さよなら薬指。第3話「遭遇」【#創作大賞2025】
百合 32歳食品会社事務。料理が得意で、子ども好き。
真由美 32歳、百合の大学時代からの友人。デザイナー。モテるが束縛しやすい。
孝明 真由美の夫、32歳。和弘とは大学のサークル仲間。幼馴染の百合を和弘に紹介する。
和弘 百合の夫。33歳。孝明の取引先相手。建築会社の営業課長。
(これまでのあらすじ)
百合と真由美は同時期にそれぞれ離婚を考えていた。真由美は夫の不倫、百合は夫の秘密を知ってしまったから。2人は空いた薬指をながめ、それぞれに指輪を贈りあう。これまでの百合と真由美に起こったできごとは、実は2人の夫たちによる計画だった。
第3話 #遭遇
やり直し女旅を三重にしようと言い出したのは真由美だった。たまたまセールで出ていた小さな旅館に予約をとった。三重といえば伊勢神宮。そう、縁結びの神様だ。
伊勢神宮はその周辺だけでもかなりの広さなので、しっかりプランを練りたいところだ。
旅行は計画からが旅だと思う。
やり直し気晴らし女旅。真由美はフリーの建築士なので、私の有休に合わせて休みを取ることにした。ふたりでガイドブックやサイトを見ながら、時を忘れて過ごした。この時間が離婚の衝撃の傷心を癒すのに必要な時間だったのだ、おそらく私たち2人とも。
私は、スーツケースにおみやげ分のスペースだけ開けて後はギチギチに、武装道具とUNOと缶ビールを2本詰め込んだ。女は荷物が多い。
新幹線で新大阪、それから近鉄特急に乗り継いで伊勢まで。新大阪から2時間半ほどはかかる。近いようで遠かったが、私たちは付き合った10年ぶんの歴史と結婚生活の愚痴だけで、話題は尽きなかった。
そして、これからの暮らしの話。
どこに住むのか、どんな朝ごはんが好きなのか、どんなインテリアが好きなのか。
「いいね、それ!私もそれしたいな」
リアクション力の高さが真由美のモテる秘訣なんだろうな、と私は内心思ったが黙っておいた。調子に乗らせてしまう。
お伊勢さんは外宮と内宮に分かれており総称して伊勢神宮という。外宮からバスで15分ほどで縁結びの猿田彦神社に着く。境内にある佐瑠女(さるめ)神社に縁結びのお参りに向かった。熱心に、ゆっくりと、真由美は祈り始めた。
何か呪文でも唱えているのではないかと思うほど熱心で、後ろに軽く列ができていた。
「縁さ、結べるかな」
「今度はどんな人がいいの?」と私はふふっと笑うことができた。
「ぜっっったいに、裏切らない人」
迷いなくまっすぐに答えるものだから、発覚したあの日からこれまでのことを思い出してしまった。
真由美は浮気されたこと、孝明が相手がいると認めたときにどれだけ悔しくて絶望したかを愚痴った。孝明のスマホにきていたタナカとの熱いやりとり。どこの女よ!と居酒屋で飲めもしない酒を煽り、そのたびに付き合わされた。孝明はその後実は何回かスマホを真由美に見られているが、本人はまったく気づいていない。セキュリティ意識がなさすぎる。
裏切られてもこの子は一生誰かひとりに本気で寄り添いたいと、純粋に願い続けるのだろう。
一度だけ旅行の話を電話でしながら、彼女が涙ぐんだことがあった。
悔しいよ、今度こそ恋愛うまくいくと思ったんだ。
私はそうだよね、そうだよね、と言いながら何度も電話越しにうなずいた。相手には見えなくても電話の向こうの息づかいを感じ、安心させてあげたいときがある。
恋愛と結婚は違ったんだろうなあ、ひとつ賢くなったよと最後に真由美は鼻水をすすりながら言った。でも、あきらめないよ、と言った。
あきらめてなんかやるもんか。
私はその声を反芻して「そうだよね、ここであきらめたら女がすたるよね」と味方がいることに安心した。きっと、真由美も私もお互いに。
私は父親が吞んだくれの男で、母がひたすら謝ることしかできない女で、母の方は最後は私を置いて出ていってしまった。あんたはいらない、が最後に言われた言葉だ。
お母さんのぬくもり、とか父親のたくましさ、とかをしらないで大きくなってしまった私は早く家族がほしくて仕方なかった。
和弘とは、幼馴染の孝明を通じて知り合って、結婚した。
この人とは絶対にいい家庭を築ける。そう確信していたからこそ、子どもがほしいことははじめから伝えていた。
会社の先輩にも何度も「結婚ははじめが肝心よ、よく夫を見て」と言われていたので(感謝している)、自分たちがどうなりたいか家庭の理想を夫婦で共有しようとした。
しかし、和弘は少し困ったように笑いながら「また今度な」と言った。いつ来るかわからないまた今度に私は振り回されながら、歳を重ねてしまった。
