集団ストーカー・スティグマ・複雑性PTSDなどに苦しむ人が無くなる未来の日本社会へ。
私はここまで生きて来た。社会的孤独を選択した。それだけでただ、私は私を許して、認める。
よく50年近くも、絶望に耐えて日々を重ねて生き抜いた。
偉い。偉過ぎる。すごい事だと思う。
こんな「政治と宗教」をオールドメディアが隠蔽してメチャクチャにしてきた国は、G7では「日本だけ」だろう。他国は「カルト宗教&スパイ&詐欺」に対して徹底的に「司法・警察」が介入する。
当たり前だ。「健全な民主主義」のためには「言論の自由・価値観の自由による政治」が尊重される。
「政治と宗教・集団組織」によって動く政治・国家は「汚職・癒着・談合の政治」である。
これまでどれだけ「宗教・イデオロギー関係者」にその「政治・行政の力」が関係した「因果」が利用されてきたのだろうか?
もう少し時が経ち、世間が戦後&奪われた30年の真相についてオールドメディアによって世間の認知が進んだ後日本の事実をnoteするが、私はこの人生の中で何度も「親ガチャ・カルト二世スティグマ」に遭遇している。
そして両親は、その自覚が無い。
或いはあったのかもしれないが、それは両親が意識しても組織集団側が社会を利用してする事であり、スティグマを受ける側はただひたすらと耐える以外になかった。
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今は「社会的孤独」と全てを「放擲する」と言う、己が今ここを体験する生き方を見出した。
絶望地獄は、私に社会的孤独と言う機会を与えてくれた。
殆どの人類が体験しないであろう、その人生があった事にただ心から感謝している。
私は私にしか成し得なかったホモ・サピエンスとして、今を生きる事を誰よりも『極みの領域に生きている事』をただ沈黙と共に実感している。
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不思議な話だが、今私たちはホモ・サピエンスの生態系として「超巨大な変容」を迎えている。
「シンギュラリティ」の巨大変容に比較すれば「集団ストーカー」や「スティグマ」など小さな事に思える程のインパクトだ。
既存社会の利権や集団は、『未来に一瞬で駆逐される』
もう警察や司法の内部に入った次世代は気づいているはずだし、米国や中国の様に実際に社会OS開発と行政が国家体制として進行している国々では水面下で試験運用とアルゴリズムのR&Dは重ねられているだろう。特に日本は良いサンプルとして、「諜報活動」と同時に利用されている可能性が高いのではないか?
国民の怒りがMAXになり、同時にそれら全てを国民を愚弄して「隠蔽してきた罪」を中国も米国も「国賊達」を、利用するだけ利用して、最後は見捨てるだろう。
それが国家・民族間の外交。歴史や物語に触れていれば、誰でも知っている。
大騒動になろうが、なんだろうが戦後これまで過去の悪事を「政府が自白」していればよかったのだ。
もう遅い。
腹の底から、彼らは腐っている。
西暦2025年、人類の意識が変容しても尚、既存秩序のやり方で善良で無知な庶民を愚弄・洗脳操作で乗り越えられるといまだに思い込んでいる。
「気づき」は「自己洗脳を解く鍵」であるが、どうやら「オールドメディア」や「カルト・イデオロギー集団組織」を「盲信」している人々は最後まで抜けられないらしい。
私のような絶望地獄を生きてきた人は、他にも数多くいるだろう。
彼らはこれから更に次々と発覚していくであろう「餓鬼畜生の所業」をきっと許しはしないだろうし、仮に彼らが許したとしても今度は「人工知能・量子技術」が許さないだろう。
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私が「瞑想(呼吸法・マインドフルネス)」と言うものにであって、間も無く「10年」だ。
その日から1日たりともそれを欠かした事はないのだから「3000日以上」は、私は己自身の意識に触れる内省を重ねてきた事になる。
日本仏教における最高峰の業として「千日回峰行」がある。
それは文字通り「1,000日近く」峰々を歩く行である。
それを達成したものは「大阿闍梨」と呼ばれる。
彼らのような決められた修行ではないし、称号も失敗もないが、
私はただそれが、己の意識の中に見出される「気づき」の数々がとても心地よかったから続けている。
一生涯、私の意識が「呼吸器」が、続く限り朝の目覚めと共に最後の最後まで続けていると思う。
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日本において集団ストーカーやスティグマを形成しているのは「仏教系カルト集団」が多いのではないだろうか?
