気せずして奇、衒わずとも奇
木を隠すなら森の中。
ならば奇を衒うなら、冷凍庫の中だ。
間違いない。
人は衒う奇がなくなると、冷凍庫に入りがちだ。
アイスクリームと一緒に頭を冷やしてすっきり…….
ではないな。
最終的に冷やしているのは“肝”だろう。
そして、冷やされているのもまた肝で、
注がれるのは冷ややかな視線である。
奇なんか衒わなくたって、
「現実は小説より奇なり」と言うくらい奇なのだから
冷凍庫に入る前に考えてみてくれ。
ちなみにおでんをつっつつくと、火傷。
でも、肝が冷えているじゃろ?
肝で冷やすんじゃ。
────って違う!
衒うまでもなくおぬしの人生は“奇”だ!
考えてもみろよ……
仮におぬしが体重50kgだったとする。
今これを読んでいるってことはおぬし、生きとるじゃろ?
ってことは息してるじゃろ?
生きているだけでご飯100杯分の空気吸ってんだぞ。
【1日の呼吸量】
◽︎1日の呼吸回数=28,800回(20回/分)
◽︎1回あたりの平均換気量=0.5L
キログラム数=リットル数÷22.4×0.0288kg
※1mol=28.8g
どう考えても“奇”!
衒わずとも奇!
ところで、バイトテロならぬ社員によるストックテロをされたことがある。
某箸で食べるスパゲッティの店でバイトをしていた時のことだ。
あれは大学三年の春だった。
ハンバーガーとスパゲッティ、小麦粉の二足のわらじを履いて地面を踏み鳴らしていた頃のことである。
4月1日、エイプリルフール。
店の前では桜が満開を過ぎ、散り始めている。
外に面した2階の入り口は足元からドアまで桜の萼と変色した花びらがべったりと貼り付いている。
「嘘だと言ってくれ!」
あまりの汚さに私は絶望した。
前日の暴風雨の影響をもろにくらっている。
とはいえ、私はこの玄関掃除、灯籠並べ、食材の仕込みが好きであえて開店準備からシフトを入れる。
正直に言うと“給料の1時間分は接客回避できるから”であるが、
アリエッティですら苦労しそうなルービックキューブくらいの大きさに豆腐を切るとか、
アボカドの種をひたすら抜くとか、
砂抜き中のアサリを愛でるとか、
なんともいい時間だったことを覚えている。
前日の売上金を主婦パートのT岡さんやK松崎さんたちと
「強奪されねェようにしねェと!アネキ!」
「おう!左は任せろ!」
などと何かわからぬごっこをしながら運搬するのもまた楽しかった。
そんな中、社員のN田さんが異動した。
彼はしょっちゅうユニフォームに名札をつけたままクリーニングに出すので
その度にクリーニング業者から
困り顔のキャラクターが「名札、ペン、メモ帳は必ず出してね!」と言っているメモ紙と共に名札が返ってくる。
しかも、紛失期間中はものすごく崩れた手書き文字でデカデカと「N田(社員)」と書いたガムテープを胸元に貼り付けて勤務するものだから
私のみならず、客がスパゲッティを噴き出すこともあった。
もちろん彼が跡を濁さずに去るはずもなく、濁りに濁っている。
「立つN田、思いっきり跡を濁す」である。
具体的にどう濁していったかは、私のネタ帳に残されていた。
「今日付で移動していった社員のN田さんが残していった謎の数々」
大量のエリンギ、大量のにんじん、大量の水菜。
そしてラップに書かれた「犬」の文字
店長が
「ヴェッ?!エッ!!エエエエエエエ?!」
と叫ぶ。
その声にびっくりした私はガスの元栓に頭をぶつけた。
「後は野となれ山となれ」とでも言いたげなほどに
エリンギとにんじんと水菜が冷蔵庫の中で連峰を形成している。
まさに剣ヶ峰!
