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【伝わるプレゼンの探求】 なぜ、相手は『自分で決めた』と思うのか — 押し込まれた結論は残らない|インセプション型プレゼンの構造

この話は、ここから続いています。


ここまで、
状態について書いてきました。


状態は、作るものではなく、
見えてくるもの。

そして、
その状態を置くと、
そこから流れが生まれる。

地形が立ち上がると、
そこに流れが見えてくる。

あとは、
その流れに触れるだけでいい。



ただ、
ここでひとつ、残ることがあります。


その流れに沿って出てきた結論は、
誰のものなのか。

プレゼンで提示されたものなのか。

それとも、
自分で考えたものなのか。

多くの場合、
その区別はつきません。


むしろ、

自分で気づいた、
と感じることの方が多い。

だからこそ、
その結論には抵抗がない。

押しつけられた感覚もなく、
自然に受け入れている。



例えば、
本編とは切り離された一枚の情報が、
そのあとの見え方を変えてしまうことがある。

その情報自体は、
特別なものではない。


ただ、
どこに置かれたかによって、
そのあとの流れが変わる。

ここまで来ると、
プレゼンは「説得」ではなくなります。

何かを理解させるものでも、
納得させるものでもない。


ただ、
ある状態が置かれ、
そこから流れが生まれただけ。

そして、

その流れの中で、
結論は自然に立ち上がる。

それだけで、
十分に成立することもある。



ただ、

その先に何が残るのかは、
少しだけ別の話になります。

それは、
どんな状態のときに、
その結論が「自分のもの」として立ち上がるのか、
という話かもしれません。

なぜ、その結論は
「自分で気づいた」と思うのか。

結論は、押し込まれるものではなく、
自分の中で立ち上がったときにだけ、
自分のものとして残る。



第2シリーズ|インセプション型プレゼンの実際


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