ、それぞれに指輪を贈りあう。これまでの百合と真由美に起こったできごとは、実は2人の夫たちによる計画だった。離婚から半年後。元夫婦は旅行に出かけた伊勢でなぜか鉢合わせする。
同じ旅館で一夜を過ごした2組の元夫婦は、ただUNOをしただけでは終わらなかった。観光を楽しんだ後、元妻たちが抱えていた秘密が明かされる。
夫婦とは何なのかーーー。
「荷物はこれで終わりか?」
「はい」
あの伊勢旅行から1年後、俺たちは古民家に引っ越した。古くて取り壊されるのと大家が引退するのが同時で、それならばとリノベーションして住むために譲ってもらった。古くても念願のマイホームである。
表札はいらない。
孝明は細い腕には似つかわぬほど力があり、ひょいひょいとダンボールを運んでいく。
「2階も古いですがいい感じですね」
とひと足早く2階を見てきたらしく「畳の部屋が好きなんですよ、あの格子戸がいい感じです」と言った。ペットボトルの麦茶を渡してくれる。さすがかずさんのチョイスです、といつでも俺を持ち上げることを忘れない彼が好きだ。最近、呼びかたが和弘さんからかずさんになった。
孝明はうちの会社の取引先に勤めている。俺は総合建築業であるゼネコンの営業で、孝明は設計事務所の設計士だ。大学時代からよく知る仲の孝明と偶然営業に行った先で出会えるとは思わなかった。久しぶりに再会を果たした彼はよく日焼けした肌にシルバーの腕時計がよく似合った。
大学時代は同じデザイン学部で、最後まで卒論が仕上がらず半べそをかいてたもんだから、かわいい後輩のために俺はひと肌もふた肌も脱いだ気がする。
俺たちは今日からここで暮らす。
2人で暮らす家を住みやすくし、生活をデザインする。それはこの上なく、楽しい作業だろう。
ピンポーン……。
古く低く響く音がした。少し錆びているのかもしれない。
「まゆたん?」
「何でわかるんだよ、お前は」
俺は苦笑いしてはーい、と玄関まで歩く。ミシミシ、と木の板の音が響く。こういう古い木の味わいがする家にいつか住むのが夢だった。
木の香りも、扉のぎしぎしという音も、いつか自分たちになじんでいくだろう。それを楽しむ人生も悪くない。
「お邪魔しまーす。久しぶりだね!」
玄関の引き戸をガラガラとひいて、真由美さんが入ってきた。
「いい感じの古民家じゃない」百合がたくさんの紙袋を持っている。
「いらっしゃい、2人とも」
よ、と俺が手をあげると、真由美さんが「ワイン持ってきたよ!」と細長い白い紙袋を見せた。来るときにデパートで買ってきてくれたんだろう。
「みんなで飲もう!」
と真由美さんは袋をあげて陽気に笑ったが百合が「これ、真由美は反省しろ」と頭をこつ、とげんこつで叩く真似をした。
伊勢旅行で、真由美さんは酔いつぶれて孝明におぶわれて部屋に戻った過去がある。
元妻と元夫の4人は声をあげて笑う。まさかこんな日が来るなんて思わなかった。2人と、2人のかたちは変わらないのだけど。
「リノベーションして、少しずつ作り上げていこうと思うんだ。今はまだ古くて不便かもしれないけど」
「生活に味が出ていくと思うんです。僕は仕事でリノベーション案件もやったことありますし」
既存の新築に近づけるリフォームと違い、リノベーションは元あるものに手を加えて価値を高めることを指す。
家も、生活もよりよいものになるように手入れして、かたちをつくっていこうと思う。
あなたは、こんな夫婦の在り方もあるのかもしれないと思ってくれるだろうか。
伊勢旅行は妻たちの衝撃の告白で締めくくられた。2人はあろうことか「じゃあありがと、また連絡して!風邪ひくなよ!」と手をふって走り去ろうとしていた。電車の時間に間に合わないという。
俺たちに何かが言えただろうか。
2人が好きあっているという事実を聞いて、「そうなんだ」も、「意外だよ」も、「俺たちも」も、全部が安っぽい。
わかるよ、なんて言ったら「2人のことは2人にしかわからないでしょ!」と百合に怒られそうだ。
