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さよなら薬指。第4話「一夜」【#創作大賞2025】

百合 32歳、食品会社事務。料理が得意で、子ども好き。
真由美 32歳、百合の大学時代からの友人。デザイナー。モテるが束縛しやすい。
孝明 真由美の夫、32歳。和弘とは大学のサークル仲間。幼馴染の百合を和弘に紹介する。
和弘 百合の夫、33歳。孝明の取引先相手。建築会社の営業課長。
ミドリさん 和弘が通うバーのママ。2話で登場。

(これまでのあらすじ)
百合と真由美は同時期にそれぞれ離婚を考えていた。真由美は夫の孝明の不倫、百合は夫の和弘の秘密を知ってしまったから。2人は空いた薬指をながめ、それぞれに指輪を贈りあう。これまでの百合と真由美に起こったできごとは、実は2人の夫たちによる計画だった。3か月後、女たちは傷心旅行に出かけた伊勢で、元夫たちと鉢合わせする。

第3話 
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第4話 #一夜


「あー、何てこった」
「和弘さん、僕の宿取り、間違ってました…?」
いや、孝明は何も間違っていない。
すべては誰も悪くない、まさかもうしばらく会わないと思っていたのに。
何年後かに、あの時こうだったよねと笑い話くらいに昇華できるようになるまでは。

3ヶ月ぶりに会った元夫婦2組が何故か夜を同じ旅館で過ごすことに、さすが神のおわします土地、と何とも言えない気持ちを抱いた。
天を仰いだ俺を見て、百合は平坦な口調で「いいわよ、別に。今さらでしょう」と言った。
怒っているわけではなく、彼女の癖なのだ。

動揺しているときほど、冷静な言葉で落ち着こうとする。5年の結婚生活でわかったことだった。

そうよね、と上の空の真由美さんが同意し、フロントで受付を済ませた。

当然、部屋は別なのだから、意識することもない。夕食は部屋別ではなく宴会場みたいな大部屋だったが、それもまあ時間をずらせば、気まずい元夫婦が一緒の時間を過ごすことはないだろう。何せ、先ほど俺と孝明が恋仲だったことをバラして謝罪したばかりだ。

女性たちは相当ダメージを受けているだろう。ほら、真由美さんなんか足元も覚束ないぞ。

俺は孝明とともに部屋に荷物を置き、畳に足を伸ばした。
まさかこんなことになるなんて。

先日、昔かよっていたバーのママからチケットをもらい、一番に孝明を旅行に誘った。
ママはミドリさんという。
俺もその頃にはあのママが実は男性だった衝撃から立ち直っていた。
久しぶりにバーに行ってみると、ママはやっぱり中性的な線の細さが魅力的ないい女だった。
「何かすっきりした顏しているわね。この旅館のチケット、余っちゃって。よかったら新しい彼女とでもどう?」
ともらった。ママに感謝し、新しい彼女、ではないが、俺は孝明を旅行に誘うことにした。2人で今後についても話したかったし、自分たちも何より気晴らしがしたかった。
ママはありがとう、と喜ぶ俺を目を細めて見ていた。イヤリングが揺れる。相変わらず、綺麗だ。




かくして、こうなってしまった。

孝明は、部屋にあったお茶を入れてくれたが、しばらく呆然として何をどう謝ったらいいんだ…とぶつぶつつぶやいていたので、お茶がたぽたぽとあふれているのにも気がついていないようだった。
こぼれたお茶をふき、しっかりしろと肩をたたいた。自分の気持ちにまっすぐに生きるには、思ったより人はハードルを越えなければならないのかもしれない。しかし決めたことだ。



温泉につかり、浴衣に着替えた。孝明は「和弘さん、浴衣が似合いますね」と言ってくれたが、浴衣は細身で長身の彼の方が似合う。
しかし、ここでおじさん2人が浴衣姿を褒めあっていても仕方ないので、「そうか?」と冷静に返した。百合は何でも褒めるタイプではなかったので、こういうのが新鮮だ。


大広間での夕食にもなぜか3時間の猶予があったはずなのに、同じタイミングで来てしまった。そのうえ、客が少ないので、お互いにスペースを開けても声もしっかり聞こえてしまう。
気まずさを察知して動けるのは百合より真由美さんのほうだ。おいしそうな肉料理が運ばれてきたタイミングで、声をかけてくれた。
「…あの、一緒に食べない?」
「いいの?」
と孝明が一番ほっとした顏をする。この夫婦はいいバランスだったんだろうな、とこういうときに思う。


それからは4人それぞれの思い出を話した。孝明と百合はもともと幼馴染だし、結婚していたころには4人で出かけたりしたこともあるから、話し出したら話題は止まらないくらいだった。


