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横顔三銃士

「私、好きな人の横顔しか存じ上げないんだよね。」

アンニュイを煮詰めたような表情で、アンニュイとは対極に位置する天丼大盛り三百円(税込)の特大海老天に豪快にかじりつきながら語るのは、親友のユリナである。
どうやら、また新たな恋の予感である。

「もしかして、その好きな人って横顔三銃士の新メンバー?」

私はノールックで山菜そばのなめことしょうもない疑問をユリナの方へ飛ばす。

「ねえ、なんでなめこ食べられないのに毎回山菜そば頼むの?」

なめこは天丼の上へ、疑問は天井へ。

「だって、十一月の間しか食べられないんだよ? これ逃すと来年三年生じゃん? 三年生の十一月って多分学食使えないんだよ。」
「だからってほぼ毎日なめこ食わされる私の身にもなって?」
「だって、好きでしょ?」
「限度ってもんがあんの!」
「でも昨日はカツカレーだったじゃん?」
「あれだってそうだよ! カツぜーんぶ私の方によけたじゃん! 食べられないならカツカレーじゃなくてカレー頼みなって!」
「そんなこと言ったってカツカレー300円で、カレー280円だよ? カツカレーの方が断然お得じゃん!」
「カツ食べないのに?」
「食べられる人に食べてもらえば万事解決だからね。」

やれやれ、の顔とポーズをするユリナをよそに私は山菜そばの上の卵を崩す。
麺をすすり始めた瞬間、後ろから
「今度からカツカレー頼む時は声かけてよ!」
という声がレモンともスパイスともとれる、それでいて甘い匂いと共にもたらされる。

私は丼ごと振り返る。
口から卵とダシが滴る麺をぶら下げたまま。

そんな大マヌケな状態の私を見て、ブッと小規模吹き出しをしたのち慌てて口をおさえたのは自称マインド百貫デブの井出君である。
間違った奉仕精神としてのカツカレーを搾取しようとする食に貪欲な男だ。
一見すると霞すら食べきれないような紛らわしい見た目をしているのがまたタチが悪い。

私はモゴモゴと残りの麺を吸い込み、胃に落としてから
「またスプライト飲んでんの?」
彼の手に握られている緑の缶を睨みつけ言う。

「ハマってんの! 一回これ! ってなるとやめらんないんだよな、なかなか……」
青いネクタイで、缶を擦りつつ自嘲の表情をしているが自分に酔っているように見えてやっていることに品がない。

「結露をネクタイで拭き取るのキッショ! やめなって。」
薄い青色のネクタイは日に何度も結露拭きに駆り出されるせいで遠目に見てもわかるほどの茶ジミができている。

「ねえ、ユリナ。まさかとは思うけど、横顔三銃士の新メンバー、こいつじゃないよね?」
「そりゃあそう! だって私の席、井出君の真後ろだよ?」
「ああ、そうだった。」
「え? なんの話?」
「やーい、お前の後頭部、鳥の巣あーたまー!」
「カンタァ!」
「あ、見て! とうもろこし!」

後頭部鳥の巣状態の井出君は、味噌ラーメンの中のとうもろこしを摘み上げている。

「いつの間にこっちの先に移ってきてんだよ!」

私たちの昼休みは残り十分。

相変わらずすさまじいレモン&ライム臭を噴出する井出君と、アンニュイなまま天丼大盛りをあおっているユリナと、今にも鞄から余計なものを出さんとする私はこの時確実に、“正しい十六歳と十七歳”としてカフェテリアに存在していた!

「ねえ、ユリナの好きな人って小泉八雲? それとも森鴎外? はたまた正岡子規? 私のおすすめは正岡子規だよ!」
なんて言わなかった自分に自分で拍子抜けしている!
女子高生の時の方が今より思慮深い人間だったからな。

この二週間後、なぜか学校の自販機からスプライトが消えた。
それと同時に山菜そばもシーズンオフとなった。

あれから今日でXX年経つのだ。

とうの昔に忘れ去られた“横顔三銃士”の中で今年、とんでもない大出世を遂げた人物がいる。

三銃士の中で一番顔が濃いのに一番印象が薄い小泉八雲である。
……ヘブン先生と言うのが今最も伝わりやすいだろうか?

