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【つの版】日本刀備忘録・インデックス

 ドーモ、三宅つのです。増えてきたのでインデックスを作りました。つのは何の専門家でもないため、詳しく知りたい方は専門書を読んで下さい。


◆上古刀編

01.刀剣淵源

 日本の刀剣の起源は、遥かに遡ればチャイナにあります。

02.神代宝剣

 記紀神話には刀剣が登場し、三種の神器の一つにも天叢雲剣があります。

03.蕨手之刀

 東国や蝦夷に広まっていた蕨手刀は、反りを持つ日本刀の起源に関るとも言われています。

◆平安鎌倉編

04.俘囚野剣

 蝦夷と日本の戦争は、馬上で振るうのに適した反りのある長刀「太刀」を生み出したと考えられています。

05.日本刀歌

 太刀は貴族や武士たちに愛好され、チャイナへの輸出品ともなりました。

06.鬚切太刀

 清和源氏重代の宝剣「鬚切」の伝説は、武家が天下を取った鎌倉時代以降に作られたものと考えられます。

07.鬼丸国綱

 後鳥羽院が備前などから召し寄せた刀工たちは、承久の乱で後鳥羽院が配流されると鎌倉に赴き、東国の武家のために腕を振るうことになります。

08.粟田口派

 承久の乱の後も、山城・備前などでは盛んに刀が作られています。

09.相州正宗

 鎌倉幕府の本拠地・相模国では、諸国の作風を融合させた国光・正宗らによって、新しい作風「相州伝」が生まれました。

◆南北朝編

10.中先代乱

 1333年に鎌倉幕府は滅亡しますが、北条氏の残党は各地で武装蜂起し、1335年には北条時行が鎌倉を奪還しています。

11.建武之乱

 鎌倉を奪還した足利尊氏は後醍醐天皇と対立し、朝敵として討伐を受けますが、各地で奮戦して官軍を撃破し、院宣を奉じて京都に攻め寄せます。

12.双星墜落

 後醍醐天皇は吉野に逃れて尊氏討伐を呼びかけ、北陸では新田義貞が奮戦し、奥州からは北畠顕家が駆けつけます。

13.美濃開伝

 鎌倉末期から南北朝時代には、鎌倉と京都の間の美濃や越中に新たな刀工の流派が出現しました。

14.相伝流行

 相州伝の作風は全国に流行して影響を与え、山城には信国や長谷部国重、備前には長船兼光、筑前には左文字源慶らが出現します。

15.大太刀伝

 大規模な戦争が長く続いた南北朝時代には戦術や武具にも変化が生じ、身の丈を超える大太刀なども出現しました。

16.大湊出港

 北畠顕家と新田義貞の戦死後、後醍醐天皇は各地に親王を派遣して南朝方の勢力に抵抗を呼びかけました。

17.正行挙兵

 楠木正成の子・正行は河内国に攻め込み連戦連勝しますが、翌年高師直に敗れ、南朝の吉野行宮は師直により焼き払われます。

18.観応擾乱

 手柄を立てすぎた高師直らは幕府の諸将から嫌われ、尊氏の弟・直義らによるクーデター「観応の擾乱」が勃発します。

19.京都攻防

 高師直が滅ぼされた後、直義も兄・尊氏と争って鎌倉へ逃れます。尊氏は南朝に降伏して鎌倉の直義を追討しますが、南朝方は東国と畿内で同時に挙兵し、尊氏・義詮を駆逐して鎌倉・京都を奪還します。

20.貞治政変

 尊氏の没後、義詮は佐々木道誉らを輔佐として北朝・幕府を存続させ、南朝とも融和しつつ有力守護たちがともに将軍を戴く体制を構築します。

21.康暦政変

 義詮の子・義満が10歳で家督を継ぎ、細川頼之を幕府執事(管領)として政務を執らせますが、康暦元年(1379年)に反頼之派の武将たちに突き上げられ、やむなく頼之を罷免します。

22.明徳和約

 足利義満は朝廷の権威や幕臣の反目を利用して自らの権威と権力を高め、東の土岐氏、西の山名氏を分裂させて打ち破ります。明徳3年(1392年)には南朝を説き伏せて和約を結び、南北朝合一に成功しました。