「そうそう!面白かったよね!……」
急に真由美さんが黙った。顏が赤い。頭がふらふらと揺れる。百合があ、と気が付き、だからダメだって言ったのにと情けない声を出した。
「ビール隠しておいたのに」
「いやいや、大丈夫!よしUNOやろう!」
とやたら陽気になった真由美さんはなぜか懐からUNOを取り出した。百合がどうやら2人でやろうと持ってきたものらしい。どうせなら4人でやろ、ね!と楽しそうだったので、孝明が目を細めていいねと同意する。大事にしていたのだろう、真由美さんを。愛というより慈しみの目だった。


本当に酔っているのだろうかというくらい、真由美さんは強かった。女性陣2人が圧勝で、百合も策略家だった。悔しいことに元夫軍はただ情けなく敗北した。
「UNO!」
顏を赤くした真由美さんが次々あがっていく。百合も罰ゲーム決めておけばよかったな、とつぶやいた。悔しいがこういうときは何をしても勝てない。
罰ゲームでいろいろ女性陣に決められる前に始めてしまってよかったと心底思った。孝明も最初の気まずさを忘れて盛り上がっており、実はお酒に強い彼はもうビール瓶1本を一人で飲んでいたが、平気な顏をしていた。
俺がトイレに行っている間に真由美さんは気持ちよくこてっと眠っていた。孝明がうちわであおいでいる。



「真由美ちゃん、部屋まで送ります」と孝明が言った。百合がお願いね、と言って部屋番号を告げ、昔ながらの鍵を渡した。よっと、おんぶをする。

大広間の客はUNOをしていた時からいなかったのだが、そろそろ仲居さんが片づけにくるだろう。
久しぶりに2人きりになった。一瞬百合の目が泳いだが「相変わらずね、真由美は」と冷静な声をだした。穏やかだった。

俺は百合に散歩にでよう、と願いでた。百合は浴衣が似合う。カキツバタの色が肌に映えていた。
「少し、話さないか」広間を出ようとしたその背中に、俺は声をかけた。


「まゆたん、着いたよ」
小さないびきを立てる背中の真由美さんに孝明は呼びかける。部屋の鍵を預かっていたので、部屋に入り電気のリモコンのスイッチと入れる。ぐっすりと眠った真由美さんを下ろした。はだけそうになった浴衣をそっと直してやる。元夫なのに、目をそっと伏せるのは彼の優しさなのか何なのかはよくわからない。
孝明は、彼女を今でも何度となく彼女に呼んで!と言われ続けた「まゆたん」でちゃんと呼んであげる。彼女はぐっすり眠り、聴いていないはずなのに。そういうやつなのだ、彼は。

「ほんとに、ごめんね。まゆたんはいつも優しくて元気で、でも僕のことをいつも好きでいてくれて。でもね、僕は自分に嘘がつけなかったんだ……」
僕だってちゃんと君が好きだった、と最後に君呼びをして、布団をそっとかけてやった。



古い旅館だがよく手入れされており、木の香りが落ち着く。檜だろう。玄関の広間で一度深呼吸して、行こうか、と声をかけた。俺たちは下駄の音を響かせながら歩く。
百合はUNOのカードを手に持ち「本当にお酒弱いのよ、あの子」とお母さんのように微笑んだ。仕方ないなあ、私がいないとね。
「でも、あんなにUNO強いなんて思わなかったな」
と俺がふふっと笑うと、百合もそうね、と笑った。
「ねえ、私はあなたたちがこうなったって、どうにも思っていないのよ」
こう、とかどう、とか指示語ばかりだったが、言いたいことは何となくわかった。百合ははじめから怒ってはいなかったし、「仕方ない、夫婦なんてそんなものだから」と遠くを見て言った。

しばし沈黙が流れた。
「相手が孝明で驚いたか?」
「…そうね。初恋の人だったから」
俺は吹き出した。そんなに幼馴染に初恋ってよくあるパターンなのか。
「ひどいと思わない?初恋の人にこの人どうですか、ってあなたを紹介されたのよ」

「…でもね、何より悔しかったのは。あなたが嘘をついたこと。裏切られたと思ったのはそれだけ。夫婦ってそんなものよ」
「ごめんな」
「あなたの思う人と幸せになるのよ」

旅館の前の遊歩道をゆっくりと歩く。5月の風はもう夏にそっと近づいていて、だけど夜に散歩をするにはまだ涼しくて心地よい。


百合はできた女だな、とつぶやいた。彼女には聞こえないようにしたつもりだったのだが。風が浴衣の裾を少し揺らして、それを直した百合は振り返って言った。
「何よ、聞こえているわよ。そういうのは本人の前でちゃんと目を見て伝えなさいよ!」

とけらけら笑った。






今度は女性陣が「爆弾」を隠し持っているなんて思ってもいなかった。
ふうふとは、やはり運命共同体なのかもしれない。


続く



今日もお付き合いいただきありがとうございました。
あと3話、引き続きよろしくお願いします!

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