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100人で18万文字の書籍を作った嘘みたいな本当の話

この話の主人公は100人いる。100人100通りの物語があるのだけれど、全てを紹介することは不可能だからそのうちの1人の目線から見た物語をここに綴る。なお、ここに書かれていることは全て本当の話である。

プロローグからなんのはなしですか


盛大に不貞腐れていた。

なんだよ……。結局面白い話とか役立つ話とか、バズった話とか、そういうものだけが選ばれてるじゃないか。今までにない新しい作品を求めていますって言ったくせに。「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」って言ったくせに───。



note創作大賞2024の結果発表が行われたその日、私は口をタコにしたり「へ」の字にしたりして、滲む画面に思いつく限りの文句をぶつけていた。


負け惜しみと言われたらその通りかもしれないけれど、それは「自分の作品が選ばれなかったから」じゃない。

私が魂ごと持っていかれて、これを「形」にして欲しいと心から願った作品が、選ばれなかったからだった。

この作品を投稿したコニシ木の子氏(以下コニシさん)は、ここnoteの中で一風変わった形で存在感をしめしていた。


#なんのはなしですか
という言葉の魔法を信じて、3年間、たった1人でこのタグをつけて発信を続けていたそうだ。2年半もの間、誰もそのタグを使うこともなく、一緒に書いてみようという人も現れなかったというのに。


そして昨年3月。
ついに #なんのはなしですか を使う人が現れた。


そこからこの魔法の言葉は信じられないほどのスピードでnoteの街に広がっていった。

週を追うごとにタグを使う人が爆発的に増え、今や #なんのはなしですか のタグがついた記事数は1万3千件をこえる一種のジャンルとして確立されている。

コニシさんは #なんのはなしですか というタグがついている記事をほぼすべて読み、コメントし、紹介し続けている(ちょっとおかしな)人なのだ。



私がこの魔法の言葉に出会ったのもまた、昨年のことだった。

役に立つこと・有益なこと・面白いこと・読ませる文章。
そういうものが「正」とされるメインストリートだとしたら、 #なんのはなしですか は路地裏だった。


「正しい文章」を書かなくちゃならないというプレッシャーに少しずつ苦しくなった時、ふと気になって路地裏に迷い込んだ。


そこにはたくさん人がいて、しかもみんな楽しそうだった。楽しそうになんのはなしかわからないはなしをしていた。途中までしか書いてなかったり、訳が分からなかったり、どうかしているとしか思えなかったり……路地裏と呼ばれるその場所は、ただただ書きたい人が書きたいことを自由に書いている場所だった。



私が最初に路地裏に入った時、目についたのは「キノコの山とたけのこの里どっちが美味しいと思う?」ということを真剣に話し合っている大人たちだった。すごく真剣で、しかも長文なのにそれはそれは楽しそうで。

しかも「そんなに言うなら食べてみるね」と最終的に片方が折れるかと思いきや「食べない」という訳の分からない結末で幕を閉じていた。


何を読まされたんだ?
と笑いながら、これでいいんだ、とも思った。



コニシさんは路地裏の案内人として、路地裏に投稿される合言葉 #なんのはなしですか のタグがついている記事を一人で回収(蒐集)している。


この訳の分からない記事を全部読んで全部「おもしろいなぁおもしろいなぁ」と言いながらコメントし、月曜日にまとめ記事を出していた。そのコメントが嬉しくて路地裏に住み着いている人もたくさんいるようだった。


「私も書いてみたい」

そう思って何の役にも立たない、エッセイでもない、なんのはなしか分からない話を書いてみた。



そしたら路地裏案内人であるコニシさんがやってきて、コメントをして記事を回収していった。

翌週のまとめ記事ではコメント付きで記事が紹介されていた。なるほど、これは嬉しい。これでいいんだ、好きに書いてもいい、なんのはなしかわからないオチのない話でも、おもしろい、おもしろいと言ってくれる人がいる。そのことにどれだけ救われたことか。



それからは私もすっかり路地裏の住人になり、表通りでは「人に読まれるための文章」を書く一方で、時折路地裏を訪れては「なんのはなしかわからない話」を書き連ねた。


路地裏の居心地がよかったのは、折れそうな筆を何度も何度も直してくれたからでもある。note公式のビジョンでもある「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」を一番実直に守ろうとしているのはコニシさんなんじゃないかと思っている。