【剣ヶ峰】
富士山の山頂にある8つの峰のひとつ。
富士山の最高峰。標高3,776m。
冷蔵庫の天井すれすれまでそびえ立っている。
冷蔵庫は作業スペースの下に長屋の如く鎮座している。
我々の頭上では、3%食塩水の中でアサリが砂と水をピューと吹き出している。
店長「悪いんだけどさ、私にんじんと水菜引っ張るからよもちゃんエリンギお願いできる?」
私「Pardon?」
店長「よもちゃんエリンギ……」
私「Pardon?」
店長「私エリンギ引っ張るからにんじんと水菜お願いできる?」
私「お任せあれ!」
苦手な食材とは徹底的に関わりたくない迷惑なバイトである。
これも一種のバイトテロである。
そろりそろり、慎重に取り出し作業台に置く。
冷や汗をだらだらと垂らす店長と私の目に飛び込んできたのは、ラップに書かれた「犬」の文字。
私たちは戦慄した。
冷や汗は凍てつき、氷溶かす。
うららかな春の陽射し差し込む店内で。
恐る恐る冷凍庫を開ける。
相変わらず頭上ではアサリが砂と水を噴き上げている。
冷凍ポモドーロのパッケージには「1t」の文字。
私「ダイインメッセージじゃないでしょうね?あの34卓の横のガス栓の下のスペース、怪しくないですか?」
店長「やめてよー!しかもさっきよもちゃんあそこに頭突っ込んでぶつけたでしょ?何もなかったでしょ?」
私「もう一回見てきます!」
隠しガス栓の下には、成人男性2人くらいなら優に入れる空洞があるのだ。
「下手こくと落ちて出られなくなるので気をつけるように。最悪消防のレスキューを呼ぶことになる。」
と研修時、本社の人が10回くらい言っていた。
あの教育部長、口ん中酸性極め過ぎて歯、全部溶けただろうな。
店長「昨日ラストまで残ってたのN田君だからさ。しかも休憩室に名札残ってたでしょ?」
私「ありましたね、クリーニング業者に迷惑かけずにすみ……」
店長「え?」
店長「え?!」
私「……死んでます。」
店長「え?!」
私「G・Gが!」
店長「もおおおお!びっくりさせないでよー!よかった……ゴキブリで。」
何も良くはない。
ここ、飲食店だから。
店長「あと、“グランデ”は禁止ね!ライバルだから!スタバは敵!」
私「言っても店長、今日キャラメルフラペチーノ持ってきたじゃないですか。絶対そこで買ったでしょう?」
駅から店までの間にスタバがあるのだ。
店長「しー!それは言っちゃだめ!ダイエットは明日からだから!」
誰も店長のサイズ感がグランデだとは言っていない。
あくまでもグランデなのはゴキブリとN田さんが残した謎のサイズ感だ。
店長「待って。でもそんなところで死なれてるんじゃ取るに取れない。どうしよう。放っておくのも汚いし……」
私はゴキブリのご遺体、それもグランデサイズのためだけに屈強な消防士がレスキューハーネスをつけてあの隠しガス栓の下に入っていく様を想像してしまい、思わず吹き出した。
アサリも相変わらず砂と水を吹き出している。
そうこうしていると店の電話が鳴り響いた。
私「はい、箸で喰らうスパゲリーXX店、アルバイトのよもぎです。」
N田さん「お疲れ様ですゥ!某駅ビル店店長のN田ですゥ!」
そうだった。
昇進して異動でしたね。
N田さん「あの、エリンギとにんじんと水菜!それ仕込んだ時の僕はまだ店長じゃなかったんですけど!どうですか?いい感じでしょう?」
何もいい感じではない。
特に、エリンギはあんなにあっても余るに決まっている。
私「アサリが塩吹いてるので切りますよ。」
N田さん「いやいやいやいや!アサリ!あの、待って!」
左肩と左耳で子機を挟みつつ、私は小葱を切り刻んでいる。
N田さん「僕の名札ってそっちにあります?」
私「あります。ありますし、そんなことよりあのアホほど切ってあるエリンギのラップに書いてある“犬”って何ですか?」
N田さん「“犬”?!」
自分で書いたのに何をびっくりしているんだ。
N田さん「“太”って書いたはずなんですけど!」
私「“犬”です。」
店長「“犬”だよ!」
“太”にしたってそれはそれで意味がわからない。
しかし、私はここでとんでもないことを思い出した。
N田さんは、“N田Y太”という名前だ。
ただ以前、自分の名前を
“N田Y犬”と書いていたことがある。
その時、
「なんですか、これは新しい犬種ですか?」と突っ込んだ覚えがある。
N田さん「店長じゃない僕が最後に仕込んだ食材という意味でサインをしたつもりなのですが……」
サインなら「N田」とか「Y太」、もしくは「N」、「Y」でいいだろ!
何で一番最後の一文字選んだんだよ!
──いや待て。
洒落てるな?
