何故、ジェネリック長場雄にモヤモヤするのか?
ジェネリック長場雄が多過ぎる
という旨のポストをTheadsに投稿したら、思いのほか賛同の声をいただいたので、文章を補足して考えをまとめておこうと思う。
ちなみに、ジェネリックとは、英語で「一般的な」という意味の「generic」に由来する言葉で、医療用医薬品の総称である。
新薬(先発医薬品)と同じ有効成分を同じ量含んでいる
新薬と同様の効き目、品質、安全性が認められている
新薬に比べて開発費や開発期間が短いため、低価格で提供できる
などの特徴があるが、転じて、「代替品」を意味するスラングとして揶揄的な意味を込めて使われてもいる。
超ビッグなイラストレーター
長場雄さん、白根ゆたんぽさん、KYNEさん。
この三人のイラストレーターの名前でピンと来ない方は、各人の本人インスタを貼り付けたので、作品を見た上で名前を覚えていただきたい。
長場雄氏(本人)のインスタ
白根ゆたんぽ氏(本人)のインスタ
KYNE氏(本人)のインスタ
三人とも超ビッグなイラストレーターであり、アーティストなので、イラストに興味がない人でも、企業コラボ商品などで見たことある人も多いはずだ。むしろ、イラストレーターなら知ってて当然の御三方である。ていうか、私はシンプルに御三方のファンだ。その上で本題である。
SNSに溢れるジェネリック長場雄
誰とは言わないが、インスタ界隈にはジェネリック長場雄が多過ぎる。ジェネリック白根ゆたんぽと、ジェネリックKYNEもゴロゴロいる。
三人とも巨匠なので、影響を受けるのはしょうがない。イラストに限らず、音楽、漫画、絵画、映画、あらゆる方面で後発の人間は影響を受けるし、私自身彼らの影響を破茶滅茶に受けている。受けまくっている。
全ては誰かのマネから始まる。先人たちが築き上げた礎の上で、ひたすらモノマネと自己研鑽を繰り返すのがクリエイターだ。誰にも似ないというのはもはや不可能なのかもしれない。
しかし、影響を受けたタッチをそのまま描いたらパクリになるので、多くのイラストレーターがその影響から脱しようと、あまりにも強すぎる引力(魅力)から、七転八倒、四苦八苦、あの手この手で、もがきながら自分のタッチを模索している。
長場雄タッチは、基本的に白地に線だけの引き算の世界なので、だからこそ、そこからの差別化は恐ろしく難しい。
引力からの脱出は至難の業だ。
蔦屋書店に並ぶジェネリック長場雄グッズ
明らかに長場雄さんに影響を受けた線で、ジブリやディズニー系のキャラクターに、コーヒーを持たせるという、フォロワーが多いものだけ掛け合わせた二次創作を見た。
上澄みだけなぞった長場雄タッチ × フォロワークソデカコンテンツ × みんな大好きコーヒー。フォロワーが多いものを3乗すれば、イイね爆増間違いなしだ。しかし、人の褌で相撲を取るとはこのことである。
しかもジブリ&ディズニーはただでさえフォロワーが多く、描くだけで絵そのものの魅力ではなく、キャラの人気でイイねがくる。人の褌を締めた上で、下駄まで履かせてもらった形だ。
それは禁断の果実というか、麻薬に近い。やり過ぎたら戻れなくなる。実際、イイねがドカンと来ると大量のドーパミンが放出されるので、「もう一回あれを味わいたい」となる。結果、同じことを繰り返す。だが、SNS上ならまだわかる。誰だってイイねはほしい。私だってファンアートを描いてSNSにUPする。あれは楽しい。
だが、それがあの蔦屋書店に並んでいるとなるとちょっと話が変わってくる。スタバ併設型蔦屋書店、いわゆるツタバのポップアップショップに並んでいるのだ。売るのか、それを。「長場さん風だな…」と、元ネタを知ってる層には簡単に正体が割れてしまうものをそのまま売るのか。面の皮の厚さは広辞苑なみだ。
本物かどうかはどうでも良いのかもしれない
ジブリやディズニー系は二次創作として、インスタにUPはできても、商品として売ることはできない。では、彼のグッズには何が並ぶのか。
版権が切れたキャラクターや映画、昔の肖像画や名画、おとぎ話のキャラを、ジェネリック長場雄タッチに落とし込んで、コーヒーを持たせた絵だ。そして、それを消費者が「家宝にします」とインスタにUPする。
明らかにレオンと、マシュマロマンを描いた原画が、蔦屋書店で、7万円とか、5万円で売ってあったが、これは権利的には大丈夫なのか聞きたい。借り物のタッチで、版権物を描いた絵を売るのは、スタバ的にも蔦屋書店的にもどうなのだろうか。
しかし、消費者にとっては元ネタを知らなかったら、本物かどうかすらどうでも良いのは、イラストだけでなく、あらゆる商品にとって同じことが言えるかもしれない。私たちの周りは、本物ではないそれっぽいもので溢れている。