「あなたの書くものを誰が面白いと思うか分かりませんから、どうか続けてください。」

コニシさんは、3年の間にたくさんのクリエイターを見送ってきたそうだ。だからだと思う。「続けてください」という言葉を何度となく聞いた。



そんなコニシさんが、創作大賞2024にその集大成ともいえる作品を投稿した。


この「なんのはなしですか」という言葉は、人の日常や日々思うこと、創作も含め、普段言えない、書けない悩み、そしてどのジャンルの作品にでも使え、喜怒哀楽を表現出来て、どこまで本当か嘘かもハッキリしなくてもいい「魔法の言葉」だと心から信じていたからです。

書くことに参加条件などなく、書いたものを皆で「くだらないな」と楽しめる土台を創作したと思っています。

大事なのは、どんなことでも「書きたい」と思ったことを記すことが出来て、投稿することです。そこから先はまた別の話です。書くことに資格などありません。だからこそ「きちんと書け」と言うのなら表現にジャンルは生まれません。

書く前から「書く意味がない」と否定することを納得出来ません。「意味がない」「ワケが分からない」ことがこれだけ面白いと皆思ってくれたからです。

この作品を読んで、私は魂まるごと全部捧げても惜しくないと思った。

これまで続けてくれてありがとうございます。
おかげで救われました。
……なんて、ちょっと大げさなくらいにボロボロ泣いた。



そう思ったのは私だけじゃないようで、応援の声はどんどんあがっていった。


あまりにも感想文が多すぎて、これでもほんの一部に過ぎない。応援の声を全部読みたい方はこちらのマガジンを読んでもらいたい。



まるで化学反応のように、波紋のように、コニシさんの投げた一石はnoteの中に大きく広がっていくのを感じた。


コンテストの受賞か否かは「人気」だとか「数字」だとかには左右されないことは分かっていた。公式からもそのようにアナウンスされていたから。

だけど、ここまで多くの人の心を揺さぶり、「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」を引っ張っていってくれたこの作品が選ばれない訳がない。と、信じて疑わなかった。






だけど。

結果発表の日。
私は画面の前でまた泣いた。


自分の作品が落ちることなんか分かりきっていた。だけど、これだけは納得できなかった。
──なんで?なんでこれが選ばれないの?誰か教えてくれよ、と悔しくて仕方がなかった。



はたから見たら、内輪ノリに見えたのかもしれない。
この魔法を信じているのは路地裏の中にいる人だけで、出版社とか編集者とか審査員とか、そういった立場の人から見たら「商業には向かない」と思われたのかもしれない。



それに───。

時間が経って少し冷静になった時に思った。

もしこれを紙の本として出版するとしたら、#なんのはなしですか を書いたクリエイター全員に「本に載せていいですか?」と確認しなくちゃならないってことか……と。

厳しい出版業界において、「役に立たない」「なんのはなしかわからない」と公言している「誰でも自由に書いたもの」を出版できるかって……できないんだろうなぁと納得した。

私はその時、あまりにもがっくりきて、もうほとんど諦めていた。
それが冒頭の盛大な不貞腐れシーンである。





だけど、諦めていない人がいた。



コニシさんは作品の最後にこう書いている。

「もっと面白く出来ませんか?もっと読まれる方法はありませんか?」

ということです。こんなにくだらないことを毎日真剣に「書くことが好き」という共通の気持ちだけで、色んなジャンルの人間がたった一つの言葉「なんのはなしですか」という一言で踊り、創作を楽しんだ事実を

もっと面白く出来る方法はありませんか?

です。コンテンツとしてnoteの街の路地裏文化をもっと楽しむために、もっと笑えたり、泣いたり、考えたり出来るために、何か方法はありませんか?ということです。

この声に答えようとする人たちがいた。


#なんのはなしですか のタグをバズらせる」と言って、X(旧Twitter)で #なんのはなしですか のタグを1000件にするまで呟き続ける人がいた。

Youtuberに #なんのはなしですか を使ってみて欲しい、と声をかける人がいた。

ご自身のファンクラブに #なんのはなしですか について紹介する人がいた。

StandFMという音声プラットフォームで #なんのはなしですか を広めようとしている人がいた。



一度でも #なんのはなしですか を使ったことのある路地裏の住民が、「広める方法はコンテストだけじゃないぞ」と行動で示してくれていた。



じゃあ私には何ができる?

