イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第七十四話 帰ってきた
帰ってくるために、置いてきたものがある。
砂漠の果てで見つけた答えを、みんなのもとへ持ち帰るために。
私は目を閉じ、あの剣を探した。

エラとヨル 第七十四話
【帰ってきた】
私は目を閉じ、心の中でシルベを探した。
ほんのかすかに、あの剣が置かれた方角がわかる。
その方向をエラに示すと、彼女は翼を広げて飛び上がった。
大きな川を見つけた私たちは、川辺で短く休んだあと、中央殻都へ戻ることにした。
ディケから渡されたメモへ、川の方角を書き込んだ。
帰り道は距離を測るため、エラにはなるべく同じ速さで飛んでもらった。
私は百まで数えるたびに、その回数をメモへ書き留めていく。
しばらく飛ぶと、上空から亀の姿が見えた。
――帰ってこられた。
見慣れた街が近づくにつれ、胸の奥が弾んでいく。
「ヨル。降りるよ」
エラはそう言って、ゆっくりと高度を下げ始めた。
中央殻都の広場へ近づくと、翼が巻き起こす風に砂煙が舞い上がる。
私たちの姿に気づいた住人たちが、次々と広場へ集まってきた。
エラの足が地面につくなり、ディケがこちらへ駆け寄ってくる。
「見つかりましたか!」
いつもより大きな声に、私は思わず笑顔になった。
「川がありました!」
私の声が広場に届くと、一拍遅れて住人たちから大きな歓声が上がった。
隣の人と肩を抱き合う者もいれば、空へ向けて拳を突き上げる者もいる。
泣きながら笑っている人の姿も見えた。
そんな歓声の中をかき分けるように、ニコが現れた。
「おかえりなさい。エラ」
「ただいま。ニコ」
エラは少し照れたように笑った。
その姿を見て、広場の歓声はいっそう大きくなる。
「あとは亀に、行き先を伝えることだけだな」
後ろから、シーズが声をかけた。
胸元から竜石を取り出すと、それを静かに掲げて詠唱を始める。
青い光がエラを包み込んだ。
しばらくすると、背中の翼が消え、尻尾も角も光の中へ溶けていく。
すっかり元の姿に戻ったエラは、自分の両手を見つめて目を丸くした。
それから、どこか満足そうに微笑んだ。
「次、私の番です」
サンが勢いよくエラへ駆け寄った。
けれど、翼が消えた姿を見ると、露骨に肩を落とす。
「姉さん。そういう遊びではありません」
ニコがため息をつくと、周囲から笑い声が広がった。
私は飛行中に書いたメモを、ディケへ渡す。
ディケは川の方角、飛行中に数えた回数、時間や速度を示す細かな数字へ順に視線を落とした。
頭を押さえながら、ぶつぶつと何かを呟いている。
やがて、はっとしたように顔を上げた。
「この距離なら、あと五日で辿りつけます!」
ディケの声には、安堵と喜びが混ざっていた。
広場は再び、歓声に包まれた。
「なら、今日くらいは飲んでいいかね?」
いつの間にか、ローズがディケの隣に立っていた。
口元には、いつもの楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「まだ到着したわけではありません。それに、防災計画第十項にも――」
「着いてから飲んでも、着く前に飲んでも変わりゃしないさね」
ローズはやれやれと肩をすくめた。
「まあ……少しくらいなら」
疲れた顔のまま、ディケも小さく笑う。
「それじゃ、決まりだね!」
ローズが声を上げると、広場のあちこちで喜びの声が弾けた。
私はエラと並び、その光景を眺めていた。
すると、勢いよく誰かが私たちへ抱きついてきた。
オトだった。
その目には、少しだけ涙が浮かんでいる。
「ヨル。エラ。おかえりなさい」
私はオトの背中へ腕を回す。
エラも私たちを包むように、そっと肩を寄せてくれた。
三人で寄り添いながら、帰ってきた喜びを静かに分け合った。
*
夜のルーベントには、明かりが灯っていた。