今でこそ朝ドラ「ばけばけ」のヘブン先生のおかげでギリシャ生まれの新聞記者だと知られている小泉八雲だが、今年の三月末あたりまではその名を忘れていた人がほとんどであろう?

覚えていたとて、国語便覧とか日本史の教科書の片隅でそっぽ向いてる人くらいの印象しかなかったんじゃないか?

それもそのはず。
そっぽ向いてる族だと森鴎外と正岡子規があまりにも強すぎるからな、キャラが!

だって、本名がモリリン森林太郎の鴎外と、柿食いまくってドクターストップ食らったり、夏目漱石に奢る奢る詐欺をはたらきまくる正岡子規だぞ?
なんつうかこう、ムードメイカー的な奴の直後に“昨日あった面白いこと”を言わされる時くらい嫌だ。

私が八雲だったら、マジでこいつらとは並びたくない。

(下手)小泉八雲、(センター)正岡子規、(上手)森鴎外

並べた。
ほら八雲、めっちゃ怒ってるもん。
それこそ、子規と鴎外は左向きで八雲は右向き。
そこもほら、日本人特有の「みんな一緒」が美徳とされるアレからすると外れるでしょう。

しかも、正岡はホトトギスだし、森はカモメ。
鳥!
小泉だけ、雲。

もうさ、みんな空に関係してるってことで仲良くしろよ!

あともう一個だけ叫ばせてくれ。
森鴎外の「鴎の外」って何?
鴎じゃないってこと?
それとも、鴎の外ってことは青い空と白い雲と磯臭い海?
ごめん、これは平成から令和に届いた十六歳の私からのメッセージだ。

「別に喧嘩なんかしてないんですけど?」

横顔三銃士よこがおさんじゅうし
小泉八雲森鴎外正岡子規からなる横顔集団。
三銃士としての活動期間は1867年10月14日から1902年までの34年間。
奇しくもこれは、正岡子規が生まれてから死ぬまでと同期間である。

〈活動内容〉
写真に収まる際は横を向くこと。

Yomopedia

令和の私はアラウンドサーティで、
朝ドラ「ばけばけ」にどハマりしている。

だいぶ序盤の話で恐縮だが、父ちゃんがウサギビジネスに失敗したせいで、ヒロインのおトキちゃん一家は路頭に迷う。
借金取りは容赦無いし、みんなざんぎり頭をぶったたいて文明開化の音を鳴らしてるってのにおトキちゃんちには叩く頭すら、ない。
困った!
だからおトキちゃんに婿をもらおうっちゅう話になるんだが……
出会いがねえ!!
ってなわけで八重垣神社ってとこに恋占いをしに行くんですよ。
そこでは水に浮かべた紙に小銭を乗っけて、沈むまでの距離・時間で出会いがどの辺に、どのくらい先にあるのかわかるってもんなのだが……

あんれえ?!
金に困ってるんだよね?
おトキちゃん!
ねえ!
占いに使うその小銭、もったいなくない?
私ならもったいなくてつかえない!

「仮に貯金額が三兆円あったってあんたは占いに一円玉すら投じないでしょ!」
「もちろん! 貯金額が三兆円あろうが、お父様が知事であろうが、びた一文たりとも池には捧げませんことよ! ホーホホホホ! アンビリィバヴォーウ!」

はい。
その通り。
ユリナに相変わらずの鋭いツッコミを入れられたぞ!
イェーイ!

何がイェーイ!だよ!
遺影にすんぞ!

いやあ、時を経ても切れ味の変わらないユリナのツッコミの宝刀、スバラシイ!

今日は土曜日。
ここは、都内某所のファミリーレストラン。

おリヨ様演:北香那さんになりきれない私はケチくさく、もう十杯目のコーヒーをおかわりしている。

左のテーブルでは、見慣れ……てはいるが、ほんの少し違和感のある制服の少女たちがフライドポテトにケチャップをベッタベッタとつけながら、反対の手ではシールをベッタベッタと貼り付けている。

「でさあ、この間おトキちゃんのじいちゃんが恋占いしたでしょ?」
「ラストサムライ!」
「たしか、まだ借金残ってるよね?」
「ジゴク!」
「しかも、じいちゃん働かないで知らん子どもにスキップの指導してるだけよね?」
「タッタタッタタッタタッタ……」