考えた。
考えて、考えて、考えた。


書く人が増えてほしい。
書く人が増えたら、読む人も増える。
書くのが難しいのは、「正しい文章しか価値がない」みたいな風潮からきているからだ。
どんな文章でもいいんだって思える場所が作れたら。
それがコニシさんの、願い。


だから私は、1つのアイディアを思いついた。


#なんのはなしですか を電子書籍にしたい。』


だけどこれは、大きなリスクをともなうことでもあった。
noteのプラットフォームの中にある「路地裏」という場所を大切に思い、居場所として心の拠り所にしているクリエイターの存在を知っていたからだ。


私に見えている路地裏の範囲はごく一部にしかすぎず、コニシさんだけに俯瞰できているその場所は、すでに600人以上が軒を連ねる巨大なものであった。

私にとっての路地裏と、誰かにとっての路地裏は、全く異なる形をしている。だから、私のしようとしていることはその大切な場所をぶち壊すことになるかもしれないと思った。


電子書籍というのは、これまで誰もが自由に創作していた段階と変わり、「金銭が発生するビジネスになる」という側面ももちあわせていた。


コニシさんが自ら「そうしよう」と言うならまだしも、路地裏の隅っこにふらりと生息していた私が突然そんなことを言い出したら、絶対に反感を覚える人がいると、分かっていた。

でも、「コニシさんが創作大賞2024にエントリーした」ということはその先には「出版」という未来があったはずだし、そうすることを拒否しているようには思えなかった。

とはいえ、大切な路地裏の形を変えようとしていることに違いはない。



だから私は、コニシさんに相談する前に、別の方に相談させていただいた。

同じく路地裏に長くかかわっているえむのマイトン氏(以下マイトンさん)、それから「#なんのはなしですかを一度も使ったことのないクリエイターさん」の2名である。

2名のクリエイターに、路地裏の外と中、それぞれの視点から
「もしも#なんのはなしですかを電子書籍にしたいと言ったらどう思いますか?」と尋ねた。



結論から言うと、2名とも同じような回答であった。

・「書籍」という媒体において#なんのはなしですかはあまりに自由すぎる
・読まれるためには一定のクオリティは必要
・いったいどうやって集めるつもりか
・一人でやるのは無理ではないか
・ある程度の選別は必要ではないか
・文字数も作品数も全部自由では「書籍」としての体裁を保てると思えない


確かにおっしゃる通りであった。

あまりに混沌として、とてもひとつにまとめることなんてできないんだろうなと感じた。


諦めようかと思った。
だけどその間にも、Xでバズらせよう、Youtubeで流行らせよう、instagramで流行らせよう、StandFMで流行らせよう……と自主的に動いている人たちがいた。


私も、私のできる形で、形にしたい。

どうすれば実現可能か。
企画書を作り、構想を練った。

マイトンさんにも見てもらい「あなたの本気度は分かりました」という言葉をいただいた。


それから、コニシさん本人に連絡をとらせていただいた。


コニシさんが「やらない」と言ったら辞めよう。
でも、もし「やる」と言ってくれたら、途中にどんな困難が訪れようとやり切る。そう心に決めて。



「全く問題ありません。楽しそうです。嬉しいです。」
私のゴーゴー燃える炎に、ちょっと落ち着けとシャワーで水をそそぐように、あまりにもさらっと、コニシさんはいいと言ってくれた。


たぶん、すごく考えてくださったと思う。このタグを作ったのも路地裏をつくったのも全てコニシさんなんだから、形を変えることに何かしらの思いは必ずあったはず。


それでも「文字数はどうしましょうか?作品の選別はしたほうがいいでしょうか?」などの質問を投げるたび、コニシさんから回答が届く。

「すべて受け入れます。どんな表現も全て。大丈夫です。失敗してもいいし全部何とかなりますし、何とかします。」
その懐があまりにも大きく力強くて、不思議と大丈夫だと思えた。


・文字数制限はしない
・作品の選別はしない
・大手の出版社ができないことをする

そして【迷ったら面白い方を選ぶ


これを柱として、ついに#なんのはなしですか電子書籍化プロジェクトは幕をあけた。コニシさんのお声がけでマイトンさんにも協力していただくことになり、3人で無謀と思える挑戦が始まった。



ところが、この発表をした瞬間、いの一番で「参加します!」と声を上げてくれたのが下ネタを愛するクリエイターだった。


kindle電子書籍を発売するにあたり、出版停止措置の危険があるのは
・公序良俗に反するもの
・著作権違反に該当するもの
であった。


急遽3人で会議をした。
「下ネタも受け入れるかどうか」


どこまでが下ネタで、どこからが公序良俗に反するのか。
ふざけず、真面目に話し合った。

amazonの規約を読み、問い合わせをし、過去にKindleから発売されているもの中でどのくらいの表現は許されるのか。
はたから見たらアホみたいな会議である。


でも話し合うまでもなく、コニシさんの中で答えは決まっていたように思う。「すべて受け入れる」と最初に決めていたから、「下ネタも全て受け入れます」と案内をすることとなった。

