Sidestory⑭:本編七章平行-【構造の断罪】亮哉と西谷、決戦前夜。極限への道。学園小説relationship
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Act.1:『真実』は四半世紀の時を超えて。
三月中旬。終業式まであと数日となった、午後3時過ぎ。
立華大学付属高校近くの商店街の電柱の陰に身を潜めた中田は、春の陽気に似合わず恐怖で小刻みに震えながら、ドラッグストアへ入っていく稔之の姿をじっと追っていた。

水瀬綾香との二人きりの旅行を
告げた後ドラッグストアに消えた
関谷稔之に心配で震える中田信道
(稔!先走るなよ!絶対に)
綾香との二人きりの旅行を告げた後、店内に消えた親友を中田は心の底から心配して、入口の方を目を離さずに見張っていた。
(俺達は今年こそインターハイ出場を目指しているんだ!稔、お前はポイントゲッターとして一層頑張らなければいけないんだぞ!)
主将としての責任感も重なり、中田は不安で眩暈を起こす寸前であった。中田は正気を保つ為、目をこすって再度、入口の方を見ようとしたその時。
「……中田?そんな所に隠れて、何やってんだ?」
ドラッグストアから出てきた稔之が、中田の目の前に立っていたのだ。
「うわっ!!」中田は悲鳴を上げつつも、その目線は稔之の持っていたドラッグストアの袋へと釘付けとなった。
「……?ああ、これか?これは、この間、綾香の家の庭掃除を手伝った時、おばさんが膝を痛めて辛そうだったから、サポーターを買ったんだが。どうしたんだ?」

袋の中身を説明する関谷稔之。
中田が袋を引きつった表情であまりにも凝視する為、稔之は不審に思い、端的に理由を応えた。
「え?あ?……そうなのか?」急に心の中に安堵が広がり、体中の緊張が抜けて、中田はその場にへたり込みそうになる。
「大丈夫か?中田。さっきから何か変だぞ?」眼を細めて、稔之は首を傾げながら尋ねる。
「……稔、ごめんな。俺ずっと……そうだな四半世紀位、お前の事誤解してたよ……」稔之の眼を見つめながら、中田はかすれた声で稔之に謝罪を行った。
「……妙な事、言うんだな。大丈夫か?」稔之は不審に思いながらも中田を心配し始めた。
「いいって。稔。何だか俺、腹減ってきたな。牛丼食べに行こうぜ。奢るからさ」中田はいつもの落ち着いた笑顔に戻り、横に並んで稔之の背中を軽く叩いた。
しかし、中田の安堵はその後の稔之の行動により粉々に打ち砕かれる事となるのだった。
Act.2:焦燥の果てに。西谷武久、本領発揮。
終業式の放課後。図書館横の渡り廊下。
渡り廊下の奥へと消えていく、綾香を見送った後、踵を返して図書館に戻ろうとした亮哉は、入口で様子を伺っていた西谷と目が合った。
「君らしくないね。彩賀、あんなに苛立つなんて」西谷は責めるわけでもなく軽くため息をついた。

