破られた心臓、つながる襷
曜日感覚と空腹感を完全に忘却の彼方へと追いやり迎える一月二日。
日頃だらけ過ぎているが故に正月ならではのだらけ方がわからない私は性懲りも無くパソコンの画面を睨み続けている。
真っ白けの原稿とは裏腹に、私自身はあまりにも煮詰まり過ぎてしょっぱ過ぎて食えたもんじゃない筑前煮と化している。
充電器に繋がれ、未だ空腹を知らぬ我がスマートフォンがひと鳴き。
気にも留めず、私はナコちゃん(=パソコン)に
「腹の虫の声も知らない私はなんて醜いの……まるで心のガヴァージュね。」
と意味不明の台詞を打ち込む。
すると、
【速報】箱根駅伝、中央大がトップでまもなく往路最終5区に 早稲田大が追う
という通知がもたらされるや否や鳴り響いた携帯電話。
「例の早稲田に追われてるんだ、もうダメかもしれない……ミ・アミーゴ」
「え?」
「二人を裂くように電話が切れた……」
「ちょ! 切らないで?」
一月二日、それも電話嫌いの私に何の躊躇いもなく電話をかけてくる人間なんて特殊詐欺グループのかけ子かユリナしかいない。
だから“はいもしもし”の代わりに修二と彰改め羞恥と呆れを披露してみたのだ!
「何? どうしたの? 今年はようやく駅伝観てくれてるの?」
「観てないよ……嫌だよ……わたしゃ山の神でもなんでもないんだから5区で心臓破れて死んじまうよ……」
「その間違ったエンパス体質まだ続いてんの?」
「そう簡単に治るわけなかろう! こないだなん……」
「うわっ! ちょっと待って青学……」
タンッタンッ!
ゴォオ……ゴォォ……
そしてハッハッと弾むユリナの呼吸が聴こえる。
「あのゥ! 私はまた今年も駅伝の選手と電話しているってことでよろしいでしょうか?!」
もちろん、返事はない。
いかんせんユリナは選手以上に選手なのだ。
──十五歳、高校一年の冬休み。
私はやる気のない迷惑そうな顔をしたラブラドールの横で前転と後転を繰り返し、側転した挙句鏡餅を破壊するといった迷惑行為を繰り広げ、やんちゃが過ぎる小学校三年生的な理由で親に激怒されていた。
そこに、ユリナから電話がかかってくる。
「あけおめー! 今何してんの?」
「あー……ヤンクミごっこしてた(していない)。」
「なにそれ。ねえ、駅伝観ないの?」
「駅伝? 親が観てるけど……何で? なんかあんの?」
「今さ、私箱根にいんのよ。」
「え?」
「今年で四回目!」
「何で? 温泉卵? え? 地獄?」
タンッタンッ!!
ゴォォ……ゴゴゴォォオ!!!!
「順天堂ッ!」
ブツッ……
二人を裂くように電話が切れた。
ここから新学期まで音信不通。
ダイイングメッセージ然とした順天堂。
そして私はこのタイミングで初めて自分が長年しょうもない勘違いをしていたことに気付く。
◯順天堂大学
× 任天堂大学
【任天堂大学】
ポケモンをずっとやってる大学。
四天王のキョウの如く「ファファファ」と笑う先生がいる。
勘違いした挙句、
「大きくなったら任天堂大学行くわ」
などと豪語していた。
なぜ誰も正さない!
──ハア……ハア……
タッタッ……
ハア……オエッ……ハア……ハア……
「ちょっと? え? ユリナ?」
「もう……! あんたの母校のことも私追っかけてんだから……」
「いやいいよ、私の母校は!」
という私の遠慮というよりも拒絶は届かない。
「ビデオ通話にするよ!」
「え? ちょ!」
おい、私は今日まだ顔を洗っていない!
そんな顔を洗うことすらしていないズボラな私は何を隠そう駅伝強豪校出身である。
故にことあるごとに
「ああ、駅伝の……すごいね!」と言われるが私はなにもすごくないのだ。
せいぜい8号館の横っちょに存在する謎の坂に心臓を破られていたくらいのものだ。
そんな私のなにが“すごい”というのだ。
体力の無さか?
なんだ、憐れみか?
なめてんのか?
そもそもキャンパス内に整備不良エリアがあることが間違っている!
直せ、否、均せ!