路地裏の中にも性や欲をテーマに発信をしている方も多い。そのためR18シリーズを1つ作り、いわゆる下ネタはその1冊にまとめることとした。



さらに色々なご意見をいただいた。

・過去に同じような形で作品を募集して、作品に手を加えたことで炎上した事例があったこと
これに関しては「文章は一切いじらない」ことを前提とし、たとえ誤字脱字があってもそれはクリエイター各自が意図して行った可能性もあるため修正しないこととした


・過去にnoteやその他SNS上に公開したことのある作品は著作権に抵触する可能性があること
これに関しては「過去作はNG」とした。もしも過去作を応募する場合は、その記事は削除してもらうようお願いした


・文字数の制限をしないなんて無茶だというご意見
こちらも「どんな表現もすべて受け入れる」というコニシさんの意向により制限はしないことにした。当初の予想では1人2000文字程度だろうと考えていた



これらの条件を提示した上で、「参加します」と声をあげてくださったクリエイターは100名を超えた。

この時点で、もしも1人2000文字だとしたら20万文字の書籍になるだろうと思った。まぁ、そうなるだろうなと予想はしていたから、実はそんなに驚いたりもしなかった。むしろ、これから起こることがどのくらいヤバいかと想像するとワクワクして、いい意味で背中がゾワゾワしていた。




コニシさんの後押しもあり、作品募集までは驚くほどスムーズにすすんでいった。


イラストやキャッチコピー、挿絵も全て募集することにした。
驚くべきことに、1人で70枚以上の挿絵を送ってくださった方まで現れた。あまりにも多くて、作った方も受け取った私もどれがなんだか分からなくなったりした。


着々と進むプロジェクトの中で、「でも……」と複雑な思いを言葉にしてくださる方もいた。

言葉にしないまでも「そんな風にしてほしくなかった」と思っている方がいることを、私は絶対に忘れてはいけないと思っていた。このプロジェクトをきっかけに、路地裏から離れていく人がいる。そして、私が引きこんだばかりに、それがマイトンさんやコニシさんにまで影響を及ぼしている。


そんな時でも、「迷ったら面白い方を選ぼう」とコニシさんは言い続けた。変わらないことほどおもしろくないことはない、それが後退であろうと変わり続けることを望みますと言い、マイトンさんは冷静に対処方法を考える。

私が勢いだけで突っ走ろうとするのを、舵をとり、落としそうなものを拾い集め、後ろから支えてくれたのはコニシさんとマイトンさんの2人なのである。




11月に「電子書籍化します!」と宣言をしてから全ての応募作品が集まったのは1月末のことだった。


全ての作品が集まった時点で、顔を合わせて打ち合わせを行った。



電子書籍化を進める中で、マイトンさんが提案してくださった。

「#なんのはなしですかを文芸発信のジャンルにする」には、#なんのはなしですかを商標登録した方がいいのではないか、ということだった。



それは「#なんのはなしですかを独占するため」ではなく、見知らぬ誰かに先に商標として#なんのはなしですかの権利を持たれたときに、電子書籍やnoteでの発信ができなくなるかもしれない恐れがあるからだ。

誰でも自由にこれからも#なんのはなしですかを発信し続けるためには、コニシさんがその権利を持っていることで表現が守られることになる。

「よし、やろう」
コニシさんはこちらも同時にすすめることになった。


……でも商標登録ってどうやるの?資金は?弁理士にお願いする?素人3人が集まって知恵をしぼる。

「クラウドファンディングをしてはどうだろう。」
#なんのはなしですかを守るため 、商標登録するための資金をクラファンで集めることとなった。

しかし、さすがに普段の生活と、noteでの発信と、電子書籍まで加わったところに商標登録とクラファンにまで手が回らない。


それに商標はあまりに専門的すぎて、電子書籍のノウハウしかない私はそちらには協力するのが難しい。


結果的に、コニシさんの巻き込み力によってさらに協力者を得て商標登録、クラウドファンディングまで同時進行することになった。クラウドファンディングに寄付をいただいた方のお名前は電子書籍の巻末に掲載することで、大きな流れができあがった。