を告げた水瀬綾香に対する
彩賀亮哉の本当の苛立ちに
「君らしくない」と指摘する西谷武久。
西谷は、亮哉が苛立つ原因は綾香の旅行の件ではない事を分かっていた。
年末、悠平の部屋で見た体育館の壁に打設されたアンカーの位置の違和感から始まり、1か月ほど前に偶然、聞いたアンカー強度が達していない可能性。そして西谷自身も事務局長から聞いたカーテンウォールの値段とメーカー規格との乖離。疑惑は日々形を成していくのに、3か月近く経っても既存図面に決定的な証拠が見つからないのだ。――その停滞こそが、亮哉の苛立ちの正体だった。
(……三ヶ月。これだけの材料が揃っているのに、まだ“決定的な一点”が掴めないのか……)
期末試験終了後、西谷も図書館で亮哉と一緒に既存図面だけでなく、当時の工事資料も引っ張り出して確認作業を手伝っていたが、どの資料にも構造的な不備は見当たらなかった。
(体育館は僕達だけでなく、近所の人たちの避難場所にも選ばれている。もし、安全性が低いことがわかったら大変なことになる)
西谷も事の重大さを理解し始めていた。おのずとファイルをめくる指先に力がこもっていた。
数時間後、すべての資料に目を通した亮哉は珍しく端正な顔立ちに苦悩の表情を浮かべ、両手で頭を抱え込んだ。
「……設計図面だけでなく、施工計画の資料や詳細図にも矛盾が見当たらない……」
西谷は初めて見る亮哉の臨界点に近い焦燥を見て、ふと資料の死角に気がついた。
(図面の不備を探すのではなく、この建物に使われた材料を確認する事で突破口が見えるかも知れない!)
「彩賀、今までの資料の中に材料伝票とかもファイルしてあったよね?僕、伝票や納品書を資料から抜き取って渡すから確認してみて!」
西谷は長年の埃で黒ずんでくたびれた紙ファイルを開くなり手際よく資料をめくり、伝票だけを選び取ってファイルから外して亮哉の前に並べた。
日頃、部活の予算計画や精算を管理する西谷にとって、納品書の確認は得意であった。
「なるほど、武ちゃん、確かに使用材料からこの建物の構造不備がわかるかも知れないな」
亮哉の目は再度、鋭い光を宿し、伝票を1枚ずつ確認していく。そしてコンクリート伝票を何枚かめくった時、構造強度を示す数値欄に亮哉は目を止めた。
指先がその欄を押さえつけるように止まり、亮哉は息を呑んだ。「これだ……」

「構造の不備」を発見した彩賀亮哉。
「ついに見つけたんだね!」
思わず西谷も身を乗り出して亮哉の指が示したコンクリート強度が記載されている欄を覗き込んだ。数値は「21N-18-20」と表示されていた。
「……?」数値の意味が理解できず、首を傾げる西谷に向けて亮哉は続けた。
「武ちゃん。このコンクリートは昔は普通に使用されていたが、現在の基準では構造的にはギリギリの強度なんだ。それに中央の数値……スランプという流動性を表すものなんだが、壁に使われた可能性があるな」
亮哉の説明に思わず西谷はとっさに手元にあった工事資料のファイルを開き、伝票の日付と工程表を交互に確認した。
「そうだね!彩賀。この日付、壁の打設日と大体一致してるよ!」
「流石、武ちゃんは飲み込みが早いな。そう、しかもその日は真夏日だ。気温が高い日に打設したコンクリートは強度が完全に出ない事もあるんだ。だから、例の写真に写っていたアンカーの壁に強度が出ていない可能性はここにあったんだな」
亮哉は西谷に説明しながら、今までの違和感が一気に一つの線になって繋がっていくのを感じた。表情にいつもの不遜な笑みが蘇った。
「……じゃあ、これで証拠が揃ったんだね!」亮哉の表情から解決の糸口が見つかった事を理解した西谷は、思わず声を明るく弾ませた。
亮哉は西谷の声に大きく頷いて、次に行うべき内容を告げた。
「あとはプロに任せよう。杉原さんに連絡だ」亮哉は祖父の元部下であった建設会社社長の名を口にした。
「やっぱり杉原さんに相談するんだ。会うの久しぶりだね」西谷は肩の荷が下りたのか、妙に納得した笑顔で頷き返した。
Act.3:疑惑の後、珈琲は安堵の色を乗せて。
次の日の夕方。亮哉と西谷は、通学で利用する駅のすぐ近くにある落ち着いた喫茶店で杉原社長と待ち合わせることになった。夕方のビジネスマンがひと息つくために立ち寄るような、静かな気配の店だった。
威厳はあるが、喫茶店と同じく物静かな佇まいのマスターに亮哉と西谷は奥の個室へと案内された。
「マスター。突然来たのにすまない」「亮哉君、昔からの付き合いだ。気にすることないよ」マスターはそう言うと静かに扉を閉めた。
「奥に個室あったんだね」西谷は亮哉と何度かこの店に来た事はあったが、店の奥にまで来るのは初めてだったので部屋を見回した。
テーブルとイス以外には海外の風景が描かれた油絵が1枚飾られていただけだったが、白熱灯の明かりが絵の中の情景を温かく浮かび上がらせていた。
間もなくして扉が開き、作業服を整然と着こなし、白髪交じりの短髪姿の男が姿を現した。杉原社長である。
「1年ぶりだね。亮哉君、西谷君」杉原社長は白い歯を見せながら明瞭な声で部屋に入るなり二人に声をかけた。年齢は60歳手前位であったが、日に焼けた顔は若々しい印象を与えた。
「その節はどうもありがとうございます。社長が教えて下さった建築の知識のお陰で校内設備撮影の業務、滞りなく進んでいます」西谷はお礼も兼ねて杉原社長に丁寧に挨拶を返した。
「それは良かった」杉原社長は笑顔で小さく頷くと亮哉と西谷に対面する恰好で椅子へと座った。
「杉原さん、電話で話した相談内容だ」亮哉は杉原社長の前にメモを置いた。
杉原社長はすぐに眼鏡をかけてメモに目を通し、やがて少し何かを思い出したような表情で口を開いた。
「実はこの壁アンカーの件、前に一緒に仕事した監督さんからも相談があってな。専門業者とも対応策を考えようとしていた所だったんだよ」
「ご存じだったんですか?」予期しなかった思わぬ繋がりに西谷は意外そうに声をあげた。
「この業界は狭いから、同じ市内だと同業者は顔見知りのこともよくあるんだ」杉原社長は続けた。
「建設会社同士で、施主の情報や金額みたいな守らなきゃいけない部分はきちんと伏せた上で、構造の安全性に関わる相談だけを共有することは珍しくないんだよ。地方だと、現場の技術者同士が助け合うのは普通のことなんだ」
「そうだったんですか……。だけどそれだと話が早いね。彩賀」杉原社長の説明に納得した西谷は希望が見えた明るい表情で亮哉の方を見た。
西谷の意図を察した亮哉が杉原社長に聞いた。
「……という事は、手立てがあるという事なんだな?構造的な」
「勿論だよ、亮哉君。全然まだ間に合う。多分学校側も設計図だけ確認して伝票までは気付かなかったんじゃないかな?よくある事だよ。早速、業者と打合せして『技術提案』として訪問させてもらうよ。心配する事はない。教えてくれてありがとう。亮哉君、西谷君」
杉原社長は二人を安心させる為か余裕の笑顔で応えると、手元にあった冷めかけた珈琲を一気に飲み干した。
「これで一件落着だね。ずっと調べた甲斐があったね」西谷もつられてコーヒーカップの方に手を伸ばしながら亮哉の方を見て微笑んだ。

