メロンソーダ越しのエクスタシー
あろうことか、うだるような暑さの日曜日の昼食どきに
シェイクマシンがエクスタシーに達し、
白濁液を無限に垂れ流していたあの日。
私はその恍惚を背に注文をとり続けていた…。
↑
一定の条件下で店員が神様になれたり、
シェイクマシンが悦びを覚えたり、
店長が出雲大社に召集される元・バイト先。
言い換えると
「シェイクマシンが暑さに悶え苦しむ人間どもに気を遣ってバニラシェイクを大盤振る舞いしていた」
もしくは
「ただの故障」
です。
トラブルというものは
「今じゃない」というタイミングを狙い澄ましてやってきます。
言わばゴルゴ13級のスナイパーなので、
太刀打ちする術もありません。
【ゴルゴ13】
本名:秘密
別名:デューク・東郷
肩書き:超A級のスナイパー
シェイクマシンが終わりなき快楽に浸っている1.7m先で
今度は紙袋が唐突に燃え上がる。
オニポテと照り焼きチキンバーガーを抱きしめたまま。
いや、唐突ではない。
恐らく初めは穏やかに、その熱を内に秘めていたはずだ。
パチパチと音を立てている。
※持ち帰り商品が冷めないようにするヒーターに
紙袋の持ち手がくっついていたことが原因
新人スタッフが炎に包まれたバーガーを指差し客に問いかける。
「持ち帰り…なさいますか?」
「はい。もちろん。」
客はなぜか穏やかな、さながら奈良の大仏のような表情を浮かべている。
その目には確かに炎が映っている。
大仏が燃え盛るバーガーを持ち帰る図を想像してしまい、
私の腹筋は特撮ヒーローものの爆破シーンの如く
爆発した。
その爆風により背後の火の勢いが増したような気がする。
ちらちらと視界に入るのは、明らかに炎に最も近い位置にいるK島という男が
現実から逃れるように次から次へとバーガーを作っては包んでいる様子だ。
この視界の限界で見る世界では、
K島自身が燃えているように見えるほど。
店長は炎に背を向ける形でパティ焼き職人に擬態することに夢中だ。
そしてその脳内は恐らく
“売り切れ”でもなんでもないのに“売切”シールを貼り付ける商品の品定めでいっぱいのはずだ。
加えて店長の眼鏡は曇っている。
「なぜあんたが消さないんだ」
そうお思いでしょう?
その時私の目の前には怒り狂う火之迦具土神。
【火之迦具土神】
イザナミとイザナギが神生みで生んだ火の神。
その火が原因で、イザナミは亡くなってしまう。
客も大炎上している。
私には客という名の炎を抑え込むという任務がある。
背後には具体的炎、目の前には抽象的炎、
熱い、熱すぎる。
その熱さを中和するかの如く依然として
冷たく冷えた白濁を垂れ流すシェイクマシン。
その時だ。
ビーチサンダルにヤシの木模様のハーフパンツ、オレンジを基調としたサイケデリックなカラーリングのTシャツに身を包んだグラサンのアニキが
「ヴェッ?!!火災!!火災!!」
と叫んだ。
…“火災”報知器ですら
「“火事”です」と言うのに
このアニキときたらご丁寧に“火災”と言っている。
私の腹筋にサードインパクト通り越してフォースインパクトが起きた。
アニキがなぜか店を飛び出したと同時に火之迦具土神がついに言った。
「おい!!お前さっさと火ィ消せよ!俺に構ってる暇あったら火ィ消せ!!」
そして、こういう時に限って電話が鳴る。
「むしろこの白濁をぶっかけてやれば…」
というよからぬ発想を腹の底に沈めながら皿洗い用の水道で水を汲む私。
私よりも先にパティ焼き職人店長が火元に近付く。彼の眼鏡はもう曇ってはいない。
火柱に怯むことなく立ち向かうその姿はさながら
め組の大吾。
右手で電話、左手でLサイズのドリンクカップを持ち、
おもむろに炎に中身を注ぎ込む。
パチパチと音を立てながら炎は最も簡単にその力を奪われ消え去った。
ウェルダンのオニポテとテリヤキチキンバーガーが恨めしそうにこちらを見つめている。
立ちこめる甘い香り。
そう、め組の大吾店長が炎にかけたのはメロンソーダ。
炎のパチパチは、メロンソーダのパチパチにかき消されたのだ。
火之迦具土神もただのおじさんに戻っていた。
全てが解決し、エンディングテーマの如くチョイダサボサノヴァが流れる店内。
落ち着きを取り戻した店内に全然落ち着いていない人物が放たれた銃弾の如く飛び込んでくる。
「今ァ!ハア…ハア…隣の立体駐車場の!…火災…報知器…押して…ハア…きま…した!あと!119!しました!」
ボサノヴァとシェイクマシンが放つ一定のヴォンヴォンという音が共鳴し、
音はあれども謎の静寂が店を包み込んだ。
その直後、つんざくようなサイレンと共に
店のガラスが真っ赤に染まった。
リアル消防士が自動ドアから食い気味に突入する。
慌てふためく新人スタッフ、
汲まれたものの仕事をメロンソーダに奪われ行くあてのない水道水、
そして巻き添えをくらい鳴り響く、店と無関係の立体駐車場の火災報知器。
依然として店長が撒き散らしたメロンソーダはパチパチと音を立てている。
この混沌の中にあっても一定の感情を保ち続けた奴がいる。
シェイクマシンだ。
こいつだけは自身の快楽とだけ戯れている。
炎と戦い、疲れ果てたメロンソーダの放つ気だるげな甘い香りと
バニラシェイクの仄甘い香りが混ざり合い
クリームソーダのような優しさに店が包まれた頃、
新人スタッフのシフトが終了した。
日は高く、私のシフトもシェイクマシンの白濁も終焉を迎えることはなかった。
メロンソーダなど人生で4回くらいしか飲んだことがない。
この日のバイト終わりに1杯のメロンソーダを飲んだ。
これが私にとっての暫定最後のメロンソーダ。
この日を境に飲んでいない。
18歳の夏、ラストメロンソーダ。
メロンソーダの甘さと人生は相容れないものだ。
人工的なあの緑色の甘さにクラクラしながら、
ぼんやりと浮かぶ月を眺めながら歩く私であった。
【参考資料】
◽︎Discover Japan
「火之迦具土神(ヒノカグツチ)」
母イザナミに大やけどを負わせた火の神
日本人なら知っておきたいニッポンの神様名鑑
◽︎ファイアーボーイズ〜め組の大吾〜
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