#なんのはなしですか が、noteから電子書籍→商標登録→クラウドファンディングと広がっていく。クラウドファンディングは400%を超える寄付をいただき、開始からほんの数時間で目標を達成した。


まるでおとぎ話のような信じられない話だけれど、特許庁のホームページには本当に#なんのはなしですかの商標が申請中で登録されている。




話を電子書籍に戻そう。

それまでは、noteのクリエイターと関わったり、作品を募集する期間だった。だけど作品の募集を締め切ってからは、静かな戦いの始まりだった。


文章作品として応募いただいたのは93作品。
そのすべてに目を通し、コニシさんがひとつひとつにコメントをする。


同時に、amazonの規約に反しているものを確認して訂正をお願いしなくてはならない。

著作権やamazonの規約により、細々とした注意事項がたくさんあった。そしてたぶん、全員がそれを一言一句読んでいるとは到底思えなかった。



例えば

・歌詞が使われている
→JASRACの許可が必要なため掲載不可

・著作権に抵触する
→WEB上に掲載されている写真や文章は掲載不可


こういったものを1つ1つ確認し、クリエイターさんにメールを送って訂正を依頼する。また、参加を表明いただいたものの作品未送付の方などにも確認の連絡をする。



また、作品を応募してくれているクリエイターさんはみな「クリエイター」なのだ。この電子書籍化プロジェクトのために、ご自身のとっておきの作品を寄稿してくださる方が大勢いらっしゃった。


本当は他の出版社に持ち込みしようとしていたもの。

note内でたくさんの反応をもらっていたもの。

noteでは公開できなかった赤裸々なもの。

電子書籍だからと、ここに遺すために書いてくれたもの。


最初に「いつも通りの作品をお願いします」と案内させていただいたとはいえ、蓋を開けてみればそこには100人分の人生がひろがっていた。


クリエイターはみな生粋のクリエイターで、それぞれ「、」の位置、改行の位置、読まれる時の息遣いまでこだわっている方が多かった。


だからこそ。
軽率に扱うことなど決してできなかった。


改行も、太字も、全て意図して行われている。
強調するための傍点(・・・)はこっちの点(、、、)。
ルビはこの位置で。
【完】や【了】まで含めて作品である。


1つ1つがあまりにも重くて、編集する手が何度も震えた。


いただいた作品はメールサーバーで受信したのち、googleドキュメントにコピー、さらにそこからWordファイルにコピー、という段階を踏んでいる。


この編集作業を私1人で行っていた。


絶対にミスが許されない作業なのに、目が1つしかない。
こんなことが大手の出版社であるわけがない。

本来であれば校閲者などの専門のスキルを持った方が、2つ3つとたくさんの目でチェックする大事な部分を、本当に私1人で大丈夫だろうか。


イラストを応募してくださった方を含め、総勢99名のアンソロジー作品となることが分かった。


99名分もの作品を、1つの間違いもなく出版まで、できるだろうか。


こわくてこわくて仕方がなかった。




「ミスがあっても失敗しても大丈夫、その時は#なんのはなしですかって言ってなんとかするよ」
コニシさんとマイトンさんは声をかけてくださり、実際に私が失敗するたびに矢面に立って謝罪をしてくれるのは2人だった。




バカみたいな失敗をした。

責められても、もう電子書籍なんてやめちまえと言われても仕方がないほどだった。だけど、そんな時にも支えてくれたのはやっぱり2人と、路地裏のみなさまの声だった。


「発売を楽しみにしてます!」


私のもとには、99人分の魂のこもった作品がある。


だから、折れることはなかったし、なにがあっても出版すると最初に決めたから、そこがブレることだけはただの一度もなかった。



最後の打ち合わせを経てから、桜の季節はほとんどの時間を編集に費やした。コニシさんは一つ一つの作品にコメントを書き、まえがきあとがきを書き、マイトンさんは半角英数字を漢数字にする作業をしてくださった。その中で修正点が見つかれば都度ご連絡をいただき、少しずつ「書籍」という形が作られていった。




文章を寄稿してくださった方は93名。
イラストや挿絵をくださった方は12名。
キャッチコピーを書いてくださった方は6名。
ポスターを作っていただいた方は4名。


全体の文字数は187,351文字となった。




発売日や価格なども打ち合わせ、いよいよ発売までの道筋が見えてきた。


編集に編集を重ね、18万文字を同じ文章を何度も繰り返し読んでいるのに、毎日誤植が見つかった。


Wordファイルで送ってもらった作品の最終ページまるまるコピペされていなかったり、クリエイター名が改名されたのに反映されていなかったり、「太字」といわれたのに太字になっていなかったり、漢数字になっておらず半角英数字の横倒しになったままだったり。

