見出し画像

ろろろのめ第34回「参加しない」という抵抗の思想:静かなるうねりが社会を動かす

「参加しない」という抵抗の思想:静かなるうねりが社会を動かす

​2024年11月6日、アメリカ合衆国大統領選挙は、ドナルド・トランプの勝利という結果で幕を閉じた。トランプは激戦7州すべてで勝利し、過半数を超える312人の選挙人を獲得した。共和党の候補者が総得票数で民主党の候補者を上回ったのは20年ぶり、大統領の返り咲きは132年ぶり史上2人目の快挙である。

​この結果は、アメリカ社会に渦巻いていた空気に対する必然的な帰結に過ぎない。長い間滞留していた大衆の感情が、ついに顕在化したのである。2020年代中盤、エンターテイメントとポップカルチャーは「キャンセルカルチャー」「Woke」から脱却し、多面的で人間らしい価値観へと移行している。本稿では、この不可逆的な文化シフトを、ロックバンドのジレンマから現代の「人民裁判」の時代におけるカウンターのあり方まで考察する。


​ロックが「権威」になった日

​かつて、ロックバンドは体制や既存の価値観に反旗を翻す「カウンター」の象徴であった。反骨精神を掲げ、大衆の鬱憤を代弁する役割を担っていた。しかし、RADWIMPSのように長く活動を続け、世間的な成功を収めたバンドは、皮肉にも自らが「ポップの真ん中」に鎮座する「権威」となってしまう。

​このジレンマに対し、RADWIMPSの野田洋次郎氏は「仮想敵が自分」という、内向きのカウンターを模索している。外側に明確な敵が見えなくなった現代において、自らが築き上げた「権威」を破壊することで、創作のエネルギーを得ようとする。これは、ロックがカウンターとしての役割を終え、その矛先を内に向けざるを得なくなった、現代の文化的状況を象徴している。

​一方、同時代に登場したヒップホップやポップミュージックは、新しい形で「外側へのカウンター」を担った。Billie EilishOlivia Rodrigoは、清純さや愛らしさを求めるポップ界の常識を打ち破り、怒りや葛藤といった生々しい感情を表現することで、既存のポップカルチャーに揺さぶりをかけた。これは、体制そのものではなく、ジャンルや表現のルールを壊す、新しいカウンターのあり方であった。

​「トランプの勝利」ではなく「ハリスの敗北」

​この一連の動きは、政治の世界でも顕著に見られた。社会学者の大澤真幸氏が指摘するように、2024年米大統領選挙は「トランプが勝ったのではなく、ハリスが負けた」という視点が重要である。

​トランプは前回選挙から得票数を大きく伸ばしたわけではないが、対抗馬であったハリスの得票数は、前回のバイデンが獲得した票数から600万票以上も減少している。この事実は、有権者がトランプに熱狂的な支持を与えたというより、民主党の掲げる「綺麗事すぎる移民政策」のような、現実離れした理想主義に明確な拒絶を示したことを意味する。

​かつて、左派が大衆運動として用いた「キャンセルカルチャー」の手法は、今やトランプのような「インフルエンサー化した政治家」によって活用されるようになった。この皮肉な状況は、「カウンター」「対トランプ」ではなく、「対ハリス」、そして「対民主党」「対リベラル」という構造になったことを示唆している。

​民主主義を脅かす「人民裁判」の台頭

​この「Woke」「キャンセルカルチャー」への拒絶は、社会全体に蔓延している。かつて脚本家の吉田恵里香氏が、気に食わない判決を下した裁判官をクビにしろと署名活動を行った例は、その危険な一端を露呈している。法治主義の根幹である「法と証拠に基づく公正な判断」よりも、個人の感情や多数派の意見が優先される「人民裁判」の危険性が、まさにここにある。


​「疑わしきは罰せず」という法の原則を理解せず、特定の正義を振りかざす人々が、ソーシャルメディアを通じて瞬時に「人民裁判」を開始する。そして、「声を上げること」「連帯すること」が正義だと信じられてきたが、その行為自体が、むしろこの「人民裁判」を助長する暴力へと変質してしまった。連帯が民主主義を超え、社会全体を歪めている。

​「参加しない」という静かなる反撃

​このような状況下で、従来のカウンター手法はもはや機能しない。真のカウンターは、「この人民裁判化した世の中に参加しない」という選択にある。これは、単なる無関心や傍観ではない。それは、軽薄な「正義」の消費に加担せず、ソーシャルメディアの喧騒から距離を置くことで、自身の価値観と判断基準を保つという、能動的な抵抗である。


​流行の「正論」に依存せず、自分自身の知性と感性で物事を捉える姿勢は、人民裁判の潮流に抗うための最も困難で、最も重要な選択である。

​結び:見えないうねりの正体

​ドナルド・トランプの再選という事実は、この「静かなる反撃」が、決して静かではないことを証明している。ソーシャルメディアの表面的な議論には現れないが、現実世界での投票行動や購買行動を通じて、社会を根底から動かす「見えない力」が確かに存在するのである。

​トランプ再選を可能にした「声なき人々」は、リベラルなメディアやエリート層が発信する「正論」に同調しなかった。しかし、彼らが投票所に向かったという行為は、ソーシャルメディアのトレンドや世論調査を覆し、決定的な「声」となった。

​このカウンターは、かつてのように集団で声を上げる「連帯」とは異なる。個々人がそれぞれの場所で下す選択が、水面下で静かに、しかし確実に溜まり続け、やがて巨大な潮流となって噴出する。民主主義を「連帯」が超えてしまった現代において、個々人が独立した思考と判断を保つことこそが、健全な社会を取り戻すための第一歩となるであろう。

​世界はひとつじゃないああ そのままばらばらのまま世界はひとつになれないそのままどこかにいこう


気が合うと見せかけて重なりあっているだけ本物はあなた わたしは偽物


世界はひとつじゃないああもとより ばらばらのままぼくらはひとつになれないそのままどこかにいこう


飯を食い糞をしてきれいごとも言うよぼくの中の世界 あなたの世界


あの世界とこの世界重なりあったところにたったひとつのものがあるんだ


世界はひとつじゃないああ そのまま重なりあってぼくらはひとつになれないそのままどこかにいこう

星野源「ばらばら」



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集