【通信 うたう庭】002
【#うたの輪】に寄せられた作品を紹介させて頂く通信、名づけて【うたう庭】です。
毎回、5作品程度を紹介いたします。
以下、留意点です。
①
あくまでも個人的解釈です。なるほど、そういう読み方もあるか!と、お楽しみください。
②
作品自体はリンクをご利用ください。お手数ですが、宜しくお願いいたします。
③
色んな作者様の作品を、必ず一度は紹介予定です。ゆっくりですが、お待ち下さい。
1️⃣ しとえ様/土星の環を指に
幼馴染みからの、突然の求婚。そこからストーリーは始まる。
「私」に「突然」と思わせるところに、「彼」の不器用さ、それに根付く実直さが感じられる。
彼が差し出したのは、キラキラとした金色の指輪。細くて、土星のリングのような。
冗談ではなさそうな気配を理解して、私は返事を保留する。
ここで回想に入る。
学校に集まって天体観測をしたこと。彼が、親に買ってもらった天体望遠鏡で土星を見ようとしていたこと。
「見ろよ!土星が見えるぜ!」
しとえ氏の作品には、何かに熱中する、夢中な人物が多い。
そして、そのどれもが爽やかで、誠実で、読者のわたしに、何か大切なものを思い出させてくれる。
さて、話を戻そう。
彼が見つけた土星の環。
ここで繰り広げられる「私」とのやりとりは、ぜひ本編で味わって欲しい。
「 突然のことで驚いたけれど、
実を言うと私は彼を好きだった。
だから結論はとっくに決まっている 」
冒頭でわたしは「彼」の不器用さと実直さを述べたが、じつは「私」も同じだ。
お似合いの二人なのだ。
互いに秘めた思い。
それが「土星」をはさんで、実る。
ともすれば、比喩や、突飛な設定になってしまいそうなお題であるが、本作には自然な土星の環が見える。
幻想ではなく、リアルに見える。
幼い日に見た土星の環が、いま、幸せを運んで還ってきた。
その結びかたが大変に美しい物語である。
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2️⃣ 銀のしおり様/溶ける
詩は、長短によって評されない。
大切なのは、いかに密であるかということ。密である詩は、読む者に想像を与える。想像の広がりを楽しませる。
本作は、5行で完結する。
「帰らない君」を待つ。それがこの詩の基本設定だ。
定刻なのに帰らないのか。出かけた先でなかなか帰ろうとしないのか。もう会えないのか。
描こうとする中身、もしくは込めるメッセージにもよるが、わたしは「書きすぎないこと」が大切だと思っている。
ほどほどに、読み手を迷わせるのだ。
ただし、迷わせすぎてはダメだ。
本作には、迷いを助ける言葉がちゃんとある。そして、ちゃんと迷わせる。
「 ほら見て。 」
たとえば、この言葉。
そばにいる誰かに呼びかける言葉だろうが、誰に呼びかけるのか。
声色はどうか。表情はどうか。
「 アイスも溶けちゃった。 」
この言葉も迷わせる。
「も」ということは、他にも何かが溶けているわけだ。
それは何か。
ここで気をつけたいのは「正解さがし」ではない、ということだ。
なぜなら、作品として放たれた瞬間に、それはもう読み手のものになり、どう解釈しようが、どう味わおうが、自由だからだ。
書き手ができるのは、伝えたい意図や想いを入念に込めることだけ。
意図したとおりに読まれない。思いも寄らない解釈をされる。
そんなことは往々にしてある。ならば、楽しんだほうが良いのではないか、と思う。
話が少し逸れたが、この短詩をあなたはどう味わうか。
正解など気にせず、自由に想像を広げてみてほしい。
いかなる想像をも受け入れる奥行きが、本作にはある。
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3️⃣ 星崩れ様/泳ぐタイムカプセル
つかみは大事だ。
続きを読みたい!と思わせる始まり。
「 夜に現れる水族館
秘密を抱えた魚達 」
本作は、出だしが秀逸だ。秀逸すぎる。
夜に「現れる」のが、いい。ぬら~っと、ボワ~っと、もしくは瞬間的に。
現れかたを想像するのが、まず楽しい。
そして、水族館だから「魚達」と続くわけだが「秘密を抱えた」という前置きがいい。
しかも、魚達、と体言止めのため、述語が不在だ。水族館のなかにいるのか。水族館に集まってくるのか。水族館の出現を待ちわびているのか。
「鱗を捲り挿した鍵」
ここもすごく好きだ。
魚にとって、鱗がどの程度の感覚をもたらすものかは解らないが、鱗をめくれば、痛みは少なからずあるだろう。
それなのに、追い撃ちをかけるように鍵を挿すのだ。
多少の痛みを伴っても、そうせずにはいられない水族館なのだろう。
冒頭の「秘密を抱えた」が、ここで活きてくる。
短い詩なので、あまり引用すると、本編を読む楽しさを奪ってしまう。
なので、あと一ヶ所だけ紹介する。
「人々の過去を蓄えて
泳ぐタイムカプセル」
