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実録「愛着障害」「毒親育ち」APs(非定型精神病)の幼少期の記憶を振り返る。

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雨の降る夏の午後、幼稚園の下駄箱。

雨水が溜まった中にある濡れたクラスメイトの長靴。

「なぜやったの?」

先生に叱られている。

それが私の一番古い記憶。

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人生の中にワクワクや楽しかった記憶を見つける事が非常に困難で、大体オチは罵られたり、怒られたり、絶望する出来事に繋がってきた。

唯一、私の心が晴れている人生記憶は大学卒業後の1年間。

ニュージーランドで過ごした時間。


誰一人、私を知ることのない環境で何も考えることなく過ごした日々。


日本国という環境は、なぜ、日本人の私がこうも苦しい環境なのだろうか?

毒親だった両親の影響はその通りだろうし、ただ社会環境もまた私を救ってくれることはなかった。

OTRでもある私が、発達障害や精神障害は、社会的環境要因が生み出しているであろうと確信している理由は、私自身の実体験の中にある。

正直、いまだに誰からも理解されない孤独と絶望といつも格闘している。

中年のオッサンのW毒親育ちを、カルト二世を、氷河期世代を、

理解して支援する様な制度はおろか、そもそもそんな人はこの世に存在していない。


生まれた時点で絶望的に『親がちゃ大ハズレ』なのだ。


今はもう、それは運命であり、宿命なのだから仕方ないなと感じている。

だからこそ、この「note」は未来へ残す意味があると感じている。


発達障害や精神障害は、本人に突発的に現れたように見えるかも知れないが、

それには遺伝子や環境の因果関係が100%存在している。

本人の努力や支援ばかりを考えるが、根本的原因を変えない限り、

永遠にその対処が繰り返されるだけだ。


親でも子でもない、第三者がそれを理解して更に社会がその第三者を理解する、包括的な環境が、孤独や孤立による絶望をこの世界から解放するための選択肢であり、

薬や治療法マニュアルではない、そもそものホモ・サピエンスという真核生物にある感情や記憶に左右される、神経や感覚のホメオスタシスによって起こっている現象だ。

そういった意味では、日本国という島国の単一言語の国家は同情圧力文化になりやすい。毒親社会環境を形成しやすいとも言える。

「理解」

本当の意味ではあなたも私も、誰も、己のことは己にしか理解できぬもの。

それでも私は己を理解して欲しいと願う。

「愛着障害」


毒親育ちが理解されぬ感情を抱えるのは、3歳までの期間に側にいた大人に十分に触れ合って貰えなかった事が原因だろう。

満たされた触れ合いの交換の中で育った子は、3歳以降、他の社会との触れ合いに対しても自信を持っていく。

私は、学校に行ってもただ孤独だった。

ずっとひとり遊び、ひとりぼっちだった。

母と遊んだ記憶もない。何かの話題に対して、会話をした記憶もない。


絵本は読んでくれたかも知れない。ただ一方的に読んで終わりだった。

「忙しかったから」


母は振り返った。母は未だに忙しそうにしている。

忙しかったからは言い訳だ。

「赤子の私に向き合う時間をとり、遊び、学ぶ選択行動をしなかった」


同じ真核生物の仲間の草木の芽に、水や栄養、光が足りなければ正常発達しないのと、ホモ・サピエンスにとって自ら食べ物や汚物処理が出来ぬ時代に、大人との触れ合いが絶対的に必要なのは当たり前の自然現象。

託児所や保育園に預ける方が遥かに良いが、母は自分のエゴを、愛がある人間であることを社会から隠すかのように、私を家に放置して、他のことに忙しかった。

私は『母の行動選択によって作られた』APsの欠陥品。


ようやく精神科のカウンセリングで見えてきた事。

ただ、母はそれを知らなかったのだ。だから悪くない。

そして被害者の私はただ絶望しかない。


毒親育ちの、C -PTSDを抱えている人は一体どれだけいるのだろうか?

生き辛さは、普通の親に育てられた人には絶対に理解されることはない。

生育環境はもうすでに過去であって、現場を見ていない、

子供にとって、親による子の魂を殺す、密室の取り締まりの無い、法律的罪状のない絶望的犯罪行為だから。


私が更に絶望的に感じるのは、

西暦2025年現在、少子化は更に加速、母親現象社会、更に共働きを推進して子供がますます社会から隔離されていくのではないか?という統計的事実。

ホモ・サピエンスは生物であって、僅か数年間の育つ環境と体験が100歳過ぎまで生きるかも知れない個体の運命を未来へ左右する。


これから生まれてくる日本人の子供たちが、私が体験しているそんな絶望的な愛着障害を抱えた人生から解放された現実がある事を心から願っている。

そして、それは親になる人の問題ではない。

むしろ『親にならない選択』をした人々が、

社会の中で親になる選択をした人々へ寄り添って遺伝子や子孫への未来の社会のために生命をどう使うのかにかかっている。


生涯未婚・不出産を選択する女性たちの母性が、

人類のマザーになった時、その場所から未来へ、愛着障害による負の連鎖は断ち切られていく。

人の存在は、その全てにOccupationがある。

重要なことは偽善や欺瞞ではない。

「真心からの愛を、

己自身が実感した生き方、あり方を

感じている今を自他ともに実存した日々を送った」と

死を迎えた時、

自らが言い切れる

過去を重ねているかどうかだ。


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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。