“一般社員として最後”の仕込み……
最後だから名前の最後の一文字でサイン……?
N田さん「とりあえず、名札は今度誰かヘルプに来る時持ってきてもらえませんか?よもぎさん来る予定ありません?」
私「ありません。嫌です。駅ビル店は客数多いのに伝票手書きだから嫌です。Wi-Fi導入されるまで二度と行きません。」
そうこうしている間に店前に客が並び始めたので電話を切った。
結局、“犬”は“太”の書き間違いだった。
そして、冷凍ポモドーロ1tは謎のままだが、
あれは1kg入りだから、“犬”同様書き間違いなのだろう。
私がバイトテロリストにならずに済んだのは、
シフトに入るだけでとんでもない“奇”に遭遇しまくるからだ。
接客業苦手なのに、嬉々としてシフトを入れていたのは奇を衒うのではなく奇を狙う、奇をハントするためだったのだ。
とは言え私は仕込み後に出るアボカドの種を勝手に集めては水に浸して栽培していたので十分バイトテロリストだったのかもしれない。
なお、バイト先の冷凍庫にはポモドーロが1tも入っているからな。
とてもじゃないが、中には入れない。
こりゃあ奇を衒わせないための策だな!
やるな、本社!
とにもかくにも、息をするだけで“奇”だから
冷凍庫には入るな!
おでんも突っつくな!
寿司は撫でるなら、犬撫でろ!
※猫も可。というか任意のもので可。
とはいえ正直、
「深夜、アイスクリームのカロリーを抱きしめたまま眠りにつき朝を迎えた。カロリーと共に。それでも私は……」
と言った何番煎じかわからないエモ構文より、
「目立ちたかったんだもん!だから、アイスクリームと一緒に冷凍庫で一晩過ごしてみた!」
の方が潔くて、俺は好きだよ!
ただ、やめろ。
私からそなたへの好感度が上がったところで何もいいことはないし、
私とて食いもんを粗末にすることもといバイトテロは推奨していない。
あと、アイスクリームのカロリーは冷凍庫の中で朝を迎えてもらってくれ!
昼間食え昼間!
いやどの口が言ってんだよ!
さっきもふかし芋1.5kg一気喰いしたくせに!
それこそ粗末にしているだろう!
しかも、それこそ冷凍芋のカロリー抱きしめて朝を迎えてんのは私自身じゃないか!
わかった。
明日からはふかし芋1.2kgにするし一気喰いではなく、1時間に50gずつにするから。
……24時間芋食うつもりか!
「ウォーリーをさがせ」でウォーリーではないものを探す私でも、冷凍庫の奥に潜むふかし芋を探し出すことはできる。
ところで、GGの件をうやむやにしたまま私は店を辞めた。
そして、去年ついに店が営業を辞めた。
まだテナントは空いている。
ガス栓の謎の空洞の中には、GGのご遺体が今も……?
ちなみに、冒頭にある「木を隠すなら森の中」の元ネタはイギリスの推理小説『ブラウン神父』(G.K.チェスタトン著)シリーズの「折れた剣」に登場するフレーズである。
賢い人は葉をどこへ隠す? 森の中だ。
森がない時は、自分で森を作る。
一枚の枯れ葉を隠したいと願う者は、枯れ葉の林をこしらえあげるだろう。
死体を隠したいと思う者は、死体の山をこしらえてそれを隠すだろう。
よって、正しくは「葉を隠すなら森の中」だ。
GGの死体に関しても……
やめよう。
奇は日常に隠れている。
賢い君なら見つけられるはずだ。
奇は冷凍庫にも潜んでいるかもしれないが、入ってしまえば見つからない。
灯台下暗しだ。
よく見回せ。
あるぞ、奇はそこにある。
森の中で葉を見つけるより、簡単だ。
見つからない?
ヒントを与えよう。
そこにいるじゃないか!
この記事を映しているスマートフォンの電源ボタンを一回押してみたまえ。
そこに映ったものこそが、“奇”だ。
そうだよ、あなた自身だよ。
どんな顔して映っていた?
それを言葉にするだけで、十分面白い。
衒わずとも世界は“奇”で溢れている。
There will be 奇 there.
……最後の最後でブリグリを冒涜するのやめろ!
【もう一個のバイト先の話シリーズ】
【参考資料】
◽︎ダイキン
人間は1日にどれくらいの空気をすうの?
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よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し