2040年、理学療法士は何を目指すのか【最終】
はじめに
これまで、日本における理学療法士を取り巻く現状についていくつかの視点から考察してきました。確実に言えることは、2040年以降の日本において、理学療法士が身体機能のみにこだわっていては、日本特有の社会課題に十分対応することは難しいということです。
人口減少や地域社会の変化が進む中で、理学療法士には治療や機能回復だけでなく、人々が健康を維持しながら暮らし続けられる社会そのものを支える視点が求められるようになるかもしれないのだと思います。
私たちは今、完成された「理学療法士とは何か」を受け継ぐ時代ではなく、「理学療法士とは何になっていくのか」を、変化する社会の中で問い続けながら、多くの人々とともに模索していく時代を生きているのではないかと考えています。
制度によって育った専門職の転換点
日本の理学療法士は、本来であれば自らの専門性を社会に提示し、その価値を認められることで成熟していく専門職であったと思われます。しかし現実には、高齢化と医療需要の拡大を背景に、制度と需要が先行する形で急速に発展してきました。その結果、理学療法士は大きな社会的役割を担う一方で、「理学療法士でなければならない理由は何か」という問いを十分に言語化しないまま今日に至った側面もあると思われます。
そして今、人口減少や地域社会の変化が進む中で、専門職そのもののあり方が改めて問われ始めているのだと感じます。
2040年問題と社会全体の再編
近年、内閣府、総務省、経済産業省、厚生労働省などが示す将来像のビジョンには共通した方向性が見られます。
それは「成長によって元に戻す」という発想から、「縮小社会を前提として再編する」という発想への転換です。
経済産業省は産業構造の変化や地域経済の持続可能性を重視し、総務省は「公共私」や圏域マネジメント、スマート自治体などを通じて地域の自己組織化を目指しています。また、厚生労働省は地域包括ケアシステムを基盤としながら、2026年5月にはリハビリテーション統括調整室を設置し、医療、介護、予防、地域づくりを横断的に再整理しようとしています。
つまり2040年問題とは、単に医療や介護の問題ではなく、人口減少社会において地域という生活空間をどのように維持し、再構築していくのかという社会全体の課題だと思います。
理学療法士協会のロードマップが示すもの
日本理学療法士協会の中長期計画もまた、この大きな流れの中に位置づけることができます。「共生社会」「健康増進」「地域共生」「組織基盤」といった四つの柱は、2040年社会が抱える課題と整合しています。
また、生涯学習制度や登録理学療法士制度は、専門職の質を維持し、変化に対応するための基盤整備として理解できます。しかし、計画は完成された未来像ではないようです。そこには、どの程度の成果を生み出すのか、なぜ理学療法士が必要なのか、理念を現場へどう実装するのか、といった問いが残されています。
だからこそ、この計画の本質は「解答」ではなく、「羅針盤」にあるのだと思われます。
「何をするか」から「何を見ているのか」へ
近年の理学療法研究やガイドラインを見ていくと、興味深いことが見えます。運動療法や歩行練習の重要性は支持されていますが、その具体的方法や理学療法士固有の技術について、十分な科学的根拠が確立されているとは言い難い領域も少なくないということです。
これは専門性の否定ではありません。むしろ「理学療法士は何をしているのか」よりも「理学療法士は何を見ているのか」という問いを浮かび上がらせるのだと思います。
例えば地域高齢者に対して、運動方法そのものは動画や健康教室から学ぶことができます。ところが、なぜ続かないのか、何が障壁になっているのか、参加する場は存在しているのか、という背景条件を見極めることは容易ではありません。もし理学療法士の専門性があるとすれば、それは運動を教えることだけではなく、活動と参加を成立させる条件を評価し、整えていく視点にあるのかもしれません。
地域連携の本質とは
現在、多くの地域連携は熱心な個人の努力によって成立しています。しかし、本来の連携とは、個人の善意に依存するものではありません。厚生労働省が進めてきた地域包括ケアシステムや、総務省が掲げる「公共私」の考え方が目指しているものは、病院、介護施設、訪問看護、地域包括支援センター、行政、住民組織、企業、学校、NPOなどが構造として結びつくことだと考えられます。
重要なのは、「誰が担当しても機能する仕組み」を作ることにあるのだと思います。そして、そのような仕組みの中で異なる世界をつなぎ、翻訳し、調整する人材の重要性は今後さらに高まっていくのだと思われます。
「選ばれる専門職」の先にあるもの
しかし、さらに考えていくと、問いはすぐに専門職の未来を超えて行くのだと思います。本当に守るべきものは、「理学療法士という職業」なのではなく「人が孤立せずに生きられる社会」なのではないでしょうか。
人口減少社会では、病院だけ、家族だけ、会社だけ、施設だけ、という単一の帰属に依存することはどんどん難しくなっていくと感じます。
だからこそ今後求められるのは、複数のつながりと参加機会を持ちながら生きられる社会をどのように育てるかという問いであるのは、大きく間違っている方向性ではないと思います。
その中で理学療法士の役割もまた、身体機能を改善する専門職から、活動と参加を支える条件を見つけ、地域との接点を支え、人と人とのつながりを生み出す専門職へと、少しずつ広がっていく可能性を見出す必要があるのだと思います。
おわりに―未来は上書きされていく
日本理学療法士協会の中長期計画も、厚生労働省のリハビリテーション統括調整室も、2040年の完成形を示しているわけではないと思います。
それらは変化する社会に適応するための一つの方向性であり、未来への仮説に過ぎません。だからこそ重要なのは、計画に従うことではなく、その上に何を上書きするかだと思います。
そして今後問われるのは、「どの領域へ進出するか」ではなく、「どのような社会を実現したいのか」という問いなのだと思います。
理学療法士の未来とは、一つの職業の未来ではありません。それは、人口減少社会の中で、人と人とのつながりをどのように支え、地域という生活空間をどのように育てていくのかという、日本社会全体の問いと重なっているように思えます。
そして、理学療法士協会のロードマップとは、「従うべき答え」ではなく、一人ひとりが新しい価値を書き加えていくための、未完成の設計図なのかもしれません。
【完】
