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思春期の不登校|不登校になって気づいた事と子供の変化🏫


こんにちは、マルチビタミンもっちゃんです😄


 さて、今回は、うちの子の不登校について、思うことを書いてみたいと思います😉

 うちの子は、中学生ですので、小学生以下のお子さんの不登校とは、また違うかもしれません。
 それと、子供は、診断は受けていませんが、私と同じADHDやASDの特性があるかな、と感じています。

 うちの子は、思い返すと幼い頃、自分の気持ちを言葉にして表現するのが苦手な子だったように思います。

 言葉にできないので、よくかんしゃくをおこして泣いたり、わめいたり。物にあたって投げたりして・・子供が壊した物は数え切れず😅。
 そんな子供も、小学校では「真面目でおとなしい子」で通っていました。
 いわゆる典型的な内弁慶ですね。
 私は、子供が、外ではちゃんとしようと頑張っていることはわかっていましたから、家では良い意味で「わがままでいられること」が重要だと思っていました。
 ですから、家が子供にとってくつろげる場所になるよう、あえて生活態度について口うるさく言うようなことはしてきませんでした。
 もちろん、目に余ることがあれば助言はしますが、外でちゃんとできているということは、家ではできていなくても、わかっていないわけではない、ということだと理解しているので、目くじら立てる必要はないのかなと。
 ADHDやASDが普通のことをこなすだけで、どれだけの労力を要するかは、私が一番よくわかっていますから、外で頑張った分、家ではダラダラしたいでしょうし。子供にとって、私が一番の理解者でありたいとの思いもあります。

 子供は、小学生の時から、学校の出来事や友達、先生の愚痴を、家でよく私に話していました。
 子供は、外で愚痴を言うタイプではないので、私に話してくれるのは、私を信用してくれている、親に甘えることができている証拠だと、それはそれで良いことだと思っていました。
※私は、基本的に傾聴に徹していましたが、子供の特性を考えると、ただ聞くだけではなく、少し聞き方に工夫が必要かなと後から気づきました。それは、子供が自覚できていない「認知のゆがみ」が結構あるなと気づいたからです。どうもその「認知のゆがみ」から、愚痴に繋がっているエピソードが多いなと。それからは、ただ愚痴を聞くだけではなく、子供が自分の「認知のゆがみ」に気づけるような聞き方をするようになったのですが、これについては長くなりそうなので、また別の機会に。

 そんなうちの子が、学校に行けなくなったのは、中学生になって数ヵ月が経った頃でした。
 
 小学生の時と同じように、学校で起きた出来事や友達、先生の愚痴を聞いてはいましたが、

ある日、
「今日休んで良い?」と。

 その日は休んで、次の日は学校に行ったのですが、また数日して休んでを繰り返すようになり、やがて登校できなくなりました。

 子供の話を聞く限り、いじめがあったとか、先生に怒られたとか、決定的な何かがあったわけではありません。子供自身も、「どうして行けなくなったのかわからない」と言います。
 中学校では、小学校までと違って、「もう中学生なんだからできて当たり前」というような見えないプレッシャーを感じることも、多かったんじゃないでしょうか。
 私の見立てでは、子供は、頑張って普通の中学生になろうとした結果、いわゆる「適応障害」のような状態になってしまったのだと思います。
 子供の特性から考えると、起こるべくして起きたなと、逆に、小学校までよく頑張って行ってくれたなぁと、よく頑張ったなぁと改めて思います(もし、小学校低学年までに不登校になっていたら、私は仕事を続けられなかったかもしれません)。

