「文車妖妃のメソッド」第10話:五十嵐文子の独白
「それは左遷って意味でしょうか」
第2回文章大賞の終了後、五十嵐は社長室に呼び出されていた。褒められると思っていたが社長の言葉は想像と180度違っていた。
「支社に移ることを左遷って言ってほしくないな。そうとらえるならそれで結構。理由はわかるよね。五十嵐さん、今回の文章大賞、自分で応募したでしょ?」
五十嵐は作家になる夢があった。小さい頃から本好きでたくさんの小説を読んできた。高校生になった頃には小説家になるんだと心に決めていた。しかし、創作の才能はなかった。いくつも物語を書いてみたが、どれも最後まで完結した試しがない。小説家の道はいつしか諦めていた。
それならばとライターの道に進もうと進路を変更した。大学時代にアルバイトしたお金を、プロが講師を務めるライター講座に費やした。プロライターから文章のイロハを叩き込まれ、何本も記事を書かされ、書く力を磨いた。同期は講座受講中に企業から案件をもらっていた。講師が売れっ子ライターなのもあり、コネがあったからだ。しかし、五十嵐にはなんの声もかからなかった。ライターの才能もなかったと、数十万円かけて気付かされた。
夢を捨てきれなかった。せめて文章に関係する仕事をしたかった。起業したばかりのmemo社に入社し、彼女は「文章大賞」を企画する。これがヒットし、彼女の地位は上がっていく。
読書経験が役に立った。さまざまなジャンルの本を貪るように読んだ時代が、五十嵐の文章を見る目を養っていた。ライター講座が役にたった。書くイロハを身につけていたおかげで、審査する立場になれた。
第2回文章大賞はメディア・出版社を巻き込む大きなイベントに成長する。五十嵐は夢を捨てきれていなかった。最強な読者になんてなりたくない。私は書き手になりたいのだ。
自身が作った「嵐文メソッド」に沿った作品を、五十嵐は偽名で投稿したのだ。
「残念だよ。最強読者の君がいれば、文章大賞はこれからもっと発展する可能性があるのに。本来は解雇だが、支社勤務で納得してほしい。志村くんに仕事の引き継ぎを頼む」
五十嵐がオフィスに戻ると、志村ひとりが待っていた。うつむき加減で、もじゃもじゃ頭をかいている。
「五十嵐、力になれなかった。悪りぃ」
「志村くん、どうせあなたが社長に口利きしてくれたんでしょ。ありがとう。悪いのは私よ。駄目だった。どうしても夢を諦めきれなかった。ごめん。ごめんなさい。二人で作ってきたイベントなのに、ごめんなさい」
両手で顔を覆い泣き声を絞り出す五十嵐に、志村は何も言えず、頭をかいていた。
(……私が手塩にかけて育てたってのに、書き手の欲望はどこまでも深いもんだな)
顔を少し上げ、誰も座っていない椅子を五十嵐は見つめていた。
第1話:https://note.com/u_yasushi/n/n50fe762ef006
第2話:https://note.com/u_yasushi/n/n2aefa79ddb17
第3話:https://note.com/u_yasushi/n/n7766d2efafdd
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第5話:https://note.com/u_yasushi/n/ne3df7df82afc
第6話:https://note.com/u_yasushi/n/nce363b3a3b6d
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第8話:https://note.com/u_yasushi/n/nc7891dfdb586
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第10話:https://note.com/u_yasushi/n/n7df18307a437
第11話:https://note.com/u_yasushi/n/n3729eec39423
第12話:https://note.com/u_yasushi/n/n986740e6ffa6
第13話:https://note.com/u_yasushi/n/ne4d645a75975
第14話:https://note.com/u_yasushi/n/na38f84e5a63f
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