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夏目漱石「坊っちゃん」25 無鉄砲に飛車を叩きつける

夏目漱石の小説「坊っちゃん」、明治39年(1906年)発表。

少し前、「坊っちゃん」の主人公:坊っちゃん(姓名不詳)と、それより後の漱石の他作品「彼岸過迄」の謎の登場人物:森本とが、妙に似ているなと感じた。

坊っちゃんと森本とが似ている点に、「他者に対する異常な嫌悪感情」がある。
なので改めて坊っちゃんの、他者への嫌悪感情を確認してみようと思った。


1、兄への嫌悪

繰り返し書いているが、「坊っちゃん」の主人公:坊っちゃんは、テレビドラマ版やマンガ版で描かれるような、「爽やかで闊達な、正義感の強い好青年」ではない。

まず、坊っちゃんは父・母・兄の家族全員と不仲である。

母に関しては母の側が異常に坊っちゃんを嫌っていると感じるが(夫が他の女に生ませた子だからと私は思っている)、兄については、坊っちゃんの側から嫌悪している。

兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ずるいから、仲がよくなかった。十日に一遍ぐらいの割で喧嘩をしていた。ある時将棋をさしたら卑怯な待駒をして、人が困ると嬉しそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間へ擲きつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付いつけた。おやじがおれを勘当すると言い出した。

(「一」)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

兄につき「女のような性分で、ずるいから」と書かれているが、それを示す具体的事実は上記の「おやじに言い付けた」ぐらいである。
まあ兄貴も父に言う前に弟にビンタでも返せよという感じではあるが、ここはやはり、坊っちゃんの異様さが示されている。

待駒」とは新潮文庫の解説によれば、「敵の王将の逃げ道をあらかじめ塞ぐ駒」であり、別に卑怯でもない普通の戦略と思える(そもそも将棋の戦略に卑怯も堂々もないのでは)。また「人が困ると嬉しそうに冷やかした」も、むしろ兄が親しみを込めてじゃれてるとも思える。

しかし坊っちゃんはいきなり本気で怒り、「飛車」を兄の顔に叩きつけている。
(ちなみに「飛車」は、上下左右に自由に動ける強い駒であり、ここでぶつけたのが「歩」でも「桂馬」でもなく、「飛車」なところも攻撃性を細かく表現している。少し前に藤井聡太君の影響で将棋を少し覚え、おかげで漱石作品読解が進んだのである。)

坊っちゃんが癇癪持ちとはいえ、不仲でも父に対してはこのような有形力の行使をした描写はない。
やはり、兄を激しく嫌悪しているのだ。

ちなみに1906年発表の「坊っちゃん」の、6年後に漱石が書いた他作品「行人」(こうじん)においても、この「兄弟喧嘩で将棋の駒をぶつける」が出て来る。

すると岡田が藪から棒に「一郎さんは実際むずかしやでしたね」と云い出した。そうして昔兄と自分と将棋を指した時、自分が何か一口云ったのを癪に、いきなり将棋の駒を自分の額へぶつけた騒ぎを、新しく自分の記憶から呼び覚ました。
「あの時分からわがままだったからね、どうも。しかしこの頃はだいぶ機嫌が好いようじゃありませんか」と彼がまた云った。自分は煮え切らない生返事をしておいた。
「もっとも奥さんができてから、もうよっぽどになりますからね。しかし奥さんの方でもずいぶん気骨が折れるでしょう。あれじゃ

(「行人」兄・九)

ここで、「むずかしや・わがまま・奥さんも気骨が折れる・あれ」と、何度も否定的表現が重ねられている。これも、『ここに書いたのと全く同じ事をやった坊っちゃんも、むずかしやでわがままな人間ですよ。さわやか好青年ではありませんよ』との、夏目漱石の6年後の注意書きに見えてくる。

そして、坊っちゃんと兄とは、あっさり縁切りになる。

 母が死んでから六年目の正月におやじも卒中で亡くなった。(略)どうせ兄の厄介になる気はない。世話をしてくれるにしたところで、喧嘩をするから、向うでも何とか云い出すに極っている。なまじい保護を受ければこそ、こんな兄に頭を下げなければならない。牛乳配達をしても食ってられると覚悟をした。(略)
 九州へ立つ二日前兄が下宿へ来て金を六百円出してこれを資本にして商買をするなり、学資にして勉強をするなり、どうでも随意に使うがいい、その代りあとは構わないと云った。(略)二日立って新橋の停車場で分れたぎり兄にはその後一遍も逢わない

(「一」)

2、四国とその住民への嫌悪

中学(旧制)の数学教師として赴任すべく四国に上陸した坊っちゃんは、いきなりその土地と人とをディスりまくりだす。

(※ 作中では「四国」とのみあり、赴任先が「松山市」との記載はない)

 船頭は真っ裸に赤ふんどしをしめている。野蛮な所だ。(略)見るところでは大森ぐらいな漁村だ。人を馬鹿にしていらあこんな所に我慢が出来るものかと思ったが仕方がない。(略)陸へ着いた時も、いの一番に飛び上がって、いきなり、磯に立っていた鼻たれ小僧をつらまえて中学校はどこだと聞いた。小僧はぼんやりして、知らんがの、と云った。気の利かぬ田舎ものだ猫の額ほどな町内の癖に、中学校のありかも知らぬ奴があるものか

