二番目の女とちゃぶ台返し
なんと、私と天野に息子ができるぞ!
我が家は女所帯だからな、良かったな天野!
バンバンッ!
バキィ!!
※天野が全身骨折する音
私は穏やかに、左手で四方八方縦横無尽にのびのびと広がる腹を撫で、右手で天野を木っ端微塵にすることに大忙しである。
「お腹触らせてちょうだい、あら、動かないわね」
と隣の家のアラナイ(齢八十九歳・猫派)を悲しませる日々ともそろそろおさらばである。
って、んなわけあるかい!
誰が妊娠九ヶ月じゃ!
腹もそりゃあ動かんぜよ!
中身は脂肪ですもの!
紛らわしいことを書いて失礼つかまつった。
察しの良すぎる有能な刑事気質の皆々様は、
「この世の芋という芋全てを食い尽くさんとしていたのも、よくわからん理由で青木昆陽にブチギレていたのも全てエストロゲンとプロゲステロンのドバドバが原因か……
とりあえず逮捕状の代わりに当帰芍薬散を請求すっか、おつンゴ。」
となっていたことと思う。
心配かけて、メンゴ。
あれはただの食い過ぎ。
今日のおやつはダンゴ。
こしあんのたっぷりついたファンダンゴ、ダンゴ!
※なお粒あん派である。
※ファンダンゴはおやつBGM
※印を乱用していたら、腹が減ったぞ!
梅干しおにぎり食べたい。
米が食いたい!
いかんいかん。
なにやら娘がプロポーズされたらしいのだ。
そして、明日未来の息子が会いにくると言うではないか。
食に対する貪欲さと、まだ見ぬ息子への期待で身も心も順調に肥大化しております。
私はやれゼクシィ買いに本屋に行こう、両家顔合わせに向けて美容院に行こう、と大忙しなのだ。
天野の薄汚れたアホみたいなワイシャツも買い替えねばならん。
新生児のロンパースの如く凄まじい速度でサイズアウトしていった我がフォーマルなお衣装も買い替えねばならん。
財布だけが痩せていく!
って、んな訳あるかい!
※本日二回目
いくら最近の小学生がやたらとませているったってまだ八歳、小学二年生だぞ?
とはいえ最近の小学生は恋に積極的だと聴いている。
特に女の子が男の子にプロポーズしまくっては拒否されストーカー化するのが常だそうだ。
私の頃なんぞ、その年齢の時分にはプロポーズはおろか男女で喋ることすらはばかられていたぞ!
とはいえ我はあまりにも虫をいじくり回すなどしていたせいで男子から同性だと勘違いされていたのかやたらと話しかけられていたがプロポーズはされなかった。
そんな中もたらされた、突然の娘の被プロポーズである。
「で、どんな風にプロポーズされたんだい?」
「え? 二番目に愛してる! 結婚しようって。」
いや、二番目……?
「い……一番目は……誰なんだい……?」
「チサコちゃん!」
「なぜ、彼はチサコちゃんじゃなくておぬしと結婚したいんだろうか……?」
「愛してるからでしょう? 二番目に。」
いけすかねェ野郎だぜ!
俺の娘をとっ捕まえて、二番目に愛してるから結婚しようだと?
NIRVANAのSmell Like Teen Spiritすら聴いたこともないくせに、目がばつ印のスマイル君Tシャツなんか着ちゃって、ピッチピチのダメージジーンズ(色落ちも激しい)履いちゃって、足元は茶色のつま先トンガリ革靴、鞄は潰れた二九八〇円のクラッチバッグでヘラヘラ笑っている襟足長めの男くらいいけすかねェ!
いけすかねェ男の基準が平成中後期あたりのすでに絶滅した種族なのがなおのこといけすかねェ!
ここまで言い切るのに息切れしちまったぜ。
現在のSpO₂=89%だ。
【SpO₂】血中酸素濃度
血液中の赤血球と酸素がどのくらいの割合で結びついているかの値。
正常値:96〜99%
80%台は臓器への酸素供給が著しく不足する緊急事態。
娘よ……
それは確かに愛かもしれぬ。
愛かも知れぬが、俺は認めん!
そもそも考えてもみろ。
保育園が一緒だったアキト君(仮名)に、斜向かいに住むクラスメイトのショウ君(仮名)、その手前の家の同じくクラスメイトのケンタ君(仮名)、隣の席のレン君(仮名)に今年転校してきたアオイ君(仮名)……
一番目に愛している、結婚しようって言ってくれた男の子が五人もいるじゃないか!
そして、極めつけはミコちゃん(仮名)。
彼女に至っては五歳の頃、
「しぶやでぱーとなーしっぷせいどつかおう!」
って言ってくれたじゃないか!
こんなにも愛されているのになぜ二番目に愛してるなどと軽々しくのたまう男になびく!