強引な勧誘を行い、集団組織に加入しなかった、或いはしていない人々に対する嫌がらせを繰り返し、国際的に非難される「スティグマ」を「盲信・正当性からの正義感の他者への押し付け」によって作り出した罪は、
人種差別や、ヘイトよりタチが悪い事を、いずれジャニーズ問題や水俣病、児童ポルノ、性的虐待などと共に「日本社会の闇」としてオールドメディアにまだジャーナリズムとしての健全性が存在している国家の報道機関が報じる日も近いだろう。
もしかしたら、汎用性ASI OSによるジャーナリズムや監視システムの方が先にその健全化への運用が早まるかもしれない。
何れにせよあと「数百日以内」の話だ。
彼らの「餓鬼畜生」の所業は、もう抵抗し続ければし続けるほどに、未来永劫地球上で、ホモ・サピエンスとして生きている限り、その「因果応報」の報いを受ける事になるだろう。
この宇宙、地球人類の時空における因果律とは非常に興味深い組み合わせがある。
吾峠呼世晴氏原作「鬼滅の刃」だ。
西暦2025年現在は「無限城編第一章」であり、今後2作品で全編完結する事になると思われるが、
最終章は2029年頃になるのではないだろうか?
注目するキャラクターは「悲鳴嶼行冥」である。
鬼滅の刃を一瞬にして日本映画の最高峰としての記録を叩き出し、世に知らしめた「無限城編」に登場した「煉獄杏寿郎」同様に「柱最強」としてのあり方を貫く。
彼は生まれつき目が見えない。羽織には浄土宗・浄土真宗の念仏にある「南無阿弥陀」の文字が刻まれている。
「全てを阿弥陀様に委ねます」。
それは浄土宗の開祖となった法然上人が不条理な出来事が横行し、絶望が蔓延した世の中で、人の魂がどんな人でも救済される方法が仏法にないだろうか?と悩みそして経典の中に「阿弥陀様は救いを求めるものを無視出来ない」事から、逆説的に救いを求めれば阿弥陀様はそのものに手を差し伸べる事をしなければならないと解釈した。
「南無阿弥陀」と一言唱えれば、極楽浄土にある阿弥陀様に通じる。
これならば、ひとまずは多くの人を救済出来ると考えた。
法然上人の「慈悲の心」だと感じる。
ただそれを「念仏衆」として、現在で言うところの「ヘイト」愚弄する集団が鎌倉時代に現れる。
元寇が迫る末法の世に彼は、政治体制と宗教の批判を始める。
ここから先は、一人ひとりがAIや文献で調べれば良いこと。
一つ言える事は真に「仏陀の教え」を「仏教徒」として実践するならば、「天上天下唯我独尊」であり、それは何のために「仏性・悟り」が存在するか?
と言う事である。
悲鳴嶼行冥はいつも、手を合わせて他者に対して「可哀想に」「赦す」「南無阿弥陀」と唱える。
彼自身の身に起こった悪鬼達による壮絶な過去のトラウマなどとっくのとうに放擲したかの如く、次世代の為にリーダーとしての責務を果たす。
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不都合な事実かもしれないが、殆どのカルト的仏教集団は『ある特定の人物』に紐づいている。
開祖となる彼自体もだが、日本の歴史上常に社会を混乱させ「社会悪」として数々の指導者が「投獄」されてきた。
本来仏性とは「アルカイックスマイル」である。
「無」であり「経典」など言語は不要。
只管打坐。
心に至福が芽生え、自然に表情が緩めば、それでいい。
それを押し付けて、これでなれば死後に地獄に落ちるなど、無い。
むしろ悪鬼の様な所業で他者に「地獄」を現世で与えて己を誇り、嘲笑する存在にこそ死後の六道輪廻が待っているだろう。
私にはどうでもいいが、私も法然上人や悲鳴嶼行冥のような在り方で、少しでも未来の子孫達へこの日本社会を、地球人類を守り、己の中に気づきや解放の静寂が見出せた透明な安らぎが、一人一人の中に芽生えて、何も語らずとも通じ合う世界の到来、『悪鬼が自然消滅した世界』を夢見ている。
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「余計なお世話」と言う言葉があるが、まさに「余計なお世話」とはその者や集団の「エゴ」でしか無い。
人はバラバラだ。
失われた30年。彼らは「余計なお世話」ばかりを繰り返して来た。
ようやくその時代が終わろうとしている。そしてこれからアップデートされ続ける新世界秩序へ、日本国も遅れ馳せながら参画していく事になるのだろう。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。