「あのう! さっきから何なんですか? 誰ですか? あなたは!」

私はユリナの隣の青いネクタイの男を睨みつけた。
男の前の手元では、コップに並々と注がれた炭酸水がパチパチと音を立てながらほんのりと甘い、それでいて少しスパイシーな香りを漂わせている。

「井出だよ! 気づけよ分かれよ!」

もちろん、わかっている。
これはただのノリツッコミならぬ、ノリボケである。

「カツカレー頼まないの? ねえねえ。」
マヨコーンピザの乗っていた皿に残るコーンを摘み上げる井出君は自称マインド百貫デブから自他共に認める百貫デブに進化を遂げている。
霞すら食べきれなさそうな頼りなかった彼は、この世の全コレステロール代行サービス社長の如くどっしりと頼もしい姿へと成長した。

相変わらずスプライトを飲んでいる。

「頼まないわ! カレーとカツカレーの値段の差を見てみろ!」
「二百円違うね。」
「学食のカレーとカツカレーの差がいくらだったか覚えてる人ー?」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
質問を投げかけておいて自分まで手をあげる私。

「……せーの、二十円!」

「そもそもこのカツカレー、あのカツカレー三杯分の値段なんだから頼むわけなかろうが!」

とてつもなくひどい営業妨害である。
とてつもなくドケチである。

隣の高校生ですら山盛りポテトを注文しているというのにこちらはちょい盛りポテトである。

いや、ドケチというより
胃が寄る年波に勝てなかったのだ。
油ってのはな、強いんだ。
自他共に認める百貫デブですらもう油には勝てないらしい。

「ほら、井出君。ここにあの時のカツカレーより十円安い焼きとうもろこし(かっこスプーンですくうタイプ)かっことじがあるよ。」
「おー、これにしようこれ。」
「ねえ、コーンピザのあとにコーン食べるの? それって……」

井出君の横顔に話しかけ続けるユリナを見て、十六歳の頃のあの恋が成就しなくてよかったと心底思う私である。

今日私たちが集まったかって?
それは小泉八雲が何者なのかを答える以上に簡単だ。

あの時、毎日毎日くる日もくる日も後頭部を見せつけてきた男とユリナは結婚した。
なんでも十一月二十二日に婚姻届を提出したんだとか。

「ひとつ、よろしいでしょうか?」
「でた! 出たよ杉下右京! 悪い癖治ってない!」
「十一月二十二日に婚姻届を出そうと提案したのはァ、やはり井出君なのでしょうか?」
「え? アタシだけど。」
「はいぃ?」
「え? だっていい夫婦の日でさ、いいじゃん、なんか!」

僕としたことが……!
そういう語呂合わせが一番くだらないと言っていたユリナがいい夫婦の日に……

随分とまあ丸くなったもんだ。

そりゃあ寄る年波にも……

そう言いかけた時、隣のテーブルの女子高生がドス黒いというよりはドス茶けた飲み物を掲げて戻ってくる。
「見てー! メロンソーダとオレンジジュースとコーヒーと野菜ジュース!」

あ、令和の高校生もやるんだ。

わけのわからない安堵にフウっとため息をつく。
瞬きののち、前を見るとユリナの前には天丼が置かれ、井出君は霞すら食べきれなさそうな姿で緑色の缶を握っている。

再び目を閉じ首をブンブンふると、天丼は消え、井出君は巨大化している。

「お待たせしましたー! コーンのオーブン焼きです。」

テーブルの真ん中で、キラキラと輝くとうもろこしから幻のように真っ白な湯気をふわふわと湧き上がり続けていた。

このあと、駅で「バイバーイ」などと言って別れたはずなのに途中……それも降りる駅が一駅しか変わらなくて何もバイバーイではなかった。

そのせいで、再びマインドは高校生に、話は「横顔三銃士」に戻ってしまった。

「あの時さ、ユリナの好きな人を横顔三銃士の新メンバーとかって言ったの覚えてる?」
「覚えてる! 小泉八雲と正岡子規と森鴎外でしょ?」
「もうすでに三人揃ってるから三銃士なのにそこに一人入ったら四銃士じゃん、だめじゃんってなって……」
「そんで俺が八雲やめさせろよ、一番人気ないからって言ったんだよね。」

