漱石「こころ」考察72 先生の明るく楽しい高等遊民ライフ
夏目漱石の小説「こころ」、大正3年(1914年)連載。
前の記事含め何度かこう指摘している。
・「Kが自殺(私は他殺だと思っている)した以降、先生は、あたかもその暗い影を引きずって、世捨て人の隠遁生活のような暗い毎日を過ごしたみたく書いている。しかし、よく見たら先生は、お金に不自由ない高等遊民ライフをしっかり満喫している。長年ずっと無職なのに」
と。
これについて、改めて確認。
1、先生の自称
先生はKの死去以降の自身の生活について、こう手紙に書いている。
私は寂寞(せきばく)でした。どこからも切り離されて世の中にたった一人住んでいるような気のした事もよくありました。
同時に私はKの死因を繰り返し繰り返し考えたのです。(略)私はしまいにKが私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった結果、急に所決したのではなかろうかと疑い出しました。(五十三)
私はただ人間の罪というものを深く感じたのです。(略)私はその感じのために、知らない路傍の人から鞭うたれたいとまで思った事もあります、こうした階段を段々経過して行くうちに、人に鞭うたれるよりも、自分で自分を鞭うつべきだという気になります。自分で自分を鞭うつよりも、自分で自分を殺すべきだという考えが起ります。私は仕方がないから、死んだ気で生きて行こうと決心しました。(五十四)
(※ 著作権切れにより引用自由です。)
しかし、これは怪しい。かなり怪しい。
1(1)「たった一人」ではない先生
「私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった」
これへの突っ込み
・何年も無職でいることを選んだらそりゃ孤独だよね。
・静との二人暮らしを「たった一人」と書くほど不満なら離婚なり自分が家を出るなりしてもいいけど、それはしてないよね。つかあちこちに旅行して楽しんでるよね
・無職なのだから無理に交際する必要ないのに、鎌倉で遊んでた時は西洋人と一緒だったし、友人たちとも食事楽しんでるよね
・「私のようにたった一人で淋しくって仕方がなくなった結果、急に所決したのではなかろうか」
→ いやあなた、自分を慕う崇拝者のような「私」が接近してきて、それから何年も仲良く交流して、その後で自殺しているよね。「一人」ではなく、「一人でなくなったから」処決しているよね
・「たった一人で淋しくって仕方がなくなった」
→このフレーズ、「こころ」の前作にあたる「行人」(1912年連載)でも使われている。しかも実際にその発言があったのではなく、男側の都合のいい妄想として書かれた台詞である。つまり、、、
1(2)鞭うたれるどころか贅沢三昧な先生
「知らない路傍の人から鞭うたれたい」「死んだ気で生きて行こうと」
こう、先生は書いている。
確かになんとなく、自分で自分を罰するような、暗い生活を選択してるようにも感じる。
しかし実際には上述や前の記事で確認したように、先生はあちこちに完全に遊びで旅行や長期滞在し、知人友人との交流を楽しんでいる。
そして自宅では綺麗なテーブルクロスを用意し、さらには自家製アイスクリーム製造機までわざわざ購入し生活を充実させている。
無職なのにだ。
他人から鞭うたれるとか死んだ気で生きてくどころか、贅沢を楽しむ高等遊民である。
そう描かれている。
1(3)他人を鞭うってる先生
また先生は「路傍の人から鞭うたれたい」どころか、むしろ他者を鞭うっている。
まずは自身の妻:静
ある日私がいつもの通り、先生の玄関から案内を頼もうとすると、座敷の方でだれかの話し声がした。よく聞くと、それが尋常の談話でなくって、どうも言逆(いさか)いらしかった。先生の宅は玄関の次がすぐ座敷になっているので、格子の前に立っていた私の耳にその言逆いの調子だけはほぼ分った。そうしてそのうちの一人が先生だという事も、時々高まって来る男の方の声で解った。相手は先生よりも低い音なので、誰だか判然しなかったが、どうも奥さんらしく感ぜられた。泣いているようでもあった。(略)
「実は先刻妻と少し喧嘩をしてね。それで下らない神経を昂奮させてしまったんです」と先生がまたいった。
普通に静と夫婦喧嘩して泣かしている。
私が静なら「喧嘩売らずに黙って鞭うたれてなさいよ!」と言いそうだ。いや静は鞭云々を知らないしこの時点で出てないフレーズなのだが。
そして世間や、昔の同級生たちにも、先生は鞭うっている。
先生はまた「私のようなものが世の中へ出て、口を利いては済まない」と答えるぎりで、取り合わなかった。私にはその答えが謙遜過ぎてかえって世間を冷評するようにも聞こえた。実際先生は時々昔の同級生で今著名になっている誰彼を捉えて、ひどく無遠慮な批評を加える事があった。
そしてこれはご存じの方も多いだろうが、先生は叔父を呪詛し続けている。
私はこれで大変執念深い男なんだから。人から受けた屈辱や損害は、十年たっても二十年たっても忘れやしないんだから。(略)私は他に欺かれたのです。しかも血のつづいた親戚のものから欺かれたのです。私は決してそれを忘れないのです。私の父の前には善人であったらしい彼らは、父の死ぬや否や許しがたい不徳義漢に変ったのです。私は彼らから受けた屈辱と損害を小供の時から今日まで背負わされている。恐らく死ぬまで背負わされ通しでしょう。私は死ぬまでそれを忘れる事ができないんだから。しかし私はまだ復讐をしずにいる。考えると私は個人に対する復讐以上の事を現にやっているんだ。私は彼らを憎むばかりじゃない、彼らが代表している人間というものを、一般に憎む事を覚えたのだ。私はそれで沢山だと思う」
(ちなみに私はこの「先生の叔父による横領」は、K含めた周囲に思い込まされたものと考えている)
仮に横領が事実であれば、そりゃ憎むのも復讐したいのもわかる。
しかし先生はこう自称しているのだ。
「知らない路傍の人から鞭うたれたい」と。
この台詞と、「人間というものを、一般に憎む」とは、さすがに整合しないだろう。
やはり先生は、かなり特異的で、矛盾する思い込みに走る性格なのだ。
それがよく読めばわかるように、夏目漱石は書いている。
そして、静、あるいはKへの嫉妬も、先生は長年ずっと、忘れていない。
「私はKに向ってお嬢さんといっしょに出たのかと聞きました。Kはそうではないと答えました。真砂町で偶然出会ったから連れ立って帰って来たのだと説明しました。(略)私は今でも決してその時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません。
「路傍の人から~」どころか、むしろ先生の側がおそらく10年以上は前のことも含めて、他者や世間に鞭をブン回している。
しかも何度も言うが先生は、お金に不自由なく贅沢三昧の無職で、美人の妻と放蕩し続けながら、世間に鞭打っているのだ。
そういう人物に、先生は描かれている。
2、先生=お金のある「坊っちゃん」
夏目漱石作品の主人公に、「こころ」の先生のように、それ以上に世間に対して鞭打ってる人物がいる。
「坊っちゃん」の主人公:坊っちゃんだ。
坊っちゃんは、身内・四国の学校の同僚・四国の学生達など、とにかく他人を異様に嫌い、侮蔑しまくっている。
「坊っちゃん」は、「こころ」の8年前、1906年の発表だ。
だから、「先生が坊っちゃんに似させられて書かれている」といえる。
その意味はなんだろう。
夏目漱石はなにを思って、先生を坊っちゃんに似させたのか。
ちょっと疲れて来たので、これについて、またじっくり考えたい。
