【利益相反管理実務(35)】病院が製品を選ぶとき―事例から考える院内採用・調達の利益相反
講演契約、研究助成、学会出張、医療機器の貸与は、医療や研究を支える正当な活動です。
では、支援を受ける医師が、その企業の製品の院内採用に関わる場合、申告だけで十分でしょうか。
支援先が病院や診療科であれば、問題はないのでしょうか。
前回の「専門知識の提供と最終判断の分離」を踏まえ、今回は、国外事例から院内採用の利益相反管理について考えます。
・第34回:査読・研究費審査・公的委員会という「審査する側」の利益相反
・第35回:医薬品・医療機器の院内採用という「選定する側」の利益相反(本稿)
なお、取り上げるのは贈賄やキックバックをめぐる事例です。
J&JとOlympusは起訴猶予合意で関係文書の事実を認め、Paciraは責任を認めないまま民事和解しています。
こうした法的な違いにも触れつつ事例を紹介します。
1.病院で製品を選ぶのは誰か
院内採用というと、薬事委員会や医療材料委員会の審議を思い浮かべるかもしれません。
しかし、製品が選ばれる過程は、委員会だけでは完結しません。
例えば、次のようなものがあります。
診療科や医師による採用申請、推薦
有効性、安全性、費用、代替品の評価
デモ機やサンプルの使用
機器の仕様書作成、技術審査
薬事委員会、医療材料委員会等での審議、採決
入札、価格交渉、契約、購入
採用後の使用、追加購入、他製品からの切替え
実際の手順や権限分担は病院によって異なります。
重要なのは、委員会で一票を投じる人だけが意思決定者ではないということです。
採用を申請する医師、評価資料を作成する担当者、仕様を決める専門家、購買・契約担当者、最終承認者も、製品が選ばれる過程に何らかの形で関わっています。
採用後も、どの製品を実際に使用するか、追加購入するか、競合製品から切り替えるかという判断があります。
利益相反管理の対象を考えるときは、委員の名簿だけでなく、製品が選ばれ、購入され、使用されるまでの一連の過程を見る必要があります。
2.講演契約や出張支援が入札と結び付いた事例
2011年、Johnson & Johnson(J&J)は、米国司法省と起訴猶予合意を締結し、ポーランド、ギリシャ、ルーマニアでの不適切な支払いをめぐる事案を解決しました。(資料1, 2)
J&Jは、合意書に添付された事実の記載が真実かつ正確であることを認め、自社の責任を公に認めています。
単に当局が一方的に主張しただけではなく、企業側が事実関係を争わないことが前提になっています。
合意書によれば、当時のポーランドでは、多くの病院が公的に運営され、医療製品は入札委員会による評価を経て購入されていました。
入札委員会は、競争入札を評価し、購入先を選ぶ立場にありました。
J&J Polandは、入札委員を務める公立病院の医療従事者に対し、業務委託契約、学会出張の支援、現金や機器の寄附などを行っていました。
業務委託契約の名目には、講演、ワークショップの運営、臨床試験の実施などが含まれていました。
2000年から2006年までに、医療従事者との業務委託契約は約4,400件、支払総額は約365万ドルでした。
合意書は、そのすべてが不適切だったとはしていませんが、一部が、入札でJ&J Polandを有利に扱ってもらうための支払いに使われたとしています。
また、J&J Polandは、契約上の業務が実際に行われたことを示す証拠を営業担当者に提出させていませんでした。
出張支援についても、過去の入札への貢献や、今後の入札で期待される支援と関連付けられた例が記載されています。
合意書によれば、2000年頃から2007年頃までに、J&J Polandとその従業員が承認した不適切な支払いは、直接支払いと出張支援を合わせて約77万5,000ドルと書かれています。
この事例から分かるのは、「講演」「臨床試験」「学会出張」という名目があれば問題がなくなるわけではないということです。
この事例では、支払いの名目ではなく、利益と入札判断との結び付きが問題になりました。
相手は入札委員を務める医療従事者であり、契約上の業務が実際に行われたことを確認する仕組みも十分ではありませんでした。
さらに、出張支援等が、過去の入札への貢献や今後期待される支援と関連付けられていました。
「講演」「臨床試験」「学会出張」という正当な名目があっても、意思決定権限を持つ者への不当な取引誘引として機能すれば、重大な問題になります。
利益相反管理では、金額だけでなく、相手の権限、業務の実態、支援と選定結果との条件関係を見る必要があります。
3.研究助成や無償使用が購入・切替えに結び付いた事例
2016年、米国の内視鏡販売会社Olympus Corporation of the Americasは、米国の反キックバック法違反の共謀に関する刑事告発を受け、米国司法省と3年間の起訴猶予合意を締結しました。(資料3)
会社は、刑事告発状に記載された事実が真実であることに同意しています。
これも有罪判決ではありません。(資料3)
米国司法省の公表資料には、次のような事例が記載されています。
病院への75万ドルの販売を促進するため、病院に5,000ドルの助成を行った
病院が機器の購入契約に署名するまで、5万ドルの研究助成を保留した
