主語になれない俺たちは
珍しく有言実行した。
基本的に私の行動の原理原則は、無言実行か無言無実行。
ほぼほぼノリと直感で生きているからな、私は。
いや、無言無実行ってのはそりゃあ生きとし生けるもの大半がそうだろう。
だって、「清水の舞台から飛び降りるね」とか言って本当に飛び降りる奴いなかろう?
「清水の舞台から飛び降りる」なんてのは例え話。
それくらいの意気込みでなにか別のことをするってことだ。
そもそも実生活において、タスクとして「清水の舞台から飛び降りる」とは言わない。
同僚がパソコンの横に「清水の舞台から飛び降りる」なんて貼ってたら気が気じゃないだろうよ。
しかも、その付箋がなくなってもそれはそれで全身脱毛でもしていない限り身の毛もよだつだろう?
そんでもって清水の舞台から飛び降りる者もまずいない。
これが無言無実行である。
それはさておき、昨夜東京で雪がちらついたのは、私がその12時間後に有言実行するという合図だったわけだ。
大雪警報発令などという事態をもたらしてしまい、かたじけない。
一通り謝罪を終えた私は今から雪の原因説明をせねばなるまい。
約束通り私は駅伝を観た。
ちょうど復路8区の終盤、青山学院がぶっちぎりの先頭でそのフレッシュグリーンの襷を9区に繋ぐ瞬間だった。
沿道はスタンディングオベーション。
当たり前だ。
ジベタリアンじゃケツ冷えるもんな。
肝冷やしてもケツ冷やすな、これ駅伝の鉄則。
──早稲田の間瀬田!
早稲田の間瀬田!です!
早稲田の間瀬田!
今、その襷を……!
実況のアナウンサー、もはや今日これを言うためだけにマイクの前に座っていると言っても過言ではない。
絶対昨日からうずうずしていたでしょう?
言いたくて言いたくて仕方なかったんでしょう?
早稲田の間瀬田……
確かに言いたくなるわな。
早稲田の間瀬田……
早稲田の間瀬田……
ブツブツと唱えていると、案の定現場のユリナから連絡が入る。
今日は初手からビデオ通話だ。
こうなることくらいわかっていたのにまた顔を洗っていない。
「ちょっと! この期に及んでまだ早稲田応援してんの?!」
「そんなわけあるか! 今日という今日はX大を応援している!」
「顔怖いよ……?」
「洗ってないからな!」
「いや……洗いなよ! ズボラにもほどがあるでしょ!」
「黙って聞いてりゃあなんだ……毎年毎年……」
「え?」
「法政大学がX大に抜かれましたー!!!」
「出てない! 今年法政いない!」
「今、明治大学がX大を追い抜いていきます! 明治! X大をぐんぐんと突き放していきます!」
「出てないよ! 明治いないよ!」
「俺らはかませ犬じゃあ終わらねえ!! 餃子と牛丼に包囲されたキャンパスで培った極貧魂をお前らに見せてやるんだ!! 悪いがユリナ……今日という今日は順天堂とて容赦はしねえ!! 走るぞ!! 俺たちは走るぞ!!」
「いやもうどうしたの? 駅伝観ない人生じゃなかったの?」
──そうだ。
私は謎のエンパス体質のせいで、選手の拍動がシンクロして死にかける。
よって基本的には観ない。
だが、興味がないわけではない。
故に基本的に“聞く専”だ。
実況の文言だけが頼りだった。
我が母校が抜かれれば、抜いた大学が賞賛される。
反対に我が母校が追い抜けば、
「昨年の勝者がX大に抜かれました! なんということでしょう!」
まるで悪者扱いだ。
極め付けはX大がぶっちぎりの無双モードに突入した時のこれだ。
──早稲田からはX大の姿を捉えることもできません!
破れた心臓のまま画面を観れば、先頭集団の襷が繋がる模様を映し出している。
次々と繋がっていく色とりどりの襷。
いざ、X大のたす……
──最後尾、関東学生連合! 顎が上がってきています!
母校の襷は、たいてい勝手に繋がっている。
そう、いつもひっそりと。
何故だ……。
なぜいつも主語になれない!
いつもこうやって虐げられてきた。
華がない、金がない、品がない!
──画面に目をやる。
9区を走る我が母校の選手が迫り来る8区からの襷を待っている。
……どうせここで画面が切り替わるんだ。
わかっている、そんなことくらいわかっている。
今日は何が映る?
「もしもしー? ちょっとさ! 悪いけど今日はあんたの母校待ってらんないわ! 珍しく順天堂が速い!」
ユリナの弾む息が、箱根の冷たい風が火のついた私の闘争心を煽る。
「自分の大学の行く末くらい、この目で確かめてやる!」
私がそう叫ぶのと同じくして、
──X大、今、襷を繋ぎました!
嘘だろ……
「繋がったよ……襷が。」
「え? 何言ってんの! あんたんとこは毎年繋がってるでしょ! 放っておいたって繋がってるでしょ!」
私は静かに心に点いた火とテレビを消す。
「油断しないでね……X大が地の果てまで追いかけてくんだから……」
私は破れた心臓を押さえる。
そこから先の箱根のドラマを私は知らない。
ユリナは自分の推しに熱狂し続ける。
興奮にかまけ、私が電話を切ったことにもきっと気づいていない。
ほどなくして、順位を知る。
無機質に並ぶ、大学の名前。
誰も主語にはなり得ない。
のちの報道で、その名前すら上がらない母校。
でも、それでいい。
すました顔した水鳥のように、見えないところで脚を必死に動かして。
妙に満ち足りている。
でも、ほんのりと悔しい。
エンパス体質のおかげだろうか。
……ともすれば、体重も減って……
ない。
消費カロリーもエンパスしろ!
その叫びだけが来年の箱根にまで弾け飛んでいったのだった。
↑
2026年、箱根駅伝往路はこちら。
↑
あの大学に通っていた人たちの忘年会。
↑
あの大学に通ったせいで生まれた小説。
いいなと思ったら応援しよう!
よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し