「占い」と「確率」のはなし
さて、普段から色々なことを考察するのが好きな私ですが、今回は「占い」と「確率」についてお話ししたいと思います。
日常的に、「占い」というコンテンツに触れる機会って、ホントに多いですよね。
毎日、新聞や朝のTV情報番組で、「◯◯占い」というのを目にするのは当たり前です。
うちの子供も、学校に行く前に、朝のTV情報番組の占いコーナーを見て、「今日は◯◯座1位だ!やったー!」とか、「ゲッ、最下位だ。最悪〰️」とか言いながら登校しています。
私はというと、いつの頃からかこういう「占い」って、あまり見なくなったんですよね。
今は、たとえ見てもスルーしちゃいます。
そんな私も子供の頃はむしろ、占い本とかめちゃめちゃ好きなほうでしたし、新聞や雑誌の最後にある占い欄には、必ず目を通してました。
子供って信じやすいんでしょうね。
ある意味、私も昔は純粋だったと思います。
でも、考えてみたら、こういう占い欄とか占いコーナーって、いったいいつからあったんでしょう?
私の子供の頃には既にあったので、もっと昔からだと思いますが。
そこで、AIさんに聞いてみると、以下の内容が出てきました。
新聞の占い欄の始まりは、1930年8月にイギリスの新聞『サンデー・エクスプレス』に掲載されたのが世界初とされています。
世界の始まり1930年8月:イギリスのロイヤルファミリー(マーガレット王女)の誕生を記念し、天体の配置を元にした予測記事が掲載されたのがきっかけです。
人気化:これが大ヒットし、その後に個人の誕生日ごとの運勢を見る「現代の星占い(ホロスコープ)の形式」へと発展しました。
日本での広がり戦前・昭和初期:日本では、生まれ月や干支(えと)などを扱った簡易的な占いや暦(高島暦など)の文化が古くから新聞や出版物にありました。
現代的な星座占い:1960年代以降に西洋占星術の書籍が広く普及し、テレビ番組や雑誌、新聞へと今日の12星座占いなどのコーナーが定着していきました
AIさんの情報が正しいかどうか検証する時間は無いのでまぁ合っているとすると、だいぶ昔からあったのは間違いなさそうですね。
ちなみに、私があまり占いを信じなくなったきっかけはなんだったかなぁと、よくよく思い返してみると、実は、歌手タレントの「和田アキ子さん」だった気がするのです。
なんでかというと、話は長くなるのですが···
昔、アッコさんが交通事故に遭って足を骨折した時の以下のエピソードです。
「占いの通りに行動したら事故に遭ってしまった」というのは、和田アキ子さんご自身もラジオなどで語っている非常に皮肉で不運なエピソードです。 [1]
「占いに従わなかったから事故に遭った」のではなく、「占いを気にして、いつもと違う行動をとった結果、事故に遭った」というのが事の真相です。 [1, 2]
当日の経緯と「占いの通り」の意味占いのアドバイス
当時話題になっていた占いには、和田さんに対して「2月3日(節分)はとにかく健康運が最悪。外出は控えるか、細心の注意を払うように」という旨の警告が出ていました。
アッコさんの行動
和田さんはその占いを頭の片隅に留めていました。そのため、普段ならわざわざ自分で行かないような近所の買い物を、「たまには占いに従って、静かに近所で済ませよう」「お豆さん(節分の豆)を買いに行くだけにしよう」と、注意深く行動するつもりで外に出ました。 [1, 2]
最悪の結果へ
細心の注意を払って昼間に横断歩道を渡っていたにもかかわらず、そこでライトバンにはねられてしまい、右足を大骨折する重傷を負ってしまいました。 [1]
💔 本人の嘆きとエピソードの教訓
和田さんは後年、この件を振り返り「変に占いを意識して、たまには(言われた通りに)大人しく近所で豆でも買おうなんて思ったから、かえってはねられてしまった」といった趣旨のボヤキを語っています。 [1, 2]
このエピソードは、以下の2つの意味で今も語り継がれています。占いが「外出は危険」と警告した通りになってしまったという「奇妙な的中」
占いを気にして行動を少し変えたことが、結果的に事故のタイミングと重なってしまったという「運命の皮肉」
結果として「占いの通りに大人しくしようとしたら、ピンポイントで災難に遭った」という、アッコさんにとっては踏んだり蹴ったりの出来事でした
私の当時の記憶では、アッコさんは自身のTV番組で、「普段歩いて買い物なんか行かないのに、占い気にして近所に歩いて行ったばっかりに事故に遭ってしまった」というようなボヤキを言われていた気がします。
取りようによったら、占いの内容を「外出は危険と見事に的中させている!」とか、「車で行っていたら死んでいたかもしれない!」とか言われた方もいたでしょうが、
私の当時の感想は正直、「そんなバカな」でした。
結局のところ、占いを信じたのはアッコさん自身です。
占いの内容に基づいて自分の行動を変えたのもアッコさん自身です。
つまり、確実に言えるのは、
「占いを信じていれば幸せになれるという考えは誤り」ということです。
いうなれば、
「占いを見るのも見ないのも、占いを信じるも信じないも、自分の行動を変えるのも変えないのも、全て自己責任」ということです。
しかし、人はその事実に直面した時、更なる「不安」を抱えることになると思います。
結局、危険や不幸を回避する術はないのかと。
そこで、少し安心できる材料として、「確率」のお話をしたいと思います。
よく、
「宝くじ1億円当たったらどうする?(最近は3億かな?)」
って問答をよく耳にしますが、まぁ、まず本当に当たると思って話してる人はいないでしょう。
一方、「車の運転で交通事故に遭って死亡する確率」ってご存じでしょうか?