なんてもたもた考えているうちに2人はあっさり去っていった。
残ったのは俺たち元夫で、そのあとは打ち合わせやらで仕事モードに戻っていったのだけど、頭には何にも入ってこなかった。
おそろいのイルカのストラップが俺たちを笑っているかのようだった。
「あ、くろ!」
真由美さんが先にうちにいた猫を発見した。前に住んでいた実家で孝明が飼っていた黒猫のくろとごま。2匹ともメスである。凜とした黒猫で、俺もさっき会ったばかりだ。孝明にべったりとくっついている。俺に慣れるまで時間がかかりそうだ。
「まゆたんはくろとごま、ちゃんと見分けられるよね?」
「え、そっくりだけど2人とも違うよー」
俺にはさっぱり黒猫2匹が見分けがつかないが、真由美さんにはわかるらしい。にゃあー、と爪を立てられそうだが気にもしていなかった。
「俺さ、くろとごまと離れられなくて。この家なら一緒に暮らせるかなと思って」
孝明がひざにくろ(ごまかもしれない)を載せて、おやつをあげはじめた。
「はーい、お皿にわけたよ。台所借りたよ」
百合が台所から声をかけた。料理は家で作って持ってくれたらしい。
百合は都内にキッチンスタジオを借り、いよいよ副業で料理教室の先生を始めた。いつかは本業をやめて一本で身を立てていきたいのだと話す。
味はいつもじんわりと沁みてて、ほっこりとする。野菜とだしが溶けあい、絡みあう。和食の師に習っただけある。毎晩これを食べていたんだなと思うと、俺は贅沢ものだったんだろう。
「百合の料理すき。今日は創作だね!」
真由美さんが歓声をあげる。今2人は1LDKを大きな公園の近くに借りたという。日中はそれぞれ仕事でいないが、夜になれば一緒に映画や漫画を楽しむのが日常だそうだ。
百合も、きっと俺といたときよりも、子どもがほしいことに執着しすぎず、自分への束縛から自由になれたのではないかと思う。
気持ちが楽になったのだろう、
悔しいけど、俺といたときより、ずっと綺麗だ。
守り、守られている安定した何かがある人だけが発散するエネルギーがある。
「でも動物を飼えないのが不満なの。この家、2階が空いてるならすんじゃおうかな」
「こらこら。それじゃ今までと変わらないじゃん」
「僕は大歓迎ですよ。まゆたんと百合さんなら」
俺は笑った。食後にジェンガをして、まだ全然片付いていない部屋が余計散らばり、あーあと言いながら結局4人で片づけた。
めちゃくちゃだったが、もう夫婦ではない4人の会合は晩餐までつづいた。
夫婦なんかめちゃくちゃでいい。
正しくある必要なんかない。
やっぱり結局真由美さんはべろべろに酔っぱらっていた。
くろとごまの見分けは一緒に暮らして一週間経って何とかつくようになった。
ごまは実はお腹に少しだけ白い部分がある。しかし、それを確かめるにはひっくり返さなければならない。おなかばかりをおじさんの俺が見ているから、当然、ねこたちには嫌われた。孝明はなぜか初期から2匹の見分けがついたという。なぜなんだ。
「かずさん」
洗面所からひげをそる音が聞こえる。
「何だ?」
「今度指輪見に行きます?」
「いや、恥ずかしいよ」
「百合さんとは行けて僕とは行けないんですか」
とむくれた。またいつかな、と笑ってごまかした。
空っぽのままの左手の薬指を見つめる。
夫婦のかたちは自由だ。
制度に縛られなくても、自分がそばにいたい人とそばにいればいい。自分が誰と生きるかを考えることが肝要なのではないかと思っている。
それが男であっても、女であっても、だ。
この家に2人の息づかいを感じさせてやりたい。
重みを感じさせてやりたい。古いこの家に刻もう、新しい家族の歴史を。
夫婦とは、ともに生きるとは、そういうことなのかもしれないとも思う。
「孝明」
「はい?」
「約束しよう」
了
長らくお付き合いいただきありがとうございました。
プロローグに続きます。あと1話お楽しみくださいませ。

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