早まるんじゃない!
と、昭和のホームドラマにありがちな父親風に反対してみた。
一回やってみたかったんだ。
ちゃぶ台返しと同じくらい、娘の結婚に反対する父親。
私が昭和チックファザーに擬態している横で、メロンパンを誤嚥しているリアル父(天野)。
いい加減にしろ!
この一大事に危機感なくメロンパン食って、挙句詰まらせてお前が生命の危機に瀕してどうするんだ!
ちゃぶ台の代わりに天野をひっくり返している。
そういや我が父もポテサラ誤嚥してたなあ。
──違う。
私の場合は、父がポテサラ詰まらせたタイミングを見計らって報告したんだった。
なんでそんなことをしたかって?
照れ臭かったからだ。
なお、ポテサラ誤嚥おじさんが生み出されるまでには紆余曲折があった。
だから聞いてほしい。
※正確にはポテサラの中に入っていたきゅうり誤嚥おじさん
なお、我が話は回りくどすぎて結論に至る前に、いけすかねェ男のみならずカンカン帽にダンガリーシャツの裾結び女なんかが出てきて大行進しちまうから結論から述べるぞ。
私が受けたプロポーズの言葉は
「共に生きよう」
だった。
私はこれを「別れよう」だと思って、森に帰ることにしたのだが……
って、なんのはなしですか。
お前は熊なんですか?
最近人里に出てきて暴れているのはお前ですか?
早急にお帰りください。
という声が聞こえてきたが、違うんだ。
聞いてくれ。
私は熊ではない。
これはまだワシがアラウンドサーティの称号を手に入れる前のことだ。
この日はよく晴れていた。
いつぞやの日曜日である。
いかにもな公園デート日和。
お弁当はおにぎりと卵焼きではなくあくまでもサンドイッチ。
それもスモークサーモンとかアボカドみたいな小洒落たやつでも、カツサンドみたいないかにも胃が強靭な二十代!的なものではない。
六枚切りの耳を切り落としていない食パンの表面に、極めて薄くマヨネーズを塗ってハムとレタスを挟んだサンドイッチと、きゅうりとトマトのサンドイッチ。
ハムとレタスの方には粒マスタードも塗る。
で、それを籐のバスケットに入れて持っていく。
芝生の上にちょっとダサいレジャーシートを敷いて……
みたいなシチュエーションがしっくりくる日だったのだが、
ワシと天野は部屋の中で……
餅ついてた。
わざわざもち米炊いて、餅ついてた。
正月でもなんでもないのに餅ついてた!
意味がわからない!
意味がわからないとは思うが餅をついていた。
「こんないかにもお出かけ日和に外に出るというのは、いささかナンセンスではないだろうか。」
私は起き抜けに天野にそう声をかけた。
「確かに、そうだ。こんな日には皆焼きおにぎりを持って……」
「焼きおにぎり?!」
「青じそがついた焼きおにぎり持って公園行くでしょう?」
「行かねえよ! せいぜい梅と鮭だな! そんな老舗割烹のまかないみないなすんげえおにぎり軽率に公園に持って行かねえよ! おむすびころりんしてネズミに取られたらこの世のネズミ全てへの恨みで怨霊になっちまうよ!」
「そ……そんなに?」
「そんなにだよ!」
私と天野は完成した餅を滞りなく喰らった。
アラウンドサーティではない我々の嚥下機能は抜群だ。
言わずもがな誤嚥することなく胃に収めた。
唯一の問題といえば私のくしゃみが指の間から漏れ出てその爆風できな粉が巻き上がり、部屋が茶色い雪原ないし、世界一ショボい砂漠と化したことくらい。
まあそんな雪原だか砂漠だかもよくわからない場所で、今なら遭難しても一週間以上生き延びられそうな程餅を喰らった我々はまだ日も高いというのにうつらうつらしていた。
二十八平米の2Kの部屋。
音楽をかけるでもなく、板の間の上のいつもの絨毯の上に並ぶ。
突然、天野が大真面目な顔をして言った。
「共に生きよう」
──え、今?
私は、不安になった。
起きた瞬間に「おはよう」ではなく「晴れた日に出かけるのはナンセンスだ」といった世の中的な常識に反したことを言ったから怒ったのか?
だがしかしそんなのは今に始まった事ではない。
私は当時、うどん屋で蕎麦を、蕎麦屋でうどんを注文するような人間だったからな!
ではあれか?
“休日の公園に焼きおにぎり持っていくと怨霊になりかねない”奴とは一緒にいられねえな!
とまともな判断ができるようになったからか?
