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ゲロの代わりに詩を吐いた

夢を見ない私はあの日、
「なぜ、ここに来たのか。皆目見当もつかぬ。」
の顔で死んでいた。

──四月、薄紅色を纏った薄灰の空からはしとしとと雨が降っておりました。
午前八時の大型バス。
夢と懊悩を抱えし若者達はゆらり揺られていきました。

それは、誰かさんの小説の一頁目、第一段落的に始まった。

そう、これは『地獄の熱海合宿〜夢見る文豪未満、人生鍛錬劇場〜往路編』の一節である。

元来、三半規管が使い物にならない私はバス移動と聞いただけで吐きそうだった。

そもそも気乗りしないのだ。
なぜ入学後一週間で何者かもわからん奴らと共にゆらり揺られて熱海旅行なんてせにゃならんのだ!

私は憤怒した。
「こんな学校やめてやる!」
たかだか二泊三日如きでここまで血管ぶち破れるなんて、十八歳ってまだまだ子どもね。
背後の四年生はそう思っていたに違いない。

バスの中の空気は異様だった。
エンジン音と紙をめくる音だけが響く。
妙に重苦しい。

私に与えられたのは最後列のど真ん中、全てを見渡せる支配者的ポジション。

逆張り的に言えば、全員の見えぬ監視が私に向けられていると言っても過言ではない。

皆、下を向き黙りこくっている。

……あっちの男はこの合宿中、連続殺人事件を起こそうとしているんじゃあるまいな?
坂口安吾のトリックに倣って。

……そこの女は旅先でちょっと歳上の学生と恋に落ちるつもりじゃああるまいな?
自分のこと、踊り子だと勘違いして。

余分なことを考えていると、胃が灼けるように熱くなってきた。
今にもひっくり返りそうな程に捩れている。
必死に腹を押さえ、「身悶えるな……なにも興奮をそそるようなことはなかろう……」
そう唱え続けた。

うう……俺はこんなところで死んでいくのか……

左隣の女はよくわからない詩集を片手にダージリンの吐息を溶かし、右隣の女は不気味な笑みを浮かべ『ドグラ・マグラ』の表紙をこちらに向けている。

たまらず中折れ帽で顔を覆った。

クッサ!!」

迂闊だった。
そうだ、私の頭皮は壊滅的に臭いのだった。
臭いだけで地球……否、アンドロメダを通り越してブラックホールをも打ち砕くほどのテリブルスメルだということを失念していた!

──MマジでGゲロ吐く55秒前

ああ……まずい、ゲロとかゲロとかゲロとか、大学生になったら言わないって決意したばかりだったのに。

心の中とは言えはしたないわ。
いくらワタクシに文学の心得がないとは言え、ここは文学部。
それも、美しき日本語に魅了されし者の集う国文学科ですのよ!
そして今ワタクシどもが向かっているのは、かの文豪達の愛したという、何ちゃらという建物……
だのに、ワタクシときたら……

「君たちの瞳に映るは紙桜 哀しいかな 細雨に濡れる薄紅は……」

ゲロの代わりに、詩を吐いた。

左肩に人の指十本分を感じる。
そして、何やら鼻息が聴こえる。

首を動かすと今度こそ本当にゲロが出そうなのだ。
目線だけを違和感の方にやる。

ポニーテールの小柄な少女の眼鏡の奥の瞳がギラつくのが見えた。

「怖!」

なんだ?
なんなのだ?

彼女は例の詩集をパラパラとめくり、写真の印刷されたページを緑色の爪でトントンと叩く。

そしてその爪を私に向け叫んだ。

「チュウヤン!」

覚えている。
ゲロと妄想に取り憑かれながらも、
「ねえ、中原中也になってよ!」とどこぞの魔法生物みたいなことを言い出した君がナオミという名だということを。

忘れない。
朦朧とする意識の中で見た、彼女とは別の鋭い瞳を。
またその少女の白い爪の震えを。
そして、「私は中原中也が嫌いです!」の尖った声を。

バスが停まる。
私は一直線に通路を走り抜けると、雨にも構わず鉄柵にしがみつき嗚咽した。
それはもちろん出るゲロがないことに薄々気付いていたからだ。

こういう時、真っ先に「雨ニモマケズ」というフレーズが浮かべばきっと私も……
とうなだれた瞬間、背中を濡らしていた雨が止んだ。

「お前さんなら、大丈夫だよ。」

振り向くと、いかにもな男が私を傘に入れ自分は濡れている。

「やめておけ。物語的に言えばこれは恋の始まりだ。それも悲恋に終わる。だってそうだろう……風景描写はこの通り、シトシト以上ザアザア未満の雨。吹く風はやや冷たい。そしてこの鉄柵には桜の花びらが汚らしく貼り付いている……」

私は傘を持つ男の腕を押し返す。

「それで?」
男は再び私から雨を奪う。

「これであの山の方でトンビでも鳴けばおしまいだ。こりゃあどちらかに恋人がいる。それもあれだ。監禁癖のあるやべえ恋人がな。それで最後は……」

「二人揃って殺される。それで殺した奴も死ぬ。でも死体は二人分しか上がらない。」

「その二人というのは……」

「女と女……」

ユニゾンした。
文学的興奮を覚えた。

文学部のくせに「文学? なにそれ! ホワッツ?」な我もこれには胸が高鳴った。

傘を放り投げ我々は手を取り合い、雨に濡れるのも構わず大いに笑った。

ひとしきり笑ったあと、私は男の自分のとは違う黒い瞳を見つめた。
彼は私の動向の奥を覗く。

「で、誰なんだあんた一体。」

彼はまたゲラゲラと笑いだす。

「やだな、武田! 武田だよ!」
「いや、誰。タケダ? 信玄餅?」
「違う違う、学籍、君の一個前。」
「ああ、じゃああんたは八十五番目に入学金振り込んだんだな?」
「ングゥ! モノの見方マジでえげつないね!」

私は恋のフラグをへし折って、小説的構造を踏みにじる。
心の中でほくそ笑んだ。

──見たか文豪たちよ……
風景と心情、身体的距離と視線。
そんなもんでロマンは語り尽くせないのだ!!

そんな私の三半規管はまだ揺れている。

「はい。」

武田の差し出す濃厚抹茶ソフト、これは素直に嬉しい。
抹茶には目がない。

「でもさ、文学ってなんなの? 雨が降ったら悪いことが起きて、晴れたら良いことが起こる。大体の心情は三十文字以内で説明がつく。そんな簡単なこと?」
「さて、どうだか。」
「まあ、“桜が満開の暖かい晴れた日”に特大失恋なんてあまりにも絶望が過ぎるもんね。主人公、一頁目の二段落で死ぬかも。」

私はソフトクリームを舐めるが如く、文学をも舐めている。

「大丈夫、主人公がはなから死んでいる……ってこともあるかもしれないから。」

一つの傘の中、二つの運命が動きだす。
……とでも言っておけば文学を愛する少年少女は納得してくれるだろうか。

合宿も、学生生活も始まったばかり。

私はまたバスの中で、白目をむいていた。


合宿の話がちらっと出てきます。


ナオミは現役高校教師。


【参考文献】
芥川龍之介『偸盗』


主語になれなくても陸上部が襷をつなぐ俺たちの母校!


ゆきお様がまたも作ってくださいました。
なんと、道中千葉と都内某所に寄ってくれます。
観光がマシマシマシマシマシマシです。
そして、このたびも絶対に声。
声を出すのです。
脳内音声でもいい。
とにかく音で再生してください。

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よもぎ よもぎちゃーん! はーい! 何が好き? ポテトチップスよりも お・ぬ・し

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