イラストはいただいたもの全て使おう、と決めていたのに使えていないイラストが次々に発掘されたり。


まっさらな気持ちになって読み直したつもりでも、毎日毎日ミスが見つかった。

発売日の数日前には脱稿しなくちゃならないのに、「Perefect!」と自信もって言えることなくその日を迎えることになってしまったことは、力不足としか言いようがない。



いよいよ翌日に発売日が迫った日。
すでに予約したという声を多数いただいた。

全ての人が大満足といえるほどの編集をできたのか?と問われると、正直口がもごもごする。


掲載巻や順番などの大切な部分は3人で相談したけれど、校閲や編集などの最終確認は私を信じて任せてもらった。だけど、本当にそれで大丈夫だったのか、自信なんて1mmもない。


祈るような気持ちでその日を迎えた。
99名のクリエイターによるアンソロジーの4巻同時リリースなんて、聞いたことがないような話だった。


「なんのはなしですか?」と私だったらキョトン顔しちゃうかもしれない。


けれど、確かに、その日はやってきた。




何にも問題なくうまくいったかって、そんな訳がなかった。
Wordとkindleの仕様上の問題で、改行がおかしな位置で行われていたり、漢数字に修正できておらず横向きになったままの英数字も多数見つかった。


「発売日を迎えたひゃっほーい!」と万歳している場合でなく、見つかった修正やクリエイターさんから頂いた誤字や誤植をひたすら修正する。
なんでこんなミスに気づかなかったんだ……!と腹が立った。


大手の出版社なら、専門の知識のある方がいれば、こんなことはおこらなかったと思う。

だけど、下ネタも何でもありで、役に立たない、なんのはなしかわからない話をそのまま書籍化できるのは自分たちしかいないという妙な誇りもあった。


参加していただいたクリエイターさんからは喜びの声があがる。
「実は……本当に大切な作品を寄稿しました。」という声を多数いただいた。




▼紹介しきれないのでこちらでも




私はそれに応えられたのか。
コニシさんはいつもこんなプレッシャーを受け止め続けているのか。

様々な思いが駆け巡る。




結果的に4冊の電子書籍は、amazonランキングですべてが20位以内に入るという快挙を成し遂げ、たくさんの方に手にとっていただくこととなった。







7月には出版を記念してパーティーが開かれる。
それで、このプロジェクトは一旦おしまい。







私のしたことは、 #なんのはなしですか にとって何だったのだろう。

ある意味では、noteから飛びだして別の形として残したともいえるし、ある意味では元々あった形を壊したともいえる。


#なんのはなしですか の提唱者であるコニシさんは変化することを望んだけれど、変化の場面には必ず痛みや困難が伴うし、そのままの形であり続けて欲しい人にとっては脅威になる。



複雑な思いはもちろんあるけれど、ここまできたことは、もう戻れない純然たる事実なのである。






これまで #なんのはなしですか に関わってくれた全ての人に。
電子書籍化に賛同してくれたクリエイターに。
違和感を唱えてくれた方に。
見守ってくれた方に。
応援してくれた方に。


そしてなにより、一緒に走ってくれたマイトンさん。

「いいよ」とずっと一番前ですべてを受け入れてくれたコニシさんに。


最大の感謝を贈るとともに、コニシさんの理想とする「書く人が増えてほしい」そして「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」というコニシさんとnoteの共通するビジョンがこれからも大切に守り続けられるよう。


このノンフィクションは終わりとする。





なお、この話は、99人の参加者の中のたった1人の目線から書かれたものであり、全てが事実ではあるけれどそれは私から見た角度からの話である。

99人に話を聞けば全く別の物語が始まることは明白であるし、「そんないい話じゃないんだけど!」「美化するなよ!」と異を唱える者もいるだろう。



でも、それを言われても私はこう答えるしかないのである。





#なんのはなしですか









さいごに


4冊の電子書籍のまえがきには、全てに同じ文言が入っている。

この本は、noteというプラットフォームで日々発信をしている99名のクリエイターの作品と、今読んでくれているあなたを入れて100名で作るアンソロジーです。

コニシさんの提案


今このnoteをここまで読んでくださったあなたも、100人目の参加者となる。




▼100人の中のもう1人の物語

マイトンさんがいなければここまで辿り着けませんでした。

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