(「二」)

あらためて見返したら記憶よりもひどかった。子ども相手に完全に逆ギレな心境を堂々と書き、来たばかりの土地・町をけなしまくっている。
いま(2026年)のドラマでこんな主人公を出したら炎上だろう。こりゃテレビドラマが坊っちゃんを爽やか好青年に改変してもやむを得ないかも。

さらに坊っちゃんの嫌悪は続く。四国で最初に泊まった宿では

 茶代をやらないと粗末に取り扱われると聞いていた。(略)田舎者の癖に人を見括(みくび)ったな。一番茶代をやって驚かしてやろう。(略)田舎者はしみったれだから五円もやれば驚ろいて眼を廻すに極っている。どうするか見ろと済まして顔を洗って、部屋へ帰って待ってると、夕べの下女が膳を持って来た。盆を持って給仕をしながら、やににやにや笑ってる。失敬な奴だ。顔のなかをお祭りでも通りゃしまいし。これでもこの下女の面よりよっぽど上等だ

(「二」)

「下女の面よりよっぽど上等だ」
もはや現代では何重もの意味で使えない表現であろう。

ちなみに女性の顔を比較して、「上等」と評するのは後の作品「三四郎」(明治41年=1908年連載)でも見られる。

国を立つまぎわまでは、お光さんは、うるさい女であった。そばを離れるのが大いにありがたかった。けれども、こうしてみると、お光さんのようなのもけっして悪くはない。
 ただ顔だちからいうと、この女のほうがよほど上等である。口に締まりがある。目がはっきりしている。額がお光さんのようにだだっ広くない。なんとなくいい心持ちにできあがっている。それで三四郎は五分に一度ぐらいは目を上げて女の方を見ていた。

(「三四郎」一)

(一度リアルでこう口にしてみたいものだ)

3、同僚教師らへの嫌悪

赴任した中学でも坊っちゃんは周囲を嫌悪しまくる。校長の説明を受けて

 おれみたような無鉄砲なものをつらまえて、生徒の模範になれの、一校の師表と仰がれなくてはいかんの、学問以外に個人の徳化を及ぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をする。そんなえらい人が月給四十円で遥々こんな田舎へくるもんか

(「二」)

校長と四国とをまとめてけなしている。

さらに同僚教師達にも

 教頭のなにがしと云うのが居た。(略)文学士だけにご苦労千万な服装をしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿にしている。あとから聞いたらこの男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。(略)英語の教師に古賀とか云う大変顔色の悪い男が居た。大概顔の蒼い人は瘠せてるもんだがこの男は蒼くふくれている。(略)蒼くふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食った酬いだと思う。この英語の教師もうらなりばかり食ってるに違いない。もっともうらなりとは何の事か今もって知らない(略)。おれと同じ数学の教師に堀田というのが居た。これは逞しい毬栗坊主で、叡山の悪僧と云うべき面構えである。人が叮寧に辞令を見せたら見向きもせず、やあ君が新任の人か、ちと遊びに来給えアハハハと云った。何がアハハハだ。そんな礼儀を心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれはこの時からこの坊主に山嵐という渾名をつけてやった。(略)画学の教師は全く芸人風だ。べらべらした透綾の羽織を着て、扇子をぱちつかせて、お国はどちらでげす、え? 東京? そりゃ嬉しい、お仲間が出来て……私もこれで江戸っ子ですと云った。こんなのが江戸っ子なら江戸には生れたくないもんだと心中に考えた。(略)
 数学の主任は誰かと聞いてみたら例の山嵐であった。忌々しい、こいつの下に働くのかおやおやと失望した

(「二」)

あらためて見ると、後に坊っちゃんが妙に肩入れする「うらなり」に対しても、外見をかなり悪く見ていたことに気付く。
赤シャツや野だいこ、しばらく対立していた山嵐に否定的なのは印象にあったが。

4、下宿の主人夫婦への嫌悪

そして坊っちゃんはまた四国の街と住民を侮蔑し、最初の下宿の主人夫婦もけなす。

二十五万石の城下だって高の知れたものだ。こんな所に住んでご城下だなどと威張ってる人間は可哀想なものだと考えながらくると(略)
町はずれの岡の中腹にある家で至極閑静だ。主人は骨董を売買するいか銀と云う男で、女房は亭主も四つばかり年嵩の女だ。中学校に居た時ウィッチと云う言葉を習った事があるがこの女房はまさにウィッチに似ている。ウィッチだって人の女房だから構わない。

(「二」)

この「ウィッチ」とは、魔女、あるいは鬼婆と訳すべきだろうか。
「奥さまは魔女」(タイトルしか知らないが)の魔女というよりは、「安達ケ原の鬼婆」の鬼婆のイメージか。

(鳥山石燕「画図百鬼夜行」)

ここで既に萌芽が見られる下宿主人夫婦との不仲が、坊っちゃんと、「彼岸過迄」の森本とで、共通しているのだ。


「二」まででかなり長くなってしまった。
やはり予想以上に、坊っちゃんは他者・土地を侮蔑しまくっていたのだ。

また続きを。


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