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【読書記録 -133】ナラティブ・カンパニー

企業は物語を語るのではない、物語を共創するのである

ー ブランドとは何か ー

そう問われると、多くの人はロゴや広告、あるいは商品の品質を思い浮かべるだろう。しかし、本田哲也著『ナラティブ・カンパニー』は、それらと全く異なる視点を投げかける。

本書の著者 本田哲也は、PRストラテジストとして数多くの企業のブランド戦略に携わってきた人物である。従来の広報や広告の枠を超え、「共感」を起点としたコミュニケーション設計を提唱し、日本におけるPRの第一人者として活動している。本書では、その経験を基に「ナラティブ経営」という新しいブランド論を展開している。

本書のテーマは「企業は一方的に物語を発信する存在ではなく、社会と共に物語を育てる存在である」という概念だ。「ナラティブ・アーティキュレーター」を名乗るようになってから、ボクはこの言葉の輪郭を追い続けている。本書は、その輪郭を企業経営という文脈で少しだけ鮮明にしてくれた。

ストーリーではなくナラティブ

まず、本書では「ストーリー」と「ナラティブ」を明確に区別している。

ストーリーは企業起点の物語だ。
企業が商品やサービスの価値を語り、生活者へ届ける一方向のコミュニケーションだ。

一方、ナラティブはその舞台を社会に置く。
企業だけが語るのではなく、生活者や社員、取引先など、多様なステークホルダーが物語へ参加し、共に育てていくものなのだ。

主人公は企業ではない

それは「主人公のシフト」という考え方だ。

医師→患者
教師→生徒
企業→生活者
と、主人公がシフトすることで、発信者が共体験者になる。

本書には「共体験」というワードが何度も出てくるが、それは企業が一方的に自社のストーリーを語るのではなく、人々と共にナラティブを紡ぐ… 著者がそんな時代になることを願っているからのように思う。

企業もまた「共創者」の一人になる。
そこに、ストーリーとナラティブの決定的な違いがある。

ナラティブはパーパスから始まる

そのナラティブは「パーパス」を起点に生まれる。

自分たちは何者なのか。
何を実現したいのか。

この問いに向き合うことによって、企業本来の「自分らしさ(オーセンティシティ)」が見えてくる。そして、その自分らしさこそが、ブランドにとって最も重要な資産になる。

ブランドとは認知ではなく、社会から「その会社らしい」と認識されることで形成されるのだ。

ナラティブを実装することで価値が生まれる

著者は、ナラティブの成果は単発施策では測れないという。
成果を測るためには、継続的なモニタリングと共に、PDCAサイクルを回し続けることが必要だと説いている。

共体験をどう設計するか。
ターゲットやメッセージ、タッチポイントをどう広げるか。
そして、「ソーシャル・レスポンシビリティ」「ビジネス・トランスフォーメーション」「ビヘイビア・プリンシプル」という三つの領域において、ナラティブを企業へインストールする方法を体系化している。

ナラティブとは「いい話」を作ることではない。
企業活動そのものを変えていく経営手法なのである。

点だった知識が線になり始めた

本書を読みながら、今年読んだ何冊かの本を思い出した。

『AIに選ばれ、ファンに愛される。』では「ファンベース」。

『北極星』では「共創者」。

『組織のディスコースとコミュニケーション』では「語り(ナラティブ)」。

『世界はナラティブでできている』では「物語思考」。

これまでボクは、それぞれ別の概念として受け止めていた。
しかし、本書を読んで、それらはすべて「ナラティブ」という一本の線でつながるのではないかと思い始めている。


正直に言えば、ボクはまだ「ナラティブ」を完全に理解したとは思っていない。それでも、この言葉を追いかける価値はあると感じている。

この先さらに本を読み、付箋を貼り続ける中で、「ナラティブ」という概念がどのような線を描いていくのか。それを見届けるのが、今のボクの楽しみである。

参考リンク

・Amazon『ナラティブ・カンパニー』書籍紹介ページ

・株式会社本田事務所:ホームページ


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