【ゼン】「己の正義の強要」は「悪鬼になること」。「己の勝利」とは「誰かの敗亡」。「平和」は存在せず己との「和平」が存在する。「只管打坐・己と対峙すること」
即ち己の全ては「内との対話」である。
本質は内側からのみ教わるものであり、他者や外側の事象は全て己の写し鏡に過ぎない。
仏陀・ゴータマ・シッタールタはスジャータの乳粥によって生命の神秘を体験した後、菩提樹の下で『独り』瞑想し続けた。
『唯我独尊』
孤独と向き合い瞑想する。
それが「己だけの仏性」を知る「唯一無二の手法」である。
ホモ・サピエンスがこの地球上でホモ・サピエンスとしての遺伝子プログラムである以上、本来それ以外は「邪教」である。
だからこそ「仏教」はインドから消えかけた。要は「悟る手法」=「仏陀の瞑想」だった。
要は、「呼吸法」や「座り方」といったホモ・サピエンスの「ヨガ」の動きを体得すればそこから先は「セルフ」になる。
教祖も先生も要らない為、「仏教」はインド人の中から消えて行った。そして神道同様土着のアメニズム概念であった「ヒンドゥ」が今日まで繁栄している。
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日本国と日本民族においても「土着・神道」が存在している。
本来日本人は「バラバラ」の「孤独」でそれぞれの「唯我独尊」があればいいだけだ。
そしてそれすらも「放擲」した「あるがまま」をただ、己が実践すれば良いだけだ。
己への気づきと気づきたちが、自然と重なり合う。
真核細胞の、量子の、無・・・。
この世の全てがただ自然なままで完全なる奇跡ばかりであり、それは全て「創造主」とも呼べる「己」というホモ・サピエンスと共に今ここにある。
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もし「己」の「仏性」に触れたいと願うならば。
方法はただ一つ。
「誰かの正義」は「己の中に悪鬼」を描くこと。「己の勝利」とは「誰からの敗亡」を創る事。「平和」とは「己とただ只管打坐」すること。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。