プロジェクト★アイ③|路地裏クッキー職人と砂漠の薔薇|第三部 誰がためのクッキー
この物語は、ファンタジー小説『エラとヨル』のスピンオフ作品です。本編未読でも楽しめます。
第三部 誰がためのクッキー
クッキー饅頭とクッキー酒饅頭は、飛ぶように売れていた。
しかし、ローズはまだ満足していなかった。
ローズに呼び出された彼女は、新たな指示を受ける。
「屋台を引いて、クッキー饅頭を売ってきな」
彼女は、最初は意味が理解できなかった。
クッキー饅頭は売れている。
宿屋や酒場でも、見かけるようになっていた。
それを今さら、手売りする意味は……?
疑問が浮かぶが、ローズは黙って屋台を指さす。
そこには、可愛らしく飾られた屋台が用意されていた。
タイヤも付いており、ヤークで牽ける。
まるで馬車のような作りだ。
ふと見ると、その屋台の隣に一人の女性が立っている。
ピンクの髪にリュートを抱え、人形のような綺麗な顔立ちが印象的だった。
彼女は、ペコリと頭を下げる。
「私はオトと言います。今回、ローズさんから依頼されて、クッキー饅頭の歌を作りました」
そう言うと、オトはぽろん、とリュートを弾き、歌い始める。
♬〜
クッキー🍪
クッキー🍪
お猿はウッキー🐵
みんなで食べれば、
ラッキーキー⭐️
♬〜
楽しげな曲。
しかも、耳に残るフレーズ。
ローズは満足げに頷いた。
「いいね。耳に残る」
ローズは、片目を細める。
「耳に残るものは、金になるんだ」
そう言うと、彼女とオトを屋台に乗せた。
ヤークが、ゆっくりと歩き出す。
中央殻都。
ルーベントの中心部であり、砂漠の薔薇だけでなく、LAGや赤い瞳の関係者も出入りする場所だ。
路地裏で本を並べていた彼女には、あまりにも遠い場所だった。
大門が開くと、まさに別世界が広がっていた。
綺麗に整備された道を、可愛らしい屋台がゆっくり通る。
すると、道行く人々が足を止めた。
中央の広場に屋台が止まると、さっそくオトが歌い始める。
♬〜
クッキー🍪
クッキー🍪
お猿はウッキー🐵
みんなで食べれば、
ラッキーキー⭐️
♬〜
楽しげな歌が広場に流れる。
小さな子どもに腕を引かれ、大人たちも集まってきた。
一節終わると、拍手が起こる。
オトの透き通る声が響いた。
「本日は、ルーベントの新名物、クッキー饅頭の移動販売に参りました」
オトは上品に頭を下げる。
「みんなで食べれば、にっこりラッキー。クッキー饅頭はいかがでしょうか?」
その声に誘われるように、屋台に人だかりが生まれた。
彼女は慌てて、クッキー饅頭を袋に詰める。
オトはその隣で歌い、行列を見た人々がさらに集まる。
あっという間に、屋台の荷台は空っぽになった。
列に並んだが買えなかった子どもが泣く。
オトは子どもを優しくあやしながら、親にチラシを配っていた。
「また、来週参ります」
オトはそう言い残し、中央殻都を後にした。
「商会に戻れば、まだ在庫はありますよ?」
彼女の言葉に、オトは優しく笑う。
「ローズさんからは、売り切れたら帰るよう言われています」
その言葉に、彼女は少し違和感を覚えた。
その正体は、すぐにはっきりした。
翌朝、彼女が荷背区に着くと、多くの商人が商会に押しかけていた。
どの商人も、目的はクッキー饅頭だ。
みな、上流階級御用達の商人ばかりだった。
昨日、クッキー饅頭を買えなかった親たちからの依頼を受けたようだった。
ローズは、押しかけた商人たちを見て、満足げに笑う。
「ほらね」
彼女は、何が起きているのか、まだ理解できていなかった。