 そこで、子供が不登校になってから、子供の言動や態度で、私が気づいたことがいくつかあります。

 [まず一つ目は、子供が、いつも決断を私に委ねようとすることでした。]
 例えば、学校を休む時もそうでしたが、「休みたい。」ではなく「休んで良い?」と聞いてくるのです。なぜ判断を委ねてくるかは、いくつか理由は考えられると思いますが(例えば、自分の判断に自信がない、自分で責任をとりたくない、親のせいにしたい、親の愛情を確かめるため試している等)。
 私は今、子供が判断を委ねるような言動をしてきた時には、「自分で決めて良いよ。」と言うようにしています。
 子供は、現在、週に数回フリースクールに通っています。私は、色々な選択肢を教示はしましたが、その中でフリースクールを選び、行くことを決めたのは、子供自身です。子供は今、「自分で決めて、自分で責任を持つことを練習している段階」だと思っています。

 [そして、私が気づいたこと二つ目は、子供が、よく、「(自分の感情が)わからない」と言っていたことです。]
 元々、感情を言葉にするのが苦手だったというのはありますが、普通を目指して頑張る過程で、もしかしたら、自分の感情を押し殺してしまうことが、多かったのかもしれません。
 現在通っているフリースクールは、あらかじめ通う日が決まっていますが、お休みした日は、別の日に振替えることもできます。
 子供も、最初はスケジュール通り通っていましたが、通い始めて一ヶ月が過ぎたころ、
 また、「今日休んで良い?」が出てきました。
 私は、先ほど書いたように、
「自分で決めて良いよ。」と言います。
 子供は、「じゃあ、休む」と。
 そんな感じでお休みすることはありますが、
 振替えした日は必ず行けていますし、通い始めてもう数ヵ月経ちますが、継続して通えています。
 私が思うに、子供は今、「今日はしんどいな」とか「なんか気分が乗らないな」とかいうような、「自分の感情やコンディションを把握する練習をしている段階」でもあるかな、と思っています。

 [また、私が気づいたこと三つ目は、子供に、0か100かの極端な思考があることでした。]
 学校を休み始めた時も、例えば、遅れて登校するとか、給食だけ食べて帰るとか、保健室登校等、中途半端な提案はとにかく全て拒否でした。
 子供の中には、まるで学校に「行く」か「行かない」かの二択しか存在しない、という感じでした。
 そんな、子供が、最近自分から言ってきたのですが、
「春からまた学校に行きたい」と。
 ただし、「毎日行ける自信はないから、曜日を決めて行くとか、授業によって別の教室(不登校生徒専用の教室)に移動することを前提にしたい」とのこと。
 本人いわく、この不登校の期間で、自分の考え方が随分変わったのだと、「良い意味でどうでもよくなってきた😅」と。
 この変化は、子供にとっては必要なことだったと、私は思います。


 子供は今、少しずつですが、自分の人生を歩み始めたところだと感じています。
 子供の人生は、誰のものでもない、子供自身のもの。親の希望とか関係ありません。どのようにして生きていきたいかは、子供自身が決めて、子供自身で行動するしかないのです。

 今後も、まだまだ困難に直面することはあると思います。でも、そんな時は、また、一歩下がって休めば良いと思っています。それは、今だからこそできることだと思うからです。
 学校に行こうが行かまいが、誰に迷惑をかけているわけじゃありませんし、行かないことで起こるリスクは、自分で背負うだけです。
 でも、社会に出たらそうはいかないでしょう。就職するにしても、自営するにしても、労働や成果に対する対価を貰うことになるわけですから、簡単に休んだり、仕事を放棄したりはできなくなるはずです。

 そんな時、私が考える、ADHDやASDが持っていれば強みになることとは、

  • 「自分がどう生きたいかという軸を持っていること」

  • 「自分の感情を把握していること」

  • 「自分のコンディションを把握していること」

  • 「自分の得意、不得意を把握していること」

  • 「自分の認知のゆがみを自覚していること

 です。

 私自身は、これらの大切さを社会に出てから気づきましたから、随分苦労しました😰。
 子供は、不登校になったことで、少なくとも私よりは早く、色々なことに気づくきっかけになったと考えています。
 これからも、子供を見守りつつ、また気づきがあれば、書いていきたいと思います😊。

 随分長々と書いてしまったので、今日はこの辺で😌。

 最後までお読みいただき、ありがとうござあたました🙇


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