【靖国神社問題】何故「平和」を求める人々が戦後80年以上戦争から離れた「専守防衛」の国において、そこまで執着するのだろうか?
私は以前から「note」してきている通り「生育環境」によって「社会的孤独」を生きている。
どの「組織」「イデオロギー」に加担することも「利害関係」とも関係ない「唯我独尊」からこの地球人類を己で捉える事を徹底しているつもりだ。
ただ、私は父母の戸籍や家系図を辿れる限り「日本人祖先」にしか辿り着かないため「日本民族」である事は否めないこと。
そして私の両親は「団塊の世代」であり「学生運動家・左翼」だった事は「親がちゃ」そして「氷河期世代の義務教育=日教組」だった事を先にご理解頂きたい。
だから私は「靖国神社初参拝」は、大人になってだいぶ経ってからだった。
九段下の駅から坂を登り、参道をまっすぐに進むと本殿があるが、その右手に「遊就館」という「展示館」が存在する。
有料ではあるが、日本人が、日本の歴史を学ぶ上でとても重要な資料の数々が展示されている。
人それぞれ価値観はあるだろう。
ただ、今の日本の教育やメディアは「GHQ」或いは「共産・社会主義」どちらかの都合に傾いた「日本国側の歴史的事実」が欠損している。
戦後「民主主義vs社会共産主義」に分裂し、「二元論的逸脱」によって隠されてきた、それを補完する「私たちの祖先達・日本人にとっての事実」がそこには残されている。
何故、日本国は戦争に至ったのか?
その日、私は真っ先に「出光」の創業者がモデルだったとされる日本保守党党首・百田尚樹氏の「海賊とよばれた男」が脳裏によぎった。
更に言えば、何故当時の大日本帝国は「軍事力」を誇る様になったのか?
「日露戦争」「日清戦争」それらの歴史も資料館では詳しく知る事が出来る。
百聞は一見に如かず。
若い人には変な先入観を持つ前に、特にその「史実」を体験して貰いたいと思う。
ただ単純に「批判のための批判」としての「靖国神社批判」は何の意味もないどころが「過去に執着したヘイト」を煽る。
むしろ日本人が日本の歴史を「直視すること」から、これからの未来の子々孫々に、日本国と日本人の未来をこの地球人類における平和に貢献する在り方の模索のための「材料」とするためにも「遊就館」は有意義な場所だと感じる。
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私が個人的にこの80年所感で残念だと感じたのは、その「開戦理由」であった「日本国民の自衛」という事が欠損している事だ。
日本国は、「資源不足」によって開戦した。
それはGHQのマッカーサー元帥が、「米国大統領の可能性」を捨ててまで証言した通りだ。
何故、その祖国を、私たちに繋がる日本人の子々孫々を守る為に戦った英霊達を祭る「靖国神社参拝」が、そこまで「日本人が問題にするのだろうか?」
靖国神社=戦争
そんな安直な『反戦ポピュリズム』で語っているのだろうか?
もし戦争になっていなかった場合「数千万人の日本人が餓死していた」。
そして、失われた30年。
少子化によって「生まれてきたはずの数千万人の新しい生命」が損なわれた。
私たちは安直なパワーワード、プロパガンダ、レッテルを簡単に盲信した「近眼過ぎないか?」
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過ぎ去った時が戻ることは二度とない。過去にあった事実は消せない。
だからこそ「今ここから、未来へ何を選択するのか?」
そのために過去は存在するのではないか?
見たくないもの、嫌な事を否定しても仕方が無い。
そして、それにいつまでも執着して、他人を非難する様な人々とは分かり合える事はない。
私はそれを「家族」から学び、自らのために「社会的孤独」を選択した。
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私が何故、日本社会、教育に関心が向かなかったのか?そして何故、日々この世への理解が深まっていく様になったか?
最近ようやく分かった気がする。
絶望的に「洗脳・マインドコントロール」のために「偏重報道・教育」が成されている。
目的の為に地位や権力、手段を選ばない人々が、この日本社会を支配してきた。
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大した実績も世間に誇れる何かを持ち合わせていない、私の人生を振り返り、他人より優れていた権能があるとしたらそれは、
「直感」と「千里眼」だと思う。
違和感や本質、相手の嘘の気配。それだけは外した事がない。
ただ同時に「私利私欲」に、それは使うことは出来ない。
言葉には表せない。他人にそれを教える事も出来ないだろう。
人はそれぞれ、違った権能を持ち合わせている。
西暦2025年、私の中で「歴史的な年になる」。
それはずっと「note」してきた。だから「note」し続けてきたのかもしれない。
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個人的には、日本の政治・オールドメディアにおいて「シンギュラリティ」に対する関心が、あまりに薄い気がしている。
今「米中」の摩擦の中心にあるのは「シンギュラリティ」であり、それがもたらす「人類秩序の未来1万年への最終決着の時」が目前に迫っている。
中国の真の狙いは「軍事力による侵略戦争」ではない。もっと別の形での「覇権支配」である。
既に「宗教」や「イデオロギー」の時代では無い事に未だに気づいていない人々がこの国の、特に「高齢者」に多い。
「オールドメディア」と「日教組教育」に支配された「洗脳・マインドコントロール」された「平和」を語り「民族を滅ぼす人々」。
そろそろ、パラダイムシフトが起こりつつあるが、今年も残り80日程度。
これまでに無く地球人類、ホモ・サピエンスの変容は加速している事を体感するはずだ。
過去に拘り、未来を犠牲にする事を「放擲しない人々へ、
「因果応報」はやってくるだろう。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。