「宝くじ当たるよりもしかしたら確率高い?」って心配しちゃう人もいるかもしれません。
また、AIさんに以下の内容で質問して回答してもらいました。
Q:「宝くじを年に2回100枚を20年買い続けて1億円以上当たる確率と
自動車を20年間毎日運転して交通事故で死亡する確率を知りたい」
A:
結論から申し上げますと、宝くじで1億円以上当たる確率は約0.090%であり、自動車を20年間毎日運転して交通事故で死亡する確率は約0.04%〜0.05%です。意外にも、この2つの確率は非常に近い数値(どちらも1,000人〜2,500人に1人程度)になります。
それぞれの詳しい計算根拠は以下の通りです。
1. 宝くじで1億円以上当たる確率:約0.090%
条件として、最も一般的な「サマージャンボ」と「年末ジャンボ」を年に各1回(計2回)、100枚ずつ20年間(合計4,000枚)買い続けると仮定します。1枚あたりの1億円以上の当選確率
サマージャンボ宝くじ:1,000万分の3(1等5億円×1本、前後賞1億円×2本)
年末ジャンボ宝くじ:2,000万分の3(1等7億円×1本、前後賞1億5,000万円×2本) [1, 2]
20年間(各2,000枚、計4,000枚)購入した場合
20年間で1回も1億円以上が当たらない確率は以下の式で求まります。
\(\left(1-\frac{3}{10,000,000}\right)^{2000}\times \left(1-\frac{3}{20,000,000}\right)^{2000}\approx 99.910\%\)
したがって、20年間で少なくとも1回は1億円以上が当たる確率は次のようになります。
\(100\%-99.910\%=0.090\%\)
これは、およそ1,112人に1人が当たる確率です。
2. 20年間の自動車運転による交通事故死亡確率:約0.04%〜0.05%
警察庁の最新統計によると、2025年の日本国内の交通事故死者数は2,547人で、統計開始以来最少となっています。 [1]全人口ベースでの単純計算(約0.041%)
日本の総人口(約1億2,300万人)が1年間で交通事故(歩行中なども含む)で死亡する確率は約0.0021%(約48,000人に1人)です。
これを20年間に換算すると、死亡確率は約0.041%(約2,400人に1人)となります。
毎日運転するドライバーに限定した計算(約0.048%)
内閣府のデータによると、交通事故死者のうち「自動車乗車中」の割合は約33%です。よって、自動車乗車中の年間死者数は約840人となります。
日本の日常的なドライバー数を仮に3,500万人と仮定すると、1年間の死亡確率は約0.0024%です。
これを20年間に換算すると、死亡確率は約0.048%(約2,100人に1人)になります。 [1]
まとめ宝くじで1億円以上当たる確率: 約 0.090% (約1,100人に1人)
20年間毎日運転して事故死する確率: 約 0.04% ~ 0.05% (約2,100人〜2,400人に1人)
宝くじで大金を当てるのも、毎日運転していて命を落とすのも、確率のうえでは同じくらいの「滅多に起きないが、誰にでも起こり得る」レベルの出来事と言えます。
💡
もし気になる点があれば教えてください:宝くじの買い方(連番やバラ)による確率の違いを知りたいですか?
交通事故の重傷を負う確率(生存確率)なども計算してみますか?
他に比較してみたい珍しい確率はありますか?
ご希望に合わせてさらに詳しくお調べします。
これまた、AIさんの回答の真偽のほどは数字の苦手な私には判断しかねますが、AIさんによると、
確率的にはあまり変わらないそうです。
「宝くじ1億円以上当たる」と「車の交通事故で死ぬ」は、前者が「幸運」、後者が「不運」の代表格だと思いますが、実はこの両極端に思える事象は、自然界の確率においては、ほぼ同じということなのです。つまり、「平等」なんです。
この平等な2つの事象に「幸運」と「不運」と名前をつけ、意味づけしているのは、人間の側(人間の価値観)なんです。
もう一つ例に出すと、神社の「おみくじ」。
「大吉」が一番良くて、「大凶」が一番悪いということになっていると思いますが、仮に両方が箱に入っている数が同数だとすれば(神社によっては大吉多めに入れてる?)、それぞれを引く確率も同率というわけです。
つまり、「大吉」が良くて「大凶」が悪いとしているのは、人間側の価値観であって、自然界では大吉を引くのと大凶を引くのは「平等な事象」なんです。
なんとも、現実的で夢のない話と言われそうですが、
結局のところ、
「どんな事象も起こりうることで、完全に回避できるものはなく、起こった事象を良いことと捉えるか、悪いことと捉えるかは、自分の価値観次第」ということです。
もちろん、宝くじは買わないと当たりませんし、交通事故は運転しなければ遭う確率はグンと下がります。
要は、「自分が生きる中で、自分の価値観から何を重視し、何を選択し、どう行動するかに責任を持っていれば、少なくとも後悔はない」のかなと。
とはいっても、私も強い人間ではありません。
更年期は特に得体の知れない「不安」に苛まれる時もありますが、そんな時は「自然界は平等」と唱えて乗り越えています(なんか新興宗教っぽいですけど、違いますよ。)
まぁ、少なくとも私の価値観では、宝くじを買うことはないですし、車の運転は仕事上やむを得ずしますが、交通事故で死にたくないからって仕事を辞めたりなんかはしません(笑)