タイトルにもなっている「泳ぐタイムカプセル」という箇所だ。
ここが本作の核だと思う。
夜に現れる水族館は、人々の過去を蓄える場所なのだ。もしくは、装置と呼んだほうが似つかわしいかも知れない。
そして、魚達の呼び名がタイムカプセルに置き換わる。
一人ひとりの記憶が、毎夜そのなかに封入されるわけだ。そうか、だから「秘密を抱えた」となるわけだ。
と、記事を書いている段階では考察しているが、時間が経てば変わるかも知れない。
たとえば今夜、水族館が現れでもしたら。
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4️⃣ 守屋亭 混沌 様/日傘の夢は夜ひらく
海という言葉を使わずに、海を描く。
風という言葉を使わずに、吹かせる。
本作は「月」という言葉を一度も使わず、読み手にしっかり月を見せてくる。
タイトルには「夜」とある。
作中には「光」という言葉がある。
ならば「月」か「星」か「街灯」か、答は絞られてくる。
しかし、別の項でも書いたが、正解など求めなくていい。
読み手が星を感じたなら、星の詩である。希望の光を見たなら、希望の詩である。
わたしの場合は「月」が見えた。
「 君を一度見てみたかったんだよ
いつもずっと 」
主役は日傘だ。ただし、これは比喩かも知れない。
そんな日傘(仮)は、どうやら一途な想いを抱えている。しかも、見たことのない相手。
では、見たこともない相手になぜ惹かれているのか。
おそらく、次の言葉が手がかりだ。
「 窓から注ぐ柔らかな明かり
(中略)
姿は見えなくても
すぐ近くに感じて 」
姿は見えないのに、すぐ近くに感じる。
「感じる」という言葉の選びかたが好きだ。感じるというからには、肌から伝わるもの、包みこむもの、つまり、広くてふわっとしたものをわたしは思い描く。
それがくぐり抜けてくる「窓」は、どこにあって、どんな形で、どんな大きさなのだろう。
注がれる光のなかで、うっとりと、柔らかな夢に微笑む日傘(仮)のイメージが非常に優しい。
夜には使われない日傘は、夜空を知らない。しかし、日傘の収納されている場所には、夜空を知る靴や帽子などがいて、月の美しさを聞きかじったのだろう。
毎夜、こぼれる月光に想いを馳せる、けなげな日傘の夢。
わたしが抱いたイメージは以上だが、作中には一度も書かれていない。
月とも、日傘とも。
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5️⃣ sunmikan様/静けき、この世
たとえば「開く」と書いてあるとして、「ひらく」か「あく」か、どちらだろうと、文脈に照らして探る。
わたしはそういう思考が好きだ。
本作には、詩の重要な背骨として、以下の言葉が二度繰り返される。
「 この夜は神様が歩いておりました 」
抜粋されても、前後がわからないと判断しにくいだろうが「夜」を「よる」と読むか「よ」と読むか。
選択により、見えてくる世界が変わる。
本作の前半は、神話のように、銀河や海、海の生命の始まりを描く。
壮大なスケールなのだが、優しい語り口調のせいか、大げさに聞こえず、嘘とも思えず、素直に受け入れやすい。
この作品は、お題「神、関せず」に寄せられたものであるが、先ほども引用した言葉が、お題と絡んでいる。
「 この夜は神様が歩いておりました 」
銀河が生まれ、海が生まれ、魚が跳び跳ねて、と、賑やかになってゆく世界。
それを喜ぶでも、諌めるでもなく、神様は歩いているだけ。
しかし、何故だか神様は優しさをまとっている。関与しないことは、冷たいことではないのだ。
いや、歩いていた、ということは、関与かも知れない。人間ごときには到底およばぬ叡知の微笑みが一瞬見える気がする。
これで終わると思いきや、詩は後半へ続く。
本編を楽しむため、引用はしないが、後半には「人」が出てくる。
壮大なスケールから始まった世界が、だんだんと身近に移ってゆく。
この視点のコントロールが巧みである。
最終的に「人」から「私め」へと下りた視点は、葛藤か苦悩か、救済の祈りか、生々しい個の描写にたどり着く。
そして、こう結ぶ。
「 この夜は神様が歩いておりました 」
夜は「よる」なのか「よ」なのか。
わたしと同様に気にかかったのなら、ぜひ本編を味わって、あなたなりの答を持ってみて欲しい。
もちろん、純粋に読み味わうだけでも十分だ。
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6️⃣ レコメンド・3選!
紹介が間に合わぬほど、おかげさまで参加作品が増えております。
なるべく、いろんな書き手様を紹介するつもりでいますので「俺は無視か!」「私をスルーしたなっ!」とか思わず、気長にお待ち頂けると有難いです。
せめて、レコメンドさせて頂きます。
次号もお楽しみに!
⬇️ うたの輪/参加作品集 ⬇️