「昨日売った饅頭の数なんて、たいしたことない。大事なのは、買えなかった子どもが泣いたことだ」
ローズは、机の上に置かれた注文書を指で叩いた。
「子どもが泣けば、親は動く。親が動けば、商人が動く。商人が動けば、街が動く」
彼女は、言葉を失う。
クッキー饅頭は、もう屋台の上の小さなお菓子ではなかった。
誰かの欲しいものになっていた。
誰かの買えなかったものになっていた。
そして、誰かに買わせるためのものになっていた。
その後も、ローズの手腕は遺憾なく発揮される。
LAGの内部でも、お土産の定番と言えばクッキー饅頭となった。
時折、ユング長官に届けるように言われた特製クッキー饅頭は、ずっしり重くなっている。
まるで、何か違うものが詰まっているように。
「民需拡大。おおいに結構」
箱を受け取りながら、ユング長官は笑う。
そのおかげかLAGからの圧力はなく、逆に砂漠の薔薇が作るクッキー饅頭シリーズは、正式な都市名物と認定された。
需要拡大という名目で、饅頭工場は拡大されていく。
人手不足を補うため、子どもたちにも働き口が開かれた。
工場では、子どもたちがクッキー饅頭の歌を歌う。
仕事終わりには、給金とは別に、お土産としてクッキー饅頭が一個渡された。
家に持ち帰り、クッキー饅頭の歌が家庭で歌われる。
子どもたちにとって、それは人気の仕事になった。
「もっと水が欲しくなるものを考えな」
ローズは笑いながら言う。
そう言われた彼女は、ドライフルーツと水分を極力減らしたクッキーを焼く。
それは旅人用の携行食として「旅の乾きクッキー」として発売された。
長期保存がきく旅のお供として、こちらも人気を博した。
いつの間にか、彼女の知らない場所で、彼女の知らない数のクッキー饅頭が売られるようになっていた。
彼女はその責任者として、今や重役の席に座るまでになっていた。
しかし、そんな彼女の前にローズが姿を現した。
手には、一枚の紙を握っている。
ローズは黙って、その紙を彼女に差し出した。
『解雇通知書』
無機質な文字が並んでいた。
彼女は黙って、その文字を追った。
無許可による本の抱き合わせ販売。
工場で働く子どもたちへの本の流布と読み聞かせ。
ローズは、重たい口を開く。
「饅頭はいいさ。だがね、本は違う」
独眼が、鋭さを増す。
「本は、客に考えさせる。考え始めた客は、財布の紐を締める」
ひと息吐いて、ローズは続けた。
「あんたは今日で解雇だ。これまでの貢献を考えて、命だけは助けてやる。さっさと荷物をまとめて出てっておくれ」
冷たい言い方だった。
けれど、そう告げるローズの目には、わずかな苦さがあった。
彼女は小さく頭を下げ、部屋を後にした。
荷背区から自宅までの道で、彼女は思い返す。
クッキー饅頭の製法も。
歌も。
宿配布ルートも。
子どもたちの合唱も。
商流も。
すべて、砂漠の薔薇に残った。
最初は、
本のおまけのクッキーだった。
途中で、
クッキーのおまけの本になった。
彼女は首を傾げる。
家に着くと、子犬が尻尾を振って近寄ってきた。
「ただいま」
彼女は呟くと、書きかけの本に目をやった。
そして、おもむろに続きを書き始める。
それでも、彼女は書くことをやめなかった。
翌朝、路地裏に久しぶりに小さな屋台が並んだ。
黒毛の犬が尻尾をふり、嬉しそうに鳴いた。
彼女は今日もクッキーを焼く。
傍に、売れない本を添えて。
ーfin
🔙第二部あとがき🔜


店先に並んだ本
▶『エラとヨル』第一話はこちら
▶ ルーベント編から読む方はこちら