無情にも、往路も復路もタスキリレー無しで走り切ったような我が顔面が箱根に到達してしまう。
同時に動悸息切れのユリナとその背後でコンビニおでんの大根にかぶりつく男が見切れながらこちらに手を振っている。
「母校が抜かされてるんだよ! いいの?!」
「いいよ! いや、いいよってのも違うけど……」
「もっとこう、気合い入れてさ……!」
──遡ること10年以上前の年の瀬、私は説教をくらっていた。
「え?! バイト?!」
「ああ、うん。だって初詣客で混むしさ。」
「今すぐ! 今すぐ代わってもらうべきだよ!」
「何でよ……」
「自分の大学の勇姿を見届けないで何がX大生なの! そんなのモグリだよ!」
ユリナはボリューミーなまつ毛を瞬かせながらまくし立てる。
「あのね、贅沢なんだよ! 自分の学校の襷があの箱根を駆け抜けていくんだよ? 繋がっていくんだよ? それをバイトだのなんだの言い腐って……」
腐ってはいない。
決して腐ってはいない。
この日の朝食べたみかんは確かに腐っていたがバイト先は腐っていない。
「私の大学なんて、そもそも駅伝の予選すら出てないの! 出場歴だってない! あんたんとこなんて無限にシード権持ってるじゃない? それがどれだけ尊いことか……わかってないでしょ? わかろうともしてないでしょう?」
それはそうだ。
あの大学、アイデンティティってもんがまるでない。
というより妙な文化が根付いている。
キャンパス内には「WASEDAクラッチバッグ」と「AOYAMA GAKUINクラッチバッグ」を抱えた奴が大量に湧いているが、早稲田でも青学でもなんでもない。
そして、身分を隠して他大学の学食に潜入しては
「●大攻め入ったり! 其の守りの弱きことよ……」
などと学長の首を討ち取ったくらいの勢いで自慢する。
駅伝に関しては無関係の大学を応援することを「美」とする風潮があった。
よって、駅伝応援グッズの旗は売店の不良在庫として埃をかぶっている始末。
もちろん私もあえてどこを応援するかと言われれば早稲田だ。
「あんたはよりにもよって自分を落とした早稲田応援してるし……」
「応援しているわけではないよ? 決して。だって、観てないし……」
「いや観ろよ!」
「観ないって。激しくエンパス体質だから走ってる人観たら死んじゃうからね。」
「あんたが死ぬのはやだ! でも観てよ……」
「死ぬゥ……」
「そもそもがさ結果だけ見て、自分の大学より早稲田がいい順位だとうれしいって歪み過ぎじゃない? それ、マジでNTRシチュが好きな奴くらいどうかしてるよ?!」
いまいちピンと来ていない私の肩を掴みガコガコと揺さぶりながらユリナは叫ぶ。
「打倒早稲田! 憎き早稲田! 許すまじ早稲田!」
フラペチーノが胃から溢れ出しそうな私はガコガコに合わせてオエオエしている。
「Repeat after me! 打倒早稲田! 憎き早稲田! 許すまじ早稲田!」
なんだこの踏み絵の音声エディション的な儀式は!
決して復唱しなかった。
この後の記憶は一切ない。
──聞いてる? おーい! 聞いてる?
「え! あ! ごめん! なに?」
「ちょっと充電やばいから切るわ! じゃあね!」
駅伝に熱いユリナと熱々おでん男は我がスマートフォンのバッテリーをやたらと熱し、去っていった。
残された私の目の前には、
「腹の虫の声も知らない私はなんて醜いの……まるで心のガヴァージュね。」
と言わされ続けるナコちゃん。
このまま彼女を睨みつけていてもどうにもならない。
私は立ち上がる。
抱きしめられることもやく、冷蔵庫の中で年を越した生肉の塊を引っ張り出す。
「待たせたね、寒かっただろう……」
その傷という傷全てに塩を塗りこんでいく。
「どうだ? 痛かろう……? さあ、我が血となり肉となれ……!」
などと生肉を痛ぶる。
散々痛ぶった肉を火炙りにしながら、私は全く笑えなかった。
やってしまった。
歪んだ認知を罪なき肉塊にぶつけ、一瞬でも悦に浸った自分の汚さに絶望した。
打ちひしがれた。
とみせかけて自家製ローストビーフが美味しすぎて、相変わらず今日が何曜日かは分からずじまい。
腹の虫もだんまりを決め込んで、腹が減るって感覚も忘れてしまった。
いっそのことエンパス体質を利用して心臓を破られるのもありかもしれない。
明日の復路、駅伝を観てみようかな。
もちろん応援するのは……
ううん、言わない。
ご想像にお任せするよ。
↑
童謡を聴き間違えてラルクの世界観に飛ばされし私を救うユリナ。
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ユリナ新婚物語。
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ポテトチップスよりも
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