そういうアカウントが万単位のフォロワーを集めて、実際蔦屋書店のスタバとかでイベントが開かれている。
正直、真面目にタッチを模索しているのがちょっと馬鹿らしくなってくる。
だが、そういうジェネリック長場雄タッチ商品を、代官山蔦屋書店とかに置いてあるのを見ると、代官山蔦屋書店の審美眼もその程度なのか、とも思う。
もうこうなったら嫉妬剥き出しだが、オリジナルのタッチで、オリジナルのモチーフを描けや!という気持ちが沸々と湧いてくる。
マネから入るのはしょうがない。結果タッチが似通ってしまうのもしょうがない。目や鼻を点で処理するのは、どこが源流だろうか。ジュリアン・オピーだろうか。しかし、さすがにモチーフはオリジナルで探した方が良かったのではなかろうか。
モノクロ線画にジェネリックが多いのは何故か
すでに、ここまでぶっちゃけてしまったので全部言う。長場雄氏、白根ゆたんぽ氏、KYNE氏、三者のジェネリックイラストレーターは多い。白地に黒い線が基本で、しかも目や鼻が線だったり、点だったりするので、影響から脱却しようとしてもどうしても似通ってしまうというのもある。
差別化は至難の業だ。
それに対し、中村佑介氏のジェネリックイラストレーターは比較的少ない。ゼロではないが、先に挙げた三者に比べればあまり見かけない方だと思う。
何故か。
圧倒的に作画カロリーが高く、量産できないからだ。
勘違いしないでほしいので、念を押すが、先に挙げた三者の絵が作画カロリーが低いと言っているわけではない。白地に黒い線のみで描かれた世界は、簡単そうに見えるが、恐ろしいほどの引き算の宇宙で成り立っている。
例えて言えば、書道や、水墨画に近いかもしれない。彼らの線画は、どの線を省略し、どの線を生かすか、線の入りと抜きの強弱から漂う緊張感が、巨匠のそれだ。
だが、素人目に見れば違いがよくわからないので、見よう見まねでそれっぽいものを描いて、モチーフがジブリやディズニーであれば、ある程度のいいねは稼げる。しかも描くのがキャラだけであれば、続々と次が出せる。もちろん、仕上がりには天と地ほどの差がある。
中村氏の絵は小手先で真似ようとするものを、作画カロリーでぶん殴ってくる。
特徴的な横向きの女性は仮に真似できたとしても、その周りを取り巻くこまごまとした背景や小道具をから構成される世界観は、二次創作だとしても相当な根性のオーナーでないと贋作は作れない。そしてタッチの上澄みだけ真似しようとする人間にそんな根性はない。
タッチを見つけるという長い旅
先日、あるハッシュタグに、たくさんのイラストレーターの方々に参加していただいた。
XにUPされたこのタグがついた絵を見ていると、本当に個々人が、絵で仕事を得るまでの、血と汗と涙と、七転八倒の模索と葛藤の跡が見えて、熱い気持ちになった。マネから入り、さまざまなタッチを試し、自分が描きたいモチーフを探し、仕事につなげる。これはもはや修行の旅だ。その盛り上がりの後だったせいか、スタバのジェネリック長場雄商品には、葛藤とかプライドとかないんか!と余計に沸々してしまったのだ。
あーあ!言っちゃった!
あーあ!言っちゃった!ずーっとモヤモヤしてたから、ついに言っちゃった!誰も言ってないっぽいから、あんまり言わない方がいいのかなと思ってたけど、だまってられなくなって言っちゃった!
しかし、Threadsのポストで、イラストレーターや、デザイナーさんのいいねがかなりついたってことは、同じくモヤモヤしてた人が多かったってことだと思う。
その上で、ハッとしたのが、
「バズりたい or 大勢にチヤホヤされたいゆえの手段で絵を描いているに過ぎないからこういうことが平気でできるのでは…?」
という意見。完全に目から鱗だった。確かに、自分の表現を模索して、自分の絵で売れたいではなく、バズりたいor大勢にチヤホヤされたいが前に立ったら、あのような絵になるのは道理だ。
ずっと抱えていたモヤモヤの核心はここだったのかもしれない。そもそも他人の褌で相撲を取っている時点で、土俵が違ったのだ。
それでは、何故か相撲に偏りすぎる比喩で、かなりキツい口調が続きましたが、読んでいただきありがとうございました。横綱に登り詰めるのはなかなかに厳しい世界ですが、それはどこも同じこと。せめて番付表の上位に食い込むくらいまで四股を踏んで研鑽を積む所存です。
いつもは、イイねとフォローおねがいします!とタヌキのイラストが入るところですが、なんかこの話題でそういうのもアレなので、何年も前にタッチを模索する旅の途中で描いたイラストで締めたいと思います。
それでは聞いてください。
スタバもいいけど、オチャバがほしい。





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