そうだ。
無慈悲な井出君はスプライト臭のすごいゲップをぶちかましながら最年長かつリーダーの八雲をクビにしようとした。

横顔三銃士
〈メンバー〉
小泉八雲(リーダー)
本名:ラフカディオ・ハーン
生年月日:1850年6月27日
天に召された日:1904年9月26日
メンバーカラー:夕焼けの色

森鴎外
本名:森林太郎(モリリン)
生年月日1862年2月17日(水瓶座)
天に召された日:1922年7月9日
メンバーカラー:火を通した刺身色

正岡子規(シキチャン)
※クッキーアンドクリームよりも柿が好き
本名:正岡常規
生年月日:1867年10月14日(乙女座)
天に召された日:1902年9月19日(享年34歳)
メンバーカラー:散々食った柿色

Yomopedia

「ダメに決まってんだろ!八雲は英詞ラップ担当なんだから!」
「いつから音楽グループになったの……?」
「あ。」
「あ?」
「こうすれば良くない?」

?!

「どういうこと?」
「よく数学で“共通項でまとめるゥ”みたいな風潮あるでしょ?」
「5x-xyがx(5-y)になるやつ?」
「それ!ほら見て。よーく見て!」

「子規と鴎外はスキンヘッドとヒゲだから共通項でまとめて“1”とすればいい!」

もはや何を言っているのかわからない。
今となっては数学のことも失念しているのでより一層なんのことかわからない。

「あー!」
「おー!」

何が「あー!」で、どう「おー!」なんだ!

「で、一枠空いたからここにあいつ(知らん奴)入れよ。」
「入れよ、入れよ。」

入れるな!
そもそも親友の好きな人を“あいつ”呼ばわりするな!

「でも待って。」
「何?」
「三銃士、解散してるよ?」
「いつ?」
「一九〇二年九月十九日。」
「今二十一世紀。」
「解散したの二十世紀。」

徒労に終わる、我々の横顔三銃士枠空け大作戦。

だがこの時受験戦争に敗れ、甘んじて滑り止め高校で青春時代というものを送っていた我々は確実に賢くなった!

小泉八雲・正岡子規・森鴎外が同時に存在した期間は三十四年間。
奇しくもそれは、正岡子規の生涯と完全に一致しているということを知ったのだから。

賢くなったおかげで、ユリナも井出君も第一志望大学に合格した。

私だけが、落ちた。
それは、他の受験生を共通項でまとめて“1”にする計算スキルを持ち合わせていなかった大隈重信が悪いのだ。

……おのれ重信!
おぬしさえ私がしたように……
おん?
どういうことかって?
正岡子規と森鴎外をヒゲとスキンヘッドの共通項でまとめ……

大隈重信「ふむふむ、なかなかに興味深い!」

重信、お前もか!
お前もなのか!

数式:スキンヘッド(x横向いてないヒゲない+2y横向いてるヒゲある)

「武蔵小金井ー、武蔵小金井、お出口は……」

「あれ、井出君、降りる駅だよ!」
「え?!」

井出君はもうこの駅では降りない。

三銃士はとうに解散したというのに、なかなか解散しないアラウンドサーティであった。

……もう書いていて息切れ!

そう、見た目は大人、頭脳は高二(の若気の至り的な部分)!
ついでに心肺機能は年相応に衰えた!
その名も、生産性無惨※「名探偵コナン」風でお願いします

ユリナと井出君は座席に二人並んで私よりもう一駅先まで乗って行った。
思い出は、スバラシイ。

ユリナと井出君の今後のタイトルは
「フタリ、ミライ、スバラシイ」。

画面の中のヘブン先生が、一足早く日本の冬に震えているけれどあの二人の間に流れる空気はあたたかい。

人生の季節は、現実の季節には沿わないが
それもまたスバラシイ。

……あれ?
私、“おめでとう”って言ってなくないか?

これはまた、近日中
“三銃士に翻弄されし三銃士”集結の兆し。

そういえば、昨日から我が家の前に
ハートの片割れを持っているネズミが落っこちている。

……いいオチが見当たらないので、落とし物の報告をしました!

イェーイ!

……イェーイ!



娘がプロポーズされたので、私がプロポーズされた時の話もしておいた。

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よもぎ よもぎちゃーん! はーい! 何が好き? ポテトチップスよりも お・ぬ・し