◆室町時代編

23.応永之乱

 義満は九州探題の今川了俊を罷免し、西国の海上交易を支配する大内義弘を討ち取って、畿内・西国全体に覇権を確立しました。

24.応永備前

 義満は明朝から「日本国王」に承認され、日明貿易を開始します。この時輸出品の一つとなったのが備前長船の日本刀でした。

◆酒天童子編

25.酒天童子

 南北朝時代から室町時代にかけて、平安時代に大江山に住んでいたという鬼王「酒天童子」の物語が成立します。

26.鬼神淵源

 日本の「鬼」のイメージは、チャイナや仏教の鬼神の影響を受けて形成されました。

27.追儺鬼遣

 疫病や災害をもたらす鬼を人里の外へ駆逐する儀式は、古代チャイナでは「儺」と呼ばれました。

28.刀剣鬼滅

 源頼光・渡辺綱ら武士が刀剣で鬼を退治するという物語は、武士が権力を獲得した鎌倉時代にようやく現れ始めます。

29.大江坂関

 酒天童子がいたとされる大江山は、山城国と丹波国の間、京都の西の境にあたり、平安時代には実際に鬼や盗賊が潜むとされた領域でした。

30.朝敵討伐

 丹後や吉備にも鬼退治伝説がありますが、主人公は武士ではなく、古代の皇族たちとされています。

31.伊吹山神

 近江と美濃の境の伊吹山は古来交通の要衝であり、中世には弥三郎という変化の者が棲んでいたと伝えられます。

32.宝剣還海

 伊吹山の神は、中世には八岐大蛇であるとされました。

33.九頭龍王

 越後国の国上寺には酒呑童子誕生の伝承があり、信濃国戸隠山の九頭竜権現の申し子と伝えられます。

34.弥彦山神

 国上寺・彌彦神社の周辺には、他にもいくつかの鬼の伝説があります。

◆田村麻呂編

35.田村将軍

 平安時代初期に蝦夷を討伐した征夷大将軍・坂上田村麻呂は、護国の軍神として神格化され、中世には鬼神を退治したとの伝説が広まりました。

36.悪事高丸

 南北朝時代に編纂された『諏方大明神画詞』や『神道集』には、信濃国の諏訪明神が坂上田村麻呂の東夷討伐を助けたとの記述があります。

37.鈴鹿御前

『太平記』には、田村将軍(坂上田村麻呂)が伊勢国の鈴鹿山で「鈴鹿の御前」なる者と「剣合」をしたとの伝説が記されています。

38.討悪路王

 室町時代の御伽草子では、田村丸の父・俊仁が毘沙門天の加護により悪路王を討伐したとされます。

39.大嶽討伐

 田村丸は鈴鹿御前と夫婦の契りを結び、高丸や大嶽丸といった魔王を討伐して、日本を鬼神の襲撃から守護することになります。

40.阿弖流為

 悪路王や高丸、大嶽丸のモデルとして、史実で坂上田村麻呂と関係のある蝦夷の族長・阿弖流為アテルイがしばしばあげられます。

◆室町中期編

41.足利義持

 足利義満の跡を継いだ義持は、鎌倉公方の持氏を牽制し、上杉禅秀の乱を好機として関東に幕府の支配権を広げます。

42.籤引将軍

 義持は跡継ぎを指名せぬまま薨去し、同母弟の義円(義教)がくじ引きにより選ばれ、還俗して将軍となります。

43.万人恐怖

 義教は将軍への権力集中を進め、鎌倉公方の足利持氏を討伐します。

44.嘉吉之乱

 恐怖政治を敷き、各地の守護大名の家督相続にも介入した義教は、ついに赤松満祐の家来たちにより暗殺されます。

45.山名持豊

 管領・細川持之は各地の大名に赤松満祐の討伐を呼びかけますが、これに応じたのが赤松氏と領国の境を接する山名持豊でした。

46.禁闕之変

 赤松氏が討伐された後に細川持之は辞任・病没し、畠山持国が管領に就任します。しかし南朝の残党に御所を襲撃されて神器が奪われたり、細川氏との代理戦争で各地に御家騒動が頻発したり、世は混迷を深めて行きます。

47.享徳之乱

 管領・細川勝元は畠山氏の内紛につけ込んで勢力を伸ばしますが、関東では鎌倉公方の足利成氏が関東管領の上杉憲忠を殺害して挙兵します。これにより関東は利根川を境に東西に分断されました。

48.寛正飢饉

 各地の戦乱に加えて飢饉が発生し、難民は京都へ流れ込んで大量の餓死者が溢れ、土一揆の軍勢は義政の御所をも脅かします。

49.文正政変

 細川勝元と山名宗全は政権を握るため御所巻を繰り返して義政を脅迫し、両者は京都に兵力を集めて一触即発となります。

50.応仁之乱

 両軍の戦いは京都を炎上させ、全国各地を巻き込んで10年以上続きます。これより100年あまり続く戦乱の時代、戦国時代の幕開けです。

【続く】

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