最後までやっぱり一番にはなれなかった。ライバルは男性と言われるとは思わなかったけど。
価値観の不一致、どころの問題ではなかった。
でも、もう忘れよう。時間をかけても前を見よう。
私はそう思い直し、伸びをした。
今日だけでもかなり歩いたよね、次はおかげ横丁かなと真由美の横顔に向かって問いかけた。すると彼女は赤福食べなきゃ帰れないよ!と私に抱きついてくる。
もう少しで旅館に着くというときだった。
明日はどこ行く?もうすっかり茜色に染まった空には、刷毛で掃いたような薄い雲が浮かび、夕焼けの色を微妙に変化させている。
お互いに汗臭いのに、げらげらと笑ってお互いを離さなかった。
なぜだか妙におかしくて笑い転げていたら、ハンカチが舞った。
「あ」
「落ちてますよ」と駆け寄ってくれた男性がいた。
「あ、ありがとう……」と私は顏を上げ、硬直してしまった。
なんであなたが、という言葉が喉元をすべる。しっかり和弘と目を合わせたまま、私は自分から次の言葉が出てくるのを待った。
もうひとり駆け寄ってきた細身の男性がいた。
黒いジャケットにベージュのチノパン。見覚えがあるシルエット。
「なんで真由美ちゃんが、」
孝明が情けない声を出す。かつて、真由美がまゆたんと呼ばせ、束縛して愛した夫は、今やその凛々しさの面影もない。たまに真由美の家に遊びに行くと、細かく動いてくれ、気の回し方も完璧でよくも真由美みたいなガサツな子を、と私は内心思ったものだ。
今、こうして落ち着いてみるとなんてことはない、普通のひょろ長い男だった。
それは見えない「僕は不倫男です」というタスキをかけているからだろうか。
和弘と孝明。彼らはかつてというか、つい一週間前まで私たちの夫だった。
私は和弘と夫婦だったが、彼の女装趣味が発覚した。ついでに男性が好きだと言われた。
真由美は孝明と夫婦だったが彼の浮気が発覚した。
「その」傷心旅行なのだ、これは。
4人は顏を合わせ「なんで」を言い合った。
真由美が「傷心旅行よ、離婚のね」とむくれた声で元夫の孝明に言った。孝明は細い体を余計に小さくさせてごめんと言った。2人の結婚生活では、いつも孝明はこんな風に尻に敷かれていたのかと今更ながら思ってしまう。
「すまない、俺たちのせいで」
と和弘が言った。少しやせたかなと思ったが、あの騒動からまだ3か月だ。そんなに体型が変わるものではあるまい。
「本当よ。今日は2人で旅行?そんなに仲良かったっけ?」
と私は孝明に聞いた。彼は小さいころからの付き合いだ。嘘がまったくつけるタイプではない。強く言える人にあっさりとついていく気弱なところもあるが、基本的に穏やかで優しい。昔から私の家庭事情も察して、よく家に置いてくれていた。
「旅館がこの近くでさ」
見せてくれた旅館のサイトが、私たちの泊まる旅館と一緒だった。
「ええっっ!?」
「い、一緒に泊まるの?」
真由美がおそるおそる聞く。
その驚きは、4人が同じ旅館で、という意味もあるが、
男性2人が同じ部屋でという意味だったのかもしれない。
この2人が特に仲の良かった記憶がないからだ。
会社も違うし、年も違う。大学が一緒だったとは聞いたが、10年前の話だ。そこから定期的に会っていたという話を聞いたことがあっただろうか。
「……俺がタナカだよ」
「は?」
「本当は女装の趣味はないけど、俺がタナカだ」
和弘が言う。真由美が、人差し指をゆっくりと、孝明と和弘の間を行き来させる。
「タナカが、和弘さん」
「え」
私の記憶は、和弘の「すきな男がいてさ」に戻ってくる。いつものビールを飲みながら、昼はそうめんを食べようかくらいの気楽なノリで、とんでもない爆弾を打ち込んだ彼。
孝明は二人のラインの登録名は「ヤマダ」だった。和弘は登録名「タナカ」。
その名前であの睦まじいやりとりを?
「いやな予感がするんだけど、聴きたくないんだけど」
「2人ってそういうこと?」
「うん、ごめん」というセリフと、2人の土下座に近い謝罪の姿勢を取るスピードが一緒だった。こんな見事な土下座は見たことがない。
……あ、そういうこと。
私たちは全身から力が抜けた。
その夜、まさか4人でUNOをすることになるなんて、夫婦最後の夜になるなんて、思いもよらなかった。
今日もお付き合いいただきありがとうございました。
やっと3話目!完成したらエンタメ原作部門にジャンルを変更します。できるかな。

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