安堵の色を見せる
彩賀亮哉と西谷武久。
緊張で今まで気が付かなかった珈琲の香りがふっと立ちのぼり、張り詰めていた二人の胸の奥を静かにほどいていった。
Act.4:刻一刻と迫る運命の分かれ目。
翌日。綾香と稔之が高千穂に向かう途中。新幹線から特急へと乗り換える予定の小倉駅ホーム。
乗り換えの為、人々が大勢行き交う混雑の中、稔之の怒声が地下通路の中に響き渡った。
「綾香!そっちじゃねーよ!それは博多行きだ!」片手を天井に向けて突き出し大きく振って、稔之は自分の居場所を示した。
「うん?福岡って言ったら博多が中心じゃないの?」改札口の手前で振り返った綾香は稔之の手の平を眺めながら首を傾げた。
「お前が、博多しか知らないだけだ! 福岡なめんな」
高千穂行きを決めたのはそっちなのに何故知らないんだ?と稔之は内心突っ込みを入れる。
「ありがと。やっぱ関谷君が居て良かった」便利さで物事を判断する綾香であった。
「あまり時間ないぜ!こっちだ」悠長に構える綾香に少し苛立ちながらも稔之は綾香を引っ張って延岡行き方面の改札口へと向かった。
綾香と稔之。亮哉と西谷。それぞれの『決戦』の時は近くまで迫っていた。

道中の乗り換えに戸惑う
水瀬綾香の手を引っ張る関谷稔之。
Sidestory⑭終わり
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