イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第六十七話 示した意思、目覚める力
何かを決める時、何かを諦めるのか。
選ばない選択も、諦めることなのか。
違う。
決めることも選ばないことも、自分の意思で決めることだ。

エラとヨル 第六十七話
【示した意思、目覚める力】
フールの狂ったような笑い声が、禁区に響いた。
剣を向けたままのサンが唇を噛む。
横に立つニコは下を向いていた。
「さあ、お選び下さい! 女帝なら選べるはず!」
フールはニコに竜石をかざしながら、嘲笑う。
正気じゃない。
最初から、選ばせるつもりなんてない。
ニコを跪かせたいだけだ。
その顔が見たくて、フールは笑っている。
腰から、シルベの熱が伝わってくる。
「ダメ……です」
フォーチュンの金色の瞳が、私を見る。
私がシルベを抜く未来を見たのだろうか。
フォーチュンは囁いた。
「今ではない……です」
私は腰のシルベを見つめて、手を止めた。
選べない。
選べるはずがない。
全員が死ぬか。
誰を助け、誰を切り捨てるかを、この男に選ばせるかなんて。
それを決める権利なんて、フールにはない。
高笑いをやめたフールが、私の顔を見た。
「おや? そこの娘は、面白い色が見えるようですね」
そう言うと、私の瞳を竜石で照らした。
青白い竜石の光が差し込む。
竜石の光に照らされ、私の周りに黒いミニアたちが浮かび上がる。
「これは良い。特別にあなたに選ばせてあげましょう。彼女たちでは選べませんからね」
「夜の神ヨミの子よ。お前なら何を選ぶ」
夜の神ヨミの子。
忘れていた呼び名。
黒いミニアが見える人を指す、忌み語。
汚れた夜から生まれた者を、遠ざけるための言葉。
その言葉を、私は知っている。
知っているからこそ。
ずっと、忘れたふりをしていた。
「さあ、選びなさい。二人を差し出すか、共に死ぬか」
竜石の光が強くなった。
地面がわずかに揺れる。
本当に操っている。
それは間違いないと思った。
私はニコとサンの顔を順番に見て、口を開いた。
「サン。あなたはどうしたい?」
突然、呼ばれたサンが一瞬驚きの顔を浮かべる。
けれどすぐにフールを睨み、叫んだ。
「私一人が代わりに行く」
「私はサーシャ。赤い瞳の正当な後継者。それだけで満足でしょ!」
サンの言葉を聞いた私は、ニコに向かって声をかけた。
「ニコさん。あなたはどうしたいですか?」
私の言葉を静かに聞くと、ニコはサンに語りかけるように言う。
「サン。こいつが一人だけ連れて行くので満足する訳がない」
ゆっくりと、諭すような声。
「終わらせましょう」
「たとえ、街が焼かれ、水がなくなり、誰も助からなかったとしても……」
隣で、エラが苦しそうに額を押さえていた。
息が荒い。
何かを、必死に堪えているようだった。
ニコは俯くと、手を強く握り締め、はっきりと口にした。
「もう誰かが、誰かのために檻に入れられる世界なんて見たくない!」
その言葉を聞いて、サンはニコを見た。
「そんな未来なら……」
頭を押さえていたエラが、声を上げた。
みんながエラを見る。
「そんな未来なら、変えて見せる!」
「私が……私たちが!!」
エラは私を見ると、笑顔を見せた。
私の手を握り、小さく囁く。
「ヨル。ごめん。力を使う」
短い言葉だった。
それが何を意味するかは、わからなかった。
でも、私は黙って頷き、フールに向かって叫んだ。
「私たちの答えは決まった。あなたを否定する。サンを、ニコを、この街を好きにはさせない!!」
フールの口元が歪む。
「何を言い出すかと思えば、いまさら夢の話ですか?」
その瞬間だった。
手を握っていたエラの体が、眩い光に覆われた。
禁区が一瞬で昼のように照らされる。
あまりの眩しさに、目を覆う私。
次の瞬間には、エラはフールの横に立ち、指先から長く伸びた爪が、フールの腕を切り落としていた。
床に落ちた竜石が、高い音を立てて転がる。
「なんだ……と……」
フールは切断面を押さえ、傷口ごと瞬時に凍らせた。
輝くエラの背中には、大きな翼が生えていた。
それはまるで、絵本の中から飛び出してきたドラゴンの翼だった。
エラは虚空を見つめていた。
唇が、何かを呟くように動いている。
「まずい……」
ハーミットの声だった。
横になっていた彼女が体を起こす。
苦悶の表情を浮かべながら杖を手にすると、無理矢理詠唱を始めた。
「大地より出よ。土の壁。高く固くゆく手を阻め!!」
直後に、私たちを囲むように床から壁が迫り上がった。
視界を遮られる中で、空気の熱を感じる。
私が最後に見たのは、エラの口から吐き出される巨大な火球だった。
――ドラゴンの炎?
その炎がフールに向かっていくのを見届ける前に、巨大な壁が周囲を覆った。
炎が爆ぜる音。
揺らぐ床。
天井から落ちる石。
目の前の壁が音を立てて、崩れ始める。
「持たない……」
杖を握ったハーミットは激しく息を吐きながら、壁を作るために意識を向けている。
空気が焼ける。
凄まじい熱と爆風が迫っていた。
そんな中、誰かの声が聞こえる。
声じゃない。
歌声だ。
私が目を向けると、オトが両手を祈るようにあわせ、歌っていた。
その歌声に呼応して、淡い白の膜が壁の周りへ広がっていく。
熱気を帯びた風が、壁を避けるように吹き抜けた。
耳を裂くような爆風が吹き抜ける。
舞い上がる黒煙が薄れていく。
その先に、眠るように横たわるエラの姿があった。
「エラ!!」
名前を呼ぶと、私は走り出した。