病院が競合製品からOlympus製品へ切り替えた見返りとして、医師3人の日本への旅行費用を負担した
購入決定に大きな役割を持つ医師に対し、その医師の診療所で40万ドル相当の機器を無償使用させた
ここで問題になったのは、利益の受け手が医師個人か病院かではなく、その利益が購入や製品の切替えを促す手段として使われたことです。
病院への助成、研究費、機器の無償使用には、正当な目的もあります。
しかし、購入契約の締結まで研究助成を保留する、製品の切替えと出張支援を結び付ける、購入判断に影響力を持つ医師に高額な機器を無償使用させるといった関係があれば、判断の独立性が疑われます。
刑事・民事上の解決に加えて締結された企業倫理協定では、助成・慈善寄附に関する要件、貸出機器等のフィールド資産の管理、旅費の審査などを含むコンプライアンス体制が求められました。
利益相反管理でも、個人への支払いの有無だけでなく、支援の目的、承認経路、貸与条件、採用との時期的・条件的な結び付きを確認する必要があります。
病院や診療科への支援があるだけで、関係者全員を一律に選定から外す必要はありません。
ただし、その支援が部門の研究、予算、設備を実質的に支え、その責任者や研究代表者が採用判断にも関わる場合には、個人の利益相反に加え、組織的な利益相反の観点から参加方法を検討する必要があります。
4.薬剤リストへの収載と企業間の利益
医師や病院への支払いがなくても、薬剤の選定を担う組織自身が経済的利益を受ける場合があります。
2015年、薬剤給付管理会社(PBM)であるMedco Health Solutions社が、キックバックに関わる虚偽請求法(False Claims Act)違反の疑いについて、政府に790万ドルを支払うことで和解しました。
この事案について和解の対象となった内容は政府の主張であり、法的責任は認定されていません。
(資料4)
Medcoは、PBMとして、処方薬リスト(formulary)を扱う立場にありました。
米国政府は、Medcoが、一部のformularyでNexiumをプロトンポンプ阻害薬(PPI)として「唯一かつ排他的」に掲載する見返りに、AstraZenecaへ経済的利益の提供を求めたと主張しました。
その利益の全部または一部は、AstraZenecaの別の医薬品であるPrilosec、Toprol XL、Plendilを値引きする形で提供されたとされています。
この事例で問題になったのは、値引き自体ではなく、特定薬の排他的な収載と、別の取引上の利益が結び付けられたことです。
formularyは、日本の病院の院内採用リストと同じ制度ではありません。しかし、どの薬剤を患者が利用できるかを左右する選定判断に、組織間の経済的利益が入り込むという点では、共通する問題があります。
米国司法省は、製薬企業とPBMの間の見えにくい財務上の取決めが、患者が利用できる薬剤やその価格に不適切な影響を及ぼし、薬剤選択や医療制度への信頼を損ない得ると指摘しています。(資料4)
この事例で注目したいのは、利益が選定担当者個人ではなく、選定を担う組織間の取引条件に組み込まれていたとされたことです。
値引きや価格交渉自体が問題なのではありません。
問題になるのは、特定薬の排他的な収載と、別の取引上の利益が条件関係に置かれることです。
米国司法省も、製薬企業とPBMの見えにくい財務上の取決めは、患者が利用できる薬剤とその価格に不適切な影響を及ぼし得ると指摘しています。
利益相反管理では、委員個人の報酬だけでなく、病院、診療科、購買部門などの組織が企業から得る利益にも目を向ける必要があります。
薬剤の採用・選定と、値引き、リベート、助成その他の利益が条件関係にないかを確認し、選定理由と取引条件を後から説明できるようにしておくことが重要です。
5.海外の指針・方針から考える院内手続
WHOのガイドによれば、利益相反は医薬品システムのあらゆる段階で発生し得るため、事後対応よりも予防を優先した包括的な管理が必要です。
選定や調達のプロセスを透明化することで、公衆衛生の保護と国民からの信頼確保を求めています(資料5)
海外の医療機関では、申告後の参加方法まで定めている例があります。UCSF Healthでは、利益相反のある委員は、関係を開示して意見を述べることはできますが、委員間の審議と投票には加わりません。(資料6)
Stanford Medicineでは、意思決定前の開示を求め、回避の要否を本人ではなく意思決定部門や委員会が判断します。(資料7)
Northwell Healthでは、財務的利益を持つ企業だけでなく、その競合企業からの購入についても、議論と決定への参加を制限しています。(資料8)
これらに共通するのは、申告を受けて終わりにしないことです。誰が利害関係を評価し、説明、質疑、審議、採決のどこまで参加できるかをあらかじめ定め、その判断を記録する必要があります。
専門知識を活かすことと、選定判断から距離を置くことは両立し得ます。
6.まとめ
院内採用は、委員会の審議・採決だけで決まるものではありません。
申請、評価、仕様作成、価格交渉、購入、採用後の使用や切替えまで、一連の過程を見る必要があります。
講演料、出張支援、研究助成、機器の無償使用、値引きなどには正当な目的もあります。
問題になるのは、これらの利益が、採用、購入、切替えなどの判断と見返りの関係に置かれることです。
利益の名目や受け手が個人か組織かだけで判断することはできません。
利益相反管理では、関係を申告して終わりにせず、誰が評価し、説明、質疑、審議、採決のどこまで参加できるかを定め、その判断を記録することが重要です。
専門知識を活かしながら、選定判断の独立性を確保する仕組みが求められます。
関連する連載回
・申告後の説明、審議、採決への参加⽅法(第34回へ)
・ヘルスケア系企業との関係に現れる利益相反の類型(第25回へ)
・申告、評価、参加制限を記録し、組織として説明可能な状態にする(第14回・第15回へ)
参考資料(本文中の資料番号に対応)
1.U.S. Department of Justice. Johnson & Johnson Agrees to Pay $21.4 Million Criminal Penalty to Resolve Foreign Corrupt Practices Act and Oil for Food Investigations. April 8, 2011. https://www.justice.gov/archives/opa/pr/johnson-johnson-agrees-pay-214-million-criminal-penalty-resolve-foreign-corrupt-practices-act
2.U.S. Department of Justice. Deferred Prosecution Agreement between the Department of Justice and Johnson & Johnson, including Statement of Facts. Filed April 8, 2011. https://www.justice.gov/sites/default/files/criminal-fraud/legacy/2011/04/27/04-08-11depuy-dpa.pdf
3.U.S. Department of Justice. Medical Equipment Company Will Pay $646 Million for Making Illegal Payments to Doctors and Hospitals in United States and Latin America. March 1, 2016. https://www.justice.gov/archives/opa/pr/medical-equipment-company-will-pay-646-million-making-illegal-payments-doctors-and-hospitals
4.U.S. Department of Justice. Medco to Pay $7.9 Million to Resolve Kickback Allegations. May 20, 2015. https://www.justice.gov/archives/opa/pr/medco-pay-79-million-resolve-kickback-allegations
5.World Health Organization. Managing conflicts of interest: a how-to guide for public pharmaceutical-sector committees in low- and middle-income countries. 2022. https://www.who.int/publications/i/item/9789240057982
6.UCSF Health and UCSF Benioff Children’s Hospital. UCSF Pharmacy & Therapeutics Committee Charter. https://ptcommittee.ucsf.edu/ucsf-pharmacy-therapeutics-committee-charter
7.Stanford Medicine. Stanford Medicine Industry Interactions Policy. https://med.stanford.edu/smiip/policy.html
8.Northwell Health. Gifts and Interaction with Industry. Policy #800.04. System Approval Date: November 11, 2021. https://medicine.hofstra.edu/sites/medicine.hofstra.edu/files/2021-12/policy-gifts-interactions-industry.pdf
2026年7月22日投稿
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