否、こいつはトイレの場所を聞きにきた市民に市長のブログのURLを教えるような人間……
そして、蝉の死骸全ての墓を作り熱中症でぶっ倒れる人間……
もはや人間じゃないしそんなのが真人間になるとは到底思えない。
だって、「共に生きよう」ってことは
“私は森で暮らし、天野はタタラ場で暮らす”ってことでしょ?
つまり、離れて暮らす。
イコール「別れよう」。
そうか。
天野は役所を辞めて寮付きの製鉄工場に転職するのだな。
そんでもって私はパン工場の真ん前のマンションを引き払って……
ってなんで私が引っ越さなきゃならんのだ!
森に引っ越したら職場遠いんじゃ!
ふざけるな!
そもそも森に物件ないだろう!
あ!
あの変な緑色の奴が暴れているCMの不動産屋に行けばいいのか?
しかもなんなんだよ!
腹も満たされ、心穏やかに最高の微睡みを覚えているタイミングで別れ話を切り出されるくらいなら、
ロマンもクソもないタイミングでのプロポーズの方がよっぽどマシじゃないか?
例えば、
ひどい便秘で二週間ぶりの便意にウンウンと唸っているタイミングで「愛してる、結婚しよう!」とか、
あんまん食べて思いの外熱かった胡麻風味の餡で口の中大火傷のタイミングで「君とずっと一緒にいたいんだ!」とか!
それくらい、腹が満たされてうすら眠くて、外ではさらさら木の葉が擦れ合っているという状況は何ものにも変え難い程に素敵なものなのだ。
いや、でも待てよ。
別れても会いにくるつもりだよな?
それはだいぶ意味がわからん。
別れたら会いにこないでほしい。
私は天野の目をまっすぐに見て言った。
「わかった。でも頼むから、今後ヤックルに乗って会いにくるのはやめてほしい。でも、天野のことは好きだ。だが、相変わらず私は人見知りだ。大枠で言えば人間を許すことはできない。今まで世話になったな!」
だが、冷静になって考えてみるとなかなかにお洒落な別れ話の切り出し方じゃないか。
我々は昨夜、「もののけ姫」のDVDを観た。
天野がジブリの中で一番好きな作品である。
中でもこいつはアシタカが好きで、自分の自転車を“ヤックル”と呼んでいる。
ヤックルはアシタカならぬアホタカの運転ミスによりしょっちゅうガラスの破片を踏み潰してはそのタイヤを爆発させてきた。
それはまあどうでもいいが、そんな映画の中の台詞を使っての別れ話。
風情抜群!
「え? いいの? やったあ!」
喜ぶ、天野。
はあ?!
そんなに別れたかったのかよ、なんだこいつ!
半ギレの、私。
少しでも風情を感じてしまった自分を恨む。
するとおもむろに絨毯の下から何かを取り出す天野。
「はい!」
「はい?」
奴が差し出しているのは指輪だった。
感謝や感激よりも先に口をついて出たのは、
「ねえ……これ元カノの息とか吹き込まれてないよね? 大丈夫?」
という言葉だった。
そして今、昭和の父親に擬態する私とメロンパン詰まらせ男をよそに娘はかなり前に録画しておいた「もののけ姫」のコダマが大量に出てくるシーンを見てぼそっと言う。
「ねえ、これ(コダマ)、私の赤ちゃんの時にそっくりじゃない?」
……やめろ!
天野は顔面をタタリ神色にしながら部屋を転げ回り、
私は笑い過ぎて舌を噛んでいる。
もはや、娘がいけすかねェ男にプロポーズされたことも、未来の息子へのドキドキとワクワクも森の奥深くへと飲み込まれている。
家の外では二代目ヤックル(自転車)がその足を痛めている(パンク)。
マヌケなアシタカと、勘違いサンと、いけすかねェ男にプロポーズされるコダマ一家の休日はこうして過ぎて行く。
晩秋の晴れ間を贅沢に無駄遣いしながら。
最後に、未来の息子へ。
君が我々の息子になるか否かは正直、知らん。
だが君は、二番目に逃げるな。
まず一番目と真剣に向き合え!
滑り止め的に我が娘が利用されるというのはどうにも癪だが、それでも真剣に愛を誓うというのなら許さんこともない。
それから、森……
森はいい。
忘れてくれ。
by 昭和の父親
とりあえず明日、首洗って待っとけよ!
↑
すんげえおにぎりを作っているのは
りんご飴の判断基準が“気合いが入っているか、入っていないか”の例の元ヤンである。
義母の握り飯は気合いが入っている。
↑
第一次メロンパン詰まり事件
【参考資料】
◽︎株式会社リクルート「ゼクシィ」
◽︎ゼクシィBaby
【医師監修】妊娠中の「イライラ」は何が原因?どうすれば解消できる?
◽︎日本急性機期ケア協会
SpO₂(サチュレーション)が80%台まで低下、原因と対処法は?正常値と危険値も解説!
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