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イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第七十三話 飛んでる


空を飛ぶことになった。

落ちたら、たぶん痛い。

それでも私は、エラの隣に立った。


エラとヨル 第七十三話
【飛んでる】


私は準備を整えた。

必要なものは、もう何もない。
余計なものをすべて外し、大きく息を吐く。

そんな私を見て、エラが笑った。

「あれ、シルベ置いて行くの?」

腰からシルベが消えていることに気づいたらしい。

「うん。空から落としちゃ大変だし、それに……」

言葉を止めると、エラは不思議そうにこちらを見た。

「……シルベをここに置いていけば、落っこちても帰ってこれるから」

「ヨル。酷い」

意味を察したエラは、不満そうに唇を尖らせる。

「なら、私も」

エラは腰からシロとクロを外し、シルベの隣へそっと並べた。

「これで意地でも帰ってくる理由ができたね」

そう言って、エラは二本の剣を優しく撫でてから私を見る。

――私の道しるべは、エラだよ。

口にしかけた思いは、胸の奥にしまった。

「では、始めましょう」

ディケの声に、エラと私は顔を見合わせて大きくうなずく。

広場の中心に立つ私たちを、多くの住人が見守っていた。

シーズが詠唱を始めると、竜石から青い光がこぼれ出す。

その輝きはみるみる強まり、呼応するようにエラの体も光り始めた。

眩い光が広場を包み、人々は目元をかばいながら驚きの声を上げる。

やがて光が収まると、そこに立つエラの姿は変わっていた。

背中には長いドラゴンのような翼が伸び、肌の一部には鱗が浮かんでいる。

頭には二本の曲がった角が生え、さらに長く立派な尻尾まで揺れていた。

「エラさん。尻尾がかっこいい」

近くで見ていたサンは、目を輝かせる。

「姉さん。そこに食いつきます?」

ニコが冷静に突っ込んだ。

エラは長くなった爪を眺め、目を丸くする。

「ありゃ? なんか色々増えてる」

頭の角に触れ、試すように翼をはためかせたあと、尻尾を確かめようと後ろを振り返る。

その尻尾が地面を叩き、どっしんと足元が揺れた。

「あはは。こりゃ驚いた。立派なトカゲが生まれたね」

ローズは笑いながら、エラをまじまじと眺めている。

「わかっていると思いますが、川を見つけたら、なるべく正確な距離と方角を記録してください」

ディケは組紐で結わえた小さなメモとペンを、私に渡した。

首からそれをかけ、私はうなずく。

「エラさん。ヨルさんを落とさないでくださいね!」

オトが明るく呼びかけると、エラは応えるように大きく翼を動かした。

広場に激しい風が巻き起こり、砂煙に住人たちは手で顔を隠す。

「ヨル。行くよ」

言うなり、エラは私を両手で抱えた。

思わずエラの首にしがみつくと、鱗越しにひやりとした感触が伝わってくる。

「ヨル、苦しい……」

エラは冗談めかして言いながら、空を見る。

見上げた先には、青い空がどこまでも広がっている。

バサッ、バサッと翼が羽ばたくたび、体がふわりと持ち上がる。

次の瞬間、私たちは大きく宙へ浮かび上がった。

「いってくるね」

その声が耳に届くより早く、私たちははるか上空へ舞い上がっていた。

私はエラにしがみついたまま、ぎゅっと目を閉じる。

ほんの一瞬のことだった。

ゆっくりと目を開くと、私たちは青い空と、どこまでも続く黄色い砂漠のあいだにいた。

恐る恐る下を見る。

あれほど巨大だった亀の背中が、砂漠の上で小さく見えた。

「エラ。飛んでる」

当たり前のことを、思わず口にしてしまう。

エラは私を見て笑った。

「うん。飛んでる」

空中に留まるように、エラは翼をはためかせている。

私は目を凝らしながら、地平線の向こうを見つめた。

――こっちじゃない。

私の目線を追うように、エラはゆっくりと向きを変える。

空をぐるりと一回転してみても、川どころかオアシスひとつ見当たらなかった。

「エラ。どっち?」

私が尋ねても、エラもわからない様子だった。

「そういえば」

何かを思い出したように、エラが声を上げる。

「見た川の近くの木に、影がさしてた」

私は目を丸くして、その言葉を聞いた。

「時間的には明け方……影は川と逆方向に伸びてたから……」

エラは空を見上げ、太陽の位置を確かめる。

「あっちだ!」

そう言うと、東へ向かって飛び始めた。

頬を風が叩く。

すごい速度で進んでいるらしく、息が詰まるような感覚があった。

「エラ。息苦しい……」

私が伝えると、飛ぶ速さがゆっくりと落ちていく。

「ごめん、ごめん。まだ慣れないや」

速度が落ちると、私にも少し余裕が生まれた。

エラが見つめる先へ目をやるが、そこには相変わらず砂漠の景色が広がっている。

「かなり離れたけど……」

そう口にしかけた時、エラの飛ぶ速さが急に落ちた。

「ヨル! あっち!!」

エラの目線を追うと、遠くに何かが光って見えた。

私たちが近づくにつれ、その光は少しずつ形を見せていく。

目を凝らした先に、はっきりとそれが浮かんだ。

「川だ!!」

砂漠の果てに広がる大河が、日の光を反射して輝いていた。

川辺まで近づくと、エラはゆっくりと降下を始める。

エラの足が地面につくなり、私はエラの手を離して川へ走り出した。

やがて水の流れる音が耳に届く。

靴を脱ぎ捨てて足を入れると、冷たく心地よい水の感触が伝わった。

「やっぱり、あった」

ゆっくり歩いて来たエラは、川を見つめながらつぶやく。

私は振り返ると、思わずエラに抱きついていた。

「ありがとう。エラ。川あったよ!」

突然の行動に照れたのか、エラは頬を指で掻きながら言う。

「みんなに知らせよう」

私は大きくうなずいた。


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