私たちの帰還と川の発見はあっという間に街へ広がり、中央殻都はお祭りのような騒ぎになっている。
給水制限は続いていたが、酒類の販売だけは一部許可され、久しぶりに酒場にも人が戻っていた。
私たちはローズたちの誘いを断り、宿屋の一席で小さな祝杯を上げていた。
エラは久しぶりの酒を喜び、目の前に並んだ料理へ次々と手を伸ばしている。
オトが明るい曲を歌うと、酒場は少しずつ熱を帯びていった。
怪我人のはずのサンも、ちゃっかり抜け出してエラの話に聞き入っている。
――帰ってきたんだ。
私は楽しそうに笑うみんなの顔を見つめながら、ぼんやりとそのことを考えていた。
「それで、サンはこのあとどうするの?」
エラが不意に尋ねる。
「これから戻っても怒られますし、今日はここに泊まるつもりです」
サンは髪をつまみながら答えた。
黒かった髪は、すっかり元の青色に戻っている。
「ちがう、ちがう。この街が助かったあとの話だよ」
エラは無邪気に言った。
その場に、ほんの少し沈黙が落ちる。
私も自然と、サンへ視線を向けていた。
サンは目を伏せ、何か言いたげな表情をしている。
少し間を置いてから、サンは顔を上げた。
「私も……私も一緒に行っていいですか?」
泣きそうな顔で、エラを見つめる。
エラは驚いた表情になったが、すぐに真面目な顔へ戻った。
「まだ、この街を離れるとも言ってないよ」
そう言いながら、少し意地悪そうに笑う。
サンは手を握り締め、うつむいた。
「それを決めるのは、エラさんじゃありません」
オトが突然、会話に割って入った。
みんなの視線が私へ集まる。
「えっ? 私?」
私は自分を指さして、変な声を出した。
――なんで、私なの?
サンは懇願するような目で、こちらを見つめている。
エラもオトも答えをわかっているような顔で、にやにやしていた。
私はひと息吐くと、サンを見つめて尋ねる。
「一つだけ、いいですか?」
サンが少し怯えたような表情を浮かべた。
「ニコさんに、ちゃんと許可をとってください」
その言葉を聞いたサンが、急に笑顔を浮かべる。
「もちろん!」
酒場に笑い声が広がった。
――また、増えた。
私は一人ひとりの顔を順番に見つめながら、ため息をつく。
それでも、口元は笑っていた。
*
翌朝、街は活気を取り戻していた。
道端には昨夜の余韻を残したまま、酒瓶を抱えて眠る人の姿がある。
そんな光景を見ていると、思わず笑みがこぼれた。
今日は亀に、川のことを伝える日だった。
前と同じように、オトの歌とエラの竜の力を借りて、亀の声を聞く。
私たち四人は、中央殻都の広場で待つディケたちのもとへ向かった。
広場にはすでに人だかりができており、その中央にはディケ、ニコ、そしてローズの姿があった。
すぐそばではシーズも竜石を手に、待ち構えている。
ニコの厳しい視線に気づいたサンは、そっと私の影へ隠れた。
オトがリュートを奏でると、竜石が輝き、エラの体が光り始めた。
今回は、リュートの音色とオトの優しい声だけが広場に響いている。
「ねえ、亀さん。川があったよ。どうしたい?」
エラは語りかけるように呟いた。
地面が、わずかに揺れた。
集まった人たちは息をのみ、その成り行きを見守る。
エラからこぼれた光が、広場に集まった人々を柔らかく包み込んだ。
胸の奥に、不思議と心地よい温かさが広がる。
その声は突然、けれど確かに私の耳へ届いた。
「ツカレタ……ネムリ……タイ」
周囲の人々も、驚いた表情で顔を見合わせている。
「カワ……マデ……イク」
「ネムラセテ……クレ……」
その声は間違いなく、ギガントタートル自身の声だった。
ニコとローズは静かにうなずき、ディケは必死に何かを書き留めている。
その言葉を最後に、光は空へ散っていった。
まるでギガントタートルの命そのものがほどけていくように、儚く揺れていた。
「わかったよ。一緒に行こう」
エラはそう言って、私の方を見た。
